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「音の向こうの空」第二十五話⑦

第二十五話:祖国へ



夜風は冷たく、マントの裾がはたと足元を打つ。
抱きかかえるようにワインを隠し、マルソーのいる大きなテントへと向かう。

見張りの衛兵は近づいてきたのがオリビエ一人だと知って、サーベルから手を離した。
「お前、何の用事だ」もう一人が顎を上げ、オリビエの肩を乱暴につかむ。

「あの、マルソーさんにこれを差し上げようと思います。あわせてくれますか」
ちらりとマントの合わせ目からワインを見せると衛兵は「それなら、俺が届けておいてやるよ」と手を突っ込もうとする。
オリビエは慌ててビンをぎゅっと抱きかかえ「自分で渡したいんです」と声を大きくした。
にやにやしている衛兵がこれを手にしたら自分で飲もうとするに決まっているし、それじゃ目的を果たせない。
「マルソーさんに、会わせてください!」
「こいつ!」
「放せ、俺たちが」
髪を引っ張られ、強引にビンを奪おうとする二人に、オリビエは叫んだ。
「マルソーさん!助けて!」
口を塞がれかけたところで、テントから人影が出てきた。
衛兵は猫のように大人しくなった。



温かい毛皮を敷いたそこにオリビエを座らせ、マルソーは正面で胡坐をかいた。
「そういうものをちらつかせたら、兵たちは目の色を変えるぜ、オリビエ」
迷惑そうに睨まれ、オリビエは小さくなる。
喜んでもらえるかと思ったのに。
「オリビエ、心しておけよ。我が国の民は飢えている。以前の、お前が知っている街や人々じゃないぞ」
「……亡命の直前に見ました。パンのために、街の人たちが殺しあってた」
そう思い出せば、ヴィエンヌがどれほど平和なのかと思う。
民衆は貧しいものも富めるものもいるがオペラに興じる余裕があるのだ。

マルソーが精悍さを増した理由が、年齢や痩せただけではないことが理解できた。
その強い視線は真っ直ぐオリビエを見据える。
「オリビエ。革命は成功したが、それだけでは食糧は増えない。政府は民衆の憤りを外国や亡命貴族に向けておこうとしている。そうしなきゃ、革命政府は民衆の支持を得られず内部から崩壊する。分かるか?」
オリビエは頷いた。
「お前の正体は伏せておくし、黙って通してやる。だから、大人しくしておけ」
「…僕らは。侯爵様にお会いしたいんだ」
「やめとけ」
「侯爵様の居場所を教えてください」
マルソーは眉をひそめ、オリビエを見下ろす。

毛皮に座り込んで手をついたまま見上げる青年は、多少大人らしい顔つきになったものの相変わらず世間知らずのお人よし。そう思える。
「あんなのを連れてどうするつもりか知らんが、やめておけ。戦争なんだぞ。侯爵様も死を覚悟されている。お互い承知のことだ。お前が今更国に戻って何が出来るわけでもない。お前の祖国は、なくなったと思え」
「僕は。侯爵様の子供です。…この間」
養子縁組を、といいかけたオリビエの口は塞さがれた。目を真ん丸くしたマルソーは声を低くする。
「バカだな、素直にも程があるぜ。聞かなかったことにするぞ。いいな。オリビエ、それは絶対に誰にも言うな。お前は分かってないんだ。亡命貴族は死刑だ。その上、地方領主の資産を受け継ぐなんて知られたらまともな裁判も期待できない。おい、お前まさか、エスファンテに立ち寄ろうなんて、考えてないだろうな?」
「……」迷っている、と塞がれたまま呻いてみる。
「お尋ね者だって自覚しろよ」
お尋ね者。
「亡命したってことは、故郷を捨てたってことだ。文句言えないんだぜ。お前は面倒なことから逃げ出して、楽な外国生活を選んだ。自覚しろ」

オリビエは頷く。やっと離れた手に、ため息を吹きかけた。
祖国を失う。そういうことだ。
「僕は、侯爵様のために今、こうしているんだ。マルソーさん、侯爵様は僕があとを継ぐことを知らないのです。話したいんです、僕が、大勢の人が待っていると。僕のために侯爵様が命を落とされるなんて、絶対に……だめなんだ」
声が震える。
「お前……」
「僕のせいで、侯爵様はこんなことに。僕が無力だから……」
ランプの明かりが揺らめいた。敷き詰められた毛皮に手が埋もれる。この気持ちをどうぶつければいいのだろう。白いままの護られてきたこの手に。今も、鍵盤を求めるそれを握り締めて抑える。

頭をぐしゃぐしゃとなでられ、顔を上げると同時に雫がこぼれた。
「しょうがないな。ここにはオルガンはないからな、抱え込んでるもんなら言葉で話すか、泣いて流しちまえよ。お前は楽器さえ奏でられればどんな思想家も黙らせるくらい最強なんだがな、演奏できないと本気で腑抜けだな」
自分で言った言葉に笑い出すマルソーは、今も変わっていない。かつてファリでオリビエに自由を勝ち取れと激励し、その生き方は思想だとも言った。
懐の大きい、情深い男だ。


持ち込んだワインを半分ほど二人で空けたところで、オリビエは大体のことを話し終えた。
マルソーはヨウ・フラが元気だと聞いて喜び、ズレンのことは知っていると笑った。今はマルセイユ連盟軍の一員で、活躍していると話してくれた。相変わらず仏頂面だぜ、あいつはと。
アンナ夫人のくだりでは肩をすくめ、オリビエのコンクールの結果には手にしたグラスをオリビエのグラスに当てて祝った。

ランプの揺れる明かりの元でもマルソーが機嫌よく、軽く酔っているのが分かった。
「なあ、オリビエ。お前にも平等に革命が訪れていたんだな。もちろん、俺にもエリーにも、この国の皆に大きな変動があった。今までと同じではいられない時代の流れが大波みたいに押し寄せた。誰もが生き残ろうと必死だ。民衆はパンと平等を訴え、政府は革命を死守しようとする。その狭間で国王陛下は近いうちに裁かれるだろうし、今もファリじゃ反革命の疑いをかけられた人々が大勢投獄されているんだ。まるで、かつて国王や貴族が思想家を捉えてバスティーユに閉じ込めたように、専制主義者と同じことを革命政府はやってる。何にも、変わってないのかもしれんと時々嫌になる」

ま、これはここだけの話だぜ、と笑い。
落ち着いたオリビエの背をなでてくれた。

「お前の希望をエリーに託して、ファリに送りだすことも出来る。エリーならお前を侯爵に合わせることも可能だろう。ただ、オリビエ。会うだけだ。救えるとは思えん。エリーにも頼むな。それはエリーの立場を悪くする。彼は今、将軍の地位にいる。だが、軍隊はやる気のない貴族士官たちのサボタージュであちこちで苦戦してる。いつ責任を取らされるかわからん。国民公会の失敗には理由が必要なのさ。兵隊なんか腐るほどいると思ってるんだぜ、やつらはさ。ちょっときれいごと並べれば啓蒙思想に心打たれた若者が集まる。まともな後背支援も配給もないこんな軍隊に命を捨てる覚悟で来るんだ。可哀想なもんだ。だから、俺はそいつらのためにここにいるといっていい。政府のためとか、革命のためってのはもう」そこで、マルソーは苦笑いをこぼした。

「終わっちまったんだ。ただ、一人でも多くの兵を生きて家に帰してやる。それが俺の仕事だ」

革命の理想と現実にマルソーが苦しんだのは確かだ。人の生死を間近で味わう立場自体、オリビエには想像もつかない。黙って考え込み。

「とにかく、侯爵様に会いたいです。エリーさんにご迷惑はおかけしません」と頷いた。
マルソーは「じゃあ、口利きの礼にこの残りは頂くぜ」と半分残ったワインを掲げて見せた。相変わらず饒舌で、熱く語るマルソーにオリビエは目を細めた。
泣いて話したことで幾分心が晴れたような気がしていた。
ふと、聞き覚えのある旋律を耳にしてオリビエはテントの外を振り返る。

「ああ、ライン軍の歌だ。知ってるか?このライン戦線へ向かう軍のために作られた歌だ。勇ましいだろう?皆、あれを歌いながら士気を高める」
「あ、うん」
オリビエは小さく頭を横に振る。
あれであるはずはない。
この歌が。
かつて、たった一つ、少女に残したあの曲。
脳裏によみがえりかけた赤毛の少女と小さな町の教会。強引に振り払った。

次回、第二十六話は3月30日公開予定…うむむ。がんばります…

三月…春です…。お仕事の忙しい時期になってまいりました…。
「音の向こうの空」も、そろそろ終わりが近づいています。あと三ヶ月くらい、かな?
はい。どんな終わり方って…。まだ秘密。

がんばって書いていますが、もしかして納得いかなければ遅くなるか、あるいは少なめの公開かもしれません。
物語が終わりに近づくにつれ、筆が遅くなる傾向にあるので…これもすべて、エンディングに満足していただくための準備ですので~もし、間に合わなかったら、ごめんなさいっ(><)
応援してくださると嬉しいですっ!
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kazuさん♪

そうそう、その曲です!
ぞっとする歌に育っているわけなの~♪詳しくは次回を待ってね♪

マルソーさん♪私も好き♪なのでつい、出してしまった~♪
こういうお兄さんが欲しいですよ♪現実と理想に悩んで…。
そこは実話なの…って、このあたりの実話は、物語では関係ないから描けないのだけど。
番外編でも描けたら、マルソーの戦いを描いてみたいところです~♪

いやまず。本編をしっかり書きつくさなきゃ~!!
はい、マイペースでがんばります♪kazuさんが楽しんでくださるから、がんばれる~!

むむん・・・

その曲って、その曲って・・・・あの曲ですよね?!
オリビエくんの切ない思い出の、あの曲ですよね・・・?
え・・・え・・・、マクシミリアン候が聞いたあのぞっとする歌。
それが、オリビエくんの・・・?

・・・・思わずその場所を読み返してしまいました

久方ぶりのマルソーさん、男っぷりがあがってますね♪
理想と現実の違いに、悩んで、それでもやるべき事を見つけて前を向いて。
カッコイイです^-^

次回、楽しみにしてます
らんららさんのペースで、のんびりと^^
お仕事との両立も大変ですし、ご無理なさらないでくださいね
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