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「音の向こうの空」第二十七話 ③

第二十七話:革命の表裏



静まり返った男たちは、時を止めたように青年を見つめていた。
激しい雨が窓を叩く。黒い雨雲に覆われ、いつの間にか室内は暗がりに沈んでいる。
雷鳴が空を駆け、窓を揺らした。

「つまり。この街でダンテス中尉が推し進めている国有財産の売買は、根本から間違っている。それを知っていて、あなた方は市民に土地を売りつけようとしているんだ」
調査委員の一人がずり落ちかけていた眼鏡を直しながら、応えた。
「知っているわけではない。中尉が何を思い込んでいるのかは別として。いいかね、オリビエ。若い君には分からないだろうが、この新しい世の中は法と契約とで秩序が保たれている。君の言うような、リツァルト侯爵が資産を市民に譲った事実を裏付ける証拠もない。だとすれば、君も市民もただ思い込んでいるだけで、真実は違うかもしれない。証明出来ないものは真実であるとは言えないのだよ。そうだろう。ルグラン議長」
ルグランはびくりと背を叩かれた兎のように震えた。

「ルグランさん、そうなのですか」
オリビエの視線に、元市長は小さく頷いた。
「どうしようもないのだよ。何の証拠もない。こんな辺境の町、国境に面し外国からの脅威と戦いながら市民を護るには国の援助が必要なのだ」
援助。そのために市民から土地を取り上げ、売りつけるというのか。
キシュが中庭で怒鳴っていた、あれを思い出す。市民は知っている。この街は侯爵が市民のために残して行ったことを。
「市民は納得しないでしょう?」
ルグランは肩をすくめ「議会では多数が私の味方だ」と。口の端だけで笑った。
「それが、本当に大勢のためになるんですか。土地が再分配されれば結局、資産を持つ階級だけが土地を買い取ることになる。それでは、領主が変わっただけの……」
冷たい感触がオリビエの頬に当てられた。

ダンテスは熊のような髭面の下で、残忍な笑みを浮かべていた。
「革命を侮辱するのは許さん。神聖なる公会で定められた法律だ。それが国を救うのだ」
頬に痛みが走り、オリビエは目を閉じた。
委員の誰かがダンテスをなだめ、他の一人がメイドを呼ばせた。様子を伺おうと近くにいたのだろう、すぐにヘスが駆け込んできた。
「オリビエ様」
頬の傷を清潔な布で抑えてくれた。
「皆、公爵様のご無事を願っております」そっとささやかれ、オリビエは胸が詰まる。
「ありがとう」
それだけ小さく呟いて、オリビエはヘスの手を握る。
ヘスはかすかに頷き、何度も瞬きする。

「ダンテス殿。すぐに剣を抜くのはどうかと思うぞ」
年配の委員が立ち上がり、「このことは将軍の耳にも入れておく」と話し。それにつられるように他の委員も立ち上がった。
「調査は場所を変える。オリビエ、我らは君をファリへ連れて行く。そこで君が何を選択するか。それは君の自由だ」

このエスファンテでは、僕の存在が市民に影響を与えるというのだろう。
市民は侯爵様に貰った土地を護ろうとしているんだ。
市民の知らない所でことを決しようとしている。だから、侯爵様もファリに連行されたんだ。
自由、平等、理性。そんなきれいごとばかりではすまない現実がここにある。ヨウ・フラがいつか言っていた。革命家の中には、金を使ってロシア軍と取引し、追い払おうとしたものもいる。その金で飢えた市民がどれだけパンをもらえただろう。
ふと、スープに沈んだパンを思い出した。
あの時、侯爵様は僕に笑いかけた。

やりきれない切なさを振り切るようにオリビエは歩き出す。
背後に立つダンテスが、時折突き飛ばすように肩を押した。続いて三人がひそひそ話しながらついて来る。
回廊に差し掛かると風が窓を打った。
不意の雷鳴にダンテスが変な声を上げたとき、衛兵がびしょぬれで駆けつけた。
「何をしておる」
「申し訳ありません、叛徒どもが逃げ出しました」
叛徒。
それを聞いてオリビエの脇に立った三人の委員は眉をひそめた。
「叛徒、とはなんだ。逃げ出した?捕らえていたのか?」
そう問われ、ダンテスは慌てて三人の前に膝をついた。
「いえ、昨日市役所を囲んで騒ぎ立てる市民がおりましたので、間違いがあってはいけないと城に保護していたのです」

ダンテスは幾重にも間違いを犯しているらしい。
法律を建前にするくせに、キシュたちを捕らえる口実は曖昧。

「この街の土地が正式に誰のものなのか裁判で決まっていないのだから、彼らの主張は正しい」
それをオリビエが言ったのだと気づき、ダンテスは睨みつけた。
「そのとおりだね。ダンテス中尉、不用意に市民を傷つけるのは国民公会の意図するところではありませんよ」
そうオリビエの肩に手を置いたのは、先ほどの年配の委員だった。
「見た目よりは、頭のいい子だね」

いい子。子ども扱いされる年齢ではないのに。
見上げると、隣に立つ男は目を細め、鼻の下に蓄えた髭をなでながら笑った。
「わしからすれば、子ども。リツァルトが君を養子にした理由が未だ分からなくてね。楽しみにしているよ」

この人は。侯爵様を知っているんだ。
「あの、お名前を」
口をついて出た質問に、男はただ黙って微笑んだ。
ダンテスのような、ただがむしゃらに革命と自由を信じる若い革命家たちとは違う。この男の穏やかな視線にオリビエは安堵した。

国有財産として没収した土地を農民や市民に売りつける。その収益はダンテスの地位を高める可能性があるのだろう。だから、強引に政策を押し付けようとしているのだ。
決して、革命政府が市民や農民の権利を一方的に奪おうとしているわけではない。でなければ。そこに命をかける若い志願兵たちが救われない。
オリビエはマルソーのことを思い出す。
マルソーならきっと、何を護るべきか分かっている。
オリビエは胸の前で拳を握った。
「この雨では、折角の麦も傷んでしまいます。誰の土地かは分からなくとも、今実る麦を撒き育てたのは市民です。一方的に収穫を禁止するのはおかしいでしょう。前線の兵士を支えるダンテスさんにとっても、得策ではないと思います。ただでさえ食糧が不足しているのに」
オリビエのあてずっぽうなそれは効果があった。


雨の上がった翌朝。オリビエは乗り込んだ馬車から、雨に浸った麦畑で衛兵と農民が一緒になって穂を刈る姿を見ることが出来た。
隣に座る衛兵は、いつか礼拝堂でオリビエの演奏に感動したひとり。「貴方を護送するために同行します。ファリまでご一緒します」と、にこやかに笑った。
ファリで、生まれた子どもと妻に会えるのだろう。

「何をしているのですか」
オリビエの膝の上で踊る指先を怪訝に眺める衛兵に、返事もせずオリビエは故郷の景色を目に焼き付ける。衛兵もその視線の先を追った。
「綺麗な街でしょう。僕の生まれた街です。侯爵様が護ってきた、これから市民が守っていく街です」
「……」衛兵はただ、景色を眺める。
「もしかして、二度と見られないかもしれないから」
朝の空にシルエットだけ見える礼拝堂の鐘楼。あの下にキシュの生まれた町がある。今頃は帰っているだろうか。
馬車の脇に白馬に乗るリエンコが併走していた。ちらりと目が会う。
リエンコが小さく頷いた気がした。
ダンテスは市役所に兵力を裂いていたから、あの古城は手薄になっていたはずだった。リエンコがキシュを助け出してくれたのかもしれない。

マルソーが言っていた。リエンコは名を明かさないけれどロシアで勇名を轟かせた若き将軍ではないかと。皇位を巡る陰謀の影で国を追われたらしいと。そんなすごい人なのかは、僕には分からない。だけど頼れる存在なのは変わらない。

オリビエは見ていられる限り、道端の木々や草原、民家、麦畑を見つめ続けた。
以前と変わらないはずの故郷の風も、今のオリビエには思い切り胸に吸い込むこともできない。
1792年、秋。旅は形を変え、目的地へと近づいていく。
ファリへ。


次へ♪
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kazuさん♪

ありがとうございます!
ええ、ええ。クライマックス~盛り上げていかないといけないですね!
頑張らなきゃ~(>∀<)

今回もなんだか中途半端な区切りになってしまったけど~。
次回、少し時間をいただいて。

絶対、楽しんでいただけるよう、がんばります~!!
ゴールデンウィーク。書きまくりですっ♪

わんっ

お預けをくっているkazuです、おはようございます^^
なんか、クライマックスが近づいてきている雰囲気がばんばんと><
オリビエくんはオリビエくんの為だけに、この人たちと戦っているのではなくて、侯爵様の為に、そしてエスファンテの人たちの為に革命と相対しているんですね。
強くなったな・・・と、なんだかしみじみと思ってしまいました^^

そして只者ではないと思っていたリエンコさん!
そんな過去があるかもしれない方なんですね。
やっぱり、オリビエくんの側にはいい人たちが集まってくる。
オリビエくんの人柄が、皆をひきつけるんでしょうね。

5月4日!
楽しみに来ます!!!
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