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『La croisade de l'ange 2:Laon』 26

『Laon ‐ランの風は苦く‐』

さて、第二章の最終話です♪少し長いけれど。
一気に行きます!!


26

翌朝。
重い瞼を何度もこすりながら、シャルルは味のしない朝食を口に運び続ける。いつも通りリシャールとの食事は気まずいものだが、さすがに互いに一言も口を利かないのは、周囲にも心配をかける。
気を使ったシロンの店主が、「今朝のベーコン、いい出来でしょう?この間の市で手に入れたんですよ、帝国の南部で作られるものでね。半年も熟成したんだって話ですよ」と、声をかけ。その気遣いにリシャールは「ええ、美味しいですね」と愛想笑いをする。
ジャンは「はい、すごく美味しいです。ね、シャルル」とシャルルにも声をかける。

美味しいですね、と言われても。シャルルは泣き続けたせいで鼻が詰まり、ねとねとした硬い食感以外、味わえるものがない。
「半年もたつと、肉じゃないみたいになるんだね」と。褒めたのか何なのか分からない返事は、完璧な鼻声で。泣きすぎた腫れた眼もそれと知れる。シロンは気の毒そうな顔をして黙り込んだ。

「お前は、価値が分からないのですね」
リシャールの嫌味にジャンが
「シャルルは疲れていて、ほら、体調が悪いと食べ物の味なんか分からなくなるから」と、とりなそうとする。
「ジャン、お前はこれから発つのでしょう。早く準備したほうがいいですよ。天気が悪くなりそうです」
「ですけど、シャルル……」の様子が気になる。
最後まで言い終わる前に、くしゃみをしたシャルルにナプキンを手渡す。

「シャルル、僕の風邪がうつったんじゃないですか。気分が悪いなら……」
「平気です。私が面倒を見ます。お前はお前の責務を果たしなさい」
ジャンはちらりとシリャールを睨みあげる。睨まれてもリシャールは言葉通り平気だ。
「シャルルはロトロア様が戻られれば元気になります」
「なにそれ」さすがにシャルルも口を開いた。
眠れなかったのと鼻が詰まるのと。確かに喉も痛い気がする。
「自らを省みることも学ぶべきです。この際、思い知るのもいいですね」

思い知る、つまり思い知らせてやるってこと。ロトロアが戻って風邪が治るという理屈も意味が分からない。リシャールの台詞がいちいち棘以上の痛みを突き刺すから、シャルルは聞くのも嫌になって席を立った。
背後で何やら食事の途中だとかという声がするが無視。
シャルルは階段をたどりながら部屋へと向かう。途中から追いついたジャンが肩を貸してくれた。
「やっぱり風邪かな」
「休んだ方がいいですよ。あの、シャルル」
年下のジャンはクルリとした瞳をシャルルに向けた。
「いいよ。お前も仕事しなきゃいけないだろ。大丈夫。リシャールと仲が悪いのはいつものことだよ」
「シャルル。ブランシュ様との約束のこと、僕もシャンパーニュ伯にお知らせします。シャンパーニュ伯が承認してくだされば、ロトロア様も認めるしかないはずですし。大丈夫、僕らは悪い事なんかしてないです」
励ますジャンに、なぜかシャルルはまた涙が浮かぶ。
案外、僕も涙もろいな、と。シャルルは初めて自覚する。
「ジャン、お前いい奴だな。ありがとう。ランスに行くの、僕一人じゃろくなことになってなかった」
言われた少年は目をぱちぱちとさせ、それから二度シャルルの背中をたたいた。
「ほら、ベッドへ。僕も面白かったです。シャルル、僕は今までシャンパーニュ伯やロトロア様、たくさんの大人に憧れてきました。同年代の子供なんか相手にしてなかった。君が初めてです。友達になりたいと思います。なってくれますか」

シャルルは靴を脱ぐ手を止めた。
まっすぐ育った奴はこういう言葉もすんなり口にできる。
座ったベッドがギシと返事をし。ジャンは照れくさそうに頭をかいた。
「あの、だめですか」
「ジャン」シャルルは立ってこちらを覗き込むジャンに手招きする。
「なんです?」
顔を寄せたジャンの手をぐんと引き。少年をギュッと抱きしめる。
「お前、頼りになるからさ。友達にしてやる」
「な、なんですか!!その、その」
「だめかな。何を赤くなってるんだよ」
「シャルルっ!」
真っ赤になるジャンにシャルルは笑い転げる。
またいつか会える。きっと。
離れてもこいつは友達だ。からかって寂しさをごまかし、シャルルはジャンを送り出した。ジャン・ド・ジョワンヴィル。シャルルにとって、初めて人間の親友ができた。


ジャンを見送った後は宿のベッドにもぐりこんだまま、シャルルはじっとしていた。
熱っぽい身体はますます重く、いつもより深く沈む。強張った石のように自分を感じる。
泣きすぎたからか熱のせいか、痛む頭を枕に預け傍らにごろりと寝転がる白イタチにも無反応。

遅れて部屋に戻ってきたリシャールの気配にも無視を決め込む。
そっとしておいてほしい、構わないでほしい。
その願いは空しく裏切られる。

「シャルル、起きなさい。ラン伯のもとに行きますよ。お前が戻ったことをご報告しなければなりません。お前がランスに行っていたのなら、戴冠式の様子をお教えすることで多少なりとも我らの面目も保たれます。セネシャルという大役の意味を理解しておくことは大切です。ロトロア様のおっしゃる通り、少し甘くしすぎました」

「うー」と唸ってみるが、この世でもっとも短い抗議の言葉は無視され、乱暴に肩をゆすられる。
「風邪くらいなんです。戦場では足を折っても、腕を射抜かれても、主君のために戦うのです。ほら、立ちなさい。騎士になるのでしょう?」
意地がある、シャルルにも。
「分かった」
そうつぶやくと顔をあげた。あちこちが痛む身体を勢いで起こし、シャルルは靴をはく。


騎士になる。その目的は、今はもうロイのためだけでしかない。フランドルへ行く必要はなくなってしまった。そんなことをふつふつと胸に湧きあがらせながら、シャルルは馬に揺られてランの郊外にある陣営へと向かった。
馬上の姿勢を保つのに精いっぱい、悲しいとかいう感情すら上手く実感できない。
ただ、「ラン伯に報告、報告」
それだけを脳裏に繰り返す。
傍らを進むリシャールに、「負けない、意地でも負けない」



ラン伯は「戻ったのか」と、面白そうにシャルルを見つめ、リシャールの言った言葉に何か返事をした。
あまり聞き取れなかったが、シャルルは何とか膝をついた姿勢を保っていた。
「具合が悪そうだな、こちらでランスの様子を聞かせてもらおう」
ラン伯の言うこちらってどこ?
そう顔をあげた時には、いつの間にかリシャールは別の部屋へ下がったのか見当たらない。
とにかく立ち上がり、ラン伯の示すテーブルの向いに座った。

「さて、戴冠式は見られたのかな?子供単身では聖堂内に入ることはできまい?」
「あの、ジャンが一緒でしたので、シャンパーニュ伯の使いとして見てきました」
「ああそうか。戴冠式はどんな様子だった。どの貴族が集まった?話すことができるかな」
どの貴族……。視界がやけに暗く、シャルルは懸命に瞼をこすった。
「あの、フランドル伯が、……」
杖を、渡して。
金の髪が、綺麗で。
ああ手紙。渡さなきゃ、ロンロンに。



誰かが何か言った。
驚いたような、声。
人が出たり入ったりする気配。

額に何か当てられて、シャルルは目を開いた。

「気がついたのか。薬湯を作らせた。飲みなさい」
ラン伯だ。
白い髪、眉だけが黒くて、その下のぐるりとした目が、見下ろしている。
肩を支えられ、ゆっくり体を起こす。
耳鳴りのようなものが邪魔をして、音も視界も、何もかもが遠い。
渡されたカップを両手で持ち、そこで初めて自分の服がさっきまでのものと違うことに気づく。白い寝間着。厚地の毛織物のそれ一枚だけでは寒い。シャルルは震え、すぐに「これを」と見知らぬ女中が上着をかけてくれた。
「ありがとう」
「女だったとはな」
ラン伯を見上げる。

「隠していたわけではありません。もともとシャルルは普段から男性の服装をしていましたし、このランにはさまざまな人が集まります。ロトロア様のセネシャルとして少女を雇ったことを知らせるのは、問題を起こす可能性があったのであえて語らなかったのです」
そう説明するリシャールもラン伯の背後に控えていた。まるで、ラン伯の側近のように。
シャルルが視線を合わせても、リシャールは無表情。

本当にロトロアが僕の相手をしなくなったら、ハムみたいに斬られそうだ。萎縮する気持ちがうつむく視線に現れ、視線の先の薬湯を口に含むと、シャルルはせき込む。
今の状況がいいのか悪いのか。よく分からない。
ただリシャールの口調がいつもよりずっと低い声で、感情を押さえ込んでいるように思える。何か警戒しているに違いないのだ。黙っているのが一番。気だるさも手伝ってシャルルは半分ほど飲んだカップを女中に渡すと、また横になった。
ここはあの陣営ではないように思える。多分、ラン伯の城。柔らかな敷布のある、立派なベッドだ。そのひやりとした感触に火照った頬を擦り付けると、シャルルは目を閉じた。
寒い、だるい、痛い。
そこに誰がいようと、何が語られようと。今のシャルルの耳には届かない。
小さく縮こまって、自分にこもる。もう、悲しいことも難しいことも、嫌だ。
嫌だよ。



静まり返っていた。
薄く眼を開くと、窓から重く灰色の空が見えた。
ああ、窓なんかあったんだ。
改めて眼をこすり、寝返りを打つ。
「目覚めたか」
びく、として、シャルルは薄暗い室内に座る男を見つめた。
ラン伯だ。
一人きり椅子に座りじっとシャルルを見つめている。
「あの……」
「そのままでいい。ロトロアは女を抱くことはあっても可愛がりはしない。珍しいことだ。お前の何がそうさせるのか、考えていた」
なんと答えていいのか分からず、シャルルは手元にあった枕をぎゅ、と握り締めた。

「似ているのかもしれん」
似ている?
「あの、誰にですか」
「いや、違うかもしれん。リシャールはお前について、多くを語らなかった。ランスで拾った孤児だという以外は。シャルル、お前はロトロアとはどういう関係なのだ」
リシャールが説明したとおり、僕はランスで拾われた孤児でただそれだけなんだ。
「臣従礼の契約をしました」
「そうではない。男と女として深い関係にあるのかと聞いているのだ」
普段のシャルルなら笑い出しただろう。いつも通りいかない今は、はぁ、と気の抜けた返事になる。
「僕は、騎士を目指しています。ロトロアに仕える代わりに、僕は騎士になれる。それだけです」
「ふん。色気のないことだ。お前にとってはそうかも知れんが、あれがどう思うかは別だな。試してみるのもいいかもしれん」
ラン伯が立ち上がる。
近寄ってくる男にシャルルは瞬きを三回しただけで、じっとしていた。

「あの?」
ラン伯の手が伸びる。

そう気付いた瞬間、シャルルはぐるりと反対側に転がった。
ラン伯はもちろん眼を丸くしたが。小さく叫んで飛びあがったのは、どこにいたのかクウ・クルだった。
非難がましく何か喚いて、枕の上に飛び移っていた。
「あ、ごめん」
挑みかかるように白イタチはシャルルの胸元に飛びついて、ぶら下がる。爪を立てているのは怒っているのだ。
「怒るなってば」
シャルルの気がイタチにそれている間に、ラン伯はすぐそばに。
「シャルル、お前は」
ラン伯が伸ばした手は、興奮状態の獣の餌食。
「こいつ!?」
ラン伯がイタチに飛びつかれ、噛みつかれ、慌てて立ち上がったところで背後の扉が開いた。

「シャルル!」

黒髪の。
そう認識したところで、すでに目の前にそれがいる。
シャルルに背中を向け、ラン伯に「叔父上、只今戻りました」と膝をつく。後ろ姿。

シャルルは慌てて眼をこすった。
枕にしがみつくようにして、ロトロアの背中を見つめた。

旅の服装のまま。緋色のマント、外の風を感じさせる冷気。髪に乗るわずかな雪の粒。外は冷たい冬の天気なのだと知る。
走ってきたのが、口調とは裏腹に上下する肩で分かる。

「取り急ぎ、お知らせすることがございます」
「ふん」真剣なロトロアをわざとはぐらかすように、ラン伯は肩をすくめて笑った。
「わしはシャルルと話しておる。邪魔をするのか」
「はい。叔父上。女などからかっている場合ではありません。シャンパーニュ伯は、ブルターニュに力を貸すことを決意されました」
ラン伯は黙った。
しばらくロトロアを睨んだ末、「戦争か?」と。呟く。
「はい。シャンパーニュ伯からの伝令がございます。あちらで詳しく」
ロトロアの言葉を受け、ラン伯は椅子の背にかけてあったマントを手に取った。
「すぐに各領主を集めるのだ。会議だ」
二人はシャルルの方を振り返りもせず、部屋を出て行く。
「しかし、ロトロア。女とする契約は臣従礼ではない、婚礼だぞ」と。
そうラン伯が話しかけるのが、扉の外からわずかに届いた。


シャルルはしばらく、じっとしていた。
息苦しかった熱も、痛んだ節々も、気づけば回復の兆し。枕もとに登ってきて、毛布にもぐりこもうとするクウ・クルを迎え入れると、シャルルは天井を向く。
「久しぶりに帰ってきたのに、顔も見せずに行っちゃったよ」
独り言に、応えるものはいない。


日が暮れ、ランプと食事を持ってきた女中が来ただけで、それ以外シャルルは放っておかれていた。放っておかれている、と自覚していた。

何やら切迫した報告を持ち帰ったロトロア。会議とか、そういうのになっているはずで。
寝込んだ子供なんか、朝食のハム以上に意味のない存在になり下がっている。
それならそれで、と。シャルルは食後取り戻した元気を頼りに、立ち上がり、部屋を出てみる。
出歩くなとは言われていないし、実際手洗いにも行きたい。

途中であった衛兵にトイレの場所を聞き、もっとも切実だった用事を済ませるとシャルルは改めて、ラン伯の城を探検する気になった。
ひどく冷え込む廊下をとぼとぼと歩きながら、肩に乗るクウ・クルに「広いね、大聖堂みたいだね」と話しかける。
目的は気になることを言っていたロトロア。
一応、僕は側近なわけだし、治りました元気になりましたって、報告してもおかしくないよね。ロトロアのそばにいるべきなんだからさ。

白いイタチを肩に乗せた少女が、寝間着のままする行動ではない。
セネシャルたちの控室にたどりついたときには、さすがに部屋の前に立つ衛兵に止められた。
「だから、僕はロトロア・ド・ルジエのセネシャルだってば!」
声を大きくすると、衛兵のうち一人が、「そういえば、馬上槍試合で子供が活躍したと聞いたぞ」と思い出し。
やっと扉を開けてくれた。
「そうだよ、僕だよ」
つくづく勝ってよかったと自分に感謝しながらシャルルはセネシャルたちの控室に足を踏み入れる。

一歩で、後悔した。
全員の刺すような視線。
「あの」僕は罪人じゃないんだけど。
慌てて見知った顔を探す。
古びた城の一室は、テーブルの上は白い布、食事の乗った皿で華やかなものの、灰褐色の壁や多少でこぼこした床のタイルが妙にくすんで重苦しい。天井が低いせいか。
長い髪をぼさぼさにした痩せた騎士がすぐ傍の椅子にぐんともたれかかりワインを飲む。その向こうでは二人の小柄な男が盛んに何やら語り合っている。
背を向ける大柄の男がうるさそうに頭をかいた。
二十人くらいいる、諸侯のセネシャルたちは、皆場違いな少女を無視し、これまでそうだったように語らい、食事をし、そして考え込んでいる。
さまざまな人間が並ぶ海は障害物だらけ。
ランプの心もとない明かりの下、シャルルはきょろきょろと見て回る。
長いテーブルが数列並ぶ中を進むと、見たことのある後ろ姿を見つけた。
長い金髪が視線を奪う美青年。
いるじゃないか、ローレンツもリシャールも。キ・ギだってその隣に。
目が合い、シャルルが笑って手を挙げると、ゆっくりとリシャールが立ちあがった。
キ・ギも、ローレンツも。一度こちらを見たけれどすぐに元に戻る。無視しようとしいているみたいに見える。同じセネシャル、とはいえ。やはり壁は厚い。見習いは見習い。子供で、しかも女。
ごくりと唾を飲み込んでから「そんなこと」と勇気を奮い立たせ、シャルルは三人の傍に立った。

「その格好はなんです。ここは正式な場ですよ、はしたない。わきまえられないなら、帰りなさい」
リシャールの攻撃に、う、と一瞬心が泣くが。シャルルはふんと鼻息一つで勇気を取り戻す。
「元の服はどこかに行っちゃったんだ。仕方ないだろ。勝手に着替えさせたのはラン伯なんだから、文句言われる筋合いもないし。ラン伯もこの格好が好きみたいだし。ロンロンが」言いかけた所で、額をごつんと叩かれる。
「いて」
いつもなら、殴られる前によけて見せるのに。体調が万全でないことを改めて悔やむ。
「呼び方!」
「まあ、そう怒るなリシャール。シャルル、こっちに座りな。お前、それじゃ寒いだろう。ここで大人しくしていな。今は皆、お前に優しくしてやる余裕がないからな」
そう言いながらもキ・ギはやっぱり優しい。シャルルは示された暖炉のそば、キ・ギの隣に座り、少し高いテーブルにキ・ギの真似をして肘を乗せた。キ・ギとローレンツに挟まれれば温かい気がした。
「会議中なの?」
「ああ」
「戦争って、言ってた。そうなの?」
「……多分。詳しいことはまだ」

その時、奥の会議室の扉が開いた。
両開きの立派なそれの向こうからは、暖炉で暖められた空気と一緒にラン伯を先頭にした諸侯の姿。
立派な髭を生やした男、金の冠をつける男。緋色のマント、ロトロアもそこに並ぶ。
一斉に立ちあがったセネシャルたちは、一様に膝を床についた。
シャルルも慌ててそれに倣う。

彼らは特別な迫力を見せつけていた。
「待たせたな」
口を開いたのは中心に立つラン伯。その太く低い声はランプの炎すら揺らすように思えた。
「我ら、ランは。シャンパーニュ伯の任命により、ブルターニュ伯の援助に参集することとなった。ブルターニュ伯はルイ八世亡き後、幼いルイ九世を擁立することに反対なされている。フランク王国を治めるのには、ブーローニュ公が相応しいとな」
誰かが、ごくりと息を飲み。
シャルルの前に立つ大男は腰の剣に触れた手を震わせた。
「シャンパーニュとブルターニュの盟約により、五騎、つまりこのランを含めた五つの主要都市が招集される。そして、我がランからも五つの街に派兵の任を命じる。シノワール、シュレス、タブノフ、シーリーン、そして、このラン。他の都市には、その後の戦況により招集をかける。よいな」
セネシャルたちは黙ってうなずいた。
「指名された都市はここ、ランに残る。他は伝令を残し、それぞれの所領に戻る。この七日間、御苦労であった」
「我が主君に幸あれ。我がランに勝利あれ」
その場の全員の声がそろえば、シャルルはぞくぞくと震えた。

戦争。
かろうじて、ルジエは兵役から逃れた。だけどシャンパーニュは、ルイ九世に対して蜂起するんだ。刃を向け、王座から引きずり降ろそうというのだ。
ジャンが語るシャンパーニュ伯ティボー四世からは、想像がつかない。
だって、ブランシュ様と仲良しじゃないのか。ジャンは言っていた。ティボー四世さまは王家に協力したいんだって。
戦争を止める、ジャン、そんなことできるのか?
シャルルは知らず知らずのうちに、胸元にかけたネックレスを握り締めていた。
カペー家の象徴の百合が、小さい手にごつごつとした痛みを刻む。


不意にふわりと温かい何かが身体を覆った。
「シャルル、帰るぞ」
見上げれば、ロトロアが笑っていた。
緋色のマントは重く、温かく。憎らしいはずの笑顔は、なんで、優しい?
シャルルはなぜか泣きたい気持ちになる。

どこの誰とも分からない僕を、それと知っていて傍に置く。感謝しろとリシャールは語った。

ロトロアが肩を抱き共に歩き出すと、先ほどまでシャルルを無視していた多くのセネシャルたちが振り返る。ロトロアが笑いかければ、皆が笑い返したりお辞儀したり。

自分には何もないのだと思い知らされる。

「やけに大人しいな。叔父上に処女を奪われたか」
「ば、馬鹿っ!そんなはずないだろ!」
「そうか。それは良かった」
ぎゅ、と肩を抱かれ。
いつもなら殴ったりけったりの反撃のはずが、何もできない。すぐそばについてきているリシャールの視線は、じっと自分を見ている気がした。

「風邪引きなんだ、大事に扱えよ」
「じゃあ、こうするか?」
ふわりと、視界が回る。
目の前にロトロアの髭がある。抱き上げられ、慌ててバタバタしてみるが力強い腕が緩むはずもなく。
「病気の時くらい、大人しくしていろ。また熱が出るぜ」
笑いもせず言う。
その真剣な目に、シャルルは「ちぇ」と小さく呟いたものの、ロトロアの胸に火照った頬を預けた。
視界のいいその場所が、案外心地よいこともある。
たまには女扱いさせてやってもいい、とも思う。


城の中庭に出れば、夜闇に積もった雪が青白く光る。月が音もなく空にいる。
吐き出した息はふわふわと風に押されて頬に戻る。
「寒いか」
「平気。あのさ、ジャンが言ってたんだ。シャンパーニュ伯はブランシュ様の味方だって。なのに戦争するのか」
「味方だからこそ、と言っても分からんか。俺は反対した。だが、決断はテオバルドがする。我らルジエは戦時下に入った場合、シャンパーニュ伯領の産業の維持に努める。シャルル、戦争が始まれば港や運河、主要な街道を持つ都市は狙われる。伯は戦争より所領の繁栄、庶民の安全な生活を願っている。騎士としての武勲は敵を殺さなければ挙げることはできないが、我らの仕事の価値をシャンパーニュ伯はよくご存じだ。まあ、どちらにしろすぐにことは動かん。丁度近いこともある、お前を我が街ルジエに招待するぜ。いい街だ」

戦争。
経験のないそれは見上げる星空を隠そうとする雲に似ている気がする。
だけど。
都市の流通や庶民の生活を守ると言うロトロアの言葉は、雲の向こうにも星は瞬き続けるのだと、そう教えてくれるような気がした。

ブランシュやルイ、ジャン。久しぶりに会えたアン。さまざまな経験をしたランスへの旅。ロトロアに話したら、なんていうのだろう。
馬鹿にして笑うんだ、きっと。
笑ってくれる。
そう思えることが、シャルルを安心させる。
服越しに、ロトロアのあごひげを眺める。精悍な頬の向こう意外なほど長い睫に彩られた瞳が先を見据える。
何を、この男は何を見るんだろう。

ふと、目が会う。
面白そうに男の目が笑う。
ロイを、こいつはもしかしたらロイを救おうとしていたかもしれないんだ。この世に悪い人なんかいないと、そう言ったジャンを思い出す。

「あの、さ。僕、ランスに行ったんだ」


『La croisade de l'ange 2:Laon』~ランの風は苦く~ 了

続きにあとがきです~♪






ああ~!!

長かったですね(><)

いろいろと盛り込みたくて、こんな風になってしまった~。

ここまで読んでくださった方、ありがとう!!

さて。いよいよ次回からロイを探す冒険、という感じになってまいります。

でも、周囲は様々に動いていますからね。シャルルも一直線にロイのもとへというわけにも…。

歴史的にはルイ九世即位時の「シャンパーニュ戦争」と呼ばれている事件。

うむ~。もちろん、オリジナリティだらけになります(笑)

この時代の資料ってあまりないらしく、じつはジャンがのちに書いたルイ九世の伝記が大切な資料だったりするのです。
ジャン、えらいぞ!

さて、第三話。
La croisade de l'ange Chapitre 3:『Le havre ル・アーブル 』
一週間お休みをいただいて♪例のごとく4月12日の月曜日から連載開始です♪

お付き合いいただけると嬉しいです!

2010.3.29 らんらら
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楓さん♪

うひゃ~
歴史小説!!
という割に、大きなミスあるんです(笑
もう、過ぎた部分ですが。
でも、秘密(爆
読み終わったら、こっそり教えます。


史実をどう生かすのか、どうアレンジするのか。
難しいです、ほんと。
でも楓さんの言うとおり、面白いんですよね。

史実を織り込むことで、リアリティがでるし。史実は小説より奇なり、ってこと、多々ありますし。ぜひ、楓さんも挑戦してください~。
楓さんなら、もっともっと、綿密で面白いものを描いてくれそうです♪

シャンパーニュ戦争、きっと詳しい方には、あちこち破たんが見えるんでしょうが、小説内では何とかなっているかなと思います~。

楽しんで下さいね~!!

こんにちは

いやいやいやーーー
これは益々目が離せなくなってきました。
昔読んだ遠藤周作のマリーアントワネットを思い起こしました。

歴史小説、一度は書いてみたいんですよ。
司馬遼太郎、宮城谷昌光、僕の好きな作家さんには、歴史小説家がたくさんいてですね(^_^)

少ない資料を頼りに妄想を膨らませ、かつ史実に則しつつ個人見解を組み入れていく。この作業ってはんぱなく難しいと思います。でもきっと楽しいだろうなとも思います。それを見事にやってのけた。尊敬です。

また続きを読みに来ます。
楽しみだ!

藤宮さん♪

きゅ~んっ!!!
その後姿はっ!!!
ああ、柔らかな薄茶の髪、華奢で病弱な肩~♪

これほどまで作者に虐げられ、挙句第二章では出番一つなかった彼。このイラストで救われます~♪

大人っぽいシャルルもすっかり女らしく♪いい感じです~!!

そして!
三枚目の、その肩のっ!!前足の揃ったところにまた萌えポイントが♪
むふふ~♪ありがとうございますっ!
例のごとく、この幸せは皆に分かち合うためのもの♪
飾らせていただきます!

お許しをいただいたので早速

お許しを頂いたので、早速やってまいりました~!

予定が抜けて、時間ができたので描き描きしておりました。
ですので、かなり早いお届けになりますー。
お祝いなので、時間を置かない方がいいかなと。

いつも通り、URLに貼り付けておきますので、お時間のあるときにでものぞいてやってください~!
……相変わらず微妙な画力で、お祝いになるかどうか謎ですが(爆)

ではでは、今回はこれくらいで。
次の章、楽しみにしていますね~♪

松果さん♪

いらっしゃいませ♪
うふふ~

ロンロン。
そんなつもりはなかったのに、こんなに大きな存在に…
いえ、シャルルのつぶやきではなくて私ですが(笑

そこのところ、楽しめる感じにしますので~♪お楽しみに!!

おお~

v-278久しぶりにこちらにコメント。
シャルル、ロンロンを見る目が変わってきた?
それって新しい展開に期待していい?ドキドキ。

区切りのいいところなので、後でもう一回この章をまとめて読み直してみたいです。

藤宮さん♪

うふふ。
こんなところで切ってみました。
いろいろとまよったものの…ロンロンに再会しておくべきだろうと思いまして♪ちょっと甘いシーンで終わり(笑)

過去と未来をつなげる章としては、まあ、こんな感じかな♪

第三章では、シャルルもさらにいろいろと経験する予定!!楽しみにしていただけると嬉しいなぁ~!!

って、イラスト!!
お祝いだなんて~♪嬉しいっ!!
もちろん、要ります!!
誰かな!!誰かなぁ~!!!

楽しみにしてますねっ!!!今から誘拐する気満々ですから♪

おめでとうございますー!

ええーっ!

言ってしまいました。この終わり方は意外というかなんというか。
でも、色々シャルルちゃんの成長が見える章でしたね。成長のほかに、結構ショックな話もありましたけど……。

これから戦争と、ロイを探す冒険が始まるのですね。
なんにしても激動の時代、恋とか友情とか、そういうものを経験してシャルルちゃんがどう変わっていくのか……。

今から期待してしまいますよ~♪
新たな展開、今から待ち遠しいです。

なんにしても、一区切り、お疲れさまでした。
第二章完結おめでとうございます~!


何かお祝いをしたいと思いますが……久しぶりにイラストなんて贈ったり――

……って、勝手に言ってますが。
描いたらいります? イラスト……(汗)

何言ってるんだと思ったら、華麗にスルーしてやってください♪(爆)
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