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「音の向こうの空」第十八話 ④

第十八話:スープに沈む静かなる愛



「アーティアに言われました。侯爵様は僕を引き取ったときから閉じ込めて育てたと、外の世界から隔離して僕の音楽家としての未来を閉ざしたと」
「お前はわしの楽士。どう育てようとわしの自由」
気付けば侯爵の襟元を掴んでいた。
「お前はあの時、わしに拾われた。お前はわしがいなければ音楽を奏でることは出来ない。それは今も同じだ。好きにさせすぎたな。この屋敷から一歩も離れることは許さん」
「それでも、僕は」
掴んでいた腕が強引に引き離され、そのままひねり上げられた。
「っ……!」
もがいても、侯爵の腕は鋼のように堅く強い。
う、と痛みに唇をかめば次には前髪が掴み上げられた。

「お前は、わしのそばから離れるな。閉じ込めて育てた。当然だ。でなければお前は、こんな風に外の世界に逃げ出そうとする。何の力もないくせに」
「僕は、…僕は一人でも生きていける」
みし、と腕が軋んだ。「!や、め…」痛みに声がかすれる。情けない、が。叶わない。
「指を折られてもか?一人で生きていけるかどうか、試してみるか?」
ぞく、と。震えが背に這う。それだけは。
「僕から、…」
「なんだ?」
オリビエは首を小さく横に振った。侯爵の胸元に額がすれる。もがいても、離れられない。
愛玩動物なのだと感じたことがあった。人間だと、思われていないと。
「痛い…やめてくだ、さい。お願いです」
侯爵の手には力がこもる。ああ、と小さな悲鳴が。悔しいのに、こぼれていく。
左手は何度も侯爵の背を叩く。やめてくれと必死で訴えても、空しい。
音を失う、それは、もう、どうしようもなく恐ろしい。どんな痛みより痛い。
クリスマスの夜。僕には音楽がなければ。奏でられなければ生きていけないのだと、思い知らされた。

「僕から、お願いです、音楽を。音を、取らないで……」
「従うか」
う、と。頷きながらもれたのは嗚咽だった。
緩んだ手から解放され、オリビエはそのまま床に膝をつく。痺れた腕をそっと胸に抱き、恐る恐る指を動かし。握り締めてみる。
強張った痛みにそのまま小さく丸くなる。床に額をつけたまま。オリビエは泣いていた。
かすかに土の匂いを思わせる大理石はあの革命の夜、泥に埋もれた麦畑を思い出させた。自分の陰が造る暗がりに身を沈め、冷たい絶望に打たれながら。
かすれた声のリトーの歌を思い出す。彼女は思いを、貫いた。

「僕は。疲れて帰る公爵様を癒したいと思った。僕の音楽で侯爵様が安らかに眠ることが出来るなら、僕はアーティアの言う立派な音楽家でなくてもいいと思った。ただ、僕が一人で生きていけるようになれば、侯爵様のご負担が減る、そう考えたのです」
圧倒的な存在として見つめ続けた雇い主が、いつの間にか歳をとり、しわが増えていく。それを見るのが悲しかった。亡命貴族と呼ばれることが腹立たしかった。
「侯爵様のお仕事が減れば、屋敷にいらっしゃる時間が増えて。アンナ様の寂しさも解消される、以前のようににぎやかなお屋敷になると」

どさ、と。侯爵は自分の肘掛け椅子に身を寄せた。滲んだ視界にその顔はやけに青白く見え、オリビエはますます胸が痛む。どうしたら分かってもらえるだろう。
「僕は。両親を亡くして、代わりに侯爵様が拾ってくださった。だから……」
「もうよい」

静かな声だった。
侯爵は眼を閉じ、額に手を当てて溜息を吐き出す。
かすかに椅子が軋み、オリビエは唇を噛んだ。

「お前の、好きにするがいい」


オリビエは暗がりの麦畑から顔を上げた。頬に伝っていた涙がひやりと冷たくなる。
許し?
「では……あの。オルガンも、続けて、いいのですか」
「……嬉しそうだな」
「あ、……はい。あのオルガンの音は好きですし。オルガニストの仕事は楽しいです」
「わしを年寄り扱いしおって。お前はいつの間にか生意気になった」

なぜ、急に。侯爵の態度が不思議でオリビエはまだ立ち上がれずにいた。
「お前はここにいるのだぞ。ずっと、わしにお前の曲を聞かせるのだ、いいな」
「僕には他に家がありません。それに言ったでしょう、以前も。侯爵様が僕の音楽を好んで聞いてくださる、それは僕にとって幸せです」

座り込んだままの侯爵は、なぜか動こうとしない。
そっと近寄る。顔色が悪いように思えた。
「少し、疲れた。夕食までお前の曲を、聞かせてくれ…指は、痛むか?」
オリビエは黙って首を横に振るとピアノの前に座る。

柔らかな夜想曲。まだ夕暮れまでは時間があるのに、眠っている侯爵がいるだけでこの部屋だけが夜を迎えたように静まり返った。ただピアノの静かな音が時間を進めていく。
侯爵が寝入ったのを見計らって、オリビエは演奏を終えた。
そっと近寄って侯爵の額に手を当てた。
熱があるような気がする。


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