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「音の向こうの空」第二十九話 ④

第二十九話:空に羽ばたく



オリビエは顔を上げた。
赤毛が群衆の中一際キシュを目立たせる。

視線が会ったと思う。
キシュが何か言いたげに瞬きした。
オリビエは目を細め、静かに微笑む。

二人のわずかな逢瀬は一層騒がしくなった傍聴席に阻まれた。なんだい、ありゃと一際響いた男の指す方角をオリビエも見つめた。
裁判所の裁判官が出入りするための扉から、きちんと上着を着込んだ男が一人、次には小柄な女性が。オリビエはその誰も知らなかったが、十数人いると思われる彼らを市民は知っているようで、拍手が巻き起こった。国民公会の議員の先生方だ、とオリビエの脇に立っていた衛兵がささやいた。
「先頭が司法大臣のダンタン氏、後ろにフラン夫人もいるな。今この国を動かしている、お偉いさんたちだ」
「議員……」

ズレンが彼らを迎え入れる。ふとフラン夫人という女性と目が会った。オリビエはただ見つめていたが、女性はかすかに微笑んだように見えた。
議員たちは場内の全員の視線を集めつつ、悠然と最前列に陣取った。
「かのライン軍の歌は革命の歌として、国民公会で認められている。その作者を判じるのに、議員の誰も立ち会わないではまずいだろう。裁判官、我らも同席させてもらいますよ」
裁判長は周囲の陪審員に視線を向ける。陪審員の何人かが頷いた。

「現在我がクランフ軍は外国に対し勝利を重ねている。丁度本日、サヴォワの併合が報告されたところだ。そこにいる男が、もし本当にライン軍の歌を作曲し、我が国民衛兵の勝利に貢献したのならば。単なる亡命貴族として裁くわけにはいかない。ここにいる全員が証人となる。オリビエ、お前が真の作曲者であるなら、私はお前の恩赦を提案する」
司法大臣の言葉を待っていたかのように、数人の男たちに抱えられ、チェンバロが運び込まれた。
人々はそれを見て歓声を上げた。
恩赦。
オリビエは司法大臣を、そしてズレンを見つめた。
腕を組んで「さあ、弾け」と、その表情は語っていた。
「オリビエちゃん、弾いてよ!あの時、あたしと一緒に歌った、あの曲を!」
キシュの声だと分かっていた。
それを背に受け、オリビエは解かれる戒めをじっと見つめていた。
「さあ、皆、待ってるぞ」
そう衛兵に背を押され、オリビエはチェンバロに向かう。

ちょうどバルコニー席の背後の窓から、美しいステンドグラスを透かす光が差し。法廷の真ん中に据えられた装飾の施されたチェンバロはきらきらと輝いた。

鍵盤に触れる手は、心をも解放する。
懐かしいチェンバロ。軽やかな感触、ピアノほど大きな音が響かずともどこか郷愁を誘う温かい音色。かつて侯爵家で、描かれた空をいつも追っていた。僕は幼かった。
狭い世界に生きていた。
音楽を続けるために、そうして生きていくために、捨てなければならないなら何でも捨てた。諦めることで生きていけるのだと、音楽を続けられるのだと信じた。恋人をも犠牲にした。良心の呵責も後悔も、自分自身を狭い籠に押し込め音楽に夢中になることで許されるのだと思っていた。
いつの間にか、僕は自分で檻を作っていた。

キシュが気付かせてくれた。ズレンが叱ってくれた。ヨウ・フラにも、アーティアにも。僕は皆のおかげで少しは変われたんだと思う。
僕の音楽で誰かが幸せになってくれればいいと願うようになった。
必要としてくれる人がそばにいる幸せに、僕は失って初めて気付いたんだ。

それならば。今、僕には奏でたい曲がある。

オリビエの指先がしなやかに鍵盤を走り、音色は金色の芳しい風となって周囲を包んだ。


「違う…けど」
キシュは呟いた。

ライン軍の歌、ではない。
ズレンは呟いた。
「あいつ、なにを考えてる」
「これはどういうことかね」と、司法大臣がズレンを睨みつける。

オリビエの曲は、幾度も牢の中で繰り返してきたもの。ずっと悲しみを積もらせ、胸に溜め込んでいた思い。感謝と哀悼。
オリビエはリツァルト侯爵を思い出していた。
幼いあの日。両親へのレクイエムを僕に依頼した。あの時から何年、貴方のために音楽を奏でてきただろう。誰よりも多くを聞いてくれた。僕の思いも感情もすべて、侯爵様は聞いてきた。そして、今やっと最後の依頼に応えられる。
侯爵様に捧げるレクイエム。オルガンではない、ここは聖堂でもない。だけど。手元を彩る陽光は神々しく、高い窓から僕を照らす。
どこかで、聞いていてくださるかもしれない。
感謝しています。

オリビエの演奏はあの即興演奏へと続き、切なく柔らかな響きはその場にいる誰も邪魔しようとはしなかった。
傍聴席の片隅、伝令兵のシェビエは深く息をし。リエンコの言葉を思い出していた。
天使、か。小さく呟いたその少し離れた位置。オリビエの演奏をと促した衛兵は、ライン軍の歌でないことに驚いたのも束の間、すぐに音色に引き込まれ胸の前で拳を握り締めていた。こんな素晴らしい曲を誰かのために奏でられるのなら、どんな言葉で祝福するより、相手を幸せにするのだろうと。ふとそんなことを考えている。
ズレンは一瞬立ち上がりかけ、そしてすぐに深く座りなおす。馬鹿だな、と。心の呟きが細める瞳に表れている。
エリーはじっと。ただじっと聞き入っていた。
一つも逃さず心に残そうといわんばかりに。途中から眼を閉じ、脳裏に浮かぶ親友の言葉を思い出す。オリビエの音楽は、生き方は、それだけで立派な思想なんだ、と。
多くを惹き付け、わけ隔てなく幸せにする。そんなこと、どんなえらい政治家だってできはしないぜと。今なら分かるのかもしれない。

キシュは。
ただ、泣いていた。
パーシーが気付いて肩を抱くが、それでも涙は溢れ続ける。
悲しいのではない。ただ、感情が溢れてくる。
そう、初めて会ったとき。窓辺から聞こえる曲に心惹かれた。いつの間にか覚え口ずさみ。声をかけられたとき本当はひどく嬉しかった。
貴族様で、侯爵の犬で。なにを言っても笑っている。我慢しているくせにと、それが悔しくて八つ当たりしたこともある。もっと、感情を吐き出せばいいのにといつももどかしく思っていた。だけど。そんなオリビエだから、この演奏が出来る。
すべての感情を、想いを優しさを音色に込める。
とても不器用な人なんだと。そうだよ、出会ったときから分かってた。

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