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『La croisade de l'ange 1:Reims』 ⑧

『Reims ‐ランス‐』



「似合う、似合う」そうシャルルは笑った。
由緒正しい家系の男子たるものが女の格好をする、なんて。ロイがぶつぶつこぼしても少女は楽しそうに帽子のリボンを結んだ。
目の前の少女はいつの間にか真剣なまなざし。
菫色のそれは長いまつげに翳を受け、かすかな不安を思わせる。怖いのはシャルルも同じ。
「いい、最初が肝心なんだから」
ロイはこくんと頷いた。シャルルの手を両手で握れば、少女は照れたように視線をそらし、それでもしっかり握り返す。
ロイはトレーの皿の脇に、ナイフとフォーク、そしてあの短剣をそっと忍ばせる。皿とトレーを持つ手で何とか隠せそうだ。
白イタチはロイの肩で、じっとしている。襟巻きのようなそれも、少年の顔を隠してくれる。
「じゃあ、行くよ」
シャルルが扉の前に立つ。ロイ深く息を吸った。


夜半を過ぎ風が強まっている。足早に空を横切る黒い雲が時折月を隠す。昨夜と同じ、どんよりと湿った重い風が窓をたたいた。

「開けろ!」と、シャルルが叫び、足で扉をガンガン蹴った。
「うるさいな、今開ける」
交替で食事に行っているのだろう、腹をさすった衛兵が一人で面倒くさそうに閂を外し、扉を開いた。
その時にはもう、シャルルは駆け戻ってベッドに伏せている。

空になった皿とトレーを抱えた少女は白いドレスをうるさそうに振りながら、扉をすり抜ける。
「ひらひらと、蝶々みたいだなお前」
一人で退屈な衛兵は少女をからかってやろうと手を伸ばす。少女は白いドレスをふわりと揺らし、寸前でかわす。
「ちぇ、おい?」
見送る衛兵がじっと目を凝らす。
少女が先ほどと違う気がする。
あごに手を当て、思いついたように一歩踏み出した。
「おい、お前、待て」
ぴくりと、少女が立ち止まる。
「後ろのリボンが曲がってるぜ。直してやろうか」
いらない、と聞こえたようだ。少女が振り向かず階段の下へ消えていくと、「は、つまらん」と。衛兵は再びその場に胡坐をかいた。

白い衣装に身を包んだ少女、ではなく。
シャルルになり済ましたロイはほっと胸を押さえ、教えられたとおり階段をゆっくりと降りる。慣れないドレスは動きづらい。ランプの明かりの下、レースの帽子は上手く顔に影を落とし隠してくれている。
シャルルは衛兵さえ騙せれば大丈夫だと教えてくれた。

階段の下まで降りる。廊下の彫像の足元にトレーと皿を残し、短剣を腰に差した。
優美な曲線を描く天井が続く回廊。
その向こうの暗がりを眺め、ロイは肩のクウ・クルに話しかける。
「さあ、馬のいるところに連れて行ってくれ。馬が好きなんだろ」
シャルルに説明された時にはそんなこと、と思ったが。細い紐を首に括られたクウ・クルは、床に下ろされると気持ち悪そうに一度首を振った。それから何かを思い出したように鼻をひくひくさせながら歩き始める。
ロイは紐の先を持って、暗がりの聖堂内を静かに歩き始めた。
この回廊は作りからすれば、大聖堂の外陣と呼ばれるあたり。連れてこられた時は意識がもうろうとしていたから大聖堂の様子はわからない。年代を経た部分と新しい様式の部分が同居して、この大聖堂が長い時間をかけて作り上げられてきたものだとわかる。
天井が高すぎて、上のほうは真っ暗だ。その闇の中に夜空と月明かりをかすかに透かす大きな窓。かろうじてポツリポツリと置かれるランプと、それに照らされる白いイタチを頼りに進む。
強くなってきた風がステンドグラスを揺らし、ミシミシときしむ音は無気味に聞こえる。
びくびくしながらすすむ少年を引っ張るように、イタチはぴょんぴょんと走る。
普段からそうなのか、暗い聖堂内は人影がない。
ひやりと風が吹き、ロイは身震いした。昼間の日差しは暑いくらいでも、夜になればこの高地にあるランスはひどく冷える。
「ちょっと、待って」
かじかんだ手をランプの近くで少し温めた。
何をしているのかと興味深そうにロイの腹からよじ登ったクウ・クルに、「わ!」と小さく驚き、襟巻のように首を温めるそれにそっと触れる。
くすぐったいけど、温かい。
「いいな、お前。僕もお前みたいなのがいたらよかったな……」
胸が重苦しく、ロイは柱に寄り掛かって咳込む。
咳を吐き出すたび、じりじりと熱が上がるように頭のどこかがしびれていく。
しまいにはそこに座り込んでいた。

「ランスはでかい街だと聞いたのに酒屋もないのか。つまらん街だな」
「大聖堂の参事会員が作った街だ、司教座なんてもんはそういうものじゃ。皆何かしら大聖堂の世話をしておる、我が町の司教どのより聖職者らしい連中なんじゃ」
シャンパーニュの騎士たちだ。ロイは聞き覚えのある声に体を硬くした。
「…今何か、聞こえなかったか」

びく、と。口と咳を押さえ込んでロイは柱に背を押しつけ小さくなった。
カシャカシャと剣が揺れる音。二人の足音。
礼拝堂の身廊を、二人の男が歩いて行く。祭壇までまっすぐ伸びるそことロイのいる測廊は祈りをささげるためのベンチと大きな立柱で区切られているだけだ。蝋燭の揺れる光を遮る二人の影が、丁度ロイの右から左へと移動していく。
先ほどよりゆっくりした歩調。

「気のせいだろ…」一人の声が響いた時、不意に白イタチがくるっと飛び出した。
わ、クウ・クル!!
声にできない声で呼びとめても遅い。
「おい、なんじゃ今」
「走ったな、白いのが。ネズミのでかいのだ」
走り去った白イタチを追うでもなく、二人の騎士は聖堂の奥へとゆったりと歩いて行く。
「田舎はネズミもでかいらしいな。リシャールがいたら悲鳴をあげたかもしれんなぁ」若いほうの冗談にもう一人が笑う。暗がりに二人の会話だけが遠くなっていく。

しばらく息を殺しじっとしていたロイは、ふと息を吐くと周囲を見回した。
ランプが揺らめくだけの静かな礼拝堂はどんよりと重い夜の空気を抱え込んでいる。ジワリと冷える足元。慣れない白い衣装の裾をつまんで、少年はとにかく外に出ることにした。
案内のイタチはどこへ行ってしまったんだろう。
騎士たち二人が来た方向へ、聖堂の正面の扉へとロイは歩き出した。

正面の扉は両脇に松明が照らされている。聖堂参事会が行われる日は特別だ。
年若い司祭が夜も番をしていた。

その後ろ姿を認めてロイは立ち止った。
一人、それから向こうの扉の前に一人。そっと入り口から外をのぞき、観察しているとふわと強い風。ぽつと額に冷たいしずくが当たった。
「おお!雨だ、こりゃ濡れるぞ」
独り言をつぶやいて見張りの司祭が振り返る。
「!」
目があった。ちょうど帽子を両手で押さえ、ロイの顔は見えないはず。

「!おい、シャルル、まだいたのかい。雨がひどくならないうちに帰りなさい。せっかくの白い服が台無しだよ」
「……クウ・クルを探しているんだ」
帽子を直すふりをしながら、ロイはシャルルを真似る。暗がりに髪の色が違うことに気づかなければいい。
「ああ、さっきこっちからあっちへ走って行ったのを見たよ」
司祭が指差す方角。中庭の端の通路の奥。
「ありがとう!」
ロイは裾を両手で抱えると走り出す。
「おいおい、シャルル、女の子がなんて恰好だい。まったく」
高まる鼓動と強風に押されるようにロイは走った。頬や背中を打つ雨粒は、心臓の音に似ている。
時折足元の敷石に躓きそうになりながら。

息が切れ、そろそろ立ち止ろうかと思う頃。
「あ、馬の匂い」
そこまで来ると、もうロイにもわかる。
崩れる天候に不安げに鼻を鳴らす馬たち。息遣いが聞こえる。
細長い平屋の厩の中にはランプが灯る。ロイの身長くらいの高さののぞき窓から中の様子が見える。向こうには聖堂参事会のために集まった人たちの馬車が並ぶ。
夕食時。御者たちも休憩しているのだろう、人影はない。
ロイは馬たちの周りをぐるぐると回る。一頭、一頭、結んである手綱を解く。
「クウ・クル!いるのかい?」
返事はしない生き物だが。
「クウ・クル」
馬の間を歩きながらの三度目の問いかけに、何か白いものが馬の背をぴょんと飛び回るのが見えた。
「やっぱり、ここにいたんだ。おいで」
ロイは手ごろな馬に鞍を取り付けると、昇ろうとし。ずるりと落ちた。
「こ、この、ドレスって」
なんて動きづらいんだとぶつぶつこぼしながら、少年は何とかよじ登る。すでに馬の頭でくつろぐ白イタチは背後に乗った少年を振り返り、かすかに首をかしげる。
「シャルルは後から来る。大丈夫、ここでね、私がひと騒ぎ起こすつもりだから。その隙にあの子も逃げ出す」

ロイは馬に乗ったまま、隣の馬の尻を叩く。
驚いた馬がいななき、すぐわきのもう一頭にぶつかるから、その一頭も騒ぎ出した。もう一頭、さらにその隣の一頭と、ロイは届く限りの馬すべてを驚かせ騒がせた。数頭が走り出し中庭へ。十数頭の馬が興奮して建物の前を走り抜ける。先ほどの司祭が叫び声をあげた。
ロイは「もう少し、なにか」と周囲を見回し。
飼葉の山に、ランプを近づけようとした。
これを、落として割れば火がついて。
さすがに気が引ける。聖堂に火を放つのは、神に悪口を吐くのと同じだ。それに、明かりがなければ森から外に出られない。
迷ううちにランプが風に揺れた。強まったそれには大粒の雨が混じり、馬は落ち着きなく足を踏む。
ロイはランプを掲げたまま、聖堂の門へと馬を走らせた。大粒の雨に門番の司祭たちはすでに聖堂に避難したらしい。
女神が見守る立派な門の下、松明が雨粒にジュウジュウと白い悲鳴を上げる。その脇をロイは馬で駆け抜けた。



窓から精一杯身体を伸ばすと、革靴のつま先がコンと壁を打つ。ロイの服を着たシャルルは外の様子を伺っていた。先ほど、かすかにランプが揺れた気がした。厩の方角。
頬にぽつりと冷たい雨粒が一つ。雨は派手な音を立てて窓辺を打つ。空を見上げた時、馬の声が響き、誰かが騒ぎ出した。司祭たちが何人も、シャルルのいる部屋のはるか下を走っていく。
ランプを掲げ、右往左往する彼らの脇を、馬が一頭すり抜ける。
「馬が逃げ出したぞ!」

ロイは上手くやったんだな。
シャルルは自分の番だ、と。扉を振り返る。
どうやって扉を開かせようかと、思案しながら、そっと戸口の陰になるところに身を潜め、壁を背にぴたりと張り付いた。
「なんだ、何かあったのか」
そんな声が廊下から聞こえる。交代で食事をとっている衛兵は今は一人。一人くらいなら、扉を開けた瞬間にいつもの蹴りで不意打ちできる。逃げ出せる。ロイの安全を確保できたら、僕はこの騒ぎに紛れて逃げ出す計画。
が。
足音が遠ざかる。

「え!?」
一人しか残っていない衛兵がその場を離れたら、鍵を開けてくれる人がいなくなる。慌ててシャルルは大声を出す。
「おい、ここを開けろ」

だが、反応が無い。
衛兵はどこかに行ってしまったのか。
これじゃ、僕が出られない!




「ご期待には添えませんでしたな、ロトロア殿」
階段をゆっくりと昇る大司教は、金の衣装の裾を気にすることもなく。その引きずる音はロトロアを余計に苛立たせた。
「カペー王朝に反旗を翻す理由はない、それが聖堂参事会の決定です。あの子は、迷ったところを保護したということにさせていただきますよ」
穏やかに心なしか普段より饒舌に語る老人に、ロトロアは低い声で返す。
「……意気地のないことですな」
「今やフランク王国の宮廷は貴方がた諸侯が思う以上に力をつけている。ロトロア殿、二百年前に王国を成し、その国主たる王に従臣礼を行ったときから、世は統一の方向に向かっている。諸侯の間で相互に従臣礼が結ばれる中、カペー王朝に対する契約だけは別格。このランスで聖別を果たし、国王陛下は神に近い存在となられた。貴方がた俗人の諸侯は国王に従うのが佳きことだと思いますよ」
「は、カペーももとは一城主にすぎなかったというのに!」
「どちらにしろ我がランスは、シャンパーニュ側につくことはしません。あの子を我が所領で捕らえることで、我らを引き入れようとの貴殿のやり様。参事会を承服させるには少々狡猾に過ぎたと思われますな。街の外に軍を展開しているのも、我がランスに対する脅しともとれる。早々に、軍隊ともどもお引き取り願う」
「……」
「あの子はこの大司教座で保護します。シャンパーニュに連れ去ろうなど、乱暴なことを考えているのでしたら、いくらあなたでも無事にこの街を出ることはかないませんよ」
ロトロアは肩をすくめた。
そこまで言われては、憶えがあるだけに反論する意味もない。

踊り場の窓から騒ぐ人声が届くと、ロトロアは話題を変えた。
「おや、何か騒がしいですな」
大司教が窓に気を取られた瞬間、騎士は殴りかかった。指にはめた指輪が、鈍い感触を伝える。

どちらかというと大柄な大司教だが、戦闘に慣れた騎士にかなうはずもなかった。
踊り場の隅に気を失って横たわる老人を見下ろし、ロトロアはふん、と苦笑いをこぼす。
「さすがに、殺すわけにいかないのが、つらいところですよ。大司教様」
と、ちょうど降りてきた衛兵がそれに気づく。
「大司教様!ロトロア様、貴方はなにを…」
すでにロトロアは衛兵の懐に入り込んでいる。隙だらけの衛兵の腰から剣を抜き放つと、そのまま。騎士は、衛兵の腹に深く突き立てた。


「さて」
ロトロアは絶命した持ち主に剣を握らせると手についた血を大司教の金の衣装で拭い、再び上階を目指し階段を上る。その先に、子供らを閉じ込めている部屋がある。


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chachaさん♪

ありがと~!!
うふふ、ロイ、美少年ですとも♪
病弱ですし~色白で薄い茶色の髪に淡いブルーの瞳♪
なんていうか、色素が薄いとはかなげに見えますよね~♪

二人の逃避行がどうなるのか!
ロンロン…ロンロン、嫌われちゃうかな~(^_^;)ゞ
どうかなぁ~?

お楽しみに♪

うふふん♪

ロイの女装(笑)見てみたいなぁ~^^
普通の恰好でも美少年ならば、女装はさぞかしお似合いなはず…♪
ロイも結構やっちゃいますね☆でも。火をつけることまではしなかったこと、私はとっても褒めてあげたい!
そう、馬が逃げるくらいならいいけれど、火を放っちゃうと誰かしら命が危ないかもしれないし。
うんうん、あとはシャルル。と思ったら!
えーー!逃げられんじゃないかっ!しかもロンロンが来る!来るぞーー!!><

うわーこれはまたもや一波乱ある予感!
ロイも心配だし…
あ~ドキドキするなぁ、らんららさんの作品っていっつも(笑)
私もこんな風に描けるよう、がんばろう!うん!^^

また来ます~♪

花さん♪

むふ。素直にはいきません~♪

ロイくん、美少年のつもり。
容姿をこってりと描写するのは最近飽きているので、こういう小さな表現で読み取ってもらえると、「やたっ♪」って気分でございます~♪

さて、第一章も佳境。
楽しんでくださいね~♪

これは!!

シャルルちゃん誘拐フラグじゃないですか!?
せっかく上手く行ってたのに…そりゃあ、らんららさんが素直に逃がしてくれるとは思いませんでしたけど!
あ、女装ロイ君を想像してにまにましてたのは内緒ですw
呼び止められて、至近距離でも気付かないなんて、流石貴族のロイ君、美男子ですね♪
シャルルちゃんもロイ君も、一体どうなっちゃうんだろ…
早馬のような疾走感にドキドキしながら、続きを待ちます!

kazuさん♪

不器用ながらもシャルルたち、脱出を始めました♪

ロンロンはランスが敵に回るし、シャルルは一人きり…。
成功するのか…。
うふふ~。
一週間です、(あっという間です^^;)
楽しみに、待っててね~!

おはようございます

おはようございます、らんららさん

とうとう、動き出しましたね><
ロイくんとシャルルちゃんの、脱出。
シャンパーニュには味方しないと決めた、大司教側。
自分に科せられた命令を実行しようとするロンロン

シャルルちゃんが脱出できずにいるその部屋へ、ロンロンは向っていて……
うあーっ、続きが気になる!!
気になるですよっ
来週を、ドキドキしながら待ってます><
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らんらら

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