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『La croisade de l'ange 2:Laon』 ⑳

『Laon ‐ランの風は苦く‐』

20

大聖堂の鐘の音が朝を知らせる。まだ霜の消えきらないその時間にも、人々は大半が起きている。すでに通りには市へ向かう女性や子供、物売りの声がこだましている。
それが宿の窓からも聞こえるのに、ジャンはぐったりと眠ったまま。
「なぁ、ジャン。仕事だろ?戴冠式見に行くってさ。僕はどうでもいいけどお前は行かなきゃまずいんじゃないか?」
毛布を覗き込んでも、丸くなったジャンはううーと唸るだけ。
やっぱり風邪でも引いたんだよお前、馬鹿だな、と言ってみても状況が変わるわけでもない。くたりと横たわる少年にもう一度しっかり毛布をかぶせ、シャルルはジャンの荷物をあさる。
何か、薬があるのかもしれない。
そう思っても、布袋には見知らぬ乾燥した草や種みたいなものがあるだけで、どれが薬なのか分からない。とりあえず袋ごと枕もとに持っていくと、ジャンはうっすら目を開けて、一つ薬草の入った瓶を指差した。
「宿の主人に煎じてもらいます。あの、シャルル、僕の代わりに戴冠式、出てもらえますか」
「お前の代わり!?」
「戴冠式の様子、誰が来ているかとか。それだけでいいですから…」
「分かった、じゃあお前の衣装を貸してくれ」
「…ドレス、着ないんですか」
「だってさ、一人じゃ着られない」
「うじうじと、言い訳しては行かないつもりですね。男らしくないな。じゃあ、いいです。僕が行きます。風邪をこじらせて死んだとしても本望、命をかけて僕が」
「分かったよ!分かった!行けばいいんだろ!」
脱いだのだから、着られるのだ。たぶん。


くしゃくしゃの髪はともかく、宿の女将さんに手伝ってもらいながら、何とか形を整えて、シャルルは部屋を出ようとし。ふと振り返る。
「なあ、ジャン。剣はどうやって持ってくんだ?」
「騎士でもないのに帯刀が許されるわけないじゃないですか。僕だってそのつもりでしたよ」
呆れるジャンの声を背に、いざ。戴冠式へ。
腰に差す剣がないのは何とも心細い。肩のクウ・クルだけは意気揚々と尻尾をぶんぶん振り回していた。どうせ、厩で遊ぶのが目的だ、こいつは。

「僕はお前を運ぶ役じゃないんだぞ、クウ・クル」ぶつくさ言っても、大聖堂の門をくぐれば白イタチは馬の匂いにぴょんぴょんと跳ねる。地面に降り立つと一気に馬小屋の方へと走って行った。
「故郷を楽しんでるの、お前だけだな」
恨めしそうなシャルル。イタチに罪はない。


聖堂の入り口に立つ衛兵は、昨日シャルルとジャンを案内した同じ男。
「なんだ、お前女だったか」と呆れたように笑い、「セジュール様に聞いている。こっちだ」と案内してくれた。
すでに礼拝堂の内陣は人でいっぱいだ。離れた位置から見るしかなさそうだ。さすがに戴冠式の山場である式典は見物の人出も多い。
貴婦人たちの香水の匂いにむせてくしゃみを三回。これじゃ、クウ・クルは絶対近寄らないな、と鼻をすする。
衛兵が案内したのは礼拝堂のベンチが並ぶ一番後ろの列でしかも端。目の前の背の高い男のために、あまり見えない。
「なんだ、見えないじゃないか」一人こぼしながらつま先立ち。それもその内疲れてしまい、山場になった時だけでいいかと大人しくベンチに沈む。
ジャンが仕事だと言っていた、誰が来たかなんてことはシャルルには分からない。第一、誰が誰って名を聞いたってさっぱりだ。後でセジュールに聞けばいいやと、見物を決め込む。何しろこんなに大勢の貴族をいっぺんに見る機会などない。
ステンドグラスの華やかな絵柄が地上に舞い降りたみたいな光景に、シャルルは自然と心が浮き立った。

パパーン。
と、どこかでラッパが吹き鳴らされた。それが合図なのか、皆静まりかえった。
会場の全員が背後にある礼拝堂入り口を振り返っている。
なんだ?
慌ててシャルルも背後を見つめた。
背の高い大人たちのために右に左に、何度も身体をよじってみる。
隙間から見えた扉は開かれている。ラッパを見つけ、これがさっきのだ、ともっとよく見ようと背伸びする。
静まり返っていた。

扉から厳かに、ルイが姿を現した。両脇をベルトランシェと、近衛兵らしいのが警備している。その後にブランシュ、柔らかな髪が窓からの日差しにフワフワとして、シャルルは目を細めた。自然、口元に笑みが浮かぶ。
続いて偉そうな貴族らしき人々が何人も続く。
行列はゆっくりと中央の通路を真っ直ぐ進む。同時に観衆の視線をも引き連れていく。ルイが真っ直ぐ見つめる正面の聖壇。今や全員が、一つの場所を見つめていた。

きらびやかな聖像を前に、一人壇上まで進んだルイは片膝をついた。正面に立つランス大司教を見つめる。ルイの華奢な肩には重そうなマントが、床に流れている。ランス大司教が長い説教をはじめた。その間ずっと微動だにしないルイはやはり忍耐力があるのだ。昨夜のルイを思い出す。
変態少年王のくせに。とシャルルの呟きは声にはならない。

聖歌が歌われ、ランス大司教がルイの前に立った。厳かに聖油の青い瓶を持ちあげると、それが合図なのか両脇に立つ司祭が王の周囲に近寄り、そのマントをゆっくりと脱がせる。まだ華奢な肩があらわになった。
大司教は瓶から金色の細いものを取り、それの先でルイの足に一滴。腕に一滴、胸に一滴。最後に額に一滴と、聖なる滴をつけて行く。

「聖標を」静かな大司教の言葉に、背後に控えていた大貴族たちが立ち上がる。
ぞろぞろと列をなし、順にルイの前に来てはその手に足に、拍車や籠手、冠などをつけて行く。
その中に一人だけ女性の姿を認めた。
シャルルは腰を浮かしかける。
ルイが言っていた、長杖を渡す役だと。

フランドル女伯、ジャンヌ。
広大で豊かなフランドル、かつてはひとつの公国であった。ジャンヌは公国の継承者でもある。シャルルはできるだけ首を伸ばし、その姿を見ようと右に左に、居並ぶ後頭部の隙間を探す。

金の髪。つややかなそれは白く華奢な襟元に流れる。まっすぐ長く、二つに分けられたそれが女性の胸元に沿って揺れた。白い衣装は首元まできっちりと締められ、それが女性の美しい身体を余計に想像させた。ブランシュとは違う、澄み切った朝の空のようなさわやかな身だしなみ。
「綺麗だ」ふとシャルルが漏らした一言に、隣の青年が表情を緩めた。
手を口に添えて、そっと教えてくれた。
「ジャンヌは今年二十七歳になるという。五歳でフランドル伯を継いでいるから名は知られているが、まだ十分若く美しい。諸侯のあこがれの未亡人だよ。高い身分の女性と婚姻することは家の繁栄をもたらすとあって、この美貌の女性が夫を失ったことは諸侯の政略結婚地図に新しい宝の在処を記すことになった。ほら、若い貴族の男性は皆、熱心にジャンヌを見つめているだろう。噂では、ルイ九世陛下が最初になさるお仕事は、ジャンヌに新たな結婚の相手を用意することと言われている」
シャルルの視線はジャンヌを見つめたまま。話しかけた男に尋ねてみる。
「前の、あの亡くなったっていう…」
「ああ、ジャンヌの元の花婿リチャードのことか。前国王ルイ八世が王太子の頃、フランドル伯とカペー家は争っていた。リチャードは捕虜となり、そのまま亡くなったよ。当時まだ、十代前半、今の君と変わらないくらいだったジャンヌはしばらく臥せっていた。私が王位に就く少し前だったから、もう十年以上も前になるな」
「十三年前、だよ」その臥せっていたときに僕が生まれたとされるなら。
青年は改めてシャルルの方を見つめた。少し乱れた派手な金色の髪を獅子のように振り乱し、視線はまっすぐ、壇上のジャンヌに向ける少女。青年はほとんど無視されている。こんな風に女性に扱われたことのない身分の人間だと、シャルルは気付いていないのだ。

「君は変わった言葉使いをするね。どちらのお嬢さんかな?伴も連れずお一人とは」
そこで初めてシャルルは隣にいる男の顔を見た。青年は淡い金色の髪を短くし、目じりの下がった青い瞳が高い鼻の両脇に鎮座する。よくよく見ればまだそばかすもある。
痩せた色白の青年は見た目の割に老成した口調で、いや、貴族ってやつは皆そうなのかもしれないけれど。どうもその緩やかな発音が耳についた。そう、外国人、みたいな。
「リオネット、と呼ばれているよ。リタの田舎育ちだから。そちらは?イングランド、あるいは北の訛りのように思うけど」
「……訛りではない。我らの言葉が正統。君は認識を改めるべきだな。我が国の言葉ほど美しいものはない」
青年は遠い目をし、その視線を追うとそれはルイを見ていた。
「ルイ、幼くして王位を継ぐことがどういうことなのか。これからが試練だろうな。あるいは、あのルイ八世の息子であれば、大人しい様子の下に好戦的な策略家の血を宿しているのかもしれない」
ルイ八世のことをよく知っているような、口ぶり。
この人、いったい?そこで初めてシャルルは疑問を持った。よく見ると周りは従者らしい騎士がたくさんいるし、この人、冠かぶってる。
もしや身分の高い人?気付いたところで、それの隣にいる状態はすでに手遅れ。大体、そういうのの隣に案内したあいつが悪いよ。
衛兵は外でくしゃみをしているかもしれない。
「あのー、貴方は、どなた?」一応、少し敬語。
青年はふと笑い。
青年の背後、つまりシャルルのすぐ後ろに控えていた男が唸るように告げた。
「イングランド王ヘンリー三世陛下です。紋章や冠を見て分からないのですか。子供とは言え、わきまえなさい」
イングランド、王…。
「何でこんなとこに座っているんですか」と呆れてシャルルが見上げると、青年の手がシャルルの頭をなでた。
「この招かれざる客をどう扱うか。セジュールが苦心惨憺した結果だろうな。諸侯の手前もある。我のようなものですら、このような末席に据えられる。カペー家とプランタジネット家は相互に敵であり、血を分けた親族でもある。この複雑な王家同士のつながりは、臓腑をえぐるような憎しみすら耐えて笑わねばならない。君のように、無邪気ではいられないのだ。あのルイも同様。幼いうちから冠を戴くものは、子供でなどいられない」
陛下、と背後の男がまた、困ったように囁く。
「よい。これが大貴族の血を引くとは思えまい。たまたま居合わせた小娘、面白いではないか。リオネット、と申したか。我が国に来てみるか?私はノルマンディーで生まれたのでな、フランス人を何人か側においている」
「陛下」慌てたように男が唸り。ヘンリー三世はくすくすと笑った。
「フランス人は好きだ。我がままで素直、心根が暖かい。イングランドの宰相たちのように気難しい輩ばかりでは肩が凝ってならん」
「あの…僕は。カペー王朝にお仕えする、つもりだから」
「なんだ、ふられたな。気が向いたなら訪ねるがいい。私は美しいものは拒まない」
ふと、甘い香り。
シャルルは頬にふにゃと。そう。キスを感じて「わ!?」と立ち上がった。
しん、と。

それまでは確かに、皆。周囲の貴族たちもこそこそとおしゃべりしていたくせに。一斉に静まり。立ち上がったシャルルだけが視線を集める。
「あ」
ランス大司教は目を丸くし。しっかりとこちらを振り返る金髪のジャンヌ。その瞳は、シャルルとは色が違うようだが。視線が合うと瞬間に息がとまったような感覚。
この人は。この人は。
お母さん?
「この馬鹿」と。不意に背後から引っ張られ、振り返ればセジュールがあの冷たい顔を真っ赤にして睨みつける。「あ、のちょっと」と、言い訳も何もなく、兵に囲まれその場から引きずられる。
セジュールが視界の隅で、ヘンリー三世に頭を下げていた。

もっと、見ていたい、フランドル伯ジャンヌ。
お母さんかもしれない、女性。
もう一度と振り返れば、ふとルイの表情が目に入る。
冷たい視線だった。あの薄笑いもなく、微塵も変化しない顔。
シャルルは力が抜け、ずるずるとされるがまま引きずられていった。


散々怒鳴りつけられても、シャルルはじっと黙ってうつむいていた。
「お前は、似合いもしないそんな恰好で」
これは仕方なく着ているのだとか、そんなことをいちいち話す気分ではない。薄い青色のドレスの膝には手触りのいいレースがついて、ひらひらとシャルルの指に玩ばれている。華奢な肩が半分ほど出たそれは、この季節には少し寒そうに見える。
いつもと違い反論も何もしないシャルルにセジュールはため息と共に上着をかけた。

「陛下も酷なことを」小さくつぶやいた青年のそれは、シャルルに届いたかどうか。
青年ははっきりと言いなおした。
「ブランシュ様がどうお考えかは知らないが、我らはお前のような子供に何も期待していないし、簡単に言えば迷惑だ。お前が逃げ出したことにして、ブランシュ様に契約は破棄されたと報告してもいい」
「ちょ、っと!待てよ!僕はちゃんと契約したんだ!セジュールさんだって見てただろ!」
はあ、と。青年はまた暗い顔をしてため息をついた。どうもこのセジュールはいつもそんな顔つきだ。生まれつきかな。ふと、ヘンリー三世が気難しい輩、といった言葉を思い出し。シャルルは首をかしげて見上げた。

「まあまあセジュール、その子は目立つ性分なんでしょうね。式典の最中にイングランド王は誘惑するわ、大声を上げて台無しにするわ。前代未聞です」
これまた難物が入ってくる。
長い髪を揺らした美しい騎士。ベルトランシェだ。
「しかし!この私が苦労して練り上げた式典を台無しにしたんですよ!こんな子供の世話まで言いつけられて」
「ブランシュ様のお遊びなのです、いいではないですか。陛下もなぜか気に入っておられる。ただし、リオン。身分をわきまえ、節度を持って行動する。騎士となるなら当然のこと。今回のような無礼な真似は二度と許しません。リオン、顔をあげなさい」
目の前に立つ騎士の剣が目に入り、手に持つ鞭。それは部下を罰するにも使うのだろうか。
見上げたベルトランシェは、シャルルの顔を見るとふと眼を丸くし。それから視線をそらした。
「今後、お前たちに指示をするのは私です。余程のことがない限りブランシュ様や陛下にお目通りできることなどありません。分かりますね」
シャルルは頷いた。ブランシュには会いたいが、ルイは遠慮したい。望むところだ。
「お前の住む街のバイイ(地方代官)を通じて連絡させます。住居はどこですか」
「王領のブリュージュだそうだ」そう応えたのはセジュールだ。
「では、ブリュージュのバイイ、グレーヴに連絡役を頼みます。お前からロイについて何か分かった時はきちんと報告しなさい」
「分かった」ロイを探し出す、これは大切な仕事だ。僕にとって。
「そう、いい子ですね」
ひやりと頬をなでられ、シャルルは眉を寄せた。ベルトランシェは鞭を伸ばしたりたわめたりを繰り返し、シャルルを見つめる。
「お前が男なら、私の従騎士にして鍛えてあげてもいいのですが。残念ですねぇ」
ベルトランシェが束ねた鞭の先でシャルルの頬をぐりぐりとなでつける。
「ベルトランシェ、その行動はどうにも人格を疑いたくなるぞ。お前は鞭を持つのを止めた方がいい」
セジュールの言葉にシャルルもうんうんと頷いた。人を鞭で痛めつけるのが、きっと好きなんだ、こいつは。
「大丈夫、手は出しませんよ。リオンは女性でしたし、女性に鞭を振るうのは私も趣味ではありません」
「男ならいいのか」
「嫉妬ですか?セジュール」
肩に手を回され、セジュールは「触るな、気色悪い」と逃げようとする。ふとロトロアとリシャールを思い出した。
ああ、こいつらもこいつらで、仲間なんだな。
そんな変なことを浮かぶまま考え、シャルルはじゃれあう青年二人をぼんやりと眺めていた。いつもの元気が出ないのは、ジャンヌを見たためか、ジャンの風邪がうつったのか。あるいはここ数日に起った目まぐるしい出来事に、さすがのシャルルも疲れているのかもしれない。
自覚はないが、今のシャルルはセジュールと同じくらい気難しい顔をし、はあと溜息をついていた。

「忘れるところでした。リオン。ランス大司教がお前に会いたいとおっしゃっているが。どうします?」
セジュールがうるさがって退室すると、つまらなそうな様子でベルトランシェが傍に来た。
「タヌキ爺はお前が我らのそばにあることが、恐ろしくて仕方ないのでしょうね」
人の悪い、綺麗な笑みだった。
「会うよ。平気」
そう、このランスに来たからには。付けなければならない決着もある。
明日にはここを発つのだ。


シャルルが案内された部屋は、先日のルイの部屋に似ていた。ふかふかの絨毯を足で確かめながら、大司教が部屋に戻るのを待つ。
今回、こういうの多いな。ふと思う。ブランシュや、ルイ九世のカペー王朝。大司教座、シャンパーニュ。それと、そう、今日知り合ったイングランド王。複雑な、ちょっと変わった権力者たち。
ジャンなら、皆いい人だなんていうのかもしれないな。
僕にはそうは見えないけど。
そう、この人も。
丁度、白髪の老人、ランス大司教が金の衣装を引きずりながら現れた。
二年前のあの時、無関係を貫こうとした偽善者だ。

「シャルル、お前がまさか、生きているとは」
そんな台詞で老人は話し始めた。
「今、どうしているのですか。シャルル、ロトロア様のもとに?」
黙ってうなずいた。
「あの時のことは、宮廷の者に言ったのではないでしょうね?」
「言ってないよ」というか、彼らは知っていた。
ほっとしたような顔を隠しもしないからシャルルは納得した。ああ、この人は自分が悪いことしたなんて思ってないんだ。自分を疑ったり後悔したりしないんだ。このランスで絶対的な力を持つ、それは神が後ろ盾なんだから、そうなるのも無理はないのかもしれないけど。
幼いころ思っていた畏怖の念は、あの事件から無くなった。
僕を追い出し、ロイを見捨てて。それでも、悪びれることもないんだな。
「シャルル、お前はなぜ、ここに戻ってきたのですか」
その上、お説教か。
「ここはお前の帰る場所ではありません」
「生まれた場所でもないしね」
「……二度と」
「貴方の顔など見たくない」
大司教は目を丸くした。
「僕の無事を喜んでくれる優しい人もいた。だから、そういう人のために、僕はあの時のことは黙っているし、二度とここには来ない。決して貴方のためじゃない。ランスのためでもない」
はっきりと、今シャルルは立ったまま大司教を正面から見据えていた。
この街に来て、多くの後悔と悲しみを思い出した。それはいずれしなければならなかったことだと思う。
今もまだ、思うようにならないことばかりだけど、一つ一つ片付けて行かなきゃ、前に進めない。
「明日には発ちます」
シャルルは身を翻した。

宿に戻るとジャンはすでに出かける準備をしていた。
「あれ、もう出発!?明日の治癒秘蹟、見ないのか?見たいよ、どうせならさ。な、もう一日いいだろ?」
「今日ですよ」
ジャンはまだ少し青い顔で、丸めた書類を書簡筒に入れ、荷物に詰め込む。
「えー。どうせ、リシャールは怒ってるだろうし、ロンロンはまだ帰ってないはずだしさぁ!治癒秘蹟、見ようよ」
もしかしたら、またジャンヌを見ることができるかもしれないのだ。
「だから。シャルル。治癒秘蹟が今日の午後になったそうです。早まったって大聖堂の入り口に貼り出してあったでしょう。丁度いいから、治癒秘蹟を見たらそのままランへ向かいましょう。大体、何で知らないんですか。フランドル伯に夢中でしたか?話くらいできたんでしょう?」
体調が万全ではないのだろう。答えを期待していない質問を矢継ぎ早に並べ、ジャンは荷物整理に集中する。帰りには大聖堂の前など通らなかったから、シャルルは全然気付かなかった。それに結局、ジャンヌを見られたのはほんの一瞬。
自然、口も口調も尖ってくる。
「なんだよ。話しかけるなんて、そんなことできるわけないだろ」
「ふーん」
「あ」そういえば。
「どうかしましたか」
「なんでもないよ!」
ジャンの任務とやらを、すっかり忘れていたことを思い出す。
まずいな。
戴冠式の話題を続けるのを避け、シャルルも黙って身支度を始める。
ジャンはシャルルの様子をしばらく見つめ。それから自分の作業に戻った。
シャルルは治癒秘蹟のコルベニー施療院でセジュールに会って、何とかジャンの知りたい情報をもらおうと知恵を巡らせる。戴冠式での自分の行動はお世辞にも成功とはいえない。


「ごめんな」
シャルルはいつもの自分の姿に戻り、ドレスの分だけ重くなった荷物をロンフォルトにそう謝りながら括りつける。
クウ・クルもすっかり馬の頭で準備万端。
行きと同じく目深にかぶったフードの下、シャルルは頭上に日差しの暖かさを感じながら馬に揺られる。修道院は狭い視界からちらちらと見つめたものの、アンの姿は見つからなかった。二度と来られないかもしれない。
ごめんねとまた、心の中でさよならを告げる。



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楓さん♪

一話が長いですね、私のは(笑)
コメントを追ってスクロールしながらそう思いました。

連休中にようこそです(^∇^)
二人の王様。
これから色々と影響がある予定です~
楽しんでいただけるといいなぁ~o(^▽^)o

ああ、それにしても1000文字…間に合うかしらと今から心配です。
いやいや、弱音はダメですね、頑張ります~( ̄^ ̄)ゞ

こんばんは

こんばんは。
今日も少しだけですが、読み進めることができました。
ルイ9世、それにヘンリー三世
二人とも今後どちらにどう転ぶのか、すごく気になるところです。
シャルルの力となるのか、立ちはだかる壁となるのか。
どうも二人はどこか似たような境遇のようであるだけに、なおさらです。

ジャンヌ、シャルルの存在に気づきましたかね?
そして、あの一瞬で何かを感じたでしょうか?それとも……
またお邪魔します♪

藤宮さん♪

シャルルのまっすぐで物怖じしない性格が、大物に受けます。でも、女の子なのと子供だから許されるだけなんですけどね(笑)
いずれ、現実の厳しさを知るはずだけれど…。
ジャンヌ~本当は、書かずに済まそうかと思ったんですよ~。要素が多いから、第二部が難しくなってしまうかもって。
でも、現実にフランドル伯は戴冠式に出席する人なので、書かないわけにはいかなくて。

うむむ。歴史ものって難しい~。
あんまりリアル過ぎても詰まんないし、脚色し過ぎても嘘っぽくなるし。

さて。
シャルルの受難はもう少し続きます♪もちろん。
ご期待通り、頑張ってくれるはずです♪
いつもありがとう!!

kazuさん♪

ヘンリー三世陛下♪実際にフランス人を登用していたらしいので、どうしても書きたくなって~^^
ちょっぴり、これからも絡んできますので♪

様々な権力者が出てきますけど、うまく描き分けられるかなと、今更不安です(笑)

ランス。

藤宮さんの予想通り、そう簡単には帰れないけれど、シャルルにとって大きな収穫になる旅でした♪

物語を三部構成と考えていて、中間の第二部だけに様々なエピソードが絡んできて、複雑な感じです…分かりにくかったら言ってくださいね~

なんだか……

色々偉い人に囲まれて、シャルルちゃん、本当に大物ですね~。
それにジャンヌ様、見ることはできたけれど、お母さんかどうかは確かめられず……うーん、もどかしい!

ランスの人々、それぞれに対する思いは複雑なものがありますが、無視していくこともできないことですし……。
これでシャルルちゃんはまた一歩、進むことができるのでしょうね。

あー、でも、そう簡単に帰らせてくれない?
ロトロアのほうの動きも気になりますし、そのつながりで何かが起こるんでしょうか?

なんにしても、シャルルちゃんの受難は続くのですねー。
でも、そう簡単には折れたりしない。

そんな強さが素敵過ぎます♪
またこっそり追いかけていきますね!

おはようございます^^

イングランド王ヘンリー三世陛下!!
シャルル、すごい人に目をかけられましたね。
イングランドに来るか?だなんて^^
素敵だなって、思います。
きっと、見かけだけではなく少し話しただけでも伝わってくるまっすぐな気持ちが魅力なんだろうな^^
そして、ヘンリー三世陛下が悪いとはいえ、やっちゃいましたね。シャルル(笑
でも、シャルルのせいじゃないもんね^^

ランスに来て辛い事もあったけれど、それでも区切りをつけるという意味ではいい事だったんでしょうね。
ロイくんが見つかることが一番かもしれないけれど、それでも。
でも、帰った後が怖そうですが@@;
 
続き、楽しみに待ってます^^
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