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「音の向こうの空」第十九話 ③

第十九話:約束、契約、罠



マクシミリアンの用意した馬車に揺られながら。オリビエは頭を抱えていた。どうやって侯爵様に説明しよう。侯爵様は、どう思われるんだろう。なにか避ける方法があっただろうか、僕はまたバカなことをしたんだろうか。
せっかく侯爵様がコンクールに出なくてもいいように交渉してくださっていたのに。
「僕は……」
なんて、約束をしてしまったんだろう。


屋敷の外へと小さくなる馬車のランタンを眺めながら、マクシミリアンは傍らに立つ衛兵に視線を戻す。
「素直な青年ですね」そう笑ったのは先ほどの衛兵だ。腕を組んで侯爵の背後で同じ窓を見つめる。
「オリビエはリツァルト侯爵に大切にされ、籠の中で育ったのです。籠から出れば危険があることを知らずにね。侯爵が護ろうとしたそれが仇になる。お前に任せますから好きなようにしていいですよ。少し脅してやるのも楽しそうです」低く笑うマクシミリアンに、衛兵は「お人の悪いことです」と肩をすくめた。
「それより先日、我が領邦を尋ねてきた音楽家がいましたね。ここヴィエンヌに住んでいるとか」
「はい、ミューゼと名乗っておりましたな。レイナドが追い払っていたようですが」
「どこに住んでいるのか、調べなさい。会いに行きます」
「はい。しかし大公様、将軍はすぐにでも貴方様を参謀にとご希望でしたが……」
「コンクールまでです。それが終われば入隊します。戦場に発つ前に、これだけは始末しておきたいのです」
衛兵は膝をつき、一日も早く大公様の願いが叶いますよう、お手伝いいたします、と。恭しく頭を下げた。



オリビエが屋敷に戻ると、テッヘとシェイルが転がり出るようにかけて出迎えた。
「オリビエ様。お帰りなさいまし!ご心配申し上げておりました」
「侯爵様は?」
オリビエのコートを受け取りながら、シェイルは「旦那様はお帰りになるなり寝室にこもってしまわれまして。ご一緒のはずのオリビエ様が戻られないので心配で」と早口でしゃべる。
「どうなさったのか、お伺いしたくてもあの侯爵様のご様子では、とても。リエンコが声をかけて、逆に怒鳴り返されてしまって、もうどうしたらいいのかと」
テッヘが「これ、シェイル」と、声を小さくする。
メイド二人を引き連れる形になっていたオリビエの前に、階段から駆け下りてきた侯爵の姿があった。

「侯爵様、遅くなりました」
なんと説明しよう。オリビエは視線を合わせられない。そんな青年を黙って見つめ、リツァルト侯爵は目を細めた。
「……ピアノを」
それだけ言うと、侯爵はずんずん居間に向かって歩く。
オリビエは二人に、「大丈夫、いつもどおり夕食の準備を頼むよ。リエンコには僕から話しておくから」と笑いかける。
二人は侯爵の後を追うオリビエを見送り、顔を見合わせ。それから、台所へと向かう。


居間に入ると侯爵はまっすぐ自分の椅子へと向かった。その後姿を眺め、オリビエは口を開いた。
「あの」
「……なにを、約束させられてきた?」
侯爵の言葉は、全てを予想しているように思える。
オリビエは視線を床に落とした。
「コンクールの入賞を…。失敗すれば」
「お前をわしから取り上げるつもりだろう」
やはり、ご存知。マクシミリアン候に同じ話をされたのだろうか。

「……はい。明日、正式な証文を用意されると…すみません。僕が、機転が利かなくて」
ふん、と侯爵の吐息は扉の前に立ち尽くすオリビエにまで聞こえる。

「お前に非はない。わしもマクシミリアンを説得できなかった。しかし……そうか、そうまでして帰りたかったか」
かすかに笑ったように見えた。
「わしは、お前をおいて帰った。よいのだぞ。わしの下を去り、マクシミリアンの庇護に入れば、お前は何の心配も要らぬ。好きなだけ音楽を奏でられる。あの男はわしのように閉じ込めようともしないだろう」

瞬きの向こうで侯爵は悲しげに笑う。白いものの増えた髪。夕日の窓を背にその姿はひどく小さく見える。
滲んで見える。

オリビエは黙ってピアノに向かった。
奏でるのは、あのレクイエム。幼い頃の演奏はシンプルで深い。余計な奏法はいらない。音の余韻が耳に重なるたび、孤独の悲しさを増していく。あの時、突然の両親の死を受け入れられず、泣けなかった僕は。音を奏でることで涙していた。泣き続け、泣きつかれた時顔を上げれば、侯爵様が笑ってくださった。
だから、この最高に憂鬱なレクイエムは温かい優しさで終わる。朝日の差し込むチェンバロに描かれた風景に。新しい夜明けを感じさせて終わるのだ。
「僕は約束を果たします。コンクールで必ず、結果を出してみせます」



翌日、オリビエは教会の仕事を終えるとマクシミリアン候の屋敷へと向かった。雇った馬車は遅くとも午後九時には迎えに来ることになっている。その時にはリエンコが来てくれるはず。オリビエを一人、マクシミリアンの下へ送り出すことを心配し、侯爵が手配してくれた。
森を一望できる小高い丘陵地。秋の風は日暮れが迫るほど急速に冷え込む。コートの襟をぎゅと握って馬車を降りるオリビエを、アマーリアが駆け寄って出迎えた。
この子の存在だけが心を和ませる。

抱き上げると「オリビエ、何かいい匂いがするわ」と首にすがりつくから、「多分、チョコレートですよ。お好きですか」と笑う。「大好き、大好き!」と繰り返して嬉しげな少女を抱えたまま、オリビエはメイドについて、昨日と同じピアノのある居間に案内された。
そこには見知った男が待っていた。

「レイナドさん」
「お久しぶりですね、オリビエ。楽譜を持ってきたね」オリビエが頷けば、レイナドはアマーリアを促し、不満そうな少女を用意されていたお茶と菓子で手名付けるとオリビエと供に楽譜に見入る。
「……これは?」
「僕の演奏をアーティアに楽譜にしてもらったものです。演奏と少し違うところもありますが、これからオーケストラ用に編曲しますから、そのまま手を加えずに持ってきました。何しろ僕は初めてだから、レイナドさんにご相談しようかと」
ふむ、とレイナドはもう一度楽譜を見つめる。
アーティア・ミューゼね、と。レイナドが呟くのをオリビエは不思議そうに首をかしげる。
「曲調は素晴らしい。もう少しすれば、歌を担当するものが来るよ。アントニオとエミリーというイファレア人の夫婦だ。ベテランだから、君の曲を聞けば歌のための編曲に力を貸してもらえるだろう。結局歌い演じるのは彼らだからね。私は主にオーケストラ用の編曲を」
「はい、ありがとうございます」
にっこり笑うオリビエに、レイナドはそっと顔を近づけた。
「なにしろ、私も生活がかかっています。このコンクールは二回目ですが、私の前の監督はこのコンクールで解雇されましたから」と、こっそりと囁く。
向こうではアマーリアが好物のお菓子のジャムだけをなめ取って、メイドに呆れられていた。

「私も、歌手たちも。協力を惜しみませんよ。むしろ、貴方が作曲者として選ばれたことは幸運です。ガウソンではとても役立ちませんからね」
「そういえば、ガウソンさんはお元気ですか?」
「……一月前に解雇されました」
オリビエは、ごくりと喉を鳴らした。
「代々音楽家を務める家系のものでしたが。ツヴァイブリュッケン家は、ホンモノを好みます。力のないものはいつでも捨てられるんですよ」
確かに、雇い主の気分次第で楽士は解雇される。革命前のクランフ王国でもそう言った話は聞いたことがあった。
だからこそ、オリビエも自由がなくとも侯爵にもアンナ夫人にも従ってきたのだ。
友人のように親しげに、と夫人が腹を立てたのも分かる。何をどうしても雇う側と雇われる側。そこには明確な上下関係があった。

オリビエはこの屋敷に用意されているフォルテピアノに触れる。豪奢な金の飾りがつき、彫刻の施された脚、贅を尽くした白いピアノ。白い鍵盤はまだ珍しかった。
顔を上げれば、レイナドは楽譜と台本とを並べて真剣に見つめている。
オリビエは昨夜もう一度読み返した楽譜を思い出し、冒頭から演奏を始めた。
夜明けから始まる。
描かれた台本はイファレアの古典劇。遠く離れた恋人同士に魔の象徴であるカラスが黒い翼で疑惑の種をまき、互いを信じられなくなっていく悲しい物語。恋人を貴族に奪われた男は魔に魂を売り渡し、自らを死んだことにした。姿を変えカラスを名乗る。奪い返そうと愛する女に偽りの真実を吹き込む。カラスの言葉を信じ込んだ女は悲しみ、かつての恋人を殺してしまったのだと、自ら命を絶とうと胸に剣を突き立てる。
自らの愚行に気付いた男が嘆くシーンで、伸びのある歌声が混じった。

『私のこの胸の痛み、確かな痛み、だがカラスには涙もない。
美しい乙女を、愛する乙女を。こうして私は失うのか。こうして私は失うのか。』

響きのよいバリトンにオリビエが顔を上げると、がっしりした黒髪の男性と少し大きすぎる目元の女性が立っていた。イファレア人らしく、堀の深いはっきりした顔立ちの二人は遠目にも目立ちそうだ。
「だろう?今のあたりは」
そう笑った男性はアントニオと名乗り、オリビエに手を差し出した。
「はい、よく分かりましたね」オリビエが笑う。
「当たったか。俺も中々やるもんだな」アントニオは自分の胸を親指で示して誇らしげに笑った。男性がアントニオ、女性はその奥さんでエミリー。二人ともオペラ歌手だ。いつの間にか楽譜を手にオリビエのそばに立って聞いていたレイナドはオリビエを二人に紹介してくれた。
「オリビエンヌ・ド・ファンテル。作曲とピアノを担当するクランフ人だ。まだ二十一と若いが、腕前は今、聞いたとおりだ」
「ふうん。監督が期待しろっていうからもっと男前を想像したのにさ」とエミリーはオリビエの前に立ってじろじろと眺めた。豊満な胸元が組んだ腕で強調される。
「おい、何を期待したってんだ。十分、色男じゃないか」アントニオが呆れて笑えば、
「だってさ、あたしより小さいだろ?若いだろ?」とエミリーは鼻をつんと上向かせる。
「そりゃ、お前が悪い」笑いながらアントニオが歌い出す。
『私なら可憐なスミレを愛します。楚々と風に揺れる春の花、若き乙女、亜麻色の髪を揺らした白い頬』
アントニオの歌声は心地よく、オリビエの指は自然と鍵盤を走る。
亜麻色の髪の美しい乙女を。と歌いながらアントニオがオリビエの髪をなで、「僕?」と目を丸くすれば、今度はエミリーが冴え渡るソプラノを響かせた。
『おお、余りある日の光を神はなぜあの乙女に与えたもう。我にこんな影ばかり残して、あの乙女に光を与えたたもう。我にはこの影しかないのに』
それらがこの台本の一部だと気付き、オリビエは美しい声に曲を添える。
柔らかな演奏は伸びやかに歌うエミリーの声に華やかさを増す。

次へ♪


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