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「音の向こうの空」第十九話 ⑥

第十九話:約束、契約、罠



夜になり風が強まる。この季節にしては冷え込み、早い時間にストーブに火を入れようとレイヌは火種を抱えて夫のいる居間へと足を踏み入れる。
「明日は雨が降るんでしょうか」声をかけた相手はピアノを弾き続けていたが、不意に派手に鍵盤を叩きつけた。
耳を塞ぎたくなるような音にレイヌは持っていたバケツを置くと慌てて駆け寄る。
アーティアは鍵盤に突っ伏し、乱暴に楽譜をなぎ払った。レイヌはばらばらと散るそれを拾い上げる。ため息をついた。
「貴方、どうしたの?大丈夫?」
起そうと手を添えるレイヌを、アーティアは振り払った。
「うるさい!」
「また、この楽譜なの。レイナドさんには断られてしまったんでしょう?いいのよ、今の生活で十分じゃない。貴方はよく働いてくださるし、春には子どもも生まれる。宮廷音楽家ですもの。その辺の貴族のお抱えの楽士とは違うわ。立派な夫を持って、私は幸せよ」
金髪をきりっと結い上げた女性は少しやつれた頬に、美しい笑みを浮かべた。
しかしそれをアーティアは見ていない。
鍵盤をじっと眺め。

「弾けないんだ」と呟く。
「どこが、違うんだ!同じ楽譜なのに、楽譜通りになら完ぺきに弾けるのに、違うんだ!あいつの演奏と、違う。もっと、深く、柔らかく。温かい」
女性は落ちていた上着を拾うと、呟く夫の背にかけてやる。
ここしばらく、レイヌの夫アーティアはずっとこんな調子でこもっていた。よく通っていた侯爵家にも行かなくなり、何かしら悩んでいるのは確かだった。
毎日、この同じ楽譜を眺めては苦しんでいる。
「深く、柔らかく温かい。同じようなことを噂で聞きましたわ。教会でそんな音楽が聞けるんですって」
ふと、呟き続けていたアーティアの声が止まった。
「たまには、お祈りに行きましょうよ」そう励まそうとする妻に、アーティアはゆらりと立ち上がった。
「ああ、そうだな。パールス教会へ」


翌日、乱れていた髪を整え、アーティアとその妻レイヌはパールス教会へと向かった。
雨の中、大勢の人や馬車が教会に集まる。
きょろきょろとしながら、レイヌが「すごい人ね。今日は何か特別だったかしら」と首をかしげ、それでも少しばかり嬉しそうに夫の腕に手を廻した。
寄り添う夫婦は黒い服の人の波に紛れていく。

静まり返った教会では、すでに座るところがないらしく、立ったままの人々が雨に濡れた帽子を払っていた。
揺らめくランプと高い天井の明かり、雨のために薄暗い空を透かしているステンドグラス。妖艶なほど煌くパイプオルガン。
礼拝堂からは演奏者の姿は見えない。その手前に立つ聖歌隊が見えるだけだ。中二階のその場所では、オリビエがいつもどおりオルガンの前に座っていた。

司祭が話し、祈りを捧げ。
聖歌隊は美しい声を響かせた。
ミサは滞りなく終わろうとしている。
「なんだか、拍子抜けよね。人が多いだけの普通のミサじゃない?」と。レイヌがアーティアの耳元で囁いた。
が。
よい一日を、と司祭たちが別れの言葉を交わすのに、集まった人々は誰一人動こうとしない。
「あの、何かあるんですか?」
レイヌが立ち尽くしたまま彫像のように動かないアーティアに話しかけるのを諦め、隣に立つ老人に声をかけた。
し、静かに。と。老人はウインクと供に笑った。
「?」

ふわ、とランプが揺らいだ。蝋燭の炎もすべての影を震わせる。
風?
この天気で窓を開けているのかしら、とレイヌが天井に顔を向ける。揺れた。
それは、オルガンの音。空気の力で音を響かせる楽器の音色は、礼拝堂の高いドーム全体を楽器に変える。
その旋律はふわりと舞い降りる雪のように静かにかすかに。それでいて美しい。
不意に軽やかに始まる音楽は雨粒のようにぽつぽつと煌いて落ち。
ランプの光に照らされる人々の髪が美しく見える。一つ一つが薄暗い海に漂う蛍のように。祭壇のろうそくが音に揺れ、人々はかすかにため息をはく。
胸にわいた想いを惜しみ、そっと静かに。感嘆をもらす。

「なんて、美しい」心の声を知らず言葉にしていたレイヌは、隣の老人に目配せされそれに気付く。口を手で覆い、隣の夫に目を遣る。
アーティアは泣いていた。

これほど美しい音楽を耳にしているのに、泣いている。苦しげに。
妻は心配になり、夫の肩に手を置いた。それは冷たく、びくりと震えると顔を上げた。
そのまま、アーティアは止めるまもなく礼拝堂を去っていく。

「!」
慌ててレイヌは後を追おうとし、振り返った瞬間。演奏が終わった。人々の歓声が包み込み、妻はその波に追われるように駆け出した。

公園にはすでに、夫の姿はない。
立ち尽くすレイヌに、一人の男が声をかけた。長いコート、金の縁飾り。髪は白い偽髪で黒い帽子が斜めに乗っている。背後に三人、従者が付き添う。大柄な衛兵らしい姿もある。
貴族だ。
「アーティア・ミューゼさんの奥さん、レイヌさんですか。ご主人によいお話を持ってまいりました」
「あの、貴方様は?」
「私は、マクシミリアン・ヨーゼフ。バイエルヌ領邦の選帝候の弟です」
マクシミリアンは穏やかに笑って見せた。
パールス広場には、ミサを終えた人の波が降り続ける雨を押しのけるように流れていく。



「夫は、何かに取りつかれているのです。何か、心にある演奏を再現しようとして、でもできない様子で。心の中の理想に追いつかずに苦しんでいます」
馬車の窓に打ちつけられる雨粒を睨みながら、レイヌは打ち明けた。この貴族の紳士はアーティアに仕事をくれるというのだから、レイヌはすがる思いで話し続けた。
工場の仕事が休みがちになり、毎日どこかへ音楽を教えに行っているのだといっていた。それが二ヶ月前に、突然一人ミュニックへと向かい、帰ってきたと思えばひどく落ち込んでいた。そこまで話して、ミュニックがバイエルヌ領邦の首都であることを思い出し、レイヌは顔を上げた。
「あの、もしや、夫が何のためにミュニックに向かったのか、ご存知で?」
マクシミリアン候は頷いた。
「貴方のご主人は我が家の芸術監督に会いに来たのです。オペラコンクールに出たいのだと。あいにく彼は固い男でしてね。すでに決まっている作曲家がいるといって受け付けなかった。アウスタリア皇帝が代替わりしてから、宮廷室内楽団は団員を減らそうとしています。音楽家が冷遇される時代、私としても貴方のご主人のように素晴らしい音楽家を失うのは惜しい」
レイヌは驚愕した。もしや、夫は宮廷室内楽団を解雇されたのではないか、と。だからあんなふうに乱れ、打ちひしがれているのではないか、と。
「!そ、それでは…」
「知り合いの貴族で、コンクールに音楽家を出したいという話がありましてね、アーティアにそちらを勧めようかと思います」
震える手を胸元に組んで、レイヌは神に感謝する。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
レイヌは深々と頭を下げた。

次回「第二十話:オリビエの戦い」は1月5日(月)公開予定です♪

のんびりと描き続けています…気付けば長い物語になっているなぁ~(^^;)
飽きずに読んでくださる皆様、感謝しております♪

最近ストーブ…流行なのでしょうか?ストーブの本などを本屋さんで見かけました。
アンティークなものなど、とても可愛らしくて。いろいろと妄想をかられています。
オリビエのいるヴィエンヌ、現在のウィーンですが、冬は寒い。
なのに、18世紀の劇場ではストーブ一つなかったらしいです。それでも温かい家から出て、観劇に来るんですから、よほど人気があったんでしょうね♪

本年の連載はここまで♪
来年も変わらず、隔週月曜日に更新します!うん。頑張る。
ヴィエンヌ編もそろそろクライマックスが近づいています。
楽しんでいただけるといいな~♪
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藤宮さん~♪

おお、さすが!
読まれてるな~(笑)

私の思考が単純なのか(←多分それ)
藤宮さんと同じ感覚なのか(それなら嬉しい♪)
布石のおき方が分かりやすすぎたか(技術に難あり?)
どちらにしても、かなりど真ん中!

期待に沿うのかどうなのか(^∇^)わかりませんが。オリビエ君がどうがんばるか、見てやってください~。

一年の締めくくり~♪(?)

うう、また一波乱の予感が…。

悩めるアーティアを利用して、マクシミリアン候は何を企んでいるのか。

私的な予想では、アーティアを入賞させることによって、オリビエ君を入賞出来ないようにして、自分のものにしようとしてるとか…。

でも、気になるのはアーティアの持っているオリビエ君の曲の楽譜。
これって、アーティアがコンクールに出るなら、演奏順によっては、盗作とされてしまったりするんじゃないかと…、思ったりして。
それで、オリビエ君を陥れようとする…とか。

たぶん当たっていません。きっと外れているでしょう。
というか、それ希望(笑)
予想外の展開を心待ちにしています♪

オリビエ君たちが心から笑って過ごせる日が来ればいいな、と思いつつ。

ではでは、一年間執筆お疲れ様でした。

来年もまた、更新楽しみにしています♪

もちろん陰からこっそりと(笑)

kazuさん♪

こちらこそ~お世話になりました!kazuさんの温かいコメント嬉しいですよ~!

むふふ。騒動です、はい。なんだかひどく理不尽なのに通ってしまう…。納得いかないのに、そうするしかない。
ああ、世の中って…オリビエ君、まだまだ世間知らず(笑)

ゆっくり展開でつい、たくさん公開したくなってしまうので、一つ一つが妙に長くなってしまっていて…。読みにくいかと…ごめんなさい~。
かといって描写を減らしたくない…。むむ~。精進です。

kazuさんも、お体に気をつけて、よいお年をお迎えくださいね♪

マママ・・・

マクシミリアン候・・・腹黒い・・・(涙
いや、何を考えているのかは分からないけれど。
何か目的や考えがあるのだと思うのだけれど。
マクシミリアン候騒動、やっぱり終わってなかったとですね・・・;;

オリビエくんが、侯爵様の元に帰る為に契約を交わしたことに、感動したkazuです。
家族のようで。決して雇用の関係じゃなくて。
頑張れオリビエくん!!

あぁ、でもアーティア・・・
どどど、どうなるのかどうなるのか。
みんな懸命に生きてる。
オリビエくんにとってマクシミリアン候は怖い人だけれど、他の誰かにとってはかけがえのない人で。

みんなの気持ちが伝わってくるからこそ、切ないです。

次回、楽しみに待ってます♪

今年一年間、執筆お疲れ様でした。
来年も楽しみに、よませて頂きます^^
Secret

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