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「音の向こうの空」第二十八話①

第二十八話:牢獄の天使



これが。バスティーユなのかと、その大きさにオリビエは圧倒された。八つの塔とそれをつなぐ巨大な壁。馬車は跳ね橋を渡り、堀に流れる水が陽光をはじき、嫌がおうでもオリビエはそこに目が行く。眩しさに目を細め、今度は馬車の窓に顔を貼り付けるようにしてくぐり行く城門を見送る。
一つ、二つ。三つ。三つの跳ね橋を渡ってどうやら到着したらしい。
かつては要塞、その後は牢獄。所々崩れた城砦は革命の傷を物語る。
その薄暗い館内は平らでない石畳に躓きそうになる。うあ、と呟けばそれすら木霊し、聞きつけた誰かがなにやら声を上げる。囚人たちが変化を感じ取り、尋ねる。
「誰か来たのか。誰か死刑か。それとも日に三回目の昼飯か」
げらげらと笑う声。低く唸るような歌のような文句に、オリビエはぞくりと震える。

「すみません。ここは思想犯ばかりではないので」
衛兵が頭を下げた。
「大丈夫、独房ですから、オリビエさん」
何が大丈夫なのかよく分からないが、衛兵は貴方が無罪になることを祈っていますと無邪気に力いっぱい握手をし、背の曲がった牢番にオリビエを引き渡す。衛兵はいそいそとファリの我が家へと去っていった。
その嬉しそうな顔に、オリビエは少しだけ救われてまだ気だるさの残る身体を寝台に横たえた。
「せめて、藁があったら楽しいのに」
今や真の籠の鳥。音楽すら手元になく、オリビエはひたすら夢の中でピアノを奏でる。


夕日の当たる牢だったのが、せめてもの救いだった。暗がりに小さな高窓から差し込む神々しい金の光は、真っ直ぐオリビエの足元を照らしていた。ベッドに座り、きらきらと小さな埃が輝いて中空に揺れるのをぼんやりと眺めていた。
到着したときのような他の囚人の音は感じられなかった。息を潜めているのだろうか。すぐ近くで鐘の音が聞こえた。
ここにも礼拝堂があるらしい。オルガンはあるだろうか。
そんなことを考えながら、オリビエは心に浮かぶ旋律を奏でたくて空を弾く。
金の光の筋を鍵盤に見立て、そっと奏でる。

「お前だけには、聞こえるのか」
気付かなかった。

びくと、顔を上げ。扉を見つめれば格子の窓の向こうに見たことのある華やかな姿。
「あ、あの。エリーさん、ですよね」
立ち上がりそばに寄れば、ガチャと扉が開かれた。
「大丈夫だ。この男と話がある」そう牢番に告げ、エリーはその手に数枚の紙幣を握らせた。
牢番は赤い鼻をすすり、大げさに頭を下げて出て行った。
エリーがまるで居間のソファーに座るように、躊躇なくオリビエの寝台に腰をかけるから、オリビエは慌ててぐしゃぐしゃになった毛布を隅に押しやった。埃だらけの石壁、日の当たらない床、そこに降り立ったエリーは神々しくさえある。
とてもくつろげる場所ではないはずなのに、エリーは優雅な身のこなしで脚を組んでオリビエを見上げる。
「どうした、座らないのかな」
「あ、いえ」
慌ててちょこんと隣に座る。
「あの頃と、変わらないな」エリーに笑われ、それが初めて出あった王弟の屋敷でのことだと思い出す。あの時も、膝をそろえて女のように小さくなって座っていた。
「あの、お久しぶりです」
二度目なのだから、ほとんど初対面に近い。気さくなマルソーと違い、この綺麗な年上の青年はオリビエから見れば完璧な人間で、視線を合わせるのすら緊張する。

「ああ。そうだな。マルソーがお前を気に入っているのでな。幾度もお前の話を聞かされた。私は未だ、お前の思想とやらを聞かせてもらっていないが」
マルソーの言う、オリビエの思想。それは生き方でもありオリビエの音楽のことでもある。
「ここではあいにく楽器がないな」
何かしら弾かせてもらえるのかと妙な期待感を持った自分が恥かしくなり、オリビエはますます小さく縮こまる。
「マルソーと会ったそうだな。どうだ、前線は」

どう、といわれても。戦況など分からないし、第一長く滞在したわけでもない。二人で語り合ったことのどこまでを話していいのかオリビエにはわからない。マルソーは政府の現体制に不満がある。
オリビエは「マルソーさんには国境でお会いしました。僕が知り合ったあの頃よりずっと、精悍な、どこか怖い感じがしました」と、そこまで言ってエリーを見つめた。

「あなたも、ですね。僕は革命の初期でこの国を去りました。だから、どんな出来事がここで起こったのか、よく分かりません。ヨウ・フラ、あのバスティーユでマルソーさんと知り合ったという少年ですが、彼が語る革命は悲愴感に満ちていました。それでもヨウ・フラは革命は必要だといいます。僕もそれに反対はしません。でも、革命に関わるマルソーさんや貴方が幸せそうでないのは淋しく思います」
「まるで」
エリーの表情は歪んでいた。
「オリビエ、まるでお前が幸せかのような話しぶりだな」
オリビエは慌てた。何か、悪いことを言ったらしい。
「僕は、あの。何もかもがうまく行っているわけではないですが、自分を不幸だと思ったことはありません。音楽を奏でる環境にあって、それで大勢が喜んでくれる。友人もいますし、皆に感謝しています」
不意に、目の前が暗くなる。
「!?」
首に手が廻されている。息が苦しい、何か声を上げかけたところで、エリーの腕が離れた。荒い息の元、何をどう反応していいのか迷ううちにエリーが吐き出した。

「相変わらず、能天気。私はどうもお前が好きになれない。自分だけは血生臭い争いとは無関係だと、まるで高みから見物するようなお前の心が好きになれん。お前はなるほど幸せだろう。求めもせず、あがきもせず諦めて生きてきた。侯爵の庇護の元、主人の言いなりであることに納得し耳を塞ぎ眼を閉じ、自分だけはこれで幸せなのだと思い込んできた。だが、ただ生きるだけでも苦しまなければならない人間がいる。理想を掲げ、願いをかなえるためにあがき、泥にまみれる人間もいる。私はそういう人間が好きだ。お前には一生理解できないだろう」
オリビエは息をすることも忘れ、ただエリーを見上げていた。

「マルソーとは誓ったのだ。互いに戦場で血にまみれようとも、命を削り、この政治の裏の泥沼に絡め取られようとも、自らの思想と理念に恥じることのない生き方をしようと。そのマルソーが何ゆえお前を尊重するのか」
忌々しげにはき捨てると、不意に何か思い出した様子でエリーは目を細めた。
「一つ教えてやろう。お前の到着を待たず、リツァルト侯爵はこの世を永遠に去った」

何か、言いかけ。
オリビエは言葉にならずに唇をかみ締めた。

嘘だ、など。この男の表情からあるはずもなく。

オリビエが何も言わないのをしばらく見守り、エリーは再び髪をかき上げた。
「指が楽器を求めているのか。薄気味悪いな」
言われて気づき一度拳を握り締めたが、後は感情に任せた。嗚咽が漏れないようにするのが、精一杯だった。座ったまま膝を抱え、顔をうずめた。
気配でエリーが立ち去ったのが分かったが、どうでもよかった。

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