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「音の向こうの空」第二十五話 ①

第二十五話:祖国へ



「お前さぁ、ほら。しゃんとしろ!」
と、笑いながら送り出してくれたのはアントニオだ。
レイナドは真新しい手袋をオリビエに握らせ、まだ国境付近の山中には雪が残っているからと、旅の無事を祈ってくれた。
最後まで反対していたヨウ・フラは、苦い顔をしたまま、それでも「絶対に、帰ってきなよ、待ってるんだからさ、皆。ロスじいだってオリビエが戻るまで安心して旅立てないだろ」と背中をたたき、珍しく涙ぐんでいた。
ミュニックに戻ってきていたバイエルヌの劇団員たちに別れを告げ、オリビエとリエンコは国境を目指して旅立った。

ヨウ・フラは事の次第を皆に伝えるため、オリビエの代わりに屋敷を護っていくためにヴィエンヌへと引き返す。
仕事もある上に、エリーゼに心配をかけることも出来ないだろうと、リエンコに冷静に言われ、ヨウ・フラは頷いたのだ。


二人は馬に乗り、旅の商人のようななりで国境を越えることにしていた。オリビエの素性が知られれば生きて帰ることはできない。

ミュニックから半日。スタルガルトの街を見下ろす丘の上まで来るとリエンコは馬を止めた。背中越しに絨毯のように見えるブドウ畑は既に山の陰に沈んでいる。遠く大聖堂の二つの塔だけが夕日に白く輝く。
まだ青さを残す空をオリビエが見上げ、鳥の姿を認めて眺めていると不意に前に乗るリエンコが馬を下りた。
「わ?」
落ちかけて、慌てて鞍にしがみついたオリビエは一人馬上に残され困り顔でリエンコの背中を見つめる。
リエンコは畑から桶を両手に持って出てきた男に声をかけている。
男はちらりとオリビエを見つめ、それから頷いた。
二人の会話を知りたいと何とか一人で降りてみようともぞもぞすれば、白馬は迷惑そうに鼻を鳴らし、ちらりと目だけでオリビエを睨む。
「…」以前降り方が分からなくて落馬した。
エスファンテで一人侯爵家に逃げ帰ったときだ。あの時は確かタテガミをロープ代わりにしようとして、振り落とされた。リエンコが降りたときの様子を思い出し、鐙(あぶみ)を使えばいいんだ、とゆらゆら揺れるそれにつま先を伸ばして探る。馬の腹の影になってうまく見えない。カチャと音を立てるがどうしてもこれ、といった感触に当たらない。オリビエは気付いていないが、それはリエンコの身長にあわせられている。オリビエが届くはずはなかった。

「これ、かな」
「オリビエ様」
「わ!」

結局、落ちかけたところをリエンコが支える。
「降りるなら言ってください」
「だけど」一人で降りるくらいできる。……と思う。
「危ないです」
ふう、と鼻息で苛立ちを吐き出し。オリビエは、結局自分が馬に乗れないのがいけないんだと思い直す。
僕は無力で、護られてばかりだ。
こうしてリエンコがいてくれなければ、一人で祖国に向かうことすら出来ない。
「この近くの農民です。一晩泊めてもらいます。……オリビエ様?」
「なんでもないよ。ありがとう」
リエンコは小さくため息をついた。


木造の小さな家は白い漆喰とレンガで出来ていて、実のところオリビエは初めてそういう家に入った。自分の生家も侯爵家も石積みで作られていたし、旅の途中で泊まった所も寺院だったり、古い城砦だったりと普通の人が普通に生活している場所というのは初めてだ。物珍しさに見回していると、
「なんです、なんか変ですか」
深いしわの刻まれた顔を曇らせて家の主人が首をかしげた。
民家が珍しい、とは商人にはあるまじき感想だ。
「あ、いいえ、違います。なんだかワインの匂いが染み付いている気がして」とオリビエがごまかせば、リエンコは「この人はワインが大好きです、すみません」と笑った。
「変なお人だね、まあ、どうぞ。二階は部屋が空いているからね、好きに使ってくれ」
白いものの混じる髪を小さく束ねた男は水の張られた桶で顔を洗い、無造作にタオルで拭った。
「あら、まあ、お客さんかい」と女将さんが顔を出し、ふくよかな手でオリビエとリエンコの肩を叩いた。
「よろしくお願いします」とオリビエがぺこりと頭を下げると女将さんは嬉しそうに笑い、さあさあ、と椅子を勧める。
家の主人はすでに飲みかけのビンのコルクを抜きコップにワインを注いでいる。
不機嫌そうだ。
「僕何か、悪いことしたかな」
オリビエのひそひそ声にリエンコは肩を小さくすくめて見せる。
「あの人はいつもああですよ、さ、あんたたちも座って。今、スープが出来上がったところですよ」
主人とは正反対ににこやかな女将さんは強引に二人を座らせると手馴れた素早さでスープ皿を並べていく。
灯されたランプにスープの湯気が透かされ美しい。柔らかなジャガイモの香りを運んでくる。オリビエは祖国のポテという煮込み料理を思い出し、塩豚と白いんげんの滋味に愛しさすら感じる。
「美味しいです。すみません、突然お世話になってしまって」
オリビエは主人を見つめるが、主人はワインを片手に干したソーセージにかぶりついている。
「いいんですよ、丁度ね、淋しかったところで」答えるのは女将さんだけだ。
「余計なこというな」
「だってあんた」
「この人たちはクランフ王国の商人だ。これからあっちに行くんだそうだ」
女将さんが黙った。
歓迎されていない雰囲気にオリビエは二人と隣のリエンコを見つめる。リエンコは黙ってスープを口に運ぶ。
なんだろう。
「北部じゃあ、クランフ王国の軍勢が占領してるって話だ。あれは、本当かい」
リエンコは顔を上げると、「はい。ルールズの街を拠点にして、東へと進軍する勢いだそうです」穏やかに笑った。
内容にそぐわない態度にオリビエはなぜか不安を覚える。
主人は深いため息をつき、「じゃあ、クランフ王国の奴らは農民を解放してくれるって言うのも、本当かい?」
と。その言葉に女将さんもスプーンを運ぶ手を止めた。
オリビエもリエンコを見つめる。
三人に見つめられてもリエンコは先ほどと同じ、穏やかな笑みで「はい」と答える。

これだけの広さの葡萄畑はこの地の領主のものだ。それを借りて耕し、ワインを作り納めて生活している主人にとって、農民解放は嬉しいことなのだろうか、それとも不安なことなのだろうか。
「畑は、どうなる」
呟く主人に、リエンコは「分かりません」と。あっけらかんと返事をする。
オリビエは視線をスープにそらした。

「息子は啓蒙思想だとか、そんなのに夢中になっている。わしらは伯爵様のブドウ畑を任せられている。うまい葡萄からいいワインが出来る、それで十分なんだ。わしら農民が自由になんかなる必要はない」
「息子さんは、どこに?」オリビエの問いに主人は目をそらしグラスを傾ける。たまりかねたように女将さんが片付けていた手を休めてオリビエの脇に立った。
「息子はね、クランフ王国で起こっている革命に憧れましてね。人民のためだとか何とかいって、出て行ってしまったんです。どこに行ったのか分かりませんがね。手紙が届いた時にはファリにいるって言っていましたけど。わたしらはここで、領主さんに任されたブドウ畑を守っています。そりゃ、収穫のほとんどは納めなきゃならないですが、あんまりよくない木の葡萄はうちでワインにしてましてね。それを売って生活しています。この人と喧嘩して飛び出していったとき、息子はこんなカスしかもらえない生活をいつまで続けるんだと、ここにワインのビンを叩きつけましてね」
と、レンガの足元を指差した。
オリビエはリエンコを見た。
ワインの香りがする、といったのは間違いではなかった。
息子に帰ってきて欲しいのだろう。テーブルに置かれたワインのコップは一つ余分に置かれている。オリビエはそれに手を伸ばした。
目を見張る二人にかまわずオリビエは笑った。
「僕にもそのワイン、いただけませんか」
しばらく黙ってオリビエを見つめていた主人はふん、とビンを差し出した。
「丁度、あんたくらいの年なんだ。息子はね」
「そうですか。僕も大切な人を探しにファリに向かうんです。お気持ちは分かります」
口にしてしまってから、リエンコがかすかに咳払いしたことに気付く。
ああ、そうか。商人だと偽っているんだった。
「あ、このワイン、美味しい!」
オリビエの声は必要以上に大きく、それには女将さんが笑った。
「北側の斜面にある、あんまりよくない畑の葡萄で作ったんですよ」
「でも美味しいです」オリビエが言い張るので、夫婦は顔を見合わせ笑った。
「もう一杯ください」
「オリビエ様」
リエンコの情けなさそうな表情に気付かず、オリビエは上機嫌でワインを飲み干した。
二人きりの家が淋しかったのだろう、農民の夫婦は二人に自家製のチーズや酢漬けを出してくれ、オリビエもリエンコも腹をいっぱいにして与えられた部屋に入った。
狭い部屋だったが、こぎれいに片付けられている。
うん、とベッドに横たわって伸びをするオリビエは少々酔ったようだ。
「オリビエ様、飲みすぎです」
「ん、ホントに美味しいワインだった。リエンコ、ごまかしてああいったんじゃないんだ。本当に、侯爵家でも高いワインや貴重なワインを飲んできたけど、負けないくらい美味しい。実のなりの悪い木からの葡萄で作ってあるとか言ってたのに。信じられないな」
横になったまま敷き藁の静かな音に身を任せ、オリビエは気持ちよさそうに頬を毛布に擦り付けた。藁のベッドは好きだ。
「よかったです」リエンコがオリビエの靴を脱がそうとかがみこむ。
「え?」
「心から、嬉しそうです。ずっと沈んでおられたから」

靴を脱がし並べ終えるまで、黙ってリエンコを見つめていたオリビエは呟いた。
「リエンコ。僕に、馬の乗り方を教えてほしい」
「え?」
「まるで侯爵様が僕に教えなかったみたいに想われているけど。本当は僕が嫌がったんだ。それも、僕の責任だ。今も乗れないことでリエンコに迷惑をかけてる。だから教えてほしい」
「どうして、嫌がったのですか」
リエンコが傍らに座れば藁は小さく音を出し揺れた。
「僕が侯爵家に来て一年経つかどうかの頃だった」
オリビエはごろと寝転んで天井を向き話し始めた。


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