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「音の向こうの空」第十九話 ⑤

第十九話:約束、契約、罠



昨日、マクシミリアンが言っていた契約を、するのだ。サインしたらもう後戻りは出来ない。成功しなければ、侯爵様のそばにいられなくなる。
テーブルに差し出された紙をじっと見つめた。
「オリビエ、約束だ。サインしなさい」
そこには立派な金箔が押され、装飾された文字で約束が書かれている。
宮廷歌劇場ヴィエンナ・オペラコンクールで入賞すること、それがかなわなかったときには、ツヴァイブリュッケン家の音楽家として生涯勤めること。

横から眺めていたエミリーが眉をしかめた。
流石に静まり返った中、オリビエは一つ息を吐き出して気分を落ち着けると。差し出された羽ペンで二枚ともサインを書き込む。
契約書を受け取って確認すると、ジーストはかすかに目を細め、
「オリビエ、昼過ぎには大公様が戻られる。アウスタリアの将軍もご一緒の予定だ。是非、演奏を聞かせて欲しいそうだ」
「……はい」
ジーストが部屋を出て行くと、ふう、とレイナドが息を吐き出した。
「なんだかな、ありゃ」と楽しい雰囲気を壊されたことに憤慨しているのかアントニオは口直しにとカップになみなみと茶を注ぐ。

「変じゃない」
そう、睨んだのはエミリーだ。
「変?」
オリビエは冷めた茶で気を落ち着けようとしていた。まじまじと契約書を眺めなおす。どこかおかしかっただろうか。渡されたものにはマクシミリアン候の割り印が施されている。

「普通はさ。失敗したら追い出されるんだよ。あたしだって、アントニオだってそう。なのに、あんたは逆じゃない。失敗した方が得なんだ」
「おいおい、見間違いじゃないのか?そんなの、あるわけないさ」
契約書には入賞できなければ一生音楽家として雇う、とある。それは間違いではない。

二人の言葉にオリビエはレイナドを見つめた。レイナドはどう想うんだろう。
音楽監督は首を廻しながら、思案し。オリビエの視線に応えると笑った。

「エミリー、アントニオ。オリビエにはここ以上に雇ってもらいたい場所があるんだ。辞めたくない仕事がね。そうだろう?」
黙って頷く。
「だから、オリビエにとっても失敗できない、ってことになる。それに、音楽家として勤める、っていっても内容は様々だろう?楽なものばかりじゃない」
「へえー、オリビエ君は恵まれてるんだね」と。エミリーは顔をしかめた。
まあまあ、となだめるアントニオにあんたはどっちの味方なのさ、と余計に眉を吊り上げた。

「大体さ、皆、血を吐く思いで生きてるんだよ!劇場に立つ前は浮浪民みたいに道端や中庭で歌った。どれだけ思いを込めて歌ったって、聞いてくれる人なんかない。追い払われるように小銭を投げつけられ、それを拾って命をつないできたんだ!あたしたちは大公様に感謝しているんだよ!!だから、熱があったって、寒くたって、笑顔で歌いきる。一度も舞台に穴を開けたことなんかない!ようやく得た仕事なんだよ?それがオリビエ君には納得いかないんだ!これが腹が立たないわけがないだろ!」
興奮して立ち上がったエミリーは、オリビエの胸元を掴む。

「あの……」なんと言えばいいのか。なだめようとオリビエも立ち上がれば、ぐんと腹の辺りを拳で押され、息がつまりそうになる。
「貴族のお坊ちゃまが道楽で音楽やるならあたしたちを巻き込まないで欲しいね!いい加減な気持ちでコンクールなんか止めときな!迷惑だよ」
「やめろ!エミリー」アントニオが引き剥がそうと怒鳴る。その時には、オリビエは大柄なエミリーに押され、よろけてピアノに背をぶつけていた。

間にレイナドが入り、アマーリアが泣き出し。
慌てたメイドが再びジーストを呼んでやっと騒ぎは静まった。

「いいかい!少しでも手を抜いたら、承知しないからね!」
捨て台詞をはいてエミリーは肩を怒らせ一人帰っていった。

「あいつも熱い奴だからな、悪いな」と。アントニオがオリビエの背をなでた。

「いいえ、彼女の言うことも正しいし、別に怒っていません。ただ。僕はエミリーさんがマクシミリアン候に感謝するように、僕を引き取って育ててくださった侯爵様に感謝しているんです。国を失って一人きりになった侯爵様は、僕の音楽だけを楽しみにしておられる、だから……」
レイナドが背中をたたき。アマーリアは泣きながらオリビエにしがみついていた。
「だから、成功させて見せます。皆が、幸せになれるように」
穏やかに笑い、オリビエは少女の髪をなでる。
「ごめんね、アマーリア。驚かせてしまったね」
少女はけなげに首を横に振る。
「一緒に、ピアノを弾こうか。アマーリアの演奏、聴きたいな」
少女が目を擦りながらオリビエの手を引いてピアノに向かい、メイドはそばに寄り添う。

その姿を眺めながら、「あー」と再びソファーに深く座りなおしたアントニオは、「よく分からんが」とレイナドとジーストに視線を送る。
二人が事情を知っているのは明らかだ。

レイナドは「彼の演奏を聞いてみれば分かりますよ。リツァルト侯爵は彼を育てたんです。それこそ温室の薔薇のように大切に。それを無理やり摘み取ってしまったら。薔薇は枯れてしまうかもしれない」と微笑む。
「そうでしょう?ジーストさん」
腕を組んで睨んでいた衛兵は、苦い顔をしていた。


午後になってマクシミリアン候は客を伴って屋敷に戻ってきた。
オリビエたちがオペラを語っていた場所は客人のものとなり、レイナドとアントニオは部屋の隅でオーケストラの編成を話し合うため椅子に座った。
大公と将軍とやらが話している間、オリビエは演奏を始めた。
邪魔をしないように静かな曲。

ピアノの音一つ一つを愛でるように、丁寧に弾くそれは時に軽やかに、時にしっとりと。オリビエは中庭で歌う歌姫を想像していた。イファレア人であるエミリーたちがどういう人生を送ってきたのかわからない。それでも、歌うことで生きていこうとした。

街の広場にはきっと、人も馬車も行きかい、物売りの声や子どもたちの笑い声。そんな中、空に向かって声を放つ。凍りつく冬には息をするだけで肺が痛むだろう。雪を肩に乗せ、白い息を吐き。そうして歌い、わずかなお金を得る。
カフェで歌わせてもらえれば、温かく、少しばかりの食事も分けてもらえたのかもしれない。オリビエの想像は【足長の店】。人々の人いきれで曇る窓ガラス。ストーブでは薪がパチと音を立て、香ばしいコーヒーが香る。
ふと気付くと、大公と客人のためにコーヒーが運ばれていた。

手を休めれば、マクシミリアンはふむ、とコーヒーに手を伸ばした。
「素晴らしいですな」
アウスタリアの将軍は髭の下を指先で擦り、それからカップを口に運んだ。
「いずれ、我が家の音楽教師にと願っておりますよ」
「おや、マクシミリアンどのはピアノを弾かれましたか?存じ上げませんでしたな」
「いいえ。娘が好きで。私は聞くだけですよ」

オリビエもメイドが差し出した飲み物で少し休憩すると、再び奏で始める。
今は昼寝をしているらしい、五歳のアマーリアに向けて、子守唄。リツァルト侯爵を憎むマクシミリアン候の行動は理解しがたいし、恐ろしくもある。それでもアマーリアの父親で、エミリーの恩人なのだ。人はそれぞれ、違う価値を持って生きているんだ。
そんな当たり前のことを、もう一度胸に刻む。

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