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「音の向こうの空」第二十五話②

第二十五話:祖国へ



「オリビエ。この見渡せるすべてが。わしの土地。わしが治めるエスファンテだ」
そんな風に、初めて北の牧場へ連れてきてくれたとき侯爵様が僕に言った。美しいエスファンテの全貌を眺め、僕は深呼吸する。

1785年。十四歳の誕生日を迎えたばかりだ。
牧場での避暑。侯爵は夫人と遠乗りに出かけた。オリビエは一人、山羊の子を見たり散歩したりして過ごしていた。
甘い、と感じるほど草原を抜ける風は柔らかい。背を、肩を、頬をくすぐる牧草にオリビエは身を任せていた。
夏の空は遠く高く。蒼い天がどこまで続くのかと思わせた。

「オリビエ様、危ないですよ、そんなところに寝転がってたら、馬に蹴られますよ」
声をかけたのはこの牧場の管理人ジット。
日差しを避けるつばの広い帽子を被り、オリビエを覗き込んで笑った。
「だって、気持ちいいんだ」
起き上がったオリビエに、ジットは傍らに立つ相棒を紹介した。
「去年生まれた馬です。まだ若いですがね。大人しいいい馬ですよ」
栗毛の馬はくるりと黒い目をオリビエにむけ、鼻を膨らめる。
艶やかな筋肉、美しい毛並みにオリビエは目を輝かせた。
「綺麗だね。触って、いいかな」
「どうぞ、ほら、怖がってると馬も分かりますよ。こうしてさすってやると気持ちいいんですよ」
ジットの手付きを真似て、オリビエもそっと手を伸ばす。見上げるようにして馬の首をそっとなでてやる。
ぶうと何か呟いて馬が首をかしげ、オリビエは慌てて手を引っ込めた。

「あはは!オリビエ様ったら、怖いんだ」
笑ったのはジットの背後からのぞく少女。
オリビエと同じ歳だ。昨日紹介されたときからオリビエは気になっていた。
「これ、サント」ジットが顔をしかめても、少女は日に焼けた頬を緩ませ笑った。
くるりと瞬く大きな瞳は東の民族の血が入っているのか、濃いまつげに縁取られどうしてもそこに目が行ってしまう。
「お屋敷でチェンバロばっかり弾いているからだよ」
む、とする。
「仕事だからだよ、それに怖くなんかないよ」
それが多少の無理を隠しているのを悟ったのか、サントはふうんと意地悪に笑う。
「乗れるの?」
「え?」
「馬に乗れるの?その歳で乗れないなんて恥ずかしいよ」
「!そ、それは、その」
初めて触れる、というのが実のところ。
馬車や侯爵の馬に近寄ったことはあっても、触るのは少し怖かった。街にいる馬たちは臭い匂いがしていたし、近寄ると尿をかけられるんだと乗合馬車の御者に脅されたこともある。
「オリビエ様はお前とは違うんだ。侯爵様に教えるよう言われている。馬は初めてですか」
「あ、うん」ジットに救われた。背後でけたけた笑うサントはこの際無視だ。
「乗ってみますか」
「だめだよ、怖がってるもん、オリビエ様は」
「そんなことないって、乗れる!」
勢いで言い張る少年に馬はもっとなでろと鼻面を突きつける。ぐん、と背中を押されよろめいた。
「わ、なに?」
「気に入られたんですよ」
馬は長い睫の下の瞳でオリビエを見ている。可愛い、そう思えた。
「乗っても、いいかな」
「まだ、あまり人を乗せた経験はないですが……」
「大丈夫だよ」オリビエは視界の隅にサントを見ながら、胸をそらせて見せた。
「じゃあ、少しだけですよ」
ニコニコと笑うジットは日に焼けた腕を差し出し、オリビエはそれに引かれるまま腰を支えられ馬にまたがる。鐙は思った以上に不安定で、傾いたブランコのようにぎこちない。
日差しを受けて温かいたてがみと鞍にすがり付いた。まだ若い馬の背はジットの首くらいで、本当の乗馬ならもっと高い位置から見下ろすんだろうけれど。身長の低いオリビエには十分過ぎるほど高い。草原の景色は、上から見てもあまり変らないが大柄なジットの顔が下に見えるのはどうにも不安だ。
「た、高いね」
足元の踏ん張りが利かず、つるつるすべる気がする馬の背は、動きに合わせて揺れる。しっかりとつながれているはずの鞍も心もとない。

「大丈夫ですよ、肩の力を抜いて。姿勢をしゃんとして。ああ、鞭を持ってきますよ。おい、サント、ここに。手綱を持っていてくれ」
声をかけられた少女は、牧羊犬と供に走りより「ふふ」と笑う。空を映して見上げるそれにオリビエは頬が熱くなる。
「走らせたらダメだぞ、サント」
「分かってるって」
ジットは馬小屋のほうへと歩いていく。
内心、足の下でもぞもぞと動く馬にどきどきしながら、オリビエは鞍にしがみついていた。
ふと、少女と目が会う。
可愛らしいくるくるとした黒い髪は肩までで、風になびく。白いワンピースは山の気候には寒そうな服だ。そこから出たすんなりした手足、日に焼けた胸元。風に揺れるたび、予想以上の丸みを帯びた胸元が見えてしまいそうで、オリビエはもじもじと自分の手を見つめていた。
「歩かせてみようか?」と、小悪魔は手に持った手綱をゆらゆらと揺らして見せた。
「え、そ、それは」
「冗談よ、無理だもんね、初めてじゃあ」
「無理なんかじゃないよ」
「無理よ」
「そんなことない。こうして、脚でさ」
オリビエは記憶にある侯爵の乗馬姿を思い出し、脚をとんと馬の腹に当てた。
馬はぶ、と鼻を鳴らして、ちらとオリビエのほうを目だけで追う。
「あれ」
「ばかだぁ」
サントに笑われれば、ますます何とかしたくなる。
「でもさ」
と、もう一度さっきより強く蹴ってみる。馬の足元を歩き回っていた牧羊犬と目があった。白と黒のそれは嬉しそうにわん、と吼えた。

「!?」
馬が動いた。
前足を浮かせたかと思うと、肢体をよじるようにしてひとつ鳴くと、サントを引きずり軽く走り出す。
「きゃ!」
「危ない!!サント、手を離すんだ!」
自分も必死にしがみつきながら、オリビエは何とか手綱を引き締め、馬を引きとめようとする少女に叫んだ。すでにサントは引きずられ、その力がかなうとも思えなかった。
このままサントが体勢を崩せば、馬に蹴られて大怪我をする。
オリビエは手を伸ばし、サントのつかむ手綱を握ると「危ない、手を離して!」
少女の手を引き剥がそうとした。
「あぶ…ない!だめ」少女は必死に手綱を握り締めている。
「放して、危ないよ!サント!」
遠くでジットのどなり声が響いた時、サントは小さな手を緩めた。
と、その瞬間。

視界が回った。

草の匂い。
肩をゆする、ジット。
何もかもが太陽の眩しい光に照らされてオリビエは目を開けていられなかった。

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