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「音の向こうの空」第十八話 ①

第十八話:スープに沈む静かなる愛



同じ夜。1791年8月。
革命の勃発から丸二年。クランフ王国内では亡命しようとした国王の主権について、剥奪するかどうかで紛糾していた。剥奪となれば、真の共和制となる。市民が、市民の力で国を治める。それにはいささか民の意識も、議会の理念も、そして憲法や法律も未熟だった。

軍規は乱れ、王家が外国と結託しないか、陰謀をめぐらさないか、その疑念は議会内にも広がっていた。王党派と呼ばれる国王擁護派の議員は締め出された。

国民議会は残った貴族に「共和制への絶対服従」を誓うことを強要した。宣誓しなかった貴族は反乱分子として、投獄されるという。
強硬な議会の姿勢に耐えられずクランフ王国の国境の街や村では、宣誓拒否の貴族や僧侶が亡命しようと終結していた。国境を護る周辺国の連合軍に協力を申し出た。

そうなれば、先に亡命している貴族たちにも従軍の依頼が届く。アウスタリア帝国政府も「自分たちの国の面倒は自分たちで」といった突き放した意見が強い。

亡命したとはいえ祖国を敵に回す行為はつらいことだろうとリツァルト侯爵は従軍を強制しないよう、アウスタリア政府の外務省に掛け合っていた。

だが。
祖国を追われ、民衆に恨みつらみを募らせた貴族たちはそんな愛国心など微塵も見せはしなかった。従軍し、国を取り戻せば元に戻れる、もしそれが叶わなくても従軍によって生活の糧を得られる。

「リツァルト侯爵閣下。貴方のように思慮深い貴族ばかりなら、革命など起きなかったのですよ。ああ、貴方は純粋なクランフ人ではなかったですね。彼らは情に厚く、人が好いが、今ひとつ深慮に欠けるのですよ」

そう、アウスタリア軍司令官に穏やかに笑われ、侯爵は苦い思いをかみ締めながら帰途に着いた。つまり、強制などしなくても、亡命貴族たちは進んで従軍を申し出たというのだ。

ファリで革命の勃発、あのバスティーユの陥落、議会の膠着。そういった、悩ましい全てを思い出していた。
それらを見て、クランフ王国にはいられないと実感したのだ。


リツァルト侯爵が屋敷に戻ると、いつも明かりの灯っているリビングが静まり返っていた。

「オリビエはどうした」
尋ねると、ビクトールは「ご気分が優れないとかで。もうお休みに」と恭しく頭を下げた。
「風邪でも引いたのか」と階段を昇る侯爵。
「たいしたことはないと思いますが」
ビクトールが二歩遅れて侯爵を見上げる。

「いい、私が見る。必要ならルードラー医師を呼ぶ」
そう手でビクトールを制し、侯爵は四階へと足を運ぶ。
見送りながら、ビクトールは静かに燃える視線を侯爵の背中に向けていた。まだ、頬にはアーティアにつけられた赤い傷が残る。


オリビエはぐっすり眠っていた。
昼間の騒動など知るはずもない侯爵は穏やかな寝顔を眺め。起そうか迷う。
ランプの明かりの下、オリビエは眩しそうに寝返りを打ち、それから目を覚ます。
「侯爵、さま」
「具合が悪いそうだが」
額に触れ、熱がないことを確かめると、オリビエの手を握る。
「大丈夫です。演奏できますよ」
オリビエは起き出し、同時に腹の虫がギュと鳴いた。
「あ」
「なんだ、夕食も食べていないのか」
「え、ええ。夕方からずっと、眠っていまして。すみません」
「いい、私もこれからもらう。来い、少しばかり、ビールを飲みたい気分なのだ。付き合いなさい」

まだ少し寝ぼけたままのオリビエはローブを羽織ると、侯爵の後についていく。
侯爵は自らビール工場を管理する仕事に就いているものの、ビールはあまり飲まない。クランフ王国にいた頃からずっと、好む酒はワインだ。何か嫌なことでもあったのかもしれないと考えながら、オリビエは自分に起こった昼間のことも思い出し。
「僕も少し、いただいていいですか」
「飲みたい気分、なのか?」
「ええ、少しだけ」

ビクトールが黙って温めてくれたスープはトマトの味で、煮込まれたキャベツとソーセージ、ビーツとジャガイモがごろりと入っていた。
泡の出る黄金色の酒を二人で飲む。

「そういえば、侯爵様はプロシア人の血を引かれているんですよね。だから、ビールもお飲みになる」
軽い酔いはオリビエを饒舌にする。
心のどこかで、決して語ってはいけない事を数え上げ、鍵をかける。柔らかい肉のソテーと一緒にしっかりと飲み込んだ。

「ああ、そうだ。プロシアの前皇帝の時代には、かの首都に居を構えておった。祖父がまだ生きていた頃だな。時代は変わる。このわしがクランフ王国の血筋のアンナと結婚し、その縁でかの国に住み、その上このようなことになろうとは。皮肉なものだ」
淋しげな視線を消えていく泡に向けている。
オリビエも手元のグラスを眺めた。小さい泡が生まれてはのぼり、そして消える。人生を見たような気分になって、一気に飲み干した。
「どうした。あまり飲むとお前のことだ、歩けなくなるぞ」
「大丈夫です。歩けなくてもピアノは弾けます」
ふん、と珍しく侯爵が笑顔になる。
「侯爵様が、笑ってくださると嬉しいです」
それは素直すぎた。

一瞬、あっけに取られたような顔をして、それからすぐに侯爵はいつもの苦い表情に戻る。
「ふん、贅沢ものめ」と。かすかに呟いたのが聞こえた。
照れている、そう思うとオリビエは酔いも手伝って余計に嬉しくなる。
にんまりと、笑ってしまう。
「お前は何がそれほど嬉しい?また、どこかの女にでも惚れたのか」
「いいえ、いいえ。僕が愛するのは音楽だけ。例え侯爵様でもそれは変えられませんよ?」
「変えようとは思わんが」
ふと、オリビエが真顔になった。
「音楽って、なんでしょう」

そう、呟く。
「……」侯爵がパンをちぎって、ぼんやりしているオリビエのスープに投げ込んだ。
「あ?」
うつむいていた目の前にパンが降ってきた。
顔を上げれば侯爵の目とまともに目があう。
「何を迷っておる」
「あ。いいえ。いいえ。僕は、いつも好きなものだけを奏でています。世の音楽家たちは主人の命じる曲や、流行の曲を奏でるといいます。飽きられてしまわないように常に努力している。僕は何もしていない。それで、いいんでしょうか」

「お前に飽きたら、捨ててみるか?」
「……」
胸がつまった。
音もなく紅く染まるパンに視線が落ちる。

二つ目のパンが飛んできた。
「嬉しそうかと思えばお前は。悪い酒ならともには飲まんぞ。小娘のように好きだの嫌いだの、飽きる、飽きられるだのと。真実に愛するものは常にそばにある。そうしなければ人は生きられないからだ」
見上げたオリビエには侯爵の笑顔が眩しく感じた。
そう、笑顔だった。

「オリビエ、お前にとって音楽とはなんだ」逆に問われ。
失えない、なくては生きていけない。いや、違う、何か違う。言葉を奏で、思いを伝え、溢れる音は。
「……僕、自身」
目を細め、珍しく優しげな侯爵はヨウ・フラと同じことを言っているような気がした。
僕の音楽を好きだと言ってくれている。僕が、自由に思うままに奏でるそれを。

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