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「音の向こうの空」第二十八話③

第二十八話:牢獄の天使




同時刻。
ファレ・ロワイヤルから通りを一つ隔てた小さな宿屋に、金色の髪を束ねたエリーの姿があった。カードを楽しむ男たちの熱のこもったざわめき、テーブルに酒を置く音。片隅の小さなテーブルに壁を背にしたエリーともう一人、背の高い男が座っていた。
マントを着込んだままの男は、首に巻いたストールで顔半分が隠れている。薄い青の瞳。短い金色の髪。
リエンコだ。
「マルソーの手紙にありました。まさか、本当に貴方とは思いませんでした。84年に若くして亡くなったと、噂を耳にしておりました」
エリーの言葉は外国語だ。低い声で語らう二人に、周囲は何の興味も示さない。
どこかで大きな笑い声が起こり、皆がそこに視線を集める。
それに何の反応も示さず、リエンコは目の前に置かれた酒をただ眺めている。
死んだとされた理由も、今語るつもりは無いのだろう。
「あの時私たちはまだ新兵だった」エリーが続ける。
「感謝しています、だからこそ、こうして隣にいます。なぜ、貴方がオリビエを救おうとされるのですか」
「笑うかもしれないが。私は平和主義者だ。あの戦場でお前を救ったように、今オリビエを救いたいだけだ」
それ以上語ろうとしないリエンコに、エリーは溜息を吐き出した。テーブルで冷めるに任せていた紅茶に気付き手を伸ばす。
「貴方といい、マルソーといい。いや、侯爵もそうでしたね。私は理解しがたい」
「私があれのために行動し、侯爵が護り、マルソーが力を添えた、その理由を少しでも解したいと願うなら。力を貸してほしい」
「聞けば、分かるのですか」
オリビエの演奏を。
エリーの視線はカフェの片隅で花台にされているオルガンを見つめていた。
「思想と同じだ。あれの演奏は心を揺るがす力を持つ。誰にでも平等に感動を与える。それは人が成しえない神の業に近い」
エリーは肩をすくめた。
「もう一度、彼に会ってみましょう。少しでも救ってやりたいと思えたなら、考えてみます」
「ありがとう」
ストールの下、リエンコの低い声にエリーは今日何度目かの仕草、目を細めた。



翌日。すすけた窓の内側で、昨日と同じことを繰り返していると思われる男たちがカードに興じていた。そして、窓際の席にはこちらも昨日と同じ光景。いや、大柄な外国人は昨夜と同じストールで顔を隠しているが、傍らになぜか見慣れない若い女性を連れていた。
後から入ってきたエリーを認めると、女性は慌てて立ち上がり「あの、私、キシュっていいます」と頬を高潮させ大げさに頭を下げた。
田舎の娘らしい素朴な可愛さに、思わずエリーも頬を緩ませた。
「ファリは初めてかな」
「はい。こんなすごい町、驚きました」たどたどしい丁寧語が、キシュにとってどれほど困難なものだったかはエリーには分からない。ズレンがいたなら似合わないと腹を抱えただろう。
三人は小さな丸いテーブルを囲み、飲み物が揃うと世間話を切り上げた。
エリーはため息を吐きつつ手にした荷物から、大切そうに丸めた書状を取り出した。

「これは、オリビエがエスファンテの領主として署名したものです。今日の午後、オリビエのいる監獄へ行って来ました」


久しぶりに風のない穏やかな天候で、日差しを受けた牢内は暖かい。
うとうとしていたのか、オリビエは寝台にすがるようにもたれかかり、冷たい床に座り込んでいた。積み上げられた薄い毛布は丁度枕のように腕の中で丸くなっていた。
格子窓の額縁から見えるその姿はどこかで見た宗教画にも似ている気がし、いや、私までおかしな影響を受けているとエリーは首を振った。
陽だまりの中、亜麻色の髪が美しく透けようとも、華奢な肩や幼く見える寝顔が世俗を超越した何かだと思えたとしても。
これはただの、亡命貴族なのだ。

何の力もない、弱い男。

その弱い男は、目覚め、エリーを認めるとこういった。
「僕は貴方の力になりたい。貴方はエスファンテの政情が落ち着くことを望んでおられる。だから、僕はかの地を譲渡することに決めました」
と穏やかに笑い、書状のための紙とペンを要求した。
「それから」
オリビエは照れくさそうに笑い。
「ピアノを弾きたいのです。願いをかなえていただけますか」

オリビエの演奏を聴いてみたい。そう、考えたところにその提案はタイミングがよすぎ、エリーは考えておく、と応えたのみだった。

「だが。書類を書かせて気が変わりました。裁判の後、オリビエにはピアノを弾かせてみようと思います」
眉をひそめ書類を眺めているキシュは難しい単語が読めない。目を輝かせ、「じゃあ、オリビエちゃんは助かるんだよね!」と。腰を浮かせた。すっかり敬語など吹き飛んでいる。
「いや。違う。この書類は」
とどめたのはリエンコだった。
エリーが頷く。
「以前からズレン・ダンヤが取ろうとしていた、政府が欲しがっているものではありません。オリビエは侯爵としてエスファンテの土地と資産を市民に譲渡するという、書類を作ったのです」
「どういうこと?」キシュはリエンコを振り返り。
リエンコは小さくため息をついた。
「オリビエ様を無罪にするには、政府にエスファンテを差し出す必要があった。だがそれをこの書類で拒否した。エスファンテは市民のものだと証明してしまった。それを、奪って破りたいと言っても。お前はさせないのだろうね」
リエンコの視線を受けるエリーは素早く書状を取り返し丁寧に丸めている。
「貴方でなくともこれを処分したい輩は大勢いる。そのためにオリビエは私を選び託した。これは、私なりに考えたことです。オリビエの望みをかなえる。代わりに私は国境の平穏を手に入れる。キシュ、お前の街は救われる。将軍、オリビエは諦めてください」
「ま、待って!それって、オリビエちゃんが犠牲になるってこと!?」
慌てて書状に掴みかかったキシュは空を切り、転びそうになってリエンコに支えられる。
「静かに。彼が望んだことです」
「だけど!だけど……」
「リツァルト侯爵の遺志を継いだ、とも言える。弱い男だと思っていましたが、少し見直しました。だから、裁判の後ピアノを用意することにした。裁判の結果がどうであれ、私にも、貴方の言う神の業を感じられるかもしれない」
鮮やかな笑みを浮かべ、エリーは立ち上がる。
「裁判は5日後です」そう、言葉を残した。

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