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「音の向こうの空」第二十六話 ②

第二十六話:故郷を去る者、還る者



見覚えのある木々の向こう、エスファンテの境界を護る宿駅が黒ずんだ姿を見せていた。古い城砦を利用したそこに、オリビエもかつて立ち寄ったことがある。確か、そこでヨウ・フラに出会った。
エスファンテの衛兵が警護しているはずだ。
白馬に乗り、リエンコの背に隠れるように小さくなると、オリビエはあの時の様子を思い出す。お尋ね者と同じ…マルソーの言葉が思い出される。

「オリビエ様?大丈夫ですか」
「僕のこと、覚えている人なんかいないと思うけど」
「あれは、国民衛兵でしょう。エスファンテは国境の街。今は国民衛兵が街の衛兵に変わって警護しているはずです」
リエンコは近づいてくる城砦に目を細める。朝日が差し込み、壁の上に立つ衛兵が黒い影となって天に突き立つ。背にかかる銃がはっきりと見える。
馬が近づけばそれは、三人に増えた。

朝日をまともに受ける城門の前、両脇に立つ衛兵は眩しそうに三人を見上げ槍を構える。
「ライン軍第二連隊から、ファリへの伝令です。通過許可願いたい」
シェビエが馬から降り、マルソーのサインの入った書状を見せると、衛兵は槍を下ろした。
まだ若い衛兵は鮮やかなブルーの上着に黒い外套をかけ、白い縁取りの帽子に赤い羽根飾りをつけていた。白いスカーフが首元にあり、これが噂に聞くトリコロールの色なのだとオリビエは目を細めた。誇らしげな若い衛兵はオリビエと目があえばにっこりと人懐こい笑みを浮かべた。オリビエより年下に見えた。
「ご苦労様です」
何とか失敗せずに馬を降りられたことに内心ホッとしながら、オリビエは「ありがとう」と応える。青年の発音はヨウ・フラを思い出させた。
「ファリの訛りだね、ファリからきているんだ?」
そういわれた青年衛兵はリエンコに馬をつなぐ場所を指し示し、鼻の上にしわを寄せて笑う。
「ええ、この地域には大勢派兵されていますからね。マルセイユ連盟兵ばかりに任せては置けません。私たちも祖国を護りたいんです」
屈託のない笑みにはマルソーが護りたいと思う純粋な愛国心があった。義勇軍として徴募された若者だろう。
マルセイユ連盟兵とは、南東部のマルセイユを中心として多くの町から選ばれた衛兵たちの集まりを指す。各地から集められた有能で強固な意志を持つエリート集団はこのライン戦線でも活躍していた。八月のチェイルリー宮殿襲撃の事件以降ファリに駐在しているのだと聞いた。
誰かがライン軍の歌を口ずさむ。
行け、祖国の子らよ。と。オリビエたちを導く青年も歌いだした。城砦の中庭で槍を磨いている男も、絞めた鳥の毛をむしっている男も。オリビエとリエンコ以外全員が歌っていた。そう、目の前のシェビエもだ。唱和する声はこだまのように響き渡り、いつしかオリビエの視界に見えるすべての人が腕を振り上げ歌っている。高らかに天を仰ぐ。
それは苔むした古い城壁に反響し吹き抜ける風のようにうねった。
こんな風に歌が歌われるのをオリビエは初めて聞いた。
「いい歌だ。ライン軍は戦地で皆、これを歌うんだ。アウスタリア帝国軍なんか、歌声に驚いて逃げ出したくらいだ」
誇らしげにシェビエが笑った。
数千の兵士が一斉にこれを歌ったなら。マクシミリアン候が言っていた、不気味な歌の意味も分かる。

―――武器を取るのだ、我が市民よ!
隊列を整えよ!進め!進め!
敵の不浄なる血で耕地を染めあげよ!―――

勇ましく血なまぐさい歌詞を叫びながら、捨て身で迫ってくるライン軍の勢いは大公を驚かせただろう。

それは、かつてオリビエが思いつき、キシュにあげた旋律だったかもしれない。けれどすでに歌は彼らのものになっている。

―――奴隷と反逆者の集団、謀議を図る王等
我等がために用意されし鉄の鎖
何たる侮辱か!何をかなさんや!
敵は我等を古き隷属に貶めんと企めり!
武器を取るのだ―――

反逆者とは、亡命貴族のことだろうか。奴隷とは旧体制に従うもののことだろうか。敬うべき国王をこんな風に歌う感覚自体がすでにオリビエの想像を超えている。オリビエはぞくりと寒さを感じて震えた。僕は、敵なのだ。
始めこそキシュとのことを髣髴とさせていた歌も、今は違う。

「オリビエ様、顔色が悪いですよ」
城壁に囲まれた中庭で座り込んでいると先ほどの衛兵が干した果物とワインを持ってきてくれた。シェビエは愛想もなく受け取ると頬張り、ワインを苦い顔で飲み下していた。
「ありがとう」
青年はリエンコをこわごわ見上げ、わざわざ回り込んでオリビエの脇に立った。
「あの人、言葉が通じるんですか?私はトルコ人ははじめて見ました」
「ああ、彼はロシア人なんだ。大丈夫、クランフ語もイファレア語も少しは話せるよ」
どうやら青年がオリビエにしきりに話しかけるのは、三人の中でオリビエだけがクランフ人だというところに理由があるらしい。
「ロシア人……蛮人だって聞きましたけど、なんか違いますね」
「え?」蛮人?思わずリエンコを見てしまう。リエンコはちらりと冷たい視線を青年に向け「ロシア人にもいろいろいます」とクランフ語で応えて見せた。
「わ、こ、これは失礼」
慌てて立ち去る青年を見送りながら、オリビエはリエンコにどう言ったものかとしばし考える。視線の意味を悟ったのかリエンコは笑った。
「気にしないでいいです。確かに、我らの文化は未熟。ほんの一世代前まで貴族でも手で食べ物を食べていた。音楽を楽しむ素養もない。ヴィエンヌで初めてオリビエ様の演奏を聞いたときには驚きました。この世のものと思えなかったです」
「え?」
「人間だと思えませんでした」
「……犬とか言われたことはあるけど」
かつて、飼い犬だった。確かにエスファンテにいた頃は。
オリビエの想像とは裏腹にリエンコはうっとりとオリビエを見つめた。
「天使とか、精霊とか……」
「はぁ、天使?!まじかよ!」リエンコのその恥かしい例えにはシェビエが噴出した。笑いすぎて苦しいのだろう、石垣にもたれて派手に背中を震わせている。
それにリエンコはなにやらロシア語でのろいの言葉らしき低い声を出し。
「何言ってるんだ、わけわかんねぇ。野蛮人はわけわかんねぇ!」
とますますシェビエは笑い転げる。
「野蛮人ってそんな言い方は……」
なだめかけたオリビエをまじまじと眺めシェビエはまた笑い出した。
「放っておきましょう」と言いながらもリエンコは何やら小声でロシア語の呪いを吐き続ける。言葉が分からなくて幸いとオリビエは手にしたワインのグラスを勢いよくあおる。
これからこの三人で向かう道中が思い遣られる。

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