08
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
   

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「音の向こうの空」第二十八話④

第二十八話:牢獄の天使



ファリの町にはこの時代の大都市の例に漏れず、寄り添うように流れるセーヌ川がある。かつてそれを盾に城壁をめぐらせた時代もある。ルーブル宮殿はその頃に町の西端を防御するために作られた。以来、時代に応じ形を変え、現在は広がったファリの町に飲み込まれるように中心に位置し、テュイルリー宮殿と供に巨大な四角い庭園を囲む政府庁舎となっていた。
庭園には丸い池と幾何学模様に配置された植栽、それを眺める宮殿には壮麗な彫刻が施されたファサード。その窓辺の一つ、ファリ司法長官の執務室には夕刻の気だるい空気が充満していた。庭の池の一つが陽光を乱反射し、それをはげかけた額に受けた司法長官が立ち上がる。

長官は帰り支度を始め、「ああ、今日は妻と肉を食べる約束でねぇ。厚切りを血の滴るくらいにやんわり焼いたのがいいんだよ」と。先ほど三名の処刑を見物した人間とは思えない。連日の裁判や処刑は司法に関わるすべての人間の感覚を麻痺させていた。
「奥様の誕生日と伺いましたよ」
「そうなんだ、たまには喜ばせなきゃいかんからな」
部下と穏やかな会話。
そこに冬の冷気をまとった男が到着した。
ズレン・ダンヤの顔を見るなりジョスパー司法長官はあからさまに嫌な顔をした。
この地方出身の部下は和やかな会話を台無しにする顔つきをしていた。
想像通り、ズレンは真っ直ぐ長官の前に立ち、「オリビエの裁判が四日後に決まったというのは、本当ですか」と。噛み付かん勢いだ。
それでも他の部下はズレンにかなわず視線をそらし、長官は仕方なく対峙する。
「大臣が決められたことだ」
この男にはこれが一番効く。そう思っているのだろう。
上司の名を出し自分がそうしたかったわけではないといい逃れているのだ。実際、ジョスパーにはどうでもいい裁判の一つだった。

それが読み取れるズレンはますます眉間のしわを深くした。
「エスファンテの土地についてはどうなります。あれは内務大臣も、司法大臣も気にされておられたはず」
「ああ、あれは。失敗だ。譲渡書類が出てきたらしいじゃないか。市民に土地を委ねると、若い侯爵が書状を残していたんだそうだ。エリー将軍が前線の伝令兵から預かったらしい。かの地に派遣したダンテス中尉は、ズレン。お前と通じていたはずだが。何もないと報告していたのではないか?あれはろくな働きを見せんな」
ズレンはぴくりと眉をひそめた。
ダンテスはもともと、ジョスパーの子飼いだった。自らの部下の失策を他人事のように語る長官に、ズレンは胸のうちで唾を吐く。
その呪いが通じたのか、長官は帽子掛けの脚に躓き、派手に転んだ。
「大丈夫ですか」
ゆっくりとした動作で、ズレンは痛がる上司を助け起す。

若い侯爵、つまりオリビエが書状を作ったというのか。
奔走し、オリビエのためと思う俺を裏切ったのか。俺の言うことを聞いていれば、簡単に助けられたのだ。取引の材料がなければ、救いようがない。

マルソーが伝令に託し、エリーが受け取ったなど、嘘だろう。彼らは同じメジエール工学院の先輩。平民出身の数少ない同志。だが、ファリに留まり、大貴族や国王に気に入られ、今や高い地位にいる。

それともキシュが何かしたのか。オリビエに泣きつき、民を救えと訴えたのか。あの娘が一人オリビエに面会できたとは思えないが。
いくつもの想像がズレンの中で渦巻き、ズレンは辻馬車を雇うと陽が暮れる前にバスティーユへと駆けつけていた。
この巨大な要塞を護る城壁に近づく。城壁のすぐ内側には堀があり、跳ね橋を渡らなくてはバスティーユには入れない。辻馬車をバスティーユ内に入れることはできないために、跳ね橋から先は歩かなくてはならない。アベイ監獄に比べ面倒な場所だ。
城門の裏口に程近い街灯の下で降り立つ。
夕日の赤に鉄の門は鈍く光る。
ズレンは視界の隅にいる男に気付く。気付いたが、無視して通り過ぎようとした。
今はオリビエを一発殴ってやらなければ気がすまない。

来訪者に気付いた哨兵が門を開こうと立った瞬間、背後に気配を感じズレンは飛びのいた。

先ほどの丈高い男。
淡い藤色のストールで顔半分を隠し、それでも堀の深い容貌から外国人だと分かる。伸ばした手には得物はなかったが、音も無く近づくのだからズレンの反応は至極当然ともいえた。
「音も立てず近づくのは無礼だと思うが」
ズレンはそう唸りつつ、懐の短剣を意識する。次にもし、相手が攻撃に出るのなら。
「いや。これは失礼」
少しおかしな発音ながら、男は肩を叩こうとした手を引っ込め、クランフ語を口にした。
「ズレン・ダンヤ。お話したいことがあります。エスファンテの楽士について」
何も持っていない、そう示す上げた両手にズレンはじろりと視線を流し、「いいだろう」と頷いた。

次へ♪
関連記事
スポンサーサイト

Secret

プロフィール

らんらら

Author:らんらら
のんびり小説を書いています
日記ブログはこちら♪

ランキング参加中です♪

クリック よろしく~♪

FC2Blog Ranking

最近の記事+コメント

FC2カウンター

リンク♪

小説ブログの皆様

カテゴリー

ブログ内検索

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。