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「音の向こうの空」第十八話 ②

第十八話:スープに沈む静かなる愛



オリビエの奏でるミサ曲は人気が高かった。パールス教会は広い礼拝堂一杯に人が入り、聖歌隊への入隊希望者も後を絶たない。大司教はオリビエを見かけるといつもにこやかに微笑み、「女性が特に増えているのですよ」と悪戯なウインクすらして見せた。

オリビエとは三十以上も歳の離れた大司教がそんな態度なものだから、エリーゼもアナンも自由にオルガンの部屋に出入りする。
孫娘くらいの彼女たちに引かれて前任のオルガニスト、ロスノじいさんも部屋の片隅に専用の椅子を置き耳を傾けていることが多い。

その日の午前のミサが終わった後、ロスノはオリビエの傍らに立った。
「お前さんはピアノも弾くのだろう?何か、曲を弾いてくれんか」
二人の少女の頬が嬉しそうにほころび、オリビエは「ええ、いいですよ。実は昨日、新しい曲を作り上げたんです。今度オペラコンクールにと考えていて」そう笑いながら、オリビエはあの歌曲を奏で始める。ピアノとはまた少し違う演奏になるが、そこは自然と弾き分けることが出来た。
さほど長くない第二幕の三曲を奏でたところでふいにロスノが手を叩いた。その音はやけに響き、夢中になっていたオリビエはびくりと演奏の手を止めた。


「いい曲だった。先ほど言っていたが。宮廷歌劇場のコンクールに、出してみるつもりかね?」
ロスノのいつもは小さな目がちらと光ったように見えた。
「はい。バイエルヌのマクシミリアン候が後見してくださるそうです」
「マクシミリアン候が?確かにあのコンクールには選帝侯に連なる一族の推薦が必要じゃが。なぜかな。リツァルト侯爵が、頼み込んだわけでもあるまい?」
ロスノがいつもの自分用の椅子にもたれかかり目を細める。リツァルト侯爵の【出し惜しみ】は有名だったし、オリビエも侯爵に内緒にしている理由をロスノに語っていた。

オリビエはいきさつを話した。「リツァルト侯爵にはまだ、秘密なのですが。マクシミリアン候にはお世話になったので」と自分の中の侯爵に言い訳するように付け加える。
ロスノはかすかに肩をすくめ、それから腰をたたきながら椅子から立ち上がった。

「マクシミリアン候の兄、カール四世公は毎年音楽家をコンクールに出場させ、良い成績を収めている。どの若者にもそれぞれ後ろ盾がつくが、かの一族ならばそれだけで一流と見なされる。あのツヴァイブリュッケン家は確かな目と耳を持つ」

あのまだ若い青年将校とその一族がそういう人たちだとは知らなかった。体格や雰囲気からどうにも軍人という印象がぬぐえなかった。芸術に資する名門貴族。
このヴィエンヌでも有名なのだ。
あのミュニックでの夜を思い出す。マクシミリアン候のオペラの依頼は純粋な芸術的探求というより政治的な何かを感じさせた。

「だが。それだけに。オリビエ。失敗は許されんのだぞ」
ロスノの口調が厳しくなる。
「え?」
やはり知らなかったのか、と溜息を交えロスノは語った。

「お前さんは本当に世間知らずだの。貴族たちが音楽家を支援するのはなぜじゃ?コンクールでよい成績を収めれば、一族の名誉。その上、作品は有名になり自分の領邦で上演される公演は成功間違いなし。近隣の貴族どもを呼び寄せ自慢げに見せびらかす。逆に」
ロスノは鼻息を荒くした。
「逆に、入賞できなければ。家名を傷つけたと罵倒され、中にはコンクールにかかった費用をカタに一生奴隷扱い、二度と音楽が出来なくなるような仕打ちを受ける者もいる。それでも貧しい若者は、一縷の望みにかけるのじゃ。ツヴァイブリュッケンも同じ。今のお前さんがそれに出る必要はあるのか?」

コンクールにかかる費用。楽器や衣装、楽譜?どこまでを言うのだろう。大金には違いないが、想像もできない。ただ、解雇されるだけではすまないということなのだろうか。

「知りませんでした…そんな」恐ろしいものだとは。
「失敗すれば同時にリツァルト侯爵の名誉も傷つくだろうの。ただでさえ、亡命貴族」
オリビエはロスノのその口調にかすかに嫌なものを感じ、眉をひそめる。
「……侯爵様は、立派な方です」
なぜそういう言い方になったのか、オリビエにも説明が難しかった。アウスタリア帝国とオリビエの祖国クランフ王国とは違う民族。どうしても差別に似た印象を受けてしまう。
悪気がなかったはずのロスノの言葉に過剰に反応してしまった。
不機嫌に眉をよせ、ロスノは言った。
「誰もそんなことは言っておらん。ただ、亡命貴族の先行きなど知れている。どれほど立派な貴族だろうと、いずれは家を絶やすだろう」
もっともな話だった。リツァルト侯爵には跡継ぎがいない。いずれ、老いて絶える。
だが。
「あの。もし、もし僕がコンクールでよい成績を収めれば、リツァルト侯爵さまにも栄誉なことですか?」
亡命貴族、そんな蔑んだ言い方をされなくてもよくなるかもしれない。いや、せめて、【出し惜しみ】の変わり者という印象は拭えるのではないか。

「何を言いたいのじゃ」ロスノは不機嫌を隠さず椅子から立ち上がった。
「わしはお前を心配しておるんじゃ!コンクールで失敗すればどうなるか分からんのだぞ!リツァルト侯爵もそんなこと望んでおらんじゃろう!」
「だけど、成功すれば」オリビエはぎゅと唇を噛んだ。
「成功するなど無理じゃ」
ロスノはアーティアよりはっきりとものを言う。
「…だけど」
「ふん。オリビエ、一つ教えてやろう。お前の先ほどの曲。あれをオーケストラにというなら、音符を半分に減らすくらいの覚悟がいる」
「え?」
「ピアノの独奏曲ではないのだ。すべての音楽家がお前のように演奏できるわけではない。あのままでは、お前以外の誰にも奏でられない幻の歌曲になる。楽譜に出来たかな?無理だと思うが?」

どきりとした。
確かに。うろ覚えのそれを演奏しただけで、楽譜になったものを覚えたわけではない。
ロスノの音楽に関する指摘は的確だと思えた。

「おっしゃるとおりです。僕は、演奏した曲を楽譜にすることができなくて。友人に聞いてもらって、譜面にしてもらったんです」
「無理じゃよ」小さな老人は首を左右に傾け、小さくコキと鳴らした。
「あの…」無理?

「たとえ、楽譜に似た曲を書き写すことが出来たとしても。演奏は同じものにはならん。その楽譜を見て演奏したことはあるのかな?」
オリビエは首を横に振った。まだ、見ていない。昨日のことだったからだ。

「ロスじい、偉そう」と。

緊張した空気に水をさしたのは二人の間で座り込んで見上げていたアナンだった。
「こら」と扉の向こうからのぞきながら妹を呼び寄せようとするエリーゼの姿もあった。

ロスノは姉妹の存在など気にもせず、
「お前さんには他のものにない才能がある。たとえ国立芸術院でもお前に教えることはないだろう。お前にとって音楽は学ぶものではない、表現するものだ。それは芸術としての理想的な形だ」
興奮しているのか顔を真っ赤にしてロスノは語る。
「型にはめるものではないのじゃ。まして、比較し順位をつけるコンクールなど!」
オリビエは言葉につまる。

「あの。よく分からなくて。以前、僕の音楽は一つの思想だといった友人がいましたが。それに似ているのかな」
ほう、とロスノが目を輝かせた。
「思想。なるほど。良い友人を持っているな。理解者は芸術に必要なもの。よいかな、オリビエ」先ほどまでの表情を緩め、ロスノは再びイスに深く座りなおした。
黙って聞いていた少女二人を手招きして呼び寄せると、アナンの頭をなでる。


聖歌のように誰かが作ったものを奏でる演奏家は多い。室内楽団や劇場の演奏家たちも作曲家の作ったものを奏でる。だが、それは歌や曲を作り出せない者が他人の創った作品を借りて自分を表現しているに過ぎない。

自ら曲を作り奏でることのできるお前が、どんな立派な作曲家の作品だろうと、真似をして奏でる必要があるかな?不要だろう?

お前はお前の演奏が出来、それは大勢を感動させる。本来音楽家とはそういうものじゃ。

楽譜などは誰かに同じ演奏をさせるための記録に過ぎない。お前と同じ演奏が出来るものがいないのなら、お前の曲を楽譜にする意味はない。それを無理矢理誰かのための楽譜にするというのは大変な作業だ、そう咬んで含めるようにロスノは語った。

「お前さんにコンクールなど必要ない、いや、出てはいかん」
侯爵も同じことをおっしゃるだろう、と。オリビエには予想できた。


オリビエは口をつぐんだ。落とした視線は鍵盤に置いたままの自分の手を眺めていた。
「危険を冒さずとも、自由に奏で、それで生きられる環境がある。そうじゃろう」
「…ですが。今更、断ることは出来ません。芸術監督のレイナドさんに台本もいただきましたし」
そう、今更。

はぁ、と。ロスノはため息をついた。
「わしからカール四世閣下にそれとなく聞いてみるがの。なぜ、お前を選んだのか気にはなっとる。兄のカール四世はともかく、マクシミリアン候が音楽家を雇うなど、これまでなかったことじゃ。あの弟君、物腰は穏やかだが血気盛んな性分、戦場では有能な指揮官での。この国では飽き足らずわざわざクランフ王国で軍務についていたくらいじゃ」

もし。どうしてもコンクールに出なくてはならないなら協力しよう。そう、ロスノは約束してくれた。

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