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「音の向こうの空」第二十話 ②

第二十話:オリビエの戦い



ずっと肩に置かれた手が気になりつつも、オリビエは黙ってエントランスへと向かう。古い造りの屋敷は二つの大広間を回りこむように廊下があり、そこからはすぐにはそれと分からないよう使用人の部屋へとつながっている。だから、今そこを歩くのは二人きり。

寝静まるほどの時間でもないが、響く自分の足音にジーストの腰のサーベルが金属音を重ねオリビエはかすかに緊張する。

早くリエンコのいるところへ。

広間へ続く小さな支度部屋の前まで来たところで、突然ジーストはオリビエを突き飛ばした。
わ、と。思わず声を上げ、オリビエは暗がりに転がった。支度部屋の中にはランプの明かりが届かず、真っ暗だ。

「何をするんですか!」広間への入り口を隠すカーテン、その縁を飾る房が床についた手に触れる。
暗闇はあの時の麦畑を思い出させた。
自然、恐怖心がわく。
あの時は暗闇に刃が光った。

ぐ、と押さえつけられ、背に壁を感じた。
「何を、ジーストさん」
「リツァルト侯爵とお前は、どんな関係なのだ?毎夜、床を供にしているのか?夫人に逃げられた侯爵は寂しさのあまりお前に夢中か?」

その口調には嘲りの笑いが含まれている。のしかかる男を、気付けば膝で蹴り上げていた。

「侯爵様を侮辱するな!そんな下卑た想像しかできないなんて、恥かしくないか!」そう怒鳴りつつ、同じことをアンナ夫人も想ったのだと。それが、どれほど侯爵やオリビエを苦しめたのか、悲しくさせたのかと悔しくなる。
「そんな風に脅さなくても僕は今、あのオペラを仕上げることに夢中なんだ!こんなに一つの曲に時間をかけたことは初めてで、すごく楽しい。それを邪魔するのは、大公様の命令に逆らうことじゃないか!」

く、と。腹を押さえていたジーストは笑った。
「分かっていないな。大公様が何を望んでおられるか。考えれば分かるだろう?」
「……?」
「大公様にはオペラなどどうでもいいことだ。もともと兄上の趣味には関心がなかった。マクシミリアン候はこの件が終われば連合軍の将校として参戦する。戦場でこそあの方は生きる。その大公様がお前にこだわり、参戦を遅らせてまでコンクールに参加させる理由が分かるか?我らが戦場において価値を見出すのは命だけ。いいか、オリビエ。リツァルト侯爵からお前を取り上げる、そんな程度で済むはずがないだろう?」

侯爵様を、殺すとでも言うのか。

ぞくりと震えた。
気付けば壁に押さえつけられた体はびくともしない。
「……侯爵様に、何をするつもりだ」
「人の心配をしていられるのか?お前を温室の薔薇に例えた男がいる。大切に育てられたそれを摘み取れば枯れてしまうと。ふ、笑止。我ら軍人に花の価値など分からん。散ろうが枯れようが、踏みにじろうが関係ない。大公様のためならこの場でお前を殺すことも厭わん。二度と私の前で笑えなくなるほど、痛めつけることもな」

口をふさがれた。



オリビエが馬車にたどり着いたとき、予想通りリエンコは降りて待っていたのだろう、冷たくなった手でオリビエを支えた。すっかり雨は止んでいたが、返って澄んだ空気がひやと頬を刺した。
「あの、どうしました、オリビエ様」
体の痛みにどうしても緩慢な動作になる。

オリビエは「大丈夫だよ。寒かっただろう、遅くなってごめん」と笑った。
ここ最近、帰りの馬車でオリビエはいつも眠ってしまっていた。レイナドの言うとおり、少し疲れていた。リエンコがいてくれるから余計に安心してしまうのだろうが。侯爵家に到着していつも「オリビエ様、起きてください」と肩を叩かれるのは少し気恥ずかしい。
けれど今日はそれどころではなく、受けた傷に気付かれないようにしているのが精一杯だ。

「オリビエ様、いつもお疲れです。大丈夫ですか」拙いドイツ語で言われると、オリビエは笑った。乗り込んで座席に身を沈める。馬車の振動は殴られた背や腹に鈍い痛みを伝えたが、それでもこれで帰れると思えば緊張もほぐれてくる。リエンコはどうぞ自分にもたれて休んでくださいと言う。オリビエがひどく疲れているのだと思い込んでいるようだ。それなら、と。オリビエは痛む体を隠して、そっと肩を借りた。

「大丈夫だよ。僕が眠ってしまうのはリエンコがいてくれて安心できるからだよ。ありがとう。このこと、誰にも言ったらだめだよ」
そうして、眠ったふりをして眼を閉じた。

心配してくれる侯爵様や皆には罪悪感もあるが、オペラを作り上げていく作業は面白かった。侯爵様のため、自分のため。今はコンクールに全力を尽くそうと考えてきた。レイナドもロスノも協力してくれている。
充実していた。

しかし。
まだ、なにかマクシミリアンは企んでいるんだ。コンクールだけじゃない、なにかを。
命のやり取りにのみ価値を見出す彼らが、父の敵と思い込んでいる侯爵に望むのはやはり。
命なのかもしれない。

その想像はひどく恐ろしく、オリビエは震える拳を胸元でそっと握り締めた。



翌日はからりと晴れ、乾燥した冷気が頬をぴりぴりとさせる。教会の仕事は休みで、朝から鈍い痛みを残す体を引きずってオリビエは再びマクシミリアンの屋敷を訪れた。
今日はオーケストラと音を合わせるのだ。大切な日。自分の曲を初めてオーケストラが奏でる、それはきっと感動的だろう。

マクシミリアンやあの衛兵ジーストさえいなければ楽しいのだ。
皆、オペラを成功させようと必死なのだ。

大理石のエントランスを登り、衛兵の立つ扉の向こうで出迎えたのは、ジーストだった。
思わず一歩後ろに下がったオリビエの腕をつかむと、強引に引っ張る。
「放せ!」
慌ててオリビエが手を振り払うと、男はニヤと笑った。

「昨日は楽しかったよ、オリビエ」
嫌な記憶がよみがえる。

「おはよう、オリビエ」
馬車の到着に気付いたのかレイナドが現れ、助かったとばかりにオリビエはそちらに駆け寄った。ジーストを警戒しぐるりと遠回りするのも忘れない。
「おはようございます」
「冷たかっただろう、ストーブに火を入れさせた。今日は大広間だからね、この時間は日当たりが悪いんだ。こっちだ」
「もう、皆さん、おそろいですか」意識は背後のジーストに残したまま、オリビエは早足でレイナドの示した広間へと向かう。
ジーストは楽しんでいるだけとしか思えなかった。ちらりと振り返れば、笑顔が浮かんでいるように思えた。


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