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「音の向こうの空」第二十二話②

第二十二話:そこから見つめる未来



会場内のざわめきが、公園の森を思わせた。侯爵家の窓から見ているだけでは感じ取れない葉のざわめきに似ていた。それが不意に静まりかえる。
まるで、風が止んだように、時が止まったように。
場内の明かりが消された。暗い大きな劇場は、夜を飲み込んだ空。わずかにバルコニーに灯されるランプだけが星のように瞬く。

脇に置かれたランプの炎が揺れる。二人を照らす唯一の灯りは、落ち着いた表情のレイナドを照らす。目が合った。
レイナドの指揮棒がわずかに動く。
その第一拍は無音。最も緊張の高まる曲の始まり、音のないそれに虚をつかれた観衆が止めた息を無意識に吸い込む瞬間。
追い討ちをかけるようにオリビエのピアノは清らかな風を運び込む。それは人々の動悸を誘い、同時に不穏な夜明けを予感させる。物語の始まり。朝の美しさに潜む不安な未来。清らかであればあるほど、人々の心を蝕む。
エリーゼは傍らのヨウ・フラにしがみついていた。
「綺麗、でも切ない……」
徐々にリズムは遅く、力強い旋律に変わっていく。目覚めたパン屋、物売りの声、走る子供たち。この雪の日に、春の日差しすら感じられる。
温かい音色。
それが旋律なのかリズムなのか、オリビエの指先が織り成す繊細な音の変化なのか。分かるものはいない。ただ、そう感じる。
数分の序曲が静かに終わり、音もなく幕が開く。普段なら、そう、ここで拍手だが。違う。客は感嘆の溜息で演者を迎えた。
すでに会場中が物語りに、オリビエの音楽に飲み込まれ一つに解け合っている。

物語は悲しい恋、すれ違う想い。エミリーのソプラノは胸に刺さるかと想うほど鋭く強く発せられたかと思えば、女性らしい脆さを垣間見せる。歌手の人生を語らせるかのような曲、歌声。そして、演奏。
台詞の朗唱にもオリビエは絶妙な音量の音色を添えた。歌手たちは励まされるかのように語り、追われるかのように嘆く。

―――愛する恋人を残し、セリーノは戦場へと旅立つ。その朝がついに来てしまった。
何度も愛を確かめたジュジュは今静かにベッドで眠っている。
一人先に目覚めた男、セリーノは夜明けの美しい窓辺で不安を歌う。

窓に立つセリーノの背をそっと見つめ、ジュジュは一人悩んでいる。
優しい恋人は結婚の約束もせずに旅立っていく。
ジュジュの家族はそれを喜んでいる。
戦場に旅立つ男に娘を縛られては憂いが残るばかり。
生きて帰れるかもわからない男に未練を残してはいけないと。自分を思いやり恋人は黙って旅立とうとする。

セリーノを送り出し、嘆き悲しむジュジュに継母が語る。
これでよかったのよ、無事戻ってこられればその時にまた、愛を語ればいいのだと。
継母は喜んでいた。これで娘に来た嫁入りの話を進めることができるのだと。あれはよい縁談、娘のためにも私のためにも。

街の門を出ようとするセリーノ。甲冑は心まで重くさせる。
空にも怪しげな雲が流れ、生暖かい風が吹く。聞こえてくるのはカラスの声。
お前は死に向かうのか。死に向かうのかと、繰り返す鳴き騒ぐ。
十字軍の遠征は尊いもの。セリーノが逃げれば愛しいジュジュにも呆れられるだろう。

軍隊は進み始める。
呼び止めるジュジュの声にセリーノは振り向く。
失いたくない、失いたくないと泣くジュジュと最後の抱擁。セリーノは愛している、と言葉を重ねる―――

アントニオとエミリーが抱き合う、二重唱のアリアは切なくそして力強い。ピアノだけの演奏に歌手の声は際立った。
痺れるような感覚に包まれ、ヨウ・フラは傍らのエリーゼの強く握る手に応えられずにいた。
オリビエの曲は侯爵の次に長くたくさん聴いてきた。
明るい日差しの入る居間で、オリビエが気ままに奏でるそれは心を癒してくれた。勤め先で嫌な事があっても、オリビエの曲を聴き、その呑気な笑顔を見ていれば、八つ当たりをしつつも気持ちが晴れた。
そんな演奏を温かく優しい、そう思ってきた。
だが、そんな言葉では今のオリビエの演奏は表せない。
何が違うのか分からない。ただ、何かがこみ上げてきて、思わず目が潤む。人は、言葉に出来ない心地よい衝撃を受けたときに、感動したと言うのかもしれない。
何かこの音楽に応えたい、黙ってはいられない、けれど表現できない。だから、普段は決して泣くことなんかしない少年も、今は頬に伝うものにも気付けずにいる。


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