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「音の向こうの空」第十八話 ⑦

第十八話:スープに沈む静かなる愛



ルードラー医師はオリビエがオルガニストをしていることを聞くと、「なるほどね、やはり君だったんだ」と巷で噂になっているのだと語った。
「最初は謎のピアニスト、その演奏が今は教会で誰でも聞ける。その噂は旧市街の拙宅にも届いていましたよ。侯爵様、明日あたり、ご一緒にどうです?私もここしばらく教会へ行っていませんでしたので」
黙り込んだ侯爵も、オリビエが「あの、是非。百年以上前に立てられた聖堂は美しいですし、オルガンを聴いてほしいです」と誘えば、うむ、と小さく頷いた。


翌日、侯爵家に泊まっていったルードラーとオリビエ、そして侯爵は三人そろって教会へと向かった。
夏の虫が森の木々のあちこちで彼らを歓迎し、侯爵は眩しそうに木漏れ日を見上げる。並んで歩きながら、オリビエは亡命の途中、川辺の岩に立ったことを思い出していた。あの時の侯爵の視線は力強く、明るい未来を見据えていた。

今は、少し、細められた目に映る新緑が表情を穏やかに見せた。

ロスノや司祭たちに、「侯爵様に知られると怖いんだ」と何度も話したから、どういう顔をされるか心配だ。突然休みをもらい、現れたときには侯爵を伴っているのだから、きっと皆驚く。

オリビエはいつもの通用口ではなく、今日は正面のアーチをくぐって、重厚な扉を開く。

ミサにはまだ早いために聖堂内はシンと静まり返っていた。
礼拝堂の柱ごとにランプを灯していたラドエル司祭を見つけ、オリビエが声をかける。侯爵を紹介すると、「娘たちがお世話になりまして」と笑い、エリーゼの父親だと知った侯爵は司祭に看病の礼を言った。
ラドエル司祭に案内され、オリビエも入ったことがない教会の奥、大司教の居室に通される。侯爵はパールス教会の大司教に「オリビエが世話になっております」と頭を下げた。
「素晴らしい才能をお育てになりましたな」と。大司教はオリビエに微笑みかける。オルガニストの件を認めてもらったのだね、とその笑みは語っていた。

恐れ入ります、と侯爵の声を聞きながら、オリビエは不思議な嬉しさがわいてくる。
これまでずっと隠されてきた。それは、もしかしたら僕が未熟だから、他人に聞かせるには恥かしい演奏だからなのかもしれないと思っていた。またそう思わなければ【出し惜しみ】の理由がつかなかった。こうしてリツァルト侯爵が自分を他者に紹介し、教会での演奏を許可してくれた。それはまるで一人前になった気分になる。
いつまでも子どもだとチョコレートのことは笑われても、大人として、男として、もちろん音楽家として侯爵に認められたのだ。
冬の暖炉に引っかかったままだった巣の中の雛は、やっと、この遠い地の初夏に巣立ちを迎える。今やどこまでも高く、飛んでいいのだ。窓から見える森の向こうの空は青く清んでいた。



「それで、侯爵様がロスノさんにね、僕がこの土地で音楽家として将来一人で生きていくにはどうしたらいいのかって、相談されたんだ。僕は仕事が始まったから同席できなかったんだけど、帰り際にロスノさんに言われたんだ。芸術には理解者が必要だ。お前はいい理解者を得ているって……」
侯爵も心配してくださっていた。オリビエにはそれが嬉しい。
「もう、いいよ、聞き飽きたよ。それで、とにかく芸術院でなんか資格取るんだろ?」
ヨウ・フラがソファーでぐんと伸びをして、欠伸を漏らす。
くす、と紅茶を運んできたエリーゼが「眠いの?」とヨウの髪に触れる。どうやら、二人はすでに恋人同士に見える。オリビエは目を細めながら、静かにバラードを奏でる。

「オリビエさんは侯爵様の自慢ばかりだし、ヨウは欠伸ばかり」
「自慢ってわけじゃないよ」エリーゼに笑い、「ただ、ちょっと嬉しかったんだ」と。その素直さがヨウ・フラに言わせれば子どもっぽいのだ。エリーゼはくすくすと笑う。
「コンクールは出ないことにしたんでしょ?それでアーティアさんも来なくなったの?」
どうやらその事実はエリーゼには歓迎すべきことらしかった。

「いや」
オリビエは演奏を止めた。

「え?コンクール、ロスノさんは反対していたのに」
ヨウ・フラが体を起こし、エリーゼは首をかしげたまま盆を抱える。
「コンクールの件は断るつもりだけど、まだ、マクシミリアン候に会えてないから確実じゃないんだ」
「じゃあ、アーティアは?なんで最近来ないんだ?」

言ってもいいものか、オリビエは迷った。

「あいつ、オリビエが侯爵様とうまく行ってるから、拗ねちゃったとか」
ヨウはいつの間にかアーティアをあいつ呼ばわりしている。苦笑しながらオリビエは説明する。

「違うよ。アーティアは、僕がこっそりオルガニストをしているって、侯爵様に報告したそうなんだ。わざわざビール工場まで訪ねて来たんだ。だから侯爵様は驚いて、昼の休憩時間に屋敷に戻った。そうしたら僕は教会に出かけていたし、アンナ夫人は手紙を残してビクトールと姿を消していた」

小さく溜息を吐き、減ってしまった何かを埋めるようにオリビエは紅茶を口に含んだ。
「侯爵様が。アーティアには近づくなと。僕が思っているような友達じゃないって、さ」
「やっぱり!」
ヨウ・フラは拳と手のひらをぱしんと叩き合わせた。
「あいつ、やっぱりなんか企んでたんだ。あいつがそそのかしてオリビエはオルガニストになったのにさ、それを侯爵様に告げ口するなんて、卑怯だよ。オリビエを引き摺り下ろして自分が侯爵様のお気に入りになりたかったんだ。いやらしい奴」
「ヨウ」
「…言っただろ?オリビエはお人よしなんだ。気をつけなきゃダメだよ」
「ヨウ!まだ、本当のことなんか分からないんだ。そんな言い方はやめろよ」

「そうやって、オリビエはアーティアのこと庇うけど!あいつはここに来るにも侯爵家のお金で馬車を使うし、オリビエと演奏会に行く時だって結局全部オリビエが出すんだって言ったじゃないか!」
「それは」
「オリビエには想像もできないかもしれないけどさ。僕は、多分アーティア以上に貧しいから分かる。背に腹は代えられないから、余計な費用はかけたくない。もらえるものは貰う、それは仕方ないさ。だけどそれは結局、侯爵家やオリビエを通じて援助されてるのと同じなんだ。僕は世話になった分、オリビエが困っているときには出来る限りのことをしたいと思っている。感謝しているからだよ。なのに、あいつはオリビエが大人しいのをいいことに威張っていて。侯爵様の前では態度が変わるだろ。その上、裏切るなんてさ、人間として間違っているよ!」
そう語る少年をエリーゼは眩しそうに見つめる。

いつか本当にヨウ・フラは思想家のように多くの人の共感を得て演説するようになるのかもしれない。

オリビエはアーティアに会いに行こうとしたが、それは侯爵に反対された。気にはなっていても、いざ会って何を言えばいいのかも分からない。

オリビエがアーティアと学んでいた午後の時間も、今はロスノと過ごすことが多かった。
国立芸術院の院長を務めているという(これはオリビエをかなり驚かせたが)ロスノの指示に従って、外国人でも宮廷室内楽団に入れるよう、資格を取ることになったのだ。そのためにまず芸術院の講義をいくつか来春から受けることになっていた。

外国人であるオリビエが安定した音楽の職に就くには語学力や知識、技術を保証する芸術院の修了証が必要だというのだ。
「お前さんが演奏するのに、そんなもの、何の価値もないのだがね」と。老人は笑った。
「第一わしも、何の資格も持っておらん。紙切れ一つで芸術を測るなど嫌な時代だ」

前の年にアウスタリア帝国の皇帝は代替わりし、跡を継いだレオポルト二世は芸術家への庇護に興味がなかった。そのために宮廷室内楽団も団員を増やそうとしていないし、宮廷歌劇場のオペラ公演も前年の半分以下に減らされているという。
革命や戦争が芸術家にも冷たい風となって吹きつけるようになってきていた。

革命の波。始まりはクランフ王国。それが嫌な時代を呼ぶかどうか。オリビエは自分の夢を熱く語るヨウ・フラを見つめていた。
貧しいものは革命を求め、金持ちは必死に護ろうとする。
両方を見ていると、これが一体誰の幸せを運び、何をよくしていくのかと、ふと恐ろしくなる。

ただ。努力することで夢が叶うことは必要だ。報われることが希望をつなぐ。
諦めてばかりではいけないのだと、自分自身も理解したばかりだった。
侯爵様に締め上げられたあの時。いつものように縮こまって、侯爵の命令に頷いているだけだったら。許しは得られず、籠の鳥のままだった。リトーの悲しい歌声と貫いた想いが、僕に勇気をくれた。

侯爵様も、ヨウ・フラも。アーティアも。皆が幸せになればいいのに。



そんな思いをのせ、オリビエは小さな礼拝堂でオルガンを弾いていた。
休日の昼下がり。古くて小さいそこにも、大勢の子どもたちが集っていた。オリビエが演奏しているその横では、ルードラー医師が順番に子どもたちを診察していた。
ルードラーは月に一度、こうして労働者地区の子どもたちを無償で診ていた。それを聞いてオリビエも手伝うことにしたのだ。手伝うといっても、荷物を運ぶのとオルガンを弾いて子どもたちを呼び寄せるくらいのものだが。

「貧しいものも、金持ちも。皆、同じ人間なんだよ」
そう穏やかに笑う医師の気持ちはオリビエの思いに似ていた。
「皆が幸せになればいいのに」
そう呟けば、ぽんぽんと背中を叩かれた。
「君のその気持ちと同じものを、全員が持たなきゃ、それは実現しないかもね」
「……それ、ヨウに笑われるんです。それは、オリビエが幸せだからいえることだよって」
「ふん。あのボウズらしいな」
「僕は、幸せだから」
「分かってないね」
「え?」
「いや。人にはいろいろな生き方がある。いつか、言っていたね。君の生き方を思想だといった友人がいると」
「はい」
「だからなんだろうね。君の周りには、自然と人が集る」
「え?」
見回せば、子どもたちが演奏を楽しみに膝を抱えて座っていた。
「君の音楽は優しく温かい。思想家が演説するカフェに集るのと、君の音楽を聞くために教会に集るのと。どちらが人を幸せにするんだと想う?」
オリビエは首をひねる。
「分かりません」比べられない気がする。

「優れた芸術や文学は、哲学に並び賞されるべきものだよ。今は一部の知識ある階級の人間しか理解できない。だが、いずれ。文化が時代を動かす時が来るさ。遠い未来かもしれないけれどね」
「ふうん。なんだか、不思議な気分ですね」
青年医師のさらりとした前髪が輝いて、そっちこそ十分哲学者みたいだとオリビエは密かに想う。

「僕は、君に期待しているんだ。まずは、この子達を大人しくさせることに成功している」
「じゃあ、もう少し弾きましょうか」
面白そうに笑ってオリビエがオルガンを奏でれば、喧嘩したり笑っていた子どもたちが聞き入った。
確かに少しは、貢献できている気がしていた。


次回「第十九話:約束、契約、罠」は12月22日公開予定です♪
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ゆつきさん♪

うふふ、私も久しぶりに「音の…」を読み返しました。
いやぁ、われながらたくさん描いているな~(笑)

侯爵様とオリビエの今後。
実は、この物語を描くときに決めたプロットで、決まっていた登場人物がオリビエと侯爵様。もともと、芸術家とそれを雇う貴族との関係を描きたかったの…
あれよという間にキャラが増えて、こういう話だったか、と自分でも驚く展開ですけど、二人の行く末が物語の終着点。
じっくり楽しんで下さいね~♪
(最近、ピアノ習っているでしょ?少しは音楽のことが分かるようになって、音楽を語っている部分をいつか修正したいと思っています~…いつか、ね^^)

『水凪の国』の書籍。あれ、三冊に分けないと出来なくて…金額を見れば顔が青ざめる…^^;
編集中なのだけど、注文するのが怖いのです~。
うう、安ければお世話になっている方々に差し上げたい気持ちたっぷりなのですが~!!
二冊目からは半額とか、なんかないのかな…><

えー!

アンナ夫人たら~! まだあきらめちゃダメなところだったんじゃ……
いやー、でも、侯爵様には幸せでいて欲しいのですが……夫人のことだって、きっと大切に思っているのに。

……違う?

いつかオリヴィエちゃんともお別れの時が来たりするのかしら……と思うと、勝手に切ないです。

主役陣は当然ながら、らんららさんの登場人物方はどなたも深いから、どれだけ間が空いていても、名前が出てきたら、すっ、と思い出せるのです。しゅごい……!

ところで、「水凪の国」の本企画は素敵です♪ 欲しい~。
わたしも一冊作ってみましたが、なんかかわいかったでした♪ 

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藤宮さん~♪愛です!

ありがとうございます!!

アンナ夫人の愛、侯爵の愛。お互い不器用さんだから…。
うむ。どうなることやら…(そこは秘密♪)

リトー、久しぶりでした。
目の前で誰かが果てる、あの体験はオリビエは一生忘れられないと思います。
じわじわとオリビエ君も変わってきています。

マクシミリアンとの約束…。いろいろと私も企んでおります♪
うふふ。どきどきしてもらえるといいなぁ~!!

愛、ですね~…。

なんかすごいことになってますね…。

ついに、アンナ夫人とビクトールさんは、そういうことになってしまいましたか…。

もう、侯爵様と、彼女たちの道が交わることはないんでしょうか…。
互いを思いあいながら、結局はすれ違ったまま、離れてしまったのは、何というか…、救われないなあ、と。

…でも、侯爵様にはまだ、オリビエ君が残っているんですよね。
それが、救いになっているんですね。

あと、例のマクシミリアン候の依頼。

侯爵様の知るところとなって、これからどうなるのか。
断るとしても、ただでは済まない様な予感があったりなかったり。

しかし、意外なところでリトーの名前が出て、ちょっとびっくりしました。
ちゃんとお話の中でつながっているのはさすがです。

これからも、楽しみにしてます。

では、恒例ですが、こっそりと応援してますね♪

kazuさん♪

ありがと~(^∇^)
このあたり、じわじわと周囲が変動してきています…
マクシミリアン候との約束…ご心配をおかけしまして(笑)
まだまだ、「大丈夫か!?」なんて、どきどきさせちゃうかもしれませんが、オリビエはあの通りマイペースで生きています♪

オリビエも実は案外、自分の感情に疎い人ですし、侯爵様も表に出さない大人です…そのおかげでなんだか地味な物語になっています(><。)
楽しんでいただけているといいなぁ~なんて、いつもどきどきしていますよ~。
なので、コメント、とっても嬉しいです!!

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うっ・・・そんな・・・

アンナさま・・・!!
よもやまさか、アンナ様がビクトールさんと逃げたなんて。
なんだか少し前の日本の家族とダブりました。
懸命に家族の為と外で働くお父さん。
家の事を顧みてくれないと寂しさをつのらせるお母さん。
両親のどちらも好きだけれど、どうにもできずに見ている子ども。
どの立場に立っても、寂しくてつらくて切なくて。
家は形ではなく、家族のいる場所。と聞いたことがあって、そのことを思い出しました。

亡命貴族の事も、故国のことも、自分たちの事もたくさんの悩みを抱えていた侯爵様に、オリビエくんのオルガニストの話は、抑えていた気持ちを爆発させるきっかけを与えてしまったんでしょうね。
そして、トドメがアンナ夫人とビクトールさん。
ビクトールさんには奥様がいるのに・・・。

でも、オリビエくんの本心を聞いて侯爵様がオルガニスとを許してくれたこと。
きっと2人の間はぐん・・・と近づいたんでしょうね。
なんだか、ほっと胸をなでおろす気持ちです。

でもマクシミリアン候の話が、やっと侯爵様の耳に入ったことが一番の安堵だったりして。

オリビエくんを中心に集う人たち。
オリビエくん自身でもある彼の音楽は、オリビエくんを時に苦しめ、時に最大の幸福をもたらしてくれる。
彼の音楽を、私も聴いてみたいです。

ではでは、次回楽しみにしています^^
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