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「音の向こうの空」第二十九話 ②

第二十九話:空に羽ばたく



何度夢見ても求める楽器は無く、目覚めて空を叩く指に気付いて溜息が出る。
高い天井をしばらく見つめ、オリビエは再び眼を閉じ毛布の上に乗せた手で奏でている。
自分でそう決めたとはいえ。死を迎える恐ろしさは言いようもなく、それを考えるたび自然に涙が浮かぶ。なぜだろう、こんなことになっている。そんな問いも震えて眠れない時間も繰り返し、これが続くならいっそ、早く裁判になればいい。決着をつけて、断頭台に登ればいい。
そんな風にも思えてくる。
リエンコが助け出すといってくれた。
ズレンが涙ぐんで助けたいといってくれた。
あの時ほど感謝し救われた時間はない。
けれど、それは一人きりになってしまえば夢のようにはかなく、今日こそは彼らが尋ねてくれるのではないかと期待ばかりしている。
黒い恐怖に沈み込む気持ちを、どうやったら浮き上がらせることが出来るのか。楽器に触れられない、ただその一点ですらオリビエを憔悴させているのに。

その朝、見たことのない男が牢番と供に来た。
「オリビエンヌ・フォン・オルファス・シュスター卿。貴方は今日、裁かれる。朝食に食べたいものがあれば言うがいい」
「あの」
オリビエはゆらりと立ち上がった。
「朝食は、いつもどおりでいいんです。ただ、礼拝堂で祈りを捧げさせてください」
そこにはオルガンもある。
「それは、オリビエ。死刑が確定したもののすることだ。貴方はまだ、そうじゃない」
オリビエはうつむき、ゆっくりとベッドに腰掛けた。
「では、朝食が終わる頃迎えに来ます。洗い桶と着替えを用意させますから、法廷に相応しい身なりに整えておいてください」
男はそう静かに語ると、出て行った。
牢番が、「あんた、音楽家だったんだってね。死刑が決まったら、オルガンでも弾いてもらいますよ」と。救いにもならない言葉を残していった。

その内、ぬるい湯を張った桶を下働きの若者二人が抱えてきた。
浸した布で身体を清め、最後に残った水で髪を洗った。
手伝ってくれた若者は、一言も口を利かなかったがオリビエが「ありがとう」と礼を言えば、少し赤みのかった頬をさらに赤くして、にこりと笑った。
ヨウ・フラも、こんな風に囚人を眺めていたのだろう。


ぬれて重くなった髪も、朝食を食べ終わる頃には乾き、オリビエは温かいコーヒーを最後にゆっくり飲み干した。
あ、チョコレートを飲ませてもらえばよかった、と。苦笑いする。
よくリエンコが作ってくれた。そう思い出せば胸がつまり、これでよかったんだ、僕が選んだんだと、息を吐き出し腹に力を込める。


バスティーユから馬車に乗るまで、オリビエは先ほどの男の後ろについて歩いた。視界に入る他の囚人と視線を合わせる気力も無く、ただうつむいていた。
礼拝堂が時を告げる鐘を鳴らす。
ふと顔を上げ。その瞬間、開かれた扉の向こう。明るい陽光が照らしオリビエは目を細めた。



裁判所はテュイルリー宮殿の細長い建物の一角にあった。かつて、広間として使われた場所で、同じ大きさ同じ造りの対になる部屋が国民公会の議場になっていた。
議会もそうだが、裁判も大勢の市民が傍聴に訪れる。オリビエが法廷に導かれて入っていったとき、余りの人の多さに一瞬立ち止まったほどだ。ぐるりと取り囲む人々は、バルコニー席から溢れんばかりにのぞき込んでいた。
ふと、声が聞こえた。
歩きながらオリビエは顔をそちらに向ける。
大勢が手を振っていた。その真ん中にキシュ。よく見れば、彼女の隣には父親のパーシー、その隣はメイドのヘスだ。とすれば。
モスの大きな身体はすぐに分かった。両手を派手に振って、オリビエ様、と叫んでいた。
涙が滲む。前で両手は縛られている、拭うこともできないから慌てて瞬きして涙を振り払った。

オリビエが被告席に立つと、正面に座った裁判官が髭を不機嫌になでつつ「静粛に」と繰り返す。その左右にも裁判官。三人並んだ背後に、十六人の陪審員が座っていた。
その中に、あのエスファンテに来た調査委員の三人もいた。
目が会うと、なぜか三人は穏やかに笑っていた。

オリビエが神に誓って嘘偽りは言わないと宣誓すると、司法長官がオリビエの罪状を読み上げた。
1789年秋に亡命したこと。父親に当たるリツァルト侯爵は亡命貴族を率いて戦闘に加わっていたこと。そして、法令に従わず、帰国の期限に戻らなかったこと。共和国に捧げるべき財産が無いこと。
「亡命貴族は死刑だ」と。傍聴席の誰かが叫んだ。
日ごろの鬱憤を晴らしたいのか野蛮な足踏みまで加わって、騒ぎ出す。
「静粛に」
一応言うだけ言って、静まる様子の無い市民を無視し、裁判官はオリビエに問いかける。
「罪状に間違いは無いか」
何一つ、疑う余地はない。
「間違いありません」
オリビエは答える。数瞬遅れオリビエの言葉の意味を理解しようと場内は静まり返った。
「僕は革命の年、故郷のエスファンテを市民に遺し、隣国へと向かいました。そこで数年、オルガニストをしながら静かに暮らしていました。戦争が始まり、リツァルト侯爵は僕の代わりに戦場に向かいました。僕は、父を救いたくてこの国に戻ってきました。父が残したエスファンテの財産はすべて、亡命する前に市民に分け与えました。だから、共和国に捧げるものは、…僕の命くらいしか残っていません」


「この人はただの音楽家なんだ。今も自分のことより市民のことを思っている。そんな人を、共和制の敵だと裁くのは間違っているよ!」

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