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「音の向こうの空」第二十六話④

第二十六話:故郷を去る者、還る者



階段の下には衛兵が一人、眠そうに立っていたが、オリビエが頼むと笑って通してくれた。
「こんな夜中に、信心深いんだな」と。
目的の場所には覚えがある。礼拝堂の重い扉をゆっくり開く。かろうじて主だった柱に据えられたランプには明かりが灯っているものの、聖壇には新鮮な供物もなく、ろうそくも消えたままになっていた。
見回してみたが、誰もいない。
聖壇の脇から一段高い位置にあるオルガンまで暗い足元に気をつけながら進む。この礼拝堂のオルガンはさほど大きいものではない。オリビエの身長の二倍ほどのパイプが壁に据えられ、鈍い金属の光を放つ。
椅子に座り、ふいごに足を乗せる。ぐん、と踏み込めば楽器に命が吹き込まれる気がして、その最初の一音を響かせる瞬間がオリビエを幸福にする。
ピアノとは違う。だけど、息を吹き込み吐き出しながら奏でる楽器はあたかも呼吸する生き物。歌っているかのようだ。演奏していると対話しているようで不思議な高揚感がある。
パールス教会の立派なオルガンを思い出す。あれは大きなものだから専属の人夫がふいごを踏んでくれた。建物の一部として構築されることの多いオルガンは、場所ごとに違う形、違う響きをしている。
それもまた、人間のようでオリビエは面白いと思う。
城の建てられた時代のこの古いオルガンは、音色の種類は少ないが素朴で柔らかい響きが上質のファゴットを思わせる。パイプの主なところは金属だが、それは後から修復されたもので、もしかしたら元は木管なのかもしれない。
響き震えるオルガンにオリビエは柔らかい音とリズムを与える。
これほど苦しいのに、音色には美しいと思わされる。
何の力もなく、僕にはこの街も、侯爵様も救えないのかもしれないと不安で一杯になるのに。音に吐き出せば溜息は温かく、湯気をまとった紅茶のような穏やかな香りすら感じられる。
泣いている暇なんかない。
僕が今、こうしている間にも侯爵様は暗い牢につながれている。どんな思いでそこにいるのか。死を待つことがどれほど恐ろしいことか。
両親、ロントーニ男爵、リトー。レオポルト二世。すでにいない人々が脳裏を駆ける。
誰かを亡くすのは、つらい。
そんな話を、ズレンとしたな。

鮮やかに、この街での生活が思い出される。
悪戯のように楽しんだ、侯爵家での恋。仕方ないと従いながら、僕はアンナ夫人との危険な交わりに酔いしれてはいなかったか。本当に好きだったけれど、自分の立場と音楽を優先し大切にしてあげられなかったアネリア。僕は身勝手で。
仕方ないんだと檻に閉じこもった僕をキシュはからかって馬鹿にした。
ズレンは甘えた僕を突放したり、叱ったりしてくれた。
侯爵様は、ずっと見守ってくださった。結局、僕を一番大切にしてくれていた。護られていた。
僕は侯爵様のように誰かを大切にできただろうか。自分がどう思われても相手のために身を呈したことがあっただろうか。
僕にはまだ。侯爵様のためのレクイエムは書けない。そんな資格はない気がする。
だから、侯爵様。きっと、助け出します。

最後の響きが天窓からのぞく小さな月に届いた頃。
オリビエは拍手に我に返る。

立ち上がって振り向けば、先ほどの衛兵とその仲間だろう。十人前後の男たちが立ち上がって拍手してくれた。
「いやぁ、うまいもんだなぁ!中々戻ってこないから気になって見にきたら、仕事も忘れて聞き入っちまった」
「すごいもんだな、なぁ、あんた。あの歌、できるかい?」
一人が言い出し、そうだそうだ、と周囲の男たちも声をそろえた。
「ライン軍の歌を弾いてくれないか!」

オリビエは目を細め。
「僕が弾くとちょっと違ったものになると思うけど」
そう言いながら、再び鍵盤に向かう。
「おお、それだそれ!」
男たちが肩を組んで歌い始める。
が。
それはすぐにやんだ。
男たちは違う歌を聞くような気がした。あの勇壮な歌ではない、別のもの。アレンジされた低音は戦いを讃える陰に潜む苦しみや恐怖、悲しみすら描き出すような。兵士たちが目をそむけ、耳を塞いできた血なまぐさい現実を思い出させる。耳を塞げば音は聞こえなくなったかもしれない。やめろといえばオリビエは演奏を止めただろう。けれどオリビエの音色が響いた心はそのどれも選択しなかった。皆ただ、聞き入った。
一人は胸を押さえ、一人はごしごしと目を擦った。
同じ曲、同じ旋律。それなのにこれほど違うのか。
音は終わりに向かうほど優しく。甘さも切なさも感じさせるそれは、男たちが戦場では決して感じられないものを与えてくれる。
演奏を終えたオリビエに拍手するものはいない。
皆、自分の胸に迫った想いで精一杯だった。
「すげえな」涙をぬぐった男が笑った。
「あんた、何者だい?俺は田舎の母ちゃんを思い出したよ。戦争なんか、ってさ、いつも言ってた」
「俺は女房に会いたくなった。子どもが生まれたんだよな、昨日とどいた手紙にあった」
「何だお前、そんなこと一言も言ってなかったじゃないか!」
「水臭いな!」
「おめでとうございます」
オリビエが笑って手を差し出せば、男は嬉しそうに握手を返した。

「子供の顔を一目見るくらいの休暇はやれるぞ」
兵士たちは礼拝堂の扉を振り返り、そこにダンテス中尉の姿を認め慌てて姿勢を正した。
「あ、あの、彼らを責めないでください、僕が勝手にオルガンを弾いたからいけないんです」
「いや、素晴らしい演奏だった。とても、ただの商人とは思えないものだった」
中尉は笑っていた。その隣にリエンコ。リエンコはオリビエに歩み寄り、かすかに酒の匂いのする上着をオリビエの背にかけた。
「オリビエ様、風邪を引きます」
「ほら、でた。天使様だもんなぁ、笑えるぜ」とシェビエがけたけた笑いながら手に持った干し葡萄を一粒口に放り込んだ。
「やっぱり、この世のものとは思えない音楽でした」
とリエンコが笑い、「俺もそう思うよ」と衛兵が一人頷いた。
「さぁ、オリビエ様、お夕食がまだでしょう?部屋で……」
そう、リエンコがオリビエを促し、オリビエが歩き出したときだった。

「ダンテス中尉!中尉!!反乱です!市庁舎が襲われました!」
そう叫んで、転がり込むように男が駆け込んできた。

「出るぞ!馬を引け、召集を!」
ダンテスの一言で周囲は一変する。兵士たちはダンテスに続き飛び出していく。あっという間にオリビエたち三人は取り残され、礼拝堂は何事もなかったかのように静まり返った。
「反乱、って」
「夕食の席で聞いたのですが」
リエンコが肩に手を置き歩くように促しながら話してくれた。

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