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「音の向こうの空」第二十七話 ⑤

第二十七話:革命の表裏



夜半のカフェは気だるい昼間よりは熱い言葉が行き交っている。ファレ・ロワイヤルの一角のカフェ『エスカル』も同様。
酒の入った男たちは今日の裁判の行方を語りだしていた。
「亡命貴族だぜ、それがどうして無罪だ」
「農民の反乱で仕方なく外国に逃げたんよ。国境の町ではよくあることらしい。飢饉と農民一揆、慌てて国外に逃れて戻ってみれば王国は革命が起こっていたってよ」
「いや、おかしいだろ。避難するならここに逃げ込めばよかったんだ、そうだろ」
「何でファリなんよ。ファリが何でも中心だと思うなよ」
「誰もそんなこと言ってない。自分が田舎ものだからって貴族の味方か、お前は」
数人が言い争いをはじめた。ファリの訛りと地方の訛り。地方から終結した義勇軍はファリの市民兵とそりが合わない。
「田舎とはなんだよ」
「本当のことじゃないか!」
店の片隅。小さなオルガンのすぐ脇のテーブルに、一人男が座っていた。
黒い髪は短く、腰のサーベルと肩の徽章で軍属と分かる。
常に鋭い視線も今は伏せられ、手元に置かれたワインのグラスを眺める。背後で立ち上がった男たちの振動でいくつかの波紋が揺れた。
不意に男が口を開いた。
「裁判員と陪審員が決したことだ。それ以上言うなら法廷侮辱罪に問われるぞ」
青年の声は鋭く、低く。男たちは慌てて目をそらし、次の話題を探そうと新聞を肴に酒をあおる。
「なんだよ、あれ」
ぼやく声。
「し、マルセイユの連隊長だぜ、ズレン・ダンヤ。エスファンテから参戦してすっかり連隊長の座を奪った男だ。今は司法長官の秘書なんだ。切れ者なんだと」と誰かが応える。今度はマルセイユ連合軍の噂話に夢中になる。

放っておけ、とズレン・ダンヤは自らに語り、溜息と供に椅子に身体を預けた。かた、と椅子がオルガンに当たり音を立てる。かつてそのオルガンでこの騒がしいカフェを静まらせた青年がいたことをズレンは知らない。
忌々しげにオルガンを振り返るその視界に、放っておけない人物が店の扉を鳴らして入ってきた。
男の姿を見た瞬間、十数名の客が鞭打たれたように立ち上がり、皆一斉に男に対して頭を下げる。御用を伺おうと手をもむ主人に、「紅茶を」と笑い、男はまっすぐズレンのテーブルへと足を運んだ。
エリー。現在国民衛兵の南部を指揮する将軍。バスティーユでの活躍と若く麗しい容姿とで南部軍では革命の象徴的な存在として崇拝者も多い。平民出身の彼は国民公会のどちらの党派に属するのも嫌っているために、思想のない戦争屋と揶揄する記事が出るなど敵も多い。失脚させようと何かしら裏から手が廻されているという噂もある。

エリーはにこやかに微笑みかけ、ズレンの正面に座った。
「…」ズレンが黙って自分のワイングラスを手に取る。

「知っているか。オリビエが戻ったそうだ」
ズレンはぴくりと眉を揺らし、視線をはじめてエリーに向けた。
「貴方がご存知ということは。捕まったのですか」
黙って頷くエリーに、溜息が届く。

「…エスファンテですか」
「ああ。あそこはダンテス中尉だ。調査委員が向かったそうだ。彼には。オリビエには取引する土地も資産もない」
つまり死刑。
「あの馬鹿……」
かすかな苛立ちをズレンに感じ、エリーは目を細めた。

「かの侯爵と話したか?」
エリーの問いはズレンを最近悩ませているそれだ。
「ええ。取引するものは持ち合わせていないとおっしゃっています。土地も権利もすべて市民のものだと。それは、今のエスファンテでは不味いことになる。国民公会は国境の町の自治を嫌う。侯爵が土地も資産もすべて国民公会に譲渡すれば、街の混乱もあの方の命も救われるのに」
「欲のない方だ」
「おかげでエスファンテの街は二分されています。また、馬鹿が革命もどきを起さなきゃいいが」
「気になるなら、戻ってみたらどうだ」
「…貴方はお忙しく、動けない、ということですか。私にオリビエのことを伝えるのも、そういうことでしょう?」
「可愛がっていたと聞いた。だから知らせただけだ。好きにすればいい。私は私の考えで動く。かの地の動乱をどう防ぐのか、国境の街、あの先のライン戦線にはマルソーもいる。ヴィエルテの二の舞は、ごめんだ」
ヴィエルテ。この西の街は革命政府に反発する僧侶が市民とともに抵抗を続けていた。市民の誰が反乱分子で、誰がそうでないのか。調査委員は「ごく平和な村です」と報告するがその数日後には国民衛兵が何者かに襲われる。軍は対応に苦慮していた。
革命政府が人民を代表する大義名分を持つ限り、村ごと焼き払うなど出来はしないのだ。

「あれも。革命に対する理解が不足している。真に市民のためを思えば、扇動している僧侶たちは身を引くべきだ。リツァルト侯爵がなさったように」
ズレンの手元でグラスが揺れた。白いワインを静かに揺らし、男は一気に飲み干した。
添えられたチーズと干しぶどうは手付かずだった。
「早期に亡命したリツァルト侯爵は賢明なご判断だった、と。それは政府内にも理解者はいる。しかも侯爵はかつて三部会の議員だった。それも、平民に味方した数少ない貴族議員だ」
エリーが目の前に置かれた温かい紅茶に目を細めた。
「だからこそ、釈明の余地もあります。もう一度、お話してみます。数人の議員に頼まれてもいますし」
「議員、か」
「ええ。国王が幽閉されている今、王党派*1議員は少しでも力のある理解者を求めようとしています。リツァルト侯爵を味方に引き込みたいのでしょう。国王の逃亡事件以来、共和派*2の方が優勢ですから。共和派は王党派に力を与えるくらいなら自陣に侯爵を引き入れたい」
つまり、どちらも影では侯爵の生存を願う。
「ズレン、お前は王党派なのか」
「いいえ。どちらでも」
ズレンは立ち上がり、最後までエリーと視線を合わせることもなく立ち去った。
残された干し葡萄の一粒を枝から千切り、エリーはまだ熱い紅茶を手に取る。
エリーが親友のために尽力を惜しまないように、ズレンはオリビエを護ろうとするだろうか。
メジエール工兵学校時代から、あの男は冷徹だった。有無を言わせない判断力と洞察力。身分の差がなければ今頃はもっと高い地位にいただろう。革命に乗じて表舞台に上るかと期待もした。結局のところ、貴族出身の士官が幅を利かせる軍内にあって思うところもあるのかマルセイユ連合軍に身を置き、ファリに来てからは議員の秘書まがいの仕事をしているらしい。
「本来なら。あの男こそ、前線で軍を率いるにふさわしいのに」
小さく呟いたそれは、葡萄と一緒に噛み砕かれ誰の耳にも届かずに終わる。

(*1:王党派。国王の元で国民の選出した議会が政を行う啓蒙専制主義を目指す派閥。*2:共和派。国王という存在な必要なく、国民だけで政を行おうとする党派。)


カフェの外はすでに冷たい風が吹き始めていた。
コートの襟を引き寄せるズレンに、今まさに馬車に乗り込もうとしていた一人の夫人が声をかける。
「あら、ジョスパーのナイフじゃない。丁度いいところに。彼も後から来るのよ、私のサロンにいらっしゃいな」
ズレンは司法長官ジョスパーの秘書として雇われて以来、議員の連中にそう呼ばれていた。軍人上がりの議員ジョスパーはどちらかといえば頭の回転は遅い。そこを補うズレンの存在は議員たちから揶揄を込めてナイフと呼ばれた。声をかけたフラン夫人は女性ながら内務大臣を勤める。先日もジョスパーをサロンに呼び、戻ってきたジョスパーはすっかり陶酔し夫人に骨抜きにされているようだった。
ズレンは肩をすくめ、「申し訳ありません、フラン夫人。私のような無骨者が貴方のサロンにお邪魔しては、興ざめというものでしょう。どうぞ、お構いなく」とにべもなく笑ってみせる。
夫人はこちらもわざとらしく目を丸くして見せると、「残念ね」とオヤスミナサイの言葉を残して馬車に乗り込む。そのすぐ後に、夫人の取り巻きがズレンを睨んでいく。
サロンではなく。国民公会や党派のクラブで話すべきだろうと心の中でつばを吐き、ズレンは歩き出した。

国民公会では先日から国王を裁判にかけるのかどうかが議題にされている。党派はいくつものクラブに分裂し、論争に明け暮れる議会に飽きたのか興味深く見守る市民も今はいない。民衆はこの国の行く末などには無関心。革命によって得たものをどう保つのか必死になっていた。財を成せば守りたくもなる。
かつて利己主義に走った貴族たちは、規模を小さくしブルジョアや市民といった姿となって国にはびこる。

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