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「音の向こうの空」第二十六話③

第二十六話:故郷を去る者、還る者




昼前にはオリビエたちは再び馬に乗り、街道を真っ直ぐ進んだ。ひたすら主だった街道を進むというのがシェビエのやり方らしかった。笑い転げて以来、どうやらご機嫌で一人ライン軍の歌を鼻歌で歌っている。
幸いなことに、シェビエの選んだ街道はエスファンテの中心街を通らない。そのまま隣の街へと続く。かつて、オリビエを連れリンスへと向かったロントーニ男爵の選んだ道。
今は黄金に輝く麦畑が広がり、実りの丘を成すそこはのどかな風が吹いている。
ふと、気付いた。
「だれも、いないね」
リエンコもかすかに振り返り、「はい。静かです」と頷いた。
もう、とうに収穫の時期のはずなのだ。この天気のいい日に作業をする姿が一つもないというのは異様だった。
静かでのどか。温かい日差しにオリビエはうとうととし、いつの間にかリエンコの背中にもたれて眠っていた。
十月の日差しは長く、遅い時間まで明るい。
長い午後を馬に揺られて進むのは退屈だ。
日差しのせいなのか、リエンコの体温なのか。ぬくぬくとしたそこに頬をつけて眠れば、エスファンテの自分の家のテラスを思い出した。日当たりがよく、十月には庭に漂う風がミモザの柔らかな黄色を揺らした。キシュに、会えるだろうか。
会ったら、なにを言うんだろう。

好きだと告白し、そばにいたいと願い。それを、彼女は拒絶した。
今更なんだ。何が出来る。
胸が詰まる。
今は、侯爵様のことだけを考えよう。

うっすら目を開けば日はまだ高い。
馬に揺られながら真上の天を眺めてみる。視界には空と縁取る金色の畑、くにゃりと曲がる変な雲。
くにゃりと。

「!危ないです!」
リエンコに引っ張られ、自分が落ちかけていることに気付いた。
「あ、ごめん。上見てたら目が回った」
「オリビエ様…ワイン、飲みましたね?」
「…あれ?そうだったかな」
「弱いんですから、やめてください」
「大丈夫だよ」
慌てて体勢を整えると。目の前にシェビエの横顔。
!?
いつの間にか二頭の馬は停まっている。
「ライン軍第二連隊から、ファリへの伝令です。通過許可願いたい」
シェビエが先ほどの砦と同じ台詞を繰り返した。
オリビエはうんと体を伸ばし、リエンコの背中越しの前方を眺める。
街道は十字に組まれた木の柵で封鎖されていた。
丁度、小さな川を越える橋の手前だ。
「これは、ご苦労様です。我らはこのエスファンテを護るダンテス中尉の第三連隊です。この先の古城を駐屯地にしていまして。どうぞ、お立ち寄りください。ダンテス中尉はこの国境の護りを担っておられます」
シェビエが令状を示そうとしたが、男は首を横に振り「それはダンテス中尉にお願いします。我らは判断できません」と肩をすくめた。

シェビエは不機嫌を隠さない。
「我らを疑っているとでもおっしゃるか」
「そういうわけでは。ただ、ここにはここのルールがあります。貴方の持つ令状一つで通れる道もあるでしょうが、ここは違う。ダンテス中尉のご判断を待たねばならないのです。何も、あなた方を敵としてみているわけではありません。城まで我らがご案内します」
シェビエは仕方ないな、と令状をしまい、リエンコとオリビエを見て顎で示す。
行くしかない、ということらしい。


古城。
それだけではぴんと来なかったが、天に突き出す塔を見つけオリビエは思わず声を上げた。
「あ、あの城!?」
「……ご存知ですかな?そこの方」
衛兵の男に尋ねられ、オリビエはいいえいいえ、と慌てて首を横に振る。

あの城。かつてロントーニ男爵が所有していた郊外の古城だ。
あの塔に閉じ込められ。そう、敷地の端に立つ礼拝堂でオルガンを奏でた。
オルガン。そうだ、ここには楽器がある。
自然と指先が鍵盤を求めてざわめく。
丸一日、楽器に触れていない。


衛兵に導かれて城の正面で馬から降りると、すぐにダンテスと名乗る中尉が駆け下りてきた。これこそ野蛮人、に相応しい太く黒い眉、顎からもみ上げまでつながった髭。以前マルソーを熊に例えた自分を恥じるくらい、ダンテス中尉は真実に熊らしかった。
シェビエと交わす握手の手まで、毛むくじゃらなのだ。
「前線からの伝令と聞いた。ご苦労」
「ライン軍第二連隊、シェルビエール・グーリンです。マルソー中尉より命じられた伝令のため、ファリに向かっています。どうか通過を許可していただきたい」
「ふむ。急ぎの旅かね」
シェビエが頷く。
ダンテスはちらちらとリエンコとその脇のオリビエを眺め。
「もうすぐ陽が暮れる。この土地は馬鹿な市民が多くて危険なのだ。ここで一晩休まれるがいい」
「市民が?」シェビエにダンテスは大きく頷いた。
「ばか者どもが、元の領主リツァルト侯爵の残した資産を勝手に分配して威張り腐っておる。亡命貴族の所有はすべて国のものだというのに分からん奴が多くてな。市街の各地に隊を配置しているおかげで、ここは寒々しいものだ。たいした歓迎も出来ないが、心地よいベッドくらいは用意できる」
「ありがとうございます」
シェビエは深々と頭を下げ、それから「彼らは衛兵ではなく旅の商人です。ファリまで連れて行って欲しいというので仕方なく引き受けました。どうぞ、お気遣いなく」とオリビエたちを顎で指した。
「ああ、かまわん。何しろ広い城だ。部屋を用意するがそれでいいかな?」
「はい。お気遣い、いたみいります」
リエンコが頭を下げ、オリビエもその影でぺこりと礼をする。
ダンテスは堂々とした貫禄のある男で、礼節のあるものには親切だった。リエンコの言葉が外国人にしては流暢だと褒め、「なかなか、鍛えられた佳い男だ。酒も飲めるのだろう?」と夕餉に誘った。


「僕は疲れたから、リエンコいいよ、行ってきなよ」
与えられた部屋で重い上着を脱いで身軽になったオリビエは躊躇するリエンコの背中を叩いた。
「大丈夫、僕はここで大人しくしているから」
「……」
「ほら、僕が同席したらまた、ワインを飲まされるかもしれないだろ?」
「分かりました。ここで、じっとしていてください」
心配そうに振り向きながら、念を押すリエンコをいいからいいから、と扉の向こうに押し出すと、そっと扉を閉める。
ふう、と息を吐いた。
古い建物に扉だけが新しくつけられている。まだ、留め金が磨かれたままの艶を残し、ランプの明かりに光っていた。
一人きり、ベッドに横になった。
両手を伸ばし、天井を眺める。暗がりにかすかに揺れる影に目を細め。
ずっと馬に揺られ、疲れた腰をぐんと伸ばした。
はふ、と。溜息に似た息を吐き出す。

吐き出したのにまだ、胸の奥は重苦しい。
ダンテスの言葉を思い出した。
リツァルト侯爵の残した領地、市民が勝手に分配した?
違う。
侯爵様は市民が作るだろう議会と、それで選出される市長に任せたはずだ。そこで、分配されたんだ。農民は自分の土地を持って自分のために耕す。
そうして初めて、この土地が潤うんだ。あれだけ見事に実った麦を、誰も収穫していないのはダンテスがなにかしているんだ。
気になる、だけど。
今は侯爵様のために急いでファリに向かわなきゃいけない。
侯爵様の命に関わるんだ。


とおく、かすかに人の声が聞こえる。楽しそうな談笑、広間での晩餐会だろう。この街に留まり、国境を護る代わりに市民から食糧を奪う。それは。
新しい体制といえるのだろうか。

不意に起き上がると、オリビエは部屋を出た。

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