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「音の向こうの空」第二十話 ⑤

第二十話:オリビエの戦い


ふあ、と三回目の欠伸をし。ヨウ・フラが居間の隅で眠気覚ましのコーヒーを貰っていた。

エリーゼはその隣に座ると、「また、遅くまでお仕事するの?」と少年の髪をなでる。
「んー、もう少しで書きあがるんだ。新聞社でね、話をしたら興味を持ってくれて。ほら、この間アウスタリア軍がリエージュを落としたばかりだし。市民の興味をそそるいい機会だって。僕の記事は、きっと市民に受け入れられるってさ」
「すごいわ」
「し、オリビエが起きちゃうよ」
言いながらもヨウ・フラはそばにある少女の肩を引き、軽く口付ける。
「もうっ」
エリーゼは照れながらもそばに横たわるオリビエが目を覚まさないかとそちらを見つめる。


オリビエは風邪でも引いたのか元気がなかった。侯爵が今夜の演奏は取り止めにし、湯に浸かってから休みなさいと命じた。リエンコが準備している間にオリビエはソファーで眠ってしまっていた。
鳥の夢でも見ているんだろうか、とヨウ・フラは想像しながらオリビエの寝顔を見つめる。

「大変みたいね」
エリーゼがそっと毛布をかけてやった。
「でも、充実しているみたいだよね。コンクールまで後二週間なんだ」

オリビエは毎日マクシミリアンの屋敷に通い、オペラの準備を進めていた。通し稽古も始まり、仕上がりが近いのだという。まったくの素人のオリビエが曲を書き、それを一つの作品に仕上げていくレイナドやアントニオたちにオリビエは刺激を受けているようだった。
それは、オリビエの演奏にも磨きをかけ、侯爵は時折、「これでよかったのかもしれない」と呟くほどだ。それはヨウ・フラも同じだった。

「なんだ、オリビエはまだここにいたのか」
リツァルト侯爵が姿を見せると、すぐその後からリエンコが「風呂の準備ができました」と入ってくる。
「オリビエ」
ヨウ・フラが肩を叩く。
ぴくと青年は震えた。
「なんだよ、起きなよ」
「あ、うん」
寝ぼけているのか、ひどく緩慢な動作のオリビエに業を煮やしたか侯爵が手を伸ばしかける。

「無理をしているのではあるまいな」
「いいえ、大丈夫です!!」
慌ててオリビエは起き上がる。そばにいたリエンコが支え、ゆっくりと歩き出す。

二人を見送りながら、ヨウ・フラは首をかしげた。
「オリビエさん、本当に元気ないわ」
呟いたエリーゼにヨウも頷き。そちらをと見れば侯爵もじっと二人の出て行った先を見つめていた。
「それとなく、聞いてみます」
溜息と供に少年が言葉にすれば、侯爵は目を細めた。
「僕も、心配だからです。オリビエはあんな頼りないくせに、意地を張るときがあるから」
アーティアとのこともそうだ。アンナ夫人とのこともそう。心のどこかに重くのしかかっているはずなのに、平気なふりをして笑っている。
オリビエは素直な子供のようでいて、本当のところは隠している気がしていた。
それも、自分以外の誰かのために。


美しいタイルに飾られた浴室は、湯船から漂う温かい湯気にしっとりと湿っていた。
温かい湯に浸かる、痛むだろうか。オリビエはそこが気になっているものの、嫌だとは言えずにいた。
「入らないのですか」
リエンコがまじめな顔をしてオリビエの着替えを籠に置いた。
「入るよ、一人で大丈夫だから、お前は外に」
「傷が痛みますか」

知られていないはずだった。
リエンコは体の割りに小さめの頭をかすかにかしげ、オリビエのまん丸な目に笑って見せた。
「何で、知ってる?」
「眠っている時に。見ました」
帰りの馬車の中で?でも、ちゃんと服を着ていたはず。
「服を……」
「こうして」
と、リエンコは自分の上着をまくって見せる。
無邪気とも思える行動に、どんな顔をしていいのか分からなくなる。頬が熱いのを思わず手で押さえていた。怒っていいのか笑っていいのか。いや、とにかく、寝ている人間の腹をのぞくってどういう神経なんだ!
「どうしてそんなことするんだよ!」
「痛そうにしていました」
「だからって」
「心配です」
オリビエは黙った。
「熱が出るほど、痛むのは、よくないです。傷を見せてください」
オリビエは首を横に振った。自分でも、見たくはない。
見たからと言って、治療できるわけでもないだろう。痛みがなくなるわけじゃない。
「心配です」
片言の、少し変な発音のドイツ語がなんだか腹立たしい。
「どうせ、我慢するしかないんだ、だから放っておいてくれ。僕は……」
リエンコが壁のランプを遮り、影がかかる。見上げるほど身長差がある。逆光に表情の見えないそれは、あの男を思い出させた。
ぞくり、と。
思わず体が強張る。
つと伸びる手に眼を閉じた。
「侯爵様に、話してないですね?」
「それは」
「話します」
「ダメだよ!そんなの!」
叫んでいた。

「どうしたんだ!オリビエ!」
駆け込んできた、ヨウ・フラ。その背後には侯爵。
それを塞ぐように、座り込んでいる自分をリエンコはそっと抱きしめた。
「オリビエ様は、無理してます」
次の瞬間、リエンコの身体は跳ね飛ばされ、そう、そんな表現がぴったりだった。タイルの床に鈍い音と一緒に男は転がり、その前に侯爵が立ちはだかっていた。
「あ、違う!あの、待ってください!」
慌ててオリビエはさらに拳を振り上げた侯爵の背にすがりついた。
「オリビエ!どうしたんだよ!侯爵様も、待ってください」
思わず悲鳴を上げていたエリーゼに気をとられながらも、ヨウ・フラがリエンコと侯爵の間に割ってはいる。
「落ち着いてください、侯爵様。リエンコ、大丈夫?何があったか、聞かないと!」
さらにリエンコに詰め寄ろうとする侯爵の勢いを背に受けながら、ヨウ・フラは悔しそうに見上げたリエンコを見つめた。その目に異様な迫力を感じた。ドイツ語が拙いから大人しく見られるが、リエンコも普通の男だ。母国語で話せばどれほど饒舌か分からない。
何か、そう、ロシアの言葉で早口でしゃべった。

それはヨウ・フラには意味が分からなかった。背後の侯爵が、ふと力を抜きはなれる。見開かれた目、次に何かロシア語でリエンコに返事を返す。
その確かめるような口調に、ヨウ・フラもオリビエもただ二人を見比べているしかない。
何回かロシア語が交わされ、最後に「心配です」とドイツ語。
その一言がリエンコから発せられオリビエは感づいた。
侯爵に、話したのだ!

「リエンコ、黙ってろって!」
そう、怒鳴ったときにはすでに、振り返った侯爵はオリビエの目の前で。
オリビエを悲しそうに見つめていた。
「ルードラーを呼ぶ。いいな」
その視線に耐えられず、オリビエは視線を床に落とした。

「あの、なにが?」
ヨウ・フラの問いかけは無視され、「ルードラーを呼びなさい。今すぐだ」と侯爵が命じる。
「なんだよ……」
「早く。オリビエが怪我をしたといえば、来てくれるだろう」


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