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『La croisade de l'ange 2:Laon』 24

『Laon ‐ランの風は苦く‐』

24

何度目だろう。
切り結ぶこと、数回。女はシャルルの素早い動きに三回ほど傷を負う。
シャルルもすでにいくつかの傷を負っているが、張りつめた心のせいか痛みはない。

「素晴らしいね、リオネットも、女も」
ヘンリー三世がため息交じりに声を出す。
隣で衛兵に肩を押さえられているジャンは、見上げた。「強いですよ、シャルルは。だけど、どう見ても体格が不利じゃないですか」
ふん、と一瞥され、ジャンは口を閉じた。
「ジャン、シャルルの身のこなしは幼いころからの訓練のたまものだね。早々身につくものではない。あの動きは小柄なほうが活きる。普段から、大人を相手にしているのでしょう、なかなかいいですよ。ほら、あれだけ間合いが不利なのに今もシャルルの斬撃が勝る。柔軟で、相手の力の逃がし方が上手いのです」

ジャンは改めて二人を見つめた。
確かに今も、シャルルは剣の柄で相手のみぞおちをしっかり殴りつけた。よろめいた女にとどめか、と思えばすらりとそこはよけられた。
「ただし、体力と持久力は女が上ですね。ほら、シャルルの息は随分上がっています。あれだけの動きを続けるには、まだ、幼い。十三、四ですか」
「あ、はい。十三歳だと聞きました。たぶん、普段相手にしているリシャール様と違って女は身のこなしが柔軟で、だから、シャルルは的を得られないのだと思います」
「ふん、そう。リシャール、聞いたことがあるね。どこだったかな」
「ルジエのロトロア様のセネシャルです」
「ああ、ロトロア伯か。あれとは一度、手合わせしてみたいな」
「え、あ、はぁ」
優しげなほっそりしたヘンリー三世を見上げる。結局一度も自分は剣を手にしなかったのだ。手合わせしてみたい、というほど好戦的には見えないし、一国の王がそれをするのは、なかなか難しいのではないかとジャンには思える。
シャルルが変な王様と言ったのが分かる。

「足元が、怪しくなってきたな」
王の声に、ジャンは我に返る。

シャルルはひりひりする喉に苛立ちながら、今ぴょんと飛びのいたところ。
地についた足がずるりと滑る。
支えようとした足首に嫌な感触が走った。ひねったか。

張り詰めた空気に、揺れるのは女の髪と肩で息をするそれ。女も疲れてきている。シャルルは低く、小柄を活かして構える。
自分より大きな相手には慣れている。狙うのは腹や腰。人の動きの軸にあるそれは、手足に惑わされずに狙えば、確実な的となる。
数回斬りつけた女の腰から、ぬるりと赤い流れが滴る。
嫌になるほどお互い見つめ続けてきた目線。次の動きを読もうと張りつめたシャルルの表情。女はふと、目を細めた。

「リオン・ド・リタ」女の口がそう形作った。
「お前は、封を受けているのか」
明確な問いも、シャルルは無視する。
今は関係ない。ただ、疲労を少しでも回復するのに女の問いかけはありがたかった。
睨みあう間にも、荒い息は徐々に落ち着き始める。

「セネシャルだそうですよ、ロトロアの」
余計な話を伝えるのは女の背後に腕を組んで見つめる、王の騎士。その隣に立つ若い王は、あのいやらしげな笑みを浮かべたまま見つめている。じれったいのか、足がわずかに落ち着かない様子でひたひたと地を踏む。
「セネシャル?」
聞き返す女の表情は変わっていた。
絶望を抱え、闇雲に突っ込んできていた女に変化が見えた。
瞳に、怒りが浮かぶ。
「お前みたいな、子供が?セネシャルですって?」
「だからなんだよ」
「血筋?貴族様?恵まれたことね。あの人には申し訳ないけど、生かしておけない」
「……僕は特別な血を引いている。お前とは違う」
シャルルは弾む息をふと一つため込んで、腹に力を入れる。疲労は頂点。それでもシャルルの菫色の瞳は輝きを増している。
幼い頃から、叩き込まれた動き。
貴族の子ではと噂されたそれは、同じ孤児に嫉妬された。年長の子には苛められ、生意気な少年ぶりは修道院でも仲間外れ。いつも孤独。だから、喧嘩には常に勝ってきた。勝たなければならなかった。あの頃の、ひりひりした想いが甦る。

「僕は特別なんだから。羨ましがればいい、自分にないものを妬み憎めばいい。卑屈な人間に下げる頭はない。僕は自分を誇らしく思ってる」
例え親が分からずとも。当たり前の愛情がなくとも。
そうして生きてきた僕は、自分が嫌いじゃない。
堂々と風に金のタテガミを揺らし、ゆっくりシャルルは目を細める。

「生意気ね!」
言いながら構える女は、すでに一歩踏み出し。
シャルルは備えていたそれに下から剣を振り上げる。
ガツ、と耳に痛いほど刃が音を立てぶつかり合う。
瞬間、白い何かがシャルルの視界を遮った。
「わ!?」
あっという間にそれはぐるりと駆け巡り、シャルルの腕を伝って女の肩へ。
「クウ!」
叫ぶシャルルに混乱した白イタチは一度振り返った。
そのしなやかな体が無造作に掴み取られ、女は乱暴に腹を握ると投げつけてきた。

親友、なのだ。
小さな柔らかい体の獣なのだ。
シャルルは思わず剣を投げ捨て、白イタチを抱きとめていた。
そっと、抱えるそれは苦しげにぐったりとしている。
「シャルル!」
ジャンの呼び声に顔を上げれば、目の前に女の剣。

額の寸前で腕を掲げ、ずん、と革の篭手に痛みが走る。

「このーっ!!」
弱い者に、何を!

そのまま女の手首を掴むと、剣ごとひねり、上から押さえた。
怒りは力に変わる。
「許さない!」
女の左手の短剣が振り下ろされる寸前、シャルルは右手を引き付けながら、後ろ回し蹴りを首に。
がつと鈍い音を響かせるほど、思い切り蹴りつけた。

はあ、と。息を吐いた時には、女は地に倒れていた。
気絶している様子、シャルルは奪いとった女の剣を、構えた。
横たわる首は白く細い。顎をさらし、無防備なそれはただの弱々しい女だった。

これに、突き立てれば、それは髪と同じ赤に染まる。想像しても、それには何の恐れも沸かなかった。恐れてはいなかった。
はあ、はあ、はあ。自分の息を耳元に聞きながら、シャルルはしばし、想像と供に女を睨みつけた。
そのとき、片腕に抱える親友が、ひくと動いた。

「クウ・クル!」
剣を捨て、それをそっと両手で抱きかかえる。
座り込んで膝に乗せる。
いやだ、「クウ・クル!」
白い身体は、小さい。わずかに首を動かし。耳がシャルルの声を聞きつけた。
もう一度、ピクリとして。今度は鼻がひくひくと。
それでも、足は力ないままだ。
「足を、折っているかも知れません、シャルル。そっと、こちらへ」
顔を上げればジャンだった。
にじむ視界に、少年は困ったような笑みを浮かべ、座り込んでいるシャルルを抱きしめた。その感触になぜかくらりと視界が揺れる。
「もう、十分ですよ、シャルル。多分、女はもう」
ジャンの声が遠く感じる。
「…、死んだの?」
「すごい蹴りだったから」
「僕が」
「君も、怪我をしています。すみません。僕は見ているだけで。……君を、助けられなかった」
シャルルは首を横に振った。
「クウを、助けて」
ほろ、と。こぼれた涙が、うつむいた頬をパタパタと急ぎ足で転がっていった。
ふわりと肩に何かがかかり。暖かい手が添えられた。
「立てるかい?リオネット」
ヘンリー三世だった。
そう、自分が地に座り込んでいるのだと今気付く。
ジャンがくったりした白イタチを抱き上げ、立ち上がったから。自分もと、シャルルは立ち上がろうとした。
つ、と痺れたように背中が震え。崩れそうになるのを、ヘンリー三世が支えた。
シャルル、と。ジャンが呼び。リオネットと、ヘンリー三世が呼んだ。
空が半分を占める視界に、ベルトランシェが加わった。

ああ、リオンって、きっと、呼ぶ。
僕の、名前をなんだと、思ってるんだ。
まったく。



ぴり、と。冷たい何かが頬に当たる。
「わっ!?」と。
シャルルは飛び起きた。
眼に何か入って慌てて袖でこする。
「よかった、気がついたんですね」
ジャンの声だ。
「ジャン、あの、僕」
肩を誰かが抱いて支えてくれた。
「これを、リオン。水です。なかなか、いい戦いでした」
リオンと呼ぶ、これはベルトランシェだ。
「あの、僕…ああ!?クウ・クルは?」
水を両手で抱え、飲み下すとシャルルは周囲を見回した。
ジャンは額を冷やしてくれていたらしい布を抱えて目の前に立ち、ベルトランシェはすぐ横に座っている。
施療院の一室だろう。そこは薄暗い小部屋で、育った修道院を思い出す。何の装飾もない高い天井は寒々とし、壁に掛けられたランプ。窓の外は暗い。もう夜なのだ。
僕は随分、長く眠っていたんだ。
ベルトランシェが立ち上がると、シャルルは自分がベッドに座っていたことに気づく。ちょうど、騎士の腰の剣が、目の前にある。
それはかすかに血の匂いをさせていた。
「なあ、クウ・クルは?」
ジャンがシャルルの肩に手を置き、申し訳なさそうに視線をそらした。
「それが、あの」
「死んじゃったのか!?」
「あ、その」
「ジャン!」
「逃げてしまって」
「え?」
「シャルルが気絶してしまってから、先にクウ・クルが目を覚ましたんですけど、ショックだったみたいで、おびえて逃げ出してしまったんです。この建物のどこかにいるんだと思うんですけど、見つからなくて」
ぺたんと、シャルルはベッドに座りなおした。
「元気そうだった?」
「あ、多分。走っていたから、大丈夫だと思います」
「そうか、よかった!」
思わず顔を手で覆うシャルル。その頭を、大きな手が優しくなでた。
「先ほど、厨房で見かけました。もう、時間も遅い、探すのは明日にしなさい」
顔を上げれば、ベルトランシェがきらきらとした顔で見つめていた。美貌の騎士。シャルルはつい、頷く代わりに多めに瞬きすることになる。
「リオン、ジャン。森に潜んでいた敵を知らずに施療院に入っていたら、それこそ大惨事でした。お前たちに今回は救われました。礼を言います。今夜はゆっくり休みなさい。明日はランに戻るのでしょう」
「はい」二人同時に頷いた。
褒められれば悪い気はしない。国王陛下を護ったのだ。
役に立たないとセジュールに言われたけれど、こうして礼なんか言われてしまえばわくわくと心が浮き立つ。
「陛下には今回のように多くの敵がいます。我ら近衛騎士団では表立って行動できないことも多い。ロイの捜索も同じです。リオン、ジャン。お前たちにはそう言った仕事をお願いします。いいですか。例えティボー四世でも、ロトロア・ド・ルジエでも。他言は無用ですよ」
「それ、無理だよ」
ふとシャルルはジャンの気持ちを代弁した。いや、自分の気持でもある。
「従騎士なのにさ、黙って出かけられないよ」
ベルトランシェは大きな目を丸くし。それからふと笑った。それは初めて見た時より温かい笑みに感じられた。彫刻のように美しい顔は、親しくなればなるほど心をくすぐる。ジャンが言うとおり、近づいて見れば温かい人柄も見えるのかもしれない。
「ふん。馬鹿ですねぇ。私の立場としては一応そう言っておかなくては。どう受け取りどう行動するかはお前たちが自分で決めるのですね」
「なんだそれ?」
「大人になりなさい。約束できますね、ジャン」
「はい。自分で決めて行動したことに、自分で責任を取る。僕は誰にも言いません」と。ジャンはお利口さんの態度でウインク。
いつか。ロトロアに言われた。そう言えば。
騎士として大成するには、素直ではだめだと。正直に顔に出していては何もできないと。
そういうものなのか。
「悪いことをしたら鞭打ちですよ」と。ベルトランシェは意味ありげにジャンに片目をつぶって見せる。
「ジャン。気をつけろよ。笑いながら鞭を打つ奴だぞ」
「大丈夫ですよ」
ホントかな。釈然としないシャルルを残し、ベルトランシェは上機嫌で部屋を出て行った。
見送って二人きりになれば、何となくほっとする。
「なあ、この部屋、病人がいたんじゃないのかな」
「え、ああ、はい」ジャンが着替えながら答えた。
「いましたけど、他の部屋に。あの修道女になり済ましていた賊たちは、今朝この施療院に押し入ったらしいです。病人と修道女たちを一部屋に押し込んでいたんです。この戦乱でけが人も大勢出ましたし、国王陛下もここで一泊することになったんです。だから、部屋を開けてくれたんですよ」
「ふうん」
「予定では明日が治癒秘蹟の日だったから、今日のうちに僕らが見つけた敵軍と合流する予定だったんです。そうしたら、明日には院内はあの黒い騎兵でいっぱいになっていたはずです。気付かずに入り込めばいくらベルトランシェ様でも陛下を護りきれなかったと思います。僕らが林で賊を見つけなかったら、ひどいことになっていたと思いますよ。シャルル、ほんとに僕ら、役に立ったんです」
「ふうん」
「ヘンリー三世陛下とも、いろいろお話できましたし。シャルル、君の戦いはすごく緊張して恐ろしかったけど、感激しました。改めて尊敬しますよ」

ジャンは興奮が残るのだろう、ああ、これロトロア様にお話ししたいなぁ、と呟きながら横になる。
シャルルは眠っていたせいで目がさえている。
「あ、そうだ。ジャン、ごめん。戴冠式のお前の任務」
「ああ」
ジャンは毛布の下から欠伸まじりで返事をした。
「いいんです。僕も行きましたから。やっぱりシャルル一人じゃ、心配です。僕の予想通りシャルルはろくなことしないんですから」
多分、笑っている。
「なんだよ!もしかして朝のは仮病か?!」
「君は会うべきだと思ったから。ジャンヌ様に」
シャルルはジャンのベッドに駆け寄ると、毛布をめくる。
「!?」ジャンの目がランプの明かりをきらりと弾いた。きらきらした涙は溢れそうになっていて。少年は笑いながら眼をこすった。
「せっかく、会えるんです。お母さんに。生きて会えるなら、それはどんな理由をつけてでも会うべきだと僕は思います。僕ももし会えるなら、お父さんに会いたい。もう、絶対に会えないんですけどね」
ちぇ。
もらい泣きしそうになってジャンの顔を見られなくなり、シャルルは毛布を強引にかぶせた。
「ジャンヌ様も、馬車があんなことになったのでここに留まっておられます。明日、また会えるといいですね」
「分かったよ、もう寝ろよ。お前、戴冠式も無理して出たんだろ。風邪をこじらせて死なれてもいけないしさ」
僕も寝る、とランプを消し。再びベッドに横たわったものの。窓からの月明かりが妙に眩しくて、目に沁みる。何度も目をこすりながら。シャルルはジャンヌの顔を思い出していた。
また、会えるかもしれないんだ。


修道院と同じで、施療院もカランカランと小さな鐘の音から一日が始まる。
懐かしい。
起きだして、僕はまず身支度と水汲み。早朝の井戸は冷たくて、重くて。大変だったんだ。
そんなことを思いながら、シャルルは起きだすと、まだ眠っているジャンを残して部屋を出た。そう言えばお腹がすいている。
自然と足がかまどと食べ物の匂いに吸い寄せられて行く。クウ・クルも探さなきゃ。
すれ違う修道女におはようございますと挨拶しながら。たどりついた厨房をのぞく。
そう、いつもお腹がすくとこうして、厨房にアンを探した。
アンなら何とかしてくれた。
「あの」
忙しそうに働く女中の背を見つめ、シャルルは声をかける。
「この辺に白いイタチ、いませんでしたか」
「シャルル?」
へ?
振り返ったその姿は。
懐かしい、修道院の女中だったアン。ふくよかな体はそのまま、わずかに白いものの増えた髪をきちんと結ってこちらを見つめていた。
その肩にしっかりしがみついて、クウ・クルが顔を見せた。
「アン!」
「シャルル!!」
駆けよればあの温かい胸。優しい手のひらが頭をなでる。
「ああ、背が伸びたのね、綺麗になって」
「会えないかと思った。修道院にいるのかと」
想いが詰まって胸が苦しい。
「あそこにいるのはなんだかつらくてね。こちらに移ったのよ」
しっかりと抱きしめられながら、シャルルは「会いたかった」と。子供のように泣きだしていた。やっと。
今やっと、故郷に帰えることができた。
アンの涙もシャルルの頬を暖めた。

厨房の作業テーブルにジャンと並んで座りながら、シャルルは温かいスープをもらっていた。足元では分けてもらった肉をクウ・クルがしっかりくわえて、嬉しげに尻尾を振る。
鼻声を残し、涙はすでに乾いている。感動は嬉しさに変わり、シャルルの表情は輝いている。それにつられるのかジャンも嬉しそうに二人の話に聞き入った。
「ホントに、あの晩はひどいことだらけでね。シャルルはあの乱暴な騎士に連れ去られたというのに、院長様は修道院の誰にも助けに行かせないのよ。皆、ずっと、いつでも追いかけられるようにとね、ずっと院長様のお許しを待っていたのに」
「うん。大司教様はさ、あの事件をなかったことにしたかったんだ。だから、あの騎士の顔を知っていた僕は邪魔だったんだよ」
アンは小さい子供にするようにシャルルの頭をなでた。
「大聖堂で衛兵も殺されたっていうじゃないか。よかったよ、シャルル。あんたが無事で。今どうしているんだい?国王様にお仕えしているのかい?」
「あ、ええと。そんな感じ。まだまだ、見習いなんだけど」
「そうかい。ニルセンさんがものすごい勢いで修道院に訪ねてくるから、院長様も苦し紛れにあんたがまずいことをしたみたいに言ってさ。それが、そのまま噂になって。あんたは何にも悪くないのに。あんたのことをね、本当は皆、可哀想だと思ってるんだよ。小さいあんたに何の罪があるって。でもそう思うから余計にね、大司教様や院長様の言葉をそのまま受け入れたんだ。あんたのことと一緒に罪悪感も忘れたいんだね」
あたしはそれがどうも腹が立ってね、それでこっちにね。
そんな話をしながら、アンは美味しいジャガイモのミルク煮を作ってくれた。
「美味しい!初めて食べました」ジャンがホクホクした甘いジャガイモの上で、こんがりとろけるチーズに感動し。
シャルルも久しぶりに味わうそれを、口いっぱいに頬張った。
美味しいだろ、自慢するシャルルにジャンもうんうんと頷く。シャルルが感謝して食べるのもこれならよく分かると、ピクルスを思い出しているようだった。

「次に来る時はランスじゃなくて。ここに、帰ってきていい?」
食後の甘いお茶のカップで照れをごまかしながらシャルルが言ったそれに、アンはにこやかに頷いてくれた。


延期になった治癒秘蹟は、結局元の予定通り、四日目の午前中となった。ランスに留まっていたセジュールや残りの衛兵たちも合流して狭い施療院は本来の住人の数十倍の人出で埋まっていた。
馬車の転倒事故も、どうやら賊の仕業だったらしいとか、黒づくめの騎士たちがブルターニュ伯の手のものだったらしいとか。
治癒秘蹟が始まる頃には、噂話があちこちでささやかれていた。

「なんだ」
クウ・クルをしっかり抱いて、人垣の後ろから覗いていたシャルルは、つま先立ちを辞めて座り込んだ。がっかりだ。
「治癒秘蹟っていっても、ただ触れるだけじゃないか」
しー。と、隣で同じように背伸びしていたジャンが、慌てて口を押さえる。
幸い、シャルルの声はざわめく人声に遮られ、衛兵やベルトランシェには届かなかった。ちょうど、「ありがとうございます」と病人の老人が大げさにルイ九世を仰ぎ見たところだった。
施療院の礼拝堂には、見物の貴族と病人、その世話をしている修道女たちが周囲に立っている。
聖壇の前にはルイ九世が立ち、その前に膝をついた病人の額に塗油するように触れていく。何がしかの言葉、司祭の説教のような文句を呟いているようだが、シャルルには聞こえない。
「それでも皆、聖なる存在の王様に親しく触れてもらうってだけで嬉しいんですから。シャルルは陛下のこと、馬鹿にしすぎです」
「ルイに親しく触れられてたら、大変だろ。ばか」
ほんとに、怖いもの知らずなんだから。僕らも早く帰り支度しますよ。と相手もせずにさっさと礼拝堂を出て行く。ジャンも結局、つまらなかったのだろう。
「なんだよ、そんなに慌てなくてもさ」
シャルルは一人呟いた。もっと、ここにいたいのに。

ざわざわとシャルルたちの前をふさいでいた人垣が崩れ出す。
留まるシャルルを避けながら、国王陛下を見送ろうとする病人や修道女がゆっくりと扉に向かう。ルイもそのままパリに戻るらしい。
狭い施療院に泊まることができずに、大半の貴族は昨夜のうちにランスに戻るか、所領へと帰って言ったという。ヘンリー三世の姿もないから、イングランド王も帰ったのだろう。
そう考えれば、本来はもっと盛大な式だったのかもしれない。
治癒秘蹟、楽しみにしていただけにシャルルは物足りなかった。
満たすためと言うわけではない。期待していたわけでもない。
ただ、少しでも会えるかと。視線は歩いて行く人々の中を探る。
人混みの中すらりと姿勢のいい女性が目に止まる。金色の長い髪は真っ直ぐで、その人の性格をも現すようだ。

ジャンヌ様。
シャルルの想いが声になったのか、こちらを振り向いた。
シャルルは慌てて口を両手で塞いだ。
緊張する間もない。目の前に、ジャンヌが立っていた。
「シャルル、一人?怪我は大丈夫ですの?」
金色の長い髪が、美しい蒼い瞳が。
もしや、ジャン、気を利かせて一人にしてくれたのかな。感謝と共にシャルルは頬を火照らせて、目の前のジャンヌを見上げた。
「はい、大丈夫です」
ベルの鞭の傷の方がよほど痛んだ。
「立派でしたわ。ロトロアのセネシャルだと聞きました」
「あ、はい。僕はランスで拾われた孤児です、あの、それで、ロトロアに拾われて」
ジャンヌの笑顔はそのまま。
「そうですの。貴方の才能を見込んだのですね。ロトロアは昔から人を見る目があるのです。貴方なら、任せられるわ。貴方にお話があると言いましたでしょ?これを、ロトロア様に届けていただきたいのです。大切なお手紙ですの。お願いしますわ」
差し出されたそれを、ぼんやりと見つめたまま受け取った。
「貴方ならきっと立派な騎士になりますわ。私にも貴方のような子供があればよかったのに」
子供。
ぎゅ、と胸が鳴いた。
ふわりと抱きしめられ、またいつか、と手を振り去っていくジャンヌを。シャルルは見送っていた。
手に残る手紙を見つめる。
僕みたいな子供がいれば、って。
そんなこと言われたら、確かめられないじゃないか。
名乗っても、顔を見せても。ジャンヌ様が気付かないとすれば。
僕にはなにも、あの人の子供だと主張するものはない。


シャルルはクウ・クルを肩に乗せ、ゆっくりと礼拝堂を後にした。中庭の日差しに目を細め、何度も擦った。
手にした手紙の匂いを嗅いでみたり。日に透かして覗いてみたり。
「なんかいい匂いがするよ、クウ・クル!これ、ジャンヌ様のなんだ、この字も。思ったよりずっと若くて綺麗だったよね。だってさ、今年二十七歳なんだ、十四の時に僕を産んだんだ」
独り言はいつもどおりイタチに無視される。けれど、他にこの気持ちを共有できる友はいない。シャルルは話し続ける。
「綺麗で、優しそうだった。ブランシュ様みたいに抱きしめてもらったらいい匂いがしたんだ」
優しそうなのに。綺麗なのに。
どうして僕は側にいられないんだろう。
手紙が気になるのか、クウ・クルが鼻をひくひくさせて前足を伸ばす。
「ああ、だめだ。これはまだお預けだよ」
手紙をクウ・クルから離し空に掲げる。そう、お預けなんだ。
きっといつか。
ふわりと風が吹き、空が青く高く。シャルルは視界一杯に空を見て、大きく息を吸った。


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No title

んま!
私としたことが~
ルイ⇒ロイのご指摘ありがとう~!
ささっと、なかったことにしてきました(笑

何やら、ばたばたと冒険の続くランスです♪
じつは、このリノーラとの戦いで、クウをあの世へ~??
と、迷っていたのでした。
何しろ、常について回らせるのが難しくて(笑
便利なときもあるのだけど…ときどき、描写を忘れると、いないのかなとか。

ただ、クウを失ったら、シャルルの気持ち的に不安定になるかなと思ったし、今後まだまだ、シャルルにも頑張ってもらわなきゃいけないから♪

そういう理由で命拾いしたクウです。

ジャンとの友情、なんていうか。書いていて私も心地よくて♪
大人ばかりに囲まれてきたシャルルには、いい経験になったと思います♪

さてさて。あと少しですよ、第二章も。
楓さんもざくざく読み進んでいますし~。chachaさんも。
すごいなぁ~。ほんと、うれしいです。
エンディングの感想が今から気になっています(^^;)

く~!

一気にいきたかったけれど、今日もここまでで><
ロンロンたちが気になりますが~さてさて、大丈夫なんでしょうか??

戦闘シーン、本当に迫力あって。すっごく心が躍りました!
ひやりとしたり、ぞくりとしたり。
ベルの一声で兵が一斉に剣を交えていく辺り、かっこよくて感動しました;;
あ~~でも、やっぱりシャルル同様、終わるとどっと疲れたのも事実です(笑)読んでいる間緊張しっぱなしだったんだと、終わって自分で気づいたり^^
いやー楽しかったです☆シャルルも無事勝って良かった!クウも元気だったし!アンにも会えたし♪

このランスでは、シャルルにとってジャンは必要不可欠な存在となりましたね^^うんうん。本当に私もジャンが居て心強いな~♪

それにしても。ルイ、未遂ではあったけれど、やっぱりシャルルに手を出そうとして!!んま!!(笑)
あ、どこだったかな。ルイがロイと表記されている部分がありました。それこそ、シャルルに迫ろうとしている辺りで@@;
報告をば!

また来ます~♪本当、読む手を止めることが一番難しい~(笑)

藤宮さん♪

ええ、戦いは終結。
でもランに帰らなきゃ、ですからね~。このままロンロンと離れた状態では終わりません(笑)
リシャールの苦悩もありますし(笑)

クウ・クル、ほんきで一時あの世へと思ったんですけど…。そうするとリノーラに対するシャルルの気持ちがかなり変わりますので、後々微妙な感じかと。調整です(←?)

こんな悪だくみをしながら、じわじわと物語を進めています~♪
続き、楽しみにしていただけると嬉しいです!!

一応終結……でしょうか?

戦いに緊張しましたのです~。
たぶん、大丈夫。そう思いながらも決着を見るまで、ちょっと不安でしたが……。

クウ・クル、災難でしたねー。一瞬、どうにかなってしまったのかと思いましたよ(汗)
まあ、とにかく何とかなったようで、一安心ですが。

ジャンヌ様に会えて、アンにも会えて。
色々ありましたが、シャルルちゃんにはいい結果になったのかなーと。

これで、やっとランに戻れるのですね?
あ、でもリシャールさんがいるのを忘れて……大丈夫かな、怒っていそう……。
ロトロアの方も気になりますし。

どうなるのか気になってドキドキですよ!
またこーっそりと、続きを期待して追いかけさせて頂きますね♪
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らんらら

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