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「音の向こうの空」第二十五話③

第二十五話:祖国へ



ベッドで目覚めた時に、アンナ夫人が心配そうに覗き込み、リツァルト侯爵は気難しい顔で睨んでいた。
だから、自分が失敗して迷惑をかけたのだと知った。
「すみません」

オリビエの第一声に、侯爵は顔をゆがめた。
怒らせたのか。
「足でよかった」
足?

言われて初めて、右足に感覚がないことに気付いた。
裸足のそこは柔らかな枕に乗せられ、不思議な形に晴れ上がっていた。
「あ、……」
「ここにはまともな医者がいない。屋敷に戻るぞ」
まだ、牧場に来て数日。予定よりずっと早い。
「あの、でも」
僕のせいで、ご迷惑はかけられません。
言いかけた言葉は侯爵の視線の厳しさに、飲み込んだ。
ただ、黙って従うのが一番だ。



侯爵家に戻るまで、ジットの姿も、サントの様子も分からず、オリビエは痛みの増した足首と全身のけだるさに大人しくしているしかなかった。
侯爵家お抱えの医師が診てくれ骨折ではないと分かったが、それでもひどい捻挫と落馬したときの打撲とであちこちが痛んだ。
やっと、歩き始めた四日目に、モスが器用に杖を作ってくれた。
「これなら、オリビエ様に丁度いいです」
「ありがとう!ねえ、モス。サントは大丈夫だったの?ジットは?僕、迷惑をかけたのに、何も言えずに戻ってきちゃった」
モスは困った顔をした。


翌年、牧場に避暑に行ったときには、ジットの姿がなかった。
オリビエが乗ろうとしたあの若い馬の姿もない。
少し背が伸び、ますます大人っぽくなった少女は、オリビエを見かけると逃げるようにして姿を隠した。
追いかけて手を取れば、
「オリビエ様のせいなんだ。あの時、ジットさんはすごく侯爵様に謝ったのに。追い出されたんだ!馬だって、いつの間にか処分されていたんだから!」
サントはオリビエに怒鳴った。

そうして初めて、僕は自分と彼らの立場の違いに気付いた。同じ雇われるもの同志だと思っていた。けれど違う。僕が怪我をしたために、誰かが責任を取らされた。

かすかな牧草の甘い匂いを残して、サントは二度と振り返らない。
いつかジットさんが教えてくれた、白い小さな花が少女の立っていた場所に揺れていた。


山小屋の食堂には、羊肉のいい匂いがしていた。
「あの、侯爵様、ジットさんはどこかに行かれたんですか」
侯爵の手が止まった。
「あの、解雇されたんですか?……僕のせいで?」
「……お前には関係のないことだ。それより、少しは上達したのか?馬に乗れないなど、情けない」
「僕は、馬には乗りません…」
侯爵がかすかに眉をしかめた。

「あの、やっぱり苦手ですし、怖いから。怪我をしてもいけないし。なので、僕は、馬には乗りません」精一杯の反抗の印。自分が悪いのだと思う、だけどジットさんを追い出すことはない。
「ふん」
リツァルト侯爵がどう思ったのかは分からなかった。ただ、いつもの無表情なままで、ちぎったパンをスープに浸した。
「なあに?オリビエ、いつもの元気がないわね」
夫人が笑い、その頭に小さな白い花が揺れている。
きっと、サントの髪にも似合う。


翌朝、オリビエはまだしっとりと朝露にぬれる白い花を探しては、摘み取った。いくつかを束にして縛れば、可愛らしい花束になった。
妖精の名を持つ花。

それを抱えて、オリビエは使用人たちの住む小屋へと向かった。
少女は抱えていた飼葉桶をどんと置いた。
「あの、おはよう」
少女は無言でぎゅと唇をかみ締める。それは、拒絶なのか。

「こ、これ、君に似合うと思ったから」と、オリビエの差し出すそれ。小さな白い花が日差しに眩しく。首をかしげて少し恥ずかしそうに笑う少年も亜麻色の髪が花と同じ色の頬をなでる。
「白くて、細い手。綺麗な指ね」
「え?」
「違うでしょ?ほら。この手を見ればさ、分かるじゃない。あたしとあんたは違うの。あんたは貴族様だからね。あんたに近づいたらあたしも首になっちゃうかもしれないじゃない。もう、かまわないでくれる?」
「サント……」
肩をすくめるだけで、サントは実を翻す。あの時。そこに、楽器があったなら、僕はどんな曲を奏でたのだろう。ただ、足元に落ちる白い花のかすかな悲鳴に似た音だけが耳に届く。
あれ以来、北の牧場には行っていない。馬には決して乗ろうとしなかった。侯爵様はそれをどう取ったのか。何も言わなかった。

僕が真実を知ったのは、それから二年ほど経てからだ。
牧場を管理していたジットは生まれた仔馬を横流ししていた。あの馬も密かに売られていた。それを知った侯爵様はジットを解雇した。僕が怪我をしたからではなかった。サントはジットを父親代わりに育っていたから、事情を知らされていなかったんだ。

「ほんと、あの男には騙されたわ。我が家の牧場の馬を勝手に処分して。どうしたの?オリビエ」
「僕は、勘違いしていました」
真実を語ったアンナ夫人は「変な子ね、なんだと思ったの?」と僕の思い違いを聞くと呆れて笑った。馬鹿な子ね、と。
僕のあれはあてつけだった。侯爵様に対する、身勝手な幼い行動だったんだ。それに気付いても、今更。僕は侯爵様に何を言えるでもなかった。

語り終えるとオリビエは一つ息を吐き出す。
「だから、僕は今も馬に乗れないし、乗ろうとしてこなかった」
「オリビエ様、近くに礼拝堂があるそうです。オルガンが、あります」
リエンコはオリビエの指先を見ていた。いつの間にか指は何かを奏でている。
「明日、馬の練習をしながら行きましょう。昼過ぎにここを出ても陽がくれるまでには国境へ着きます」
「ありがとう。なんだかね。この家のご主人を見ていて、侯爵様を思い出したんだ」
息子を心配し、怒りながらも寂しさを漂わせる。
父親というものはそういうものなのかもしれない。僕にいつか、子どもができたらわかるんだろうか。
「あ、リエンコは、結婚はしてないの?」
子供はいるかな?いないかな。
「……」
黙り込んだリエンコにオリビエはまずいことを聞いたのだと悟る。
「ええと、ごめん」
「謝られても困ります。私は今に満足です」
「…ごめん」
ヨウ・フラなら知っているかもしれない。
戻ったら聞いてみよう。
そんなことを考えながらオリビエは横になって眼を閉じる。かすかに香る藁はオリビエを優しい気持ちにする。まるで鳥の巣だと喜んだときと同様、飛び立った後も羽を休めるにはちょうどよいのかもしれない。

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