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「音の向こうの空」第二十話 ①

第二十話:オリビエの戦い



「あん、オリビエってば」
可愛らしい声が耳元で囁き、オリビエはまどろんでいたことに気付く。
目の前にアマーリアの大きな瞳がある。

「あ、……おはよう」
ぷんと頬を膨らます少女に引っ張られ、もたれかかっていたソファーから体を起こした。
「お目覚めか」と、レイナドが笑う。

今日はオーケストラの各パートの代表が集まっていた。オリビエがレイナドのアドバイスにしたがって書き直した楽譜を手渡し、レイナドが打ち合わせをしている間ずっとアマーリアのピアノを聞いていた。その内、眠ってしまったらしい。
「すみません」
「もう、何度もキスしたのに」と、アマーリアが腕を組んで怒ってみせる。
「もう少し大人のキスだったら、しっかり目覚めたかもしれないなぁ」
笑って見せるのはアントニオだ。
「大人のキスって何歳から?」と少女は真剣に尋ねる。その可愛くかしげた姿に皆が笑った。

「オリビエ、このファゴットのパートだけど」と、ヴァイオリン担当のヒルダが話しかける。
「ここ、この演奏は不可能よ、ファゴットのレシスは意地っ張りだから、出来ないなんていわないけど、あの不安定な楽器じゃ無意味な努力をさせることになるわ。もし、重要でないなら、この旋律はヴァイオリンでカバーするわ。ヴァイオリンは五人いるから、なんとかなるし」
オリビエは示された楽譜をながめ、「うん、じゃあ、こうしようか」とサラサラと音符を書き直す。
「さっきまで涎たらして寝てた奴とは思えないな」と余計な口を挟むのはアントニオ。ニヤニヤ笑いながら、腕を組んで覗き込んでいる。

「寝てる間に考えたんだよ」
冗談なのか、本気なのか分からないオリビエの返事に、アントニオは肩をすくめる。
本当に考えてあったかのようにあっさり編曲する青年に、ヒルダは目を丸くしていた。

「ほんと、よく拾ってきたわね、この才能を」
「教会の仕事の前にロスティアーノさんに教わるんだ。ただ作曲するだけじゃ、誰にも楽譜を書いてあげられないから」
「珍しいわね、あの偏屈じいさんが誰かを教えるなんて」
ヒルダが目を丸くすれば、「そ、アウスタリアの芸術監督さまは変わり者だからね。オリビエと気が会うんだ」とレイナドは一人悠然と自分のために茶を注ぐ。
ロスティアーノの名は彼ら音楽家の間では有名なようで、オリビエが彼に師事していることを知ると、無名の青年音楽家の実力を疑っていた奏者たちも納得してくれているようだ。


あれから三日ほどが経過し、オリビエもバイエルヌ歌劇団の皆に慣れてきていた。気さくな彼らは軽口をたたきながらも実力のある音楽家たちだった。
にぎやかな中にエミリーはいない。あの初日以来、顔を見せない。

「アントニオ、エミリーはいつになったら出てくるんだ?」
「お前が尻に敷かれているからだろ?首に縄つけてでも引っ張って来いよ。あの暑苦しい笑顔がないとどうも物足りないんだよな」
団員たちがからかえばアントニオは「尻の下はいいぞ」とわけの分からない反論をし、笑っている。オリビエはその様子をじっと見つめていた。
レイナドが軽く肩を叩く。

「君のせいじゃないさ。エミリーは気が乗らないと何も出来ない性質なんだよ。困ったもので以前からね、メンバーと揉めたこともあるんだよ」
オリビエは目の前に置かれたカップに視線を落とし、両手でそれを抱えた。
まだ十月の半ばだというのに、夜は冷たい。ストーブの中で薪が小さく呟いた。
「これから侯爵家に戻って、侯爵のために演奏するんだろう?」
レイナドは駄々をこねながらも寝室へと連れて行かれるアマーリアを視線で見送っていた。オリビエもお休みと手を振る。

「はい。侯爵様がお休みになるまで」
「いつ、休むんだ?」
「え?」
「早朝から教会に行くんだろう?午後からこの時間までここでコンクールの準備、帰ってから侯爵の世話。その合間に編曲もして。いつ休んでいるんだ?眠っていないんじゃないか?だから、さっきみたいに」
「いえ、あれは。夕食に少し、ワインを飲みすぎたんです。すみません。あまり酒に強くないので」
「……それならいいが。コンクール本番に体調を崩してもいけないからね、何よりもコンクールのことを優先してくれ。君の肩にはここにいる団員三十人の将来がかかっているんだ。失敗は許されない……特に、あの大公の下ではね。ほら、噂をすれば」

レイナドが溜息をつきながら視線を向けたのは、開かれた扉。ジーストが付き添い、マクシミリアン候は皆の挨拶を受けながらくつろいだ服装でいつもの自分の椅子に座る。
「オリビエ、何か弾いてくれませんか」
「はい」
ここにいる間は逆らわない方がいい、それがレイナドをはじめとする皆の意見だ。オリビエはピアノに向かう。

マクシミリアン候は、まるでリツァルト侯爵のようにオリビエの曲を聞きたがった。真似をしたいのかもしれないとオリビエは想うが、そこは追求できるわけでもない。
午後九時近い。そろそろリエンコが来てくれる時間。

ここ最近の雨の多い天候はこのヴィエンヌの街を丸ごと冷やそうとしているように思える。この時間の雨は冷たい。オリビエの前では無口なリエンコは、コートを着こんで馬車の前で黙って待っている。きっと、雨の中立ったまま。招き入れてやりたいが、それは許されない。
僕のこの演奏が彼に届けば、しばらくまだそこに行けないのだと分かってくれるだろうか。濡れないように馬車の中で待っていてくれればいい。雨が止むといい。この冷たい夜の風が、少しは彼に優しくしてくれるといい。

しばらく奏でたところで、ふとマクシミリアン候の身じろぎに気付いてオリビエは演奏を終えた。
広いこの居間にはストーブと暖炉があり、マクシミリアン候やオリビエのいる暖炉の周辺とは丁度反対側になる位置にストーブが置かれている。オーケストラの奏者はそちらに集まっている。じっと、座って静かにしていた。
彼らはオリビエと違い、この屋敷に泊り込んでいた。
楽器をすえてあるこの部屋はこうしてマクシミリアンが来ない限りはオーケストラのための部屋になっている。
ランプと暖炉の炎、二つの明かりにオーケストラの楽器が煌いて見える。オリビエの演奏する白いフォルテピアノは中でも最も豪華な装飾がされ、妖艶なほど美しかった。


「大公様、僕はそろそろ、帰らせていただきます」
一人だけ帰る場所のあるオリビエは、マクシミリアンが睨むように見ているのを気付かないふりをしながら、コートを手にとって部屋を出る。
雰囲気のせいだろう、視線を合わせたオーケストラのメンバーも「おやすみなさい」というオリビエの挨拶にも黙って見送る。
向こうに遮ろうとする衛兵がいたらどうしよう、と密かに緊張しながら毎夜この扉を開く。開いた先が闇なのは、ほっとする。
オリビエが冷えた廊下に一歩踏み出したところで、とん、と肩に乗る手がある。
「!」
振り返れば大柄な衛兵、ジースト。
「お送りします」と。明るい室内を背に、逆光になった男の表情は読めない。


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