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「音の向こうの空」第二十八話②

第二十八話:牢獄の天使



肩を叩かれ、誰かがそこにいるのだと気付く。
どれだけ時間が経っていたのか。すでに牢内は闇に沈み、オリビエは自分の手足すら見えていなかった。

「おい、正気か」
肩を揺らす誰かが、窓からの月明かりでぼんやりと見えた。
「しっかりしろよ。オリビエ。生まれそこなった蝉みたいに、穴倉で死ぬつもりか」

例えるにしてもそれはないだろう、と。ふと思い。
「相変わらず、毒舌だ」と、思った以上にまともな言葉が自分の口から聞こえた。
先ほどまで何も出来ず悲しみで死んでしまうのではと思っていたのに。
僕はまともに人間のままだ。

「暗がりでよかったぜ、お前の泣き顔は見たくないからな」
ズレンは乱暴にオリビエの頭をぐりぐりとなで、背を叩いた。
「痛いよ」
「だろ」笑いながらの口調。ズレンはさらに強く背を叩く。たまらずオリビエは立ち上がる。
「痛いって!」
「ああ、まともに腹から声が出せたか。安心したぜ」
「ズレン。どうしてここに」
月明かりにすくめた肩の動きが分かる。
「お前を尋ねる前は、侯爵様の牢に通った」
侯爵様…。痛む胸を知らず押さえていた。

「牢に、どうして」
「侯爵様と取引をするためだ。エスファンテを国に差し出せば、助けられた」

ああ。そんなの、侯爵様ができるはずもない。
「お前にも、同じ話をしようと思っている」
「侯爵様を助けて欲しかった」
八つ当たりだと分かる、だけど。
「ズレンは助けられる場所にいたんだ、そうだろ!なのに、どうして助けなかったんだ!」
「やろうとしたさ。面倒だったがな、北部に逃れていたアンナ夫人まで引っ張り出した」

え、と。オリビエの言葉が途切れるとズレンは面白そうに笑い声を上げた。
「お前も知らなかったのか。あの人は一年前にふらりと戻ってきてな。ビクトールと住んでいたようだったがすぐに財産がそこをついたらしい、親戚を頼って北部の田舎に移ったのさ。侯爵を説得して欲しいと頼んだのに、なんて言ったと思う」
オリビエは首を横に振った。
分からない。あの夫人が、何をどう思うかなど分からない。侯爵を一番愛しているのだと思っていたのに。そのために苦しんでいたはずなのに、侯爵の元を離れていった。

「後悔しているんだろうな、侯爵には会えないと、いつものあのつんけんした様子でな。自分は早く帰国し、共和政府に宣誓して生きながらえているのに。侯爵の代理で署名させようとしたのにそれすらしようとしなかった。『侯爵様はエスファンテを犠牲にするような方ではありません。例え私がなにを言っても考えを変える事はないでしょう』とさ」

アンナ夫人が。
以前、ヨウ・フラがどうやら祖国に向かったらしいと情報をくれてはいた。それを確かめるつもりもなかった。見つけ出したからと言って何が変わるわけでもないからだ。
侯爵様が会いたいのなら、きっと探しに行っただろう。
侯爵様はそうしなかった。

「侯爵の遺体は、アンナ夫人が引き取った。今頃は北部の田舎に向かっているだろう」
そこで涙がこぼれていることに気付いた。
ズレンに気付かれないよう、そっと拭った。
「お前を助けるようにと、侯爵に言われている。分かるか」
オリビエはいや、と首を横に振る。
「どう考えても無理だよ」
「公会はエスファンテが欲しい。この不安定な情勢のまま領主を殺すことは出来ない。つまり、お前はまだ、すぐには殺されないってことだ」
「僕に、エスファンテを犠牲にして生き延びろと。……侯爵様がおっしゃったはずはないよね」
ズレンは黙った。
「そうするくらいなら、侯爵様がしてる。ズレン、何か…」
ズレンは立ち上がり、オリビエを見下ろした。
その視線が暗闇で見えなかったことは幸いかもしれない。
「どうした?」
なぜかぞくりと。オリビエは寒気を覚える。

「あの。助けてもらおうという人間がこんなこと言うのおかしいけど。その条件を侯爵様に示しても無駄なこと、分かってたんじゃないか」
ズレンほどの頭脳の持ち主が、無駄なことにアンナ夫人を探し出すまでして説得しようとした、それはどこかおかしい気がする。

「どうした?オリビエ、いいたいことがあるなら言えよ」
優しげなズレンの声にますます気圧され、オリビエの声は小さくなる。
「無駄なのに、どうしてその条件なんだ。他に、方法がなかったのか。それとも、目的が最初から」エスファンテの土地、だとすれば。
ズレンの言う条件は、『譲渡の書類にサインしろ、でなければ殺す』と。言っているのと同じだ。ぞくりとオリビエは震えた。今度はしっかりと自分を抱きしめ、状況を理解する。
優しげに話しかけるズレンは、それに気付いていないのか。それとも演技か。
「なんだ?」
「な、なんでもないよ」
オリビエは何度も頭を横に振る。僕は、こんなにも人を疑うようになってしまったのだろうか。そんなはずない、ズレンは侯爵様のために…。僕の、ために?

かつてエスファンテで革命が起こったとき。僕は人質として利用された。あれは幸運だっただけで、殺されてもおかしくなかった。
そんな扱いしかされなかった僕を、救うためにわざわざズレンが手間をかけるだろうか。

「オリビエ、次回には書類を持ってくる。よく聞け。エスファンテの土地が国に取られたとしても、改めて土地の再分配が行われるだけだ。これまで独自で分配してきたエスファンテのやり方がすべての人間にとって公平だったとはいえまい。考え方次第だ。今、国は法を整備し、多くの民を救おうとしている。けっして、エスファンテの市民が苦しむことになる話じゃない。じっくりと考えることだ」

「うん、……そうするよ」
平然を装い、オリビエはズレンが扉を静かに閉め、去っていくのをじっと聞いていた。闇の中、見えないズレンの表情はどんなだっただろう。
それとも、ズレンにとってエスファンテの土地を市民から奪うことは『死に比べればたいしたことのない代償』なのだろうか。だから、その条件を僕に突きつけるのだろうか。本当に僕を救おうとしてくれているのかもしれない。だとすればただ、価値観が違うだけだ。

僕は、こんなにも人を信じられなくなっている。

全てに感謝しなきゃ、と。演奏し想いを音に託すあの瞬間はいつもそう思う。誰かがこれを聞いて、少しでも心が和むのなら、幸せを感じるなら。僕はこの才能と環境を与えてくれた両親と神に、皆に感謝しなきゃと思っていた。
僕は、幸せだった。
怒りに満ちたエリーの顔が思い出される。
僕はいつも、幸せだった。
世間知らずとあきれるズレンの顔を思い出す。

唯一つだけ。僕が確信を持って言えるのは。
僕は侯爵様と同様。僕の命と引きかえに多くのエスファンテの市民を苦しめることは出来ない。

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