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「音の向こうの空」第十九話 ①

第十九話:約束、契約、罠



リン
店の扉は貼り付けた鐘を揺らし来客を知らせる。
そんな小さな音も人々のざわめきも心地よい昼の音色。
どんな音がするのか確かめるつもりなのか。楽しそうな視線を落とし、ゆったりとした手つきでオリビエはクレープにナイフを入れる。
バターソースのかかったクレープは添えられた野菜ごと美味しい音を立てた。

「じれったい食べ方をするよね」
隣でヨウ・フラが言えば、「オリビエさまは貴族様なんでしょう?そりゃ、ヨウさんとは違いますよ」と笑ったのは店の主人。
「貴族さまは口にものを入れたまま、しゃべらないんだよ。だから一口が小さくなるんだ。子どもみたいにな」と。オリビエの向こうに座る見知らぬ男が笑った。そういう男も肉の塊をかみしめている最中だ。ヨウ・フラは肩をすくめる。
「だってさ、こういうとこは仕事の合間に来るものなんだ。みんなさっさと食べて昼寝したいんだ。オリビエみたいに冷めるまで待って食べる奴なんかいないし」

昼休みのこの時間、ヨウ・フラの気に入っているカフェ【足長の店】はにぎわっていた。最近はオリビエがここに足を運び、待ち合わせて食事をすることが多い。パールス公園の近くにあるこの店はオリビエにとっても居心地のいい場所だった。
「待っているわけじゃないんだけど。美味しいから味わっているんだよ」
そう、オリビエが笑えば店主は嬉しげに胸をそらす。
カウンターの向こうは戦争の様相を呈しているのに、主人はカウンターに肘を置いてオリビエとヨウ・フラを覗き込む。そんな主人の背後から女将さんが「あんた、注文だよ」と声をかける。

「あ、ノットさん、侯爵様が来られるからそこ、空けておいてください」
オリビエの声は届いたかどうか。ヨウ・フラがすかさず隣の椅子に帽子を置いて確保した。
「侯爵様が?なんで?」
「この後、ビール工場を見学させてくれるって言うんだ」
「なんだ、遊びか」
「遊びって言うか、そうだけど」
自分にも何か手伝えることがあるかも知れないと、オリビエは考えている。

ビクトールの代わりに、工場で働いていたリエンコというロシア人が屋敷に来て世話をしてくれる。軍人だったというリエンコは淡い金髪の三十代後半くらい。とがった鼻と大きな体が特徴だった。
必要以上に口を利かないのは、クランフ人に慣れていないためにオリビエの前では緊張するらしいとからかうようにテッヘが話してくれた。確かに彼はオリビエの前ではいつも仮面のような顔をしている。そんな下男もヨウ・フラがからかったり新聞や世の中の噂話を面白おかしく話したりすれば笑った。
リエンコが見かけによらずきめ細かく世話をしてくれるので、オリビエは以前よりずっと時間に余裕がある気がしていた。だから、代わりに書類を書く仕事くらいなら手伝えると思い立ち、侯爵に工場を見せてほしいと頼み込んだ。
侯爵が手伝うことを承諾するかはまだ分からないが。

「僕は午後から新聞社に納品に行って、ついでに仕事してくる。つきあえないから」
聞かれてもいないのに少年は口にしたカップから、オリビエを横目で睨む。
「あ、なんだ、ごめん。ヨウも誘えばよかったね」
「別に!工場なんか、見たくないさ。今新聞社は忙しいんだ」
「ふうん」
拗ねたように口を尖らすヨウ・フラは、内心興味津々なのだ。それが面白くてオリビエはくすくすと笑っている。
「なに笑ってるんだよ。戦地からいつ記事が届くかわかんないんだ。差し替えなんかいくらでもあるからさ、印刷所だって気が抜けないんだから」


遠い祖国、クランフ王国では革命を進めた政府軍と、周辺諸国が連合した軍とが衝突し、戦争へと発展していた。
「クランフ王国の軍隊には市民の義勇兵が多く参加しているんだ。革命のために命をかけるのは、きっと彼らにとっては誇らしいことなんだよね。ヴェルダンの要塞が落とされたとき、降伏しようとする司令官の前で「クランフのために命を捧げると誓った」と自ら命を絶った若い義勇兵もいたんだって。そこに攻め入ったのが、プロシアやアウスタリア、それに亡命貴族。亡命貴族は自分の国の民衆を敵に回しても平気なんだ」と、淋しそうにヨウ・フラはいつものように新聞に載らない噂話をしてくれた。

「戦争だなんてねぇ。教会へ身内の無事を祈りに通う人も多いですよ。まあ、大半はオリビエさんのオルガン目当てですけどね」と店の主人がカウンターのオリビエに声をかける。パールス教会に通っていた一人だった彼は、オリビエがこの店に通うようになると、早速どこかで中古のピアノを仕入れてきた。
「いやぁ、自慢ですよ。オリビエさんの演奏が聴けるんですからね、この街じゃこの店だけだ」
オリビエが演奏するようになって確実に客を増やしていることをヨウ・フラは知っている。主人があちこちで客に宣伝して回っていることも。
「ノットさんは調子いいなぁ」とヨウ・フラが軽く睨めば、「いつもどおり、お二人にはサービスしますから」とウインクをくれる。オリビエの数曲の演奏で、いつも二人は美味しい食事を無料で食べられた。
「じゃあ、二、三曲だけだよ。この後、侯爵様と待ち合わせているから」
オリビエが席を立てば、待っていましたとばかりに客からは拍手が沸き起こる。いつものことなのに毎回顔を真っ赤にして照れているオリビエにヨウ・フラは呆れながら。それでも、こういうところで聞く演奏も悪くないと頬杖をつく。
眼を閉じれば、仕事の疲れも忘れられる。
オリビエの演奏はどうしてこんなに優しいのだろう。
同じタイミングで小さな吐息を吐き出した店長に気付き、少年は顔を上げる。そっと見回せば、あちこちから小さな溜息が聞こえている。
これを、侯爵は独り占めしていたのだ。
究極に贅沢なんだ、と。丁度、店に入ってきた侯爵を見つけ、「今は皆のものだ」といわんばかりにヨウ・フラはにんまりと笑って見せた。

リツァルト侯爵は一瞬目を丸くしたが。
いつも居間でするのと同じように、腕を組んで立ち止まる。そうするとなぜか、オリビエはその存在に気付き、軽く視線を合わせ微笑む。笑い返すでもなく、侯爵は席に着こうとこちらに向かってくる。やはり侯爵はオリビエにとって特別。長い間、二人はそうして同じ時間を共有してきたのだ。かすかに嫉妬のようなものを感じながらヨウ・フラはオリビエの隣を侯爵のために空けた。背もたれのない木の椅子を引く。

数曲奏でたところで侯爵がコーヒーを飲み終わり、それもまた二人にしか分からないタイミングなのだろう、オリビエは一礼して喝采を浴びながら演奏を終えた。
「オリビエさんにはいつもお世話になっていますよ」と店長が侯爵にサービスだとクロックムッシュを置いた。
「この間と音色が違うね。音も直っているし」
そう、上気した頬でオリビエが戻ってくる。人々の視線を浴びて少しばかり緊張するのだろう。
「調律を頼んでみたんですよ。オリビエさんにしてもらうのはいくらなんでも恐れ多いんでね。ほら、ランゲルク通りにあるシュタインさんとこの若い人」
「!アーティア!?」
オリビエは立ったままカウンターに身を乗り出す。
侯爵が顔をしかめたのをヨウ・フラは見逃さない。同じ気持ちだからだ。
「あの、アーティア・ミューゼって名前じゃないですか?ほら、黒髪でこう、前髪をこうしていて、ちょっときつい顔した」
そこでヨウが小さく笑ったのもオリビエは気付かない。
「え、そうでしたかね?確か、ヴァイオリンがご専門とか」
「元気だった?」
と聞かれても。店長は苦笑する。
「まあ、病気じゃないとは思いますが」
「オリビエ、座りなさい」
「あ、はい」
そこでやっと侯爵の厳しい顔に気付いたのかオリビエは大人しく座った。
ヨウ・フラの興味はすでにいい香りのブッフブルギニョンに移り、しっかりナイフを突き立てている。育ち盛り、大好物の肉でしかも無料とくればそれほど美味しいものはない。
オリビエはヨウの手前、侯爵に視線を戻した。
「オリビエ、今日の見学は中止だ。これからマクシミリアン候に会いに行く」
「え?こちらに来られているんですか」
ふふとやはり嬉しそうなヨウ・フラの笑みが視界に入る。
工場見学のときにはヨウも誘ってやろうとオリビエも目を細める。

「笑っている場合ではないぞ。わしも、ロスティアーノ氏も何度か掛け合ったのだが。オリビエ。例のコンクール。やはり出ることになりそうなのだ」
「え?」
すっかり、出ないつもりでいた。
宮廷歌劇場のヴィエンヌ・オペラコンクール。
「マクシミリアン候の兄、カール四世選帝侯とロスティアーノ氏が親しいのでな。何度か説得しようとしているのだが、マクシミリアン候は大人しく兄の言うことを聞くような男ではなくてな。今日、本人と直接話してみようと思うのだ。初めて書くオペラだと、向こうも承知のはず。結果にこだわらず可愛がってくれるのならよいのだが」
ありえないだろう、という渋い表情。
「……侯爵様、侯爵様のためにも、頑張りますよ。大丈夫です。実は一つ、書き上げたものがあります。それをオーケストラ用に編曲します。ロスノさんは難しいとおっしゃいますけど、でも。僕も挑戦してみたい」
そこで栄誉を受ければ、侯爵様も誇らしいはず。
店長にチョコレートを差し出されたからだけでなく、オリビエの瞳は輝いていた。

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