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『音の向こうの空』第二十四話⑤

第二十四話:待ち、願う



思えば、このクリスマスの幸せな気分は、ひと時の神からの贈り物だったのかもしれない。

年が明けた1792年1月。期待に満ちた思いで、侯爵を迎えるべくテッヘは侯爵の部屋を整え、リエンコは暖炉の掃除をした。オリビエは侯爵の好きなワインを買い込み、温かそうなひざ掛けを見かけると、オルガニストの給料をはたいて少し遅いクリスマスのプレゼントを用意した。
ヨウ・フラは知りうる限りの戦況を報告してくれるし、エリーゼは新しいテーブルクロスに美しい刺繍を施してくれた。
ヨウ・フラの話では、戦線までの道のりは雪に閉ざされ、皇帝の指令が戦線に届き侯爵が帰るまで、早くとも二ヶ月はかかるという。
だから、オリビエたちは少しずつ準備を進めながら、それぞれの仕事にも精を出した。
相変わらずパールス教会には大勢が訪れていた。
オリビエの楽譜を出版したいと話を持ってくる出版社も現れたが、オリビエの即興演奏を正確に再現できる楽譜を書けるものがいなかった。ヨウ・フラは何とかできないかと様々な音楽家に当たってみたが、誰もが無理だと断る。商売敵の手助けをしようという奇特な作曲家はそうはいないのだ。ロスノは最初から無理だと笑っているし、これを機にオリビエを有名作曲家にのし上げようというヨウ・フラの思惑はかなわなかった。
しばらくは不満そうにしていたヨウ・フラも、オリビエが「アーティアなら楽譜に出来るかもしれない」と口にするとぴたりと諦めて、「まあ、オリビエの演奏は生で聞くのが一番だし、二度と聞けないってのが売りだからね、しょうがないよ」と呟いた。それをまた思いついて、新聞の広告に乗せるから、オペラも繁盛した。
宮廷歌劇場だけでなく、他の劇場からも声がかかったが、それにはレイナドが無理させてはいけないと慎重になり、結局のところ、オリビエはオルガニストの務めとバイエルヌのオペラ、それ以外はゆったりと居間で音楽を奏でるという生活を続けていた。

突然の訃報は、三月に入ったときだった。
オリビエに約束してくれたレオポルト二世は二月に入って臥せていたが、ついに三月一日帰らぬ人となった。
あまりにもあっけなく、葬儀に参列した時も、国中の教会の鐘が悲しく鳴らされたときも。オリビエは何を感じていいのか分からずにいた。
人は、こんな風に、いなくなってしまうものなのか。
冷たい風に前髪が巻き上げられ、オリビエは震えた。灰色の空に雪が舞い出し。見上げたオリビエは侯爵に頼まれたレクイエムのことを思い出した。

帰ってきて、くれますよね。



オリビエたちの願いも空しく。戦争は終わる気配もなく侯爵が戻ることもなかった。
開けられるのを待ちわびるクリスマスのプレゼントはすっかり季節はずれになり、夏の日差しの中、自室のベッドの脇に置いたままのそれを、そっとなでる。赤い紙で包まれたそれは、毎日埃を払われているためにかすかにすれてしまっている。
今度、包みなおしてもらおうか。
そんなことを考えながら、オリビエは今日も教会へと足を運ぶ。


午後にはエリーゼと供に旧市街のロスティアーノの屋敷を訪ねた。
春先に腰が悪化したロスティアーノは自分では歩くことが出来なくなっていた。こうして時折オリビエが訪れては、演奏を聞かせていた。
明日には新たなアウスタリア皇帝フランツ二世の即位式が行われる。オリビエは前皇帝の葬儀と同様に招待されていたが、今回ばかりはロスティアーノと一緒には行けない。
枕元に招待状を置いたまま、ロスノはオリビエの演奏を聴いていた。
何も言わず時折眼を閉じ。眠ってしまったのかとエリーゼが毛布を整えようとすれば、にかと笑って少女を驚かせた。
「きゃ」
「何を驚いておる?」
「もう、ロスじいったら!」

ふほほといつもの変な笑い声を出しながら、演奏を終えたオリビエを手招きする。
「相変わらず、いい音を出すの。……オリビエ、少し話があるんじゃ」
不意に気難しくなる表情にエリーゼは勘を働かせ、席を外す。
毛布の下から差し出されたロスノの手は、以前の頑丈なものとは違っていた。
今年八十歳になる。
冷えた手を握り返し、オリビエは床に膝をついた。
「随分、冷たいですよ」
「ふん、こうなるとな。鋼のような強張った指は、鍵盤も押さえられん。情けないものよの」
オリビエはその手を励ますかのようにさすった。
「のう、何とかしてやろうと思っていたのが。そうは行かなかったのう。リツァルト侯爵を呼び戻せるかと思えば、レオポルトはさっさとこの世から逃げ出しおって。せめて、すべきことをしてからにして欲しかったものじゃ」
今や、あの時の約束が果たされる前に皇帝レオポルト二世が病に倒れたことは明白だった。どうしようもなかったのだ。
「僕は、待ちます。きっと侯爵様はお元気で帰ってこられます」
かすかに、ロスノの目が赤くなった。
「ふん、まずはわしの話を聞け」
「はぁ」
「リツァルト侯爵から預かっておるものがある。そこの二段目に封書があるはずじゃ」
オリビエはかすかに軋むチェストの引き出しを開けた。中にはただ一枚の封書が入っているだけだった。荷物も何も片付けられている。
ロスノの覚悟を見るようでかすかに手が震える。

「ほら、早くせんか。いつまでもエリーゼを待たせるつもりか」
「あ、はい」慌てて戻り、封書をロスノに渡した。
真っ白な表を眺め、オリビエに突き出す。
赤い蝋の封印が侯爵家のものだとオリビエは分かっている。中にある何かは侯爵が残したものだ。
「お前に。リツァルトは迷っておった。わしはそうしたほうがいいと勧めたが、あの男はこれからの時代に貴族であることが幸せになることではないと。返って足かせになるのではないかと恐れた。だが。最後まで迷っていたのだろう、わしに預けた。後はオリビエ、お前のサインが書かれれば成立する」
「え?」
「古いものじゃ。今のクランフ王国で通用する書類かどうかは知らんが、まあ、証拠にはなるじゃろう。お前を引き取ったときからずっと。馬鹿じゃの。お前を養子にしようかとずっとな、迷っておったのじゃ。まったく、あれ程の男が優柔不断なことよ」
封筒を開けばかすかにアンナ夫人の香水を感じる。
そう、かつてエスファンテの侯爵家でいつも香っていた薔薇の香り。
アンナ夫人が侯爵に贈られたもので気に入っていた。
中には丁寧にたたまれた紙が入っていた。
懐かしいとすら思える。侯爵の字。強く、勢いのあるその文字でオリビエを養子として迎えると書かれている。
「もし、リツァルトが戻らなかった時、あの屋敷も侯爵の資産もすべてお前のものになる。お前が一生困らない程度には用意していると言っていた。受け取っておくべきじゃと、わしは思う」
「侯爵様は、戻られます」
「そうじゃ。そのとき、息子として迎えてやれと言っているんじゃ」
二人の気持ちが胸に迫り、オリビエは何度も瞬きした。手紙に落とした視線を上げられずただ、「はい」と。オリビエは小さく頷いた。

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