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「音の向こうの空」第二十六話 ⑥

第二十六話:故郷を去る者、還る者



昼下がりの日差しは古城のエントランスに斜めの影を作る。明るい側に一頭の馬。シェビエは黙々と荷を括りつける。
「あの」
影の側からリエンコが声をかける。
「待つ意味なんかないだろ。俺もあんたも騙されたんだ。きっとマルソーさんもだ。ろくでもない奴だぜ。あんたがファリに行きたいってんなら、ついて来てもいいけどさ」
「いいえ、私はしばらくこの街に滞在します。このままでは故郷に帰ることも出来ませんし。貴方はスタルガルトの出身だといっていましたね。私もあそこで葡萄作りをしている夫婦に出会いました。美味しいワインをいただきました」
ふとシェビエは空を眺めた。遠く、ブドウ畑の一面に広がるスタルガルトの景色を見ているのかもしれない。
「……どうせカスから作った奴さ。あんなもの、後生大事に作って何の意味があるんだか」
売れもしない、たくさん作れるわけでもない。とシェビエは肩をすくめる。
リエンコは目を細め、オリビエと同じ歳の青年を見つめた。
「オリビエ様は子どものように喜びました。私もあれが、カスだとは思いません」
オリビエが「美味しい」と呟くたび、緩んだ表情は甘くなる。ただでさえ年齢より若く見える青年が、少年のように目を輝かせた。人を幸せにするものを作り出す、それは素晴らしいことだ。

「うまいさ。日陰の痩せた土地の葡萄は多くの実は生らない。それをさらに摘んで減らす。雨の少ない厳しい環境だからこそじっくり熟すまで木に残された実には凝縮された甘味が残る。それから作られたワインはとても旨みのある、甘いワインになる」
極上、という奴もいるさ。と、シェビエは口の端をゆがめた。
「やはり、ご存知なのですね。貧しい環境でも愛情を注いで育てれば立派に成長してくれる。葡萄農家のご主人はそう言っていました。革命に憧れ旅立った息子さんを心配しています」
リエンコが話し終えた時にはすでに、シェビエは馬にまたがっていた。
「我がライン軍が」そう振り返ったシェビエ。穏やかな秋風がマントを揺らした。少し痩せ過ぎの体が大きく見える。リエンコは仰ぎ見ていた。

「我が軍がスタルガルトを目前にして陣営を構えた時、土地勘のある俺はスタルガルトへ軍を導く役目を覚悟していた。故郷に、外国の軍勢を引き入れることを。でもマルソーさんはさせなかった。このファリ行きの任務はそういう意味だと思っている。親父が尊敬に値する人間なのは分かってる。だけど俺はもっと多くの人に出会って、生き方や違う価値観に触れてみたい。親父が天候や葡萄を相手に戦うみたいに、俺は人間や社会相手にどこまでやれるか試したいんだ。あんたに文句は言わせないぜ」
馬が鼻を鳴らし駆け出す。リエンコが何か言葉を返したがそれは、誰にも聞こえなかった。



オリビエはマリアの肖像画に背を向け、ベッドに横たわっていた。
あの塔の上、ダンテスは丁度いいと笑って閉じ込めた。
「数日のうちに調査委員会が到着する。貴方がどういったご身分なのか、その時には明かしていただきますよ」
結局殴られたり傷つけられたりはしなかった。ただ、脅されただけだ。ダンテスは延々と革命の意義を熱く語り、世界が我が国にひれ伏すとまで言った。
自由であること平等であること、それはいつか素晴らしい世界を作るのだろう。だけど今の僕に限ってはちっとも恩恵を受けられない。
どんなに美辞麗句を並べられても革命に心を動かされることはない。
いつか、ファリでマルソーたちの語っていた思想の話が、どうしても自分とは関わりのない興味の沸かない存在だったことを思い出していた。
ファリ。侯爵様はどうしているだろう。こんな風に柔らかいベッドを与えられているだろうか。胸にあの悲しい旋律が浮かび、指先だけが奏でる。
レクイエムなど、まだ、作らない。


二日後、オリビエが塔の小部屋から連行された時にはまだ昼を過ぎて間もないのに陽が翳り始めていた。朝の快晴が嘘のように天候は崩れていく。しっとりした空気は古城の壁のかすかな匂いを際立たせた。染み付いた時代のにおい。ランプのオイルと交じり合いそれをまとってオリビエは馬車に乗せられた。
想像通り、ちらりと仰ぎ見た空は鈍い色の雲に覆われ、抜ける秋風はひたひたと頬を叩いた。


馬車の向かう先は懐かしい侯爵の館。城門には急ごしらえなのか生々しい肌の木材が組みつけられ、補強されている。
オリビエが目を細め、そちらを眺めていると、隣に座っていた衛兵が話しかけてきた。
「あの。痩せられましたね。大丈夫ですか」
オリビエは衛兵を見つめた。オリビエと同年代くらい。礼拝堂でオリビエの演奏に母親を思い出したといっていた青年だった。
「大丈夫だよ」
オリビエは微笑んだ。
影を作らないほどの弱い日差しの中、少しやつれたオリビエは肖像画のマリアに似て悲しげで。衛兵は視線をそらす。

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