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「音の向こうの空」第二十七話⑥

第二十七話:革命の表裏



人気のない通りで辻馬車を雇い、ズレンは深夜訪れるものの少ないそこへと向かった。
アベイ監獄。ほんの二ヶ月前、反革命主義者と誤解された囚人が大量虐殺*されたその場所だ。「薄気味悪いんで、急いでくださいよ」と御者はズレンを降ろすとすがるように馬のそばに立った。(*1792年『9月虐殺』と呼ばれる事件。反革命主義者がパリ市街を襲うなどという噂に翻弄された市民が恐慌を起こし囚人を襲った)

ズレンは裏口に立ち、小さな鉄の扉を叩く。
少ししてのぞき窓から気配がし、扉は開かれた。
門兵に「いつもすまないな。誰にも知られないよう、こっそり楽しんでくれ」と、紙に包んだワインを一本手渡した。それを持つ手に紙幣が一枚。受け取りながら兵はにやりと笑う。
誰にも知られないよう。

ズレンは牢獄の最深部へと進む。虐殺騒ぎ以来囚人は減り、通りかかる牢はほとんどが空。掲げたランプの炎の音すら聞こえるくらいに静まり返っている。

ぬるぬると湿気の垂れる壁、床は歩く場所を選ばせるほど異臭を放つ液があちこちに溜まっていた。この吐き気のする匂いだけはいただけないとハンカチで口元を覆い、手にしたランプ以外何にも触れないようにズレンは細心の注意をはらっていた。衛生状態の悪いこういう場所ではどんな病が運び込まれているか分からない。

目的の牢の前に立つと、足元に置かれた小さなトレーに、手をつけていないパンらしい塊が残っていることに気付く。
「侯爵様」
かすかな物音。すぐに「だれだ」と返事が聞こえた。
「ズレンです。すみません、お休みのところ」
侯爵が眠っていなかったことは分かっているがそう口にする。
扉の向こうで、うむ、とかすかな声。

「これを。明日にでもお読みください。この男はヴィエルテの反乱を避けて外国へ行っていたという主張を通し、無罪となりました。侯爵様も同じ主張をなされば、あるいは無罪を認められるかもしれません」
く、と小さな笑いが届く。
「わしは市民に街を委ね、外国へ移住したのだ。追い出されたわけではない」
「ですから!それがよくないと申し上げております。領地はすべて国に譲ると、どうか書面を。そうなされば何の苦労もなく貴方は解放されます!」
「自分のために市民から土地を奪うなら、最初から亡命などしてはおらん」

落ち着いた声。姿を見ることは出来ないが、リツァルト侯爵はこの気の狂いそうな牢内にあってまだ健在なのだ。豪胆な軍人だったと聞いた。
ズレンは感心と同時に悔しくなる。腐敗した貴族もいるだろう、だが侯爵のように立派な人物ももちろんいる。それを議員たちは見抜けない、いや。見ようとしない。過去をすべて批判することが彼らの未来を正当化することだから。
そのために。
「貴方が、こんなところで命を落としたら……オリビエを誰が救うのですか」
「何?」
彼の名を出せば、気が変わるかもしれない、そう考えた自分と、予想通り反応を返す侯爵にわずかに苛立つ。ズレンは持っていたランプを右手に持ち変えた。
「オリビエがエスファンテで捕らえられました。亡命貴族として、です」
侯爵は黙った。
しばらく返事を待っていたが、扉の向こうは静まり返ったまま。
「かの地の領主として貴方が戻られれば、貴方の采配で裁判ができる。オリビエを救えるのです。貴方が助からなければ、オリビエも」
「ばかもの」と。それは溜息交じり、その上笑みを想像させた。穏やかな口調だ。
「オリビエ一人と、二万の市民とを比べろというのか。ズレン。わしがどちらを選ぶかなど、分かっておるだろう」
ズレンは口を閉じた。
「あの世で。あれが怒るかもしれん。それもまた、一興」

なにを言っても、無駄なのかもしれない。
ズレンは知らず深いため息をついていた。
「そうですか」
「ズレン。もし、お前に出来るなら。あれを助けてくれんか」


「!あなたは!」思わず扉を拳で叩いていた。
なぜ、何のために。
ずっと押し殺してきた疑問がズレンの口をついて出た。
「なぜ、オリビエをそこまで可愛がるのです!以前から、ずっと、ずっと疑問に思っていました。ご子息がおられないからですか!それとも何か別の理由があるのですか」

大きくなった声は反響し、うわうわと不気味な響きを残す。
ふはは、と。反響はいつの間にか侯爵の笑い声になっていた。

「いや、わからん。分からんのだ。お前も知っていただろう、あれはアンナと通じていた。わしの一言で人生を終わらせることも出来る弱い存在のあれが、妻を寝取るのだぞ。憎まなかったと思うのか。可愛がるはずもない。表舞台への道を断ち、女が出来れば引き離した。音楽家としての名誉も男としての幸せも与えるつもりなど無かった。だが。なぜか今も毎夜、あれの奏でる曲を思い出す」

「憎みきれん、というのか。あれの演奏は人知の及ばぬ領域だと思うのだ。人として男としてのあれを好まなくとも、音楽を奏でる生き物として惜しいと思う。神があれに与えた才能をわしが潰すことはできん。だた、それだけのことだ」

「私には。分かりません」
そう呟き、ズレンは踵を返した。
かつて、自分自身にも問いかけたことがあった。
彼らの亡命を見送ったあの日、なぜ少年にオリビエを頼むなど、口にしたのか。
なぜなのか、自分の中の答えは侯爵とはわずかに違うと感じる。霜で凍った窓のようにのぞこうとしていくら拭っても見えはしない。自分の胸のうちというのに。ズレンは苛立った。

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