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「音の向こうの空」第二十九話⑥

第二十九話:空に羽ばたく



オリビエはチェンバロにすがるように手をつき、呆然と立ち尽くしていた。
どこかでキシュの声がした気がする。
「キシュ!」
叫んだとたん、煙を吸い込んでむせた。
滲んだ涙でますます視界は狭まり、目の前のチェンバロに描かれた美しい風景すら見えない。

誰かが肩をつかんだ。
「オリビエ様」
国民衛兵の姿をしていた。でもそれは。覚えのある感触。
「リエンコ」
どこかで、「赤い幽霊だ!」と叫び声が上がり悲鳴はますます大きくなる。
あの声、キシュだ。
仰ぎ見ようとするオリビエをリエンコは黒いフード付のマントで覆い隠す。
「さ、こちらです。早く」
被告人席から数段下の通路へと降りたところで、ドン、と何かに突き当たる。
人、と分かった瞬間、背後のリエンコの存在感が無くなる。顔を上げれば、目の前にはあの調査委員の老人。オリビエの肩越し、リエンコが今まさに何か武器をと懐に入れた腕を杖で押さえていた。
「……」睨むリエンコの目は煙る空気の中、妙に煌いて見える。
「ほ、余計な殺生は命取りだぞ。さ、火事だ、逃げるならあちらだ」
老人はにこりと笑った。
「佳い曲だった」
老人はそう囁くと、オリビエの背中を押した。行くがいい、と。
「あ、あなたは……」
「リツァルトとは、戦友だった」
「行きましょう」老人の言葉はリエンコの声に遮られた。
かすかなそれを耳の奥で繰り返しオリビエは意味をたどろうとする。リエンコは二人の間に入ると、オリビエを強引に歩かせた。
佳い曲だったと。侯爵様とは戦友だったのだと。
黙って送り出してくれるのは、侯爵様があの人にとって大切な人間だったからだ。ここまできてまだ、僕は侯爵様に護られている。
キシュやパーシー、モスも助けてくれる。
こみ上げる思いに胸元を押さえながらオリビエはひたすら走った。
フードにふさがれた耳はまた、どこかで赤い幽霊だと叫ぶキシュの声をかすかに聞き分ける。
僕のために。
キシュが僕のためにそうしてくれているなら、僕はとにかく逃げるしかない。



狭い視界の中リエンコに引かれるままいくつかの階段と廊下を走りぬけた。突当たりと思われる小部屋の隅、タペストリーの裏側にある扉を開くと周囲は一変した。狭い通路の壁は古いつくりで壁を支える円柱ものみで削った荒い跡が残っている。かすかにカビのようなすえた匂いもする。
真っ暗な中、人の姿も見当たらず静まり返っていた。
息を切らせオリビエが立ち止まるとリエンコは背中をさすってくれた。
しばらく狭い牢に閉じ込められ散歩すらしていなかった。だからか息が切れる。
「これを」
「はあ、ありがとう」
リエンコに差し出された皮袋の水を口に運んだ。かすかに甘く苦い、どこかで味わったような。躊躇は一瞬で、オリビエは一気に飲み込んだ。煙に荒れた喉は水を求めていた。
「エスファンテの多くの人が、貴方のために赤い幽霊を演じてくれています」
「赤い幽霊?あの、伝説の?」
それは確か、城の主が変わるときに姿を現すとか言う。
「ええ。この通路は秘密とされていますが存在を知るものも多い。施錠され入れなくなっていただけのことです。幽霊が走り回っている間に通り抜けなくてはいけません」
「古い通路だね」
オリビエは改めて通路を見回す。ランプに照らされるそこは濃い空気が充満しているように思えた。息苦しい。
「ええ。ルーブル宮殿が建てられた当初の古い地下通路を図面から消し、テュイルリー宮殿を建築した折に水の回廊の隠し扉でつないだのです。当時、王妃の部屋の奥、セーヌ川に面したプティキャビネの地下から密かに市街へと出られる通路を確保していた。何のつもりでもなかったと思います。ただ、秘密であること、自由になれる道があることが、当時の王家の人間には美しく思えたのでしょう」
自由になれる道があること。
「……王家の人でも、そんな風に思うんだね」
オリビエはアーチ状に積み上げられた昔の天井を見上げた。ランプに照らされるそれは不気味な形のオリビエ自身の影を躍らせて浮かび上がる。
薄いクリーム色の石は、この町の土の色に似ている。宮殿に使われている大理石とは明らかに違っていた。長い年月をこの光の無い世界で過ごし、音も無く風もない中に鎮座している。建物なのに、古くからある山のような存在感。見上げながら歩くと、地面が傾斜しているのか景色が揺らぐ。
「方向が、よく分からない」
目が回っている、のか。
真っ暗な地下通路は足元だけが頼り。いつの間にか掴んでいたリエンコの腕を引くようにして、オリビエは立ち止まる。
「あ、あのリエンコ。目が、回るよ」
何か、変だ。
リエンコが持つ小さなランプが、顔に近づいたような、気がする。
気付けば膝をついていた。気だるさに立っていられない。
この感覚は、前にも。たしか、熱の薬だとリエンコが。
「言ったでしょう、オリビエ様。誘拐される時は大人しく従ってください。ここしばらく眠れない日が続いたでしょう。貴方は少し眠っていた方がいい」

なんの、ことだろう。

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