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「音の向こうの空」第二十二話③

第二十二話:そこから見つめる未来



第一幕を終え、はぁ、とヨウ・フラが溜息を吐き出すと、同じタイミングのエリーゼと目があった。
「すごいわ」
「うん、すごい」
そんな感想しか言えない自分が情けないが、見回せば侯爵は言葉もなく、リエンコはなぜか涙ぐんでいるようにすら見える。
その向こう、少し離れた下段の席には演奏できなかった楽団員たちがいた。雪に耐えるひな鳥のように身を寄せ合い、じっと舞台を見つめている。たった一人楽器の前にいるオリビエを祈るように見つめていた。

第二幕の四つのアリアでアントニオが見事な声を披露し、会場は沸き立った。それもすぐに、オリビエの演奏が始まれば波を打ったように静まる。まるでオリビエの放つ音一つ一つが大切な台詞で、この物語を感じ取るには不可欠なもののように。
歌手は言葉で奏で、オリビエはピアノで語る。

―――遠い南の地、空を仰ぎセリーノは闇夜に声を聞く。愛しい人は元気だろうか。
元気だろうとも。
今でも私を思っているだろうか。泣いていないだろうか。
泣いていないだろう。
こだまのように繰り返すカラスの鳴き声。
泣いていない、泣いていない。新たな春を喜んで。
聞き耳か、とセリーノは体を起こす。カラスの声などに惑わされない。不吉な声、黒い姿。お前などどこかへ行け。

戦場で傷つき、疲れたセリーノが街に戻る。そこは新しい季節を向かえ花が咲き乱れる。教会の鐘がなる。飛び立つカラスに不吉な予感を覚えるセリーノ。

ジュジュの継母はセリーノを見つけると街から追い払ってしまえと衛兵に命じる。
継母は「娘は心変わりしたのだ」と、お前などより伯爵様との婚礼を望んだのだと笑い、セリーノを追い払う。
再び戦場へ戻るがいい、伯爵様のご命令だと。


引き裂かれ、ジュジュの姿を目にすることもできずセリーノは奴隷のようにつながれて戦場へと戻される。
カラスは嬉々として頭上を飛び回り、セリーノは怒り狂う。
この裏切りにどうして報いてくれようか。
私はこのままこの南の戦場で命果てるまで戦うのか。
仲間が倒れ、セリーノは追い詰められる。敵は黒い装束、不気味な言葉を話しながらセリーノを囲む。カラスが鳴く。
セリーノは死を覚悟する。カラスよ、あざ笑うがいい。お前が振りまくその不吉があの娘にも降りかかるように。私の苦しみと同じ苦しみをジュジュに。そのためにならこの魂、売り渡しても惜しくない。

突然闇が訪れた。不吉な月が空から隠れ、夜は真の闇になる。
敵から逃れたセリーノは闇に感謝する。泣き騒ぐカラスが何羽も何羽もセリーノの周囲、変わり果てた戦友の上に降り立つ。
お前の願いをかなえてやろう、お前の魂と引きかえに。そう聞こえる。

お前は悪魔か。セリーノの問いにカラスは首を傾げるばかり。カラスはカラス。だが願った瞬間闇が訪れ、敵は消えた。それは本当のことだ。
いいだろう、約束だ。私がこの恨みを晴らしたときには我が魂をお前にやろう。
闇に誓い、セリーノは血に染まる敵軍の黒衣に身を包む。カラスに護られたこの命、この姿。カラスと名乗り街へ向かう。私は不吉を振りまくカラスなのだ―――

アントニオが声色に迫力を添え、憎しみは身を滅ぼすのだと忠告しようとする妖精に刃を突き立てる。
雷鳴のような鋭いピアノの音が舞台を薙ぎ払い、暗転。
第二幕を終える。


観衆の深い溜息がためらいがちに吐き出され、暗がりの場内には緊張感が満ちている。
ばたばたと羽ばたきの効果音に人々はびくりと肩を震わせた。
雰囲気にそぐわない華麗なオリビエの演奏は、伯爵家でのジュジュを表す。今は豪華な屋敷の窓から、あの日の朝のセリーノのように空を眺める。


―――溜息と供に訪れたのは生暖かい風。
雷鳴がとどろき、ジュジュは怖がり慌ててベッドへと隠れようとする。
窓辺に停まるカラスが鳴いた。不吉な声で何度も何度も。不安がるジュジュに母親は上機嫌で花嫁衣裳をかざし、ほら、美しいわ、とても似合うわ。と満足げだ。
そこに伯爵が現れ、花嫁の母親とひとしきり抱擁を交わす。
「婚礼の祝いには、街の全員に祝福されよう。盛大な祝いだ」そういう伯爵にジュジュは語る。
「街の女たちは父を夫を戦場へと借り出されています、それでは祝福など出来ますまい」
伯爵は考え、「では半月後、すべての兵を呼び戻そう。その時こそ婚礼の祝い。盛大な祭りを行うのだ。宣言する、すべての兵士は戦いをやめ、街へ戻るのだ」
そこに伯爵に客だと小間使いが伝える。
漆黒の衣装をまとった東の国の大使だそうです、薄気味悪い男です。不安げに告げる小間使い。

伯爵が部屋を出れば継母がジュジュに詰め寄る。
「お前は何を考えている?兵士の中にあの男を求めてなのか」
不意に二人に襲い掛かる闇。激しい羽ばたきとともにランプを倒し、カラスは泣き喚く。
悲鳴を上げ継母はジュジュを置いて逃げ出した。
暗がりになった室内で、ジュジュは一人座り込んでいる。
あの人なら、あの勇敢で優しかったセリーノなら、私を抱きしめて助けてくれたのに。
けれど私は彼を裏切った。
戦場へと去った彼を裏切った。この罪は消えることがないだろう。

「そうだお前が殺したのだ」
いつの間に入り込んだのか。漆黒の衣装、目深にマントを被った男が立っている。私はカラス。真実を知っている。
「お前が戦場にいるセリーノを殺したのだ」男は恐ろしい台詞をはいた。
「セリーノはお前を恨み呪って死んでいったのだ」

あの人が死んだ。
あと少しで愛するあの人を呼び戻せるところだったのに。何のために私は。
運命は待ってくれなかった。あの人の待つ場所が地獄だろうと天国だろうと、私は会いに行きます。
ジュジュは泣きながら眼を閉じ、自ら剣を胸につきたてる。

悲鳴、雷鳴。カラスが泣き喚く。
セリーノが抱き起こしてもジュジュは目を開けない。
流れる血に震えながら、セリーノは嘆く。

愛を確かめもせず闇に魂を売った自分を呪う。カラスよ、愛しい人の命を返して欲しい。そうすれば私の魂は永遠にお前にやろう。

ふいにセリーノの姿は溶けるように消え、後には黒いマントだけが残る。

無音。
静まり返った中、ゆっくりとジュジュが体を起こした。
伯爵が部屋に戻ってくる。
「ジュジュよ、悲しい知らせだ。セリーノが戦場で命を落とした。昨日、遺体が見つかったのだ」

私は、命を救われた。
静かに歌うジュジュ。
愛しい人が私を救った。死んではならないと。
遠い戦地から羽ばたく鳥のように私の前に現れて、私を救った。
そして許してくださった。

これでお前は伯爵様と結婚するしかないのよと説得する継母に、ジュジュは笑った。
「いいえ、私のうちに宿る命は、セリーノの子。伯爵様との結婚は出来ません。最初から、お断りするつもりでした。お怒りはごもっとも、罰はこの身で受けましょう」
嘆く継母。伯爵は膝を落とす。
だが、と。伯爵は顔を上げ「セリーノはもういない。勇敢なセリーノの子、愛しいお前の子。わが子として供に育てよう」伯爵はジュジュの手を取る。

舞台は一転、華やかな婚礼の祝いの席。軽やかな円舞曲。窓辺にたたずみ花嫁衣裳のジュジュは遠くを眺める。カラスが鳴いている。悲しいのか嬉しいのか。
そこに伯爵が寄り添い、ダンスに誘う。
すべては時の仕業、我らはただ今を喜び踊るだけ。歌おう、笑おう。
歌いましょう春の鳥のように、歌いましょう黒い翼のカラスのように―――

十五名の歌手たちは、全てを演じきった。

最後を飾る合唱は、劇場内を熱い想いで満たした。拍手が沸き起こり、まだ、そう、幕が下りてもいないのに観衆は立ち上がり歓声を上げた。一緒になって軽やかな曲に体を任せた。


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