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「音の向こうの空」第二十話 ⑥

第二十話:オリビエの戦い



情けないことに、オリビエはこうなったことで肩の力が抜けたような安堵を感じていた。
黙っているつもりだった、心配させても仕方ないのだからと。
それでも医師に診てもらい、骨や内臓には異常はないといわれればホッとする。
ただ、ルードラーはこつんとオリビエの頭を小突き、「もっと早く、言うべきだね」と本気で怒っているようだった。

オリビエからはよく分からなかったが、腹や背に受けた傷は、痣になって赤紫に変色していた。そのまだらを体中にまとっている青年を見て、ルードラーですら言葉を失った。
のぞき込んでいたヨウ・フラは口を手で押さえた。

治療を受けながらオリビエが途切れ途切れに説明した出来事に、皆深い溜息で応えた。
「あと、少しです。だから、大丈夫。僕がここで逃げ出したら、団員の皆が困りますし。僕自身も契約違反で大公様に雇われなければならなくなります。なるべく一人にならないようにしますし」そう笑ったオリビエは、薬が効いたのか今は眠っていた。
その静かな寝息が規則正しくなる。
「バカだな、もっと早く言えばいいのに」と、オリビエに話しかけていたヨウ・フラやルードラーも、いつの間にか厳しい表情に変わっている。

リエンコが「私がおそばにいます」と戦場に赴く軍人のように姿勢を正した。侯爵は黙って頷き、医師は派手にため息をついた。
「いつでも呼んでください。こんな暴力は許されないのに!」
悔しそうに派手な音を立てて大きな鞄を閉じた。薬品のビンがかすかに不協和音を奏でた。
人は皆、平等に幸せになる権利がある。ルードラーの持論だ。ヨウ・フラも強く頷いた。

「侯爵様には、申し訳ないけど。僕は貴族も軍人も嫌いです。弱いものの痛みが分かってないんだ。戦場で命を懸けるなんて偉そうに言ったって、結局は歩兵の犠牲の上に胡坐をかいているだけなんだ。それを、まるで自分たちは特別に勇敢とでも言わんばかり。僕ら市民がどれだけ日々戦っているか分かってないくせに!」
侯爵も、軍人だったリエンコも黙って少年の言葉を聞いていた。

「誰もが、自分の人生を懸命に生きているんだ!オリビエだって!」
し、と。声が高くなった少年に侯爵が静かにするようにと促し。

「私に責任がある。マクシミリアンが恨んでいるのは私だ。直接話してみよう。だが、このことはオリビエには言うな。心配をかけたくない」
全員が同時に頷いた。



久しぶりに顔を見せたエミリーは不機嫌を隠さない態度で、オリビエの背後に立つリエンコを睨んだ。
「なあに、王子様は遅れてくる上に護衛つきなんだ」
感情を尖らした歌手の声は仮の舞台に響き渡った。稽古の途中だったのだろう、舞台袖に隠れていたアントニオが顔をのぞかせた。

「すみません、遅くなってしまって」
「いや、君は教会の仕事もあるんだ、仕方ないさ」
レイナドがオリビエを出迎え、リエンコには広間の隅に椅子を用意してくれた。
「おはよう、オリビエ」
「いろいろ考えすぎるなよ、舞台は順調だよ」
と、オーケストラの団員が笑って声をかけてくれる。オリビエはリエンコに大丈夫だよと視線を送り、自分の場所、ピアノの前に座った。

「何よ、無視するわけ?あたしに何か言いたいことあるんじゃないの?」
腰に手を当てたまま、舞台の上からエミリーが睨みつけていた。
「おい、エミリー、言っただろ?いろいろオリビエも大変なんだ」
アントニオがエミリーの肩を押さえる。

レイナドも、「エミリー。散々休んでおいて君がそこで威張るのもおかしいだろう?」と釘を刺す。
「煩いわね!ちょっと苛められてるからって同情してどうすんのさ!監督だってお坊ちゃまが可哀想だなんて本気で思ってるわけじゃないんだろ?大公様がオリビエを嫌うなら、オリビエに何か悪いところがあるんだろう?自業自得じゃないか」
本当にあんたはお人よしなんだから、とアントニオにも当たる。

アントニオに聞いたのだろう。
オリビエは唇を噛んでうつむき息を吸う。そのたびに背中とわき腹の痛みがやけに響いた。
団員たちが何の話だ、とざわつき、アントニオはエミリーに「いい加減にしろよ!」と声を荒げた。

このままではまた、意味のない喧嘩になってしまう。オリビエは顔を上げた。舞台から見下ろすエミリーと視線が合う。

「いいんです。エミリー、確かに僕はマクシミリアン候に憎まれている。ここにいれば酷い目にあう。だから、一生雇われたくなんかないし、早く契約を果たして自由になりたい。貴方たちは逆だろうけど、目的をかなえる方法は同じはず。このオペラを成功させて、コンクールで賞を取る。それのために、今は協力するしかないんだ。僕の考えは間違ってないと、思うけど」

見回せばヴァイオリンのヒルダが「ええ」と声を出し、視線の合った皆が黙って頷いてくれた。
ぱんぱん、とレイナドが手を叩く。
響き渡るそれに皆は監督に注目した。

「エミリー、オリビエの言うとおりだ。オリビエの曲を聞いてみるといい。例え、オリビエをここに呼んだ理由が不可解なものだとしても、契約内容がわたしたちと違っても、わたしたちのオペラを成功させるには彼が必要なんだ。オリビエ、第二幕のアリアを」
す、とレイナドが手を上げ。
よく訓練された犬のように、オーケストラ全員が一気に集中する。

鍵盤に手を置けば、オリビエはすでに体が音楽を欲していることを自覚する。奏でたい。それがどんな時でも、どんな曲でも。どんな想いでも。

音は僕自身。

恋人たちの優しい愛を奏でるアリアはピアノを中心としたシンプルな三重奏。ヒルダのヴァイオリンは音の粒に色を塗り、チェロは二つの音を包み込む。

漂う風に甘い香りが添えられているような、金色の音色に皆がうっとりと目を細める。これをじっと聞いていられるのは嬉しいね、と以前団員の誰かが言っていた。
ここに、エミリーの声があれば完成される。

オーケストラの皆が舞台上のエミリーを見つめた。
期待に満ちた彼らの視線に、エミリーは一度大きく息を吸った。
ふと。視線が遠く、そう今そこにはいない観客を見つめる。
響き渡るソプラノ。

『私の愛しい人、愛しい歌。夜の闇にも美しく響き。遠いあの地まで届くだろうか。愛しい人に届くだろうか。この愛を、この歌を』

隔てる山々、大河には冷たい流れ。それでも私の歌には翼が生まれ、愛するあの人を包み込む。と歌は続き、アリアが終わると、レイナドは続けて次の朗唱を促した。
いつの間にか広間には一杯に膨らんだ熱意がこもっていた。

扉をかすかに開けたところで、立ち尽くしたままの幼い少女にリエンコが気付く。うっとりと聞き入るアマーリア。リエンコは音もなく立ち上がると、自分が座っていた席を少女に譲った。幼い淑女は丁寧にお辞儀をし、ちょこんと椅子に座る。床に届かない両足が愛らしく、時折音楽に合わせてリズムを取った。

なぜ、苦しい思いをしてオリビエが続けようとするのか。皆のため、契約のため、それだけでないことをリエンコは実感した。団員やオリビエ、その周囲を彩る人々の憎悪も愛情もすべてを糧に作り上げられる芸術。その美しさにはかなうものがないのかもしれない。
夢中になっているオリビエは生き生きとした表情で、リエンコの入れるチョコレートを抱えた時より輝いている。


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