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『La croisade de l'ange 3:Le havre』 ①

さて。第三章、シャルルの冒険はさらに続きます!

今回はプロローグ的に、ロトロアの街ルジエへ…。
少し長いけれど、どうぞ~♪


La croisade de l'ange Chapter 3 『Le havre:ル・アーブル、港に詩う』

1 

息を吸い込むと胸がきりりと痛む。
冬の朝靄は早朝の河辺で生まれ、真っ白な雪と朝日に浄化されて金色に輝く。馬が踏みしめる雪の音が響き、街道は誰の手だろう新雪が左右に退けられている。
シャルルは自分の息に鼻先をくすぐられながら、口の周りを覆った羊毛のストールを引きあげた。

シャルルが初めて自分の所領と言われるリタを通ったときには、白い雪が畑も川も、民家すら覆い隠してしまいそうだった。
どれがどう、リタ村なんだよ、と。ロトロアが指差す東から西を眺めて口を尖らせた。
「贅沢を言うな。この村の人々のおかげでお前は生活できているんだぜ」
「でも、実感ないし」
「お前が言っていた、ランスの手前。コルベニーの村くらいのものだ。礼拝堂が一つ、ほら。あの尖った屋根だ」
白いコブとなりつつある家々が並ぶ雪の草原の向こうに、わずかに鐘楼が見て取れた。早朝だが、働く人の気配が家々の吐き出す煙で分かる。

「案外、広いんだな」
「麦や葡萄は取れないが湖を持っている。魚と良い材木が採れる。森を多く持つ村は豊かだぜ。お前のランスにもあるだろう」
「うん。よく遊んだ」
「懐かしいか」
「意地悪だな。言っただろ、帰らなきゃよかったと思ったってさ。アンには会えたし、ロイの正体もわかったし。それなりに成果はあったけどさ」
「ふん。それはよかった」
隣で白馬ブロンノを操るロトロアは、顔半分を隠すストールの下で笑ったように思える。
「いい生活をさせてるんだ。修道院の孤児に戻りたいなどと言われては、情けないぜ」
それって。
「試したのか?」
何となくそう感じていたことをシャルルは迷いもなく口にした。
「何を」
「僕が、ランスに行って、それでもあんたのとこに戻るかどうか」
僅かな沈黙。目を細めたように思える男の視線に、なぜか見つめきれずシャルルは目をそらした。自然、口を尖らせているがそれはストールの下。

「だったらどうだというんだ?応えはお前が出したんだぜ。お前は俺の元に帰ってきた。それでいいだろう」
どうせなら、キ・ギと賭けてもよかったな。そう笑い、ロトロアが背後を振り返ればローレンツが不機嫌な咳払いで返した。心配させ怒らせたリシャールも「それでいい」の一言で済まされて納得できるのだろうか。シャルルに振り回された結果のリシャールは一人、聞こえないかのように先を行く。その背は真っ直ぐ、時折風に騒ぐ後ろ髪が凛とした存在を滲んだ雪景色に際立たせる。表情は見えないがシャルルが想像する彼は大抵無表情で不機嫌。心配させた張本人が口にできることでもないから、まだ冗談を言いながら笑っているロトロアの声を端に聞きながら、幼馴染の親友という二人をしばし見比べてシャルルはため息をつく。
「ちぇ」
結局、シャルルがランスに戻るために勝手に飛び出したことも、ランスでルイ九世にあったこともロトロアは黙って聞いていた。ごめんなさい、とまでシャルルが告白したところで初めて、ロトロアは「ランに戻る途中、ジャンに会った。一通りの話は聞いたぜ。ブランシュに甘えて泣きじゃくったこともな」とにやりとした。
照れに任せて、ジャンが言った「一通り」というのがロンダの父親のこともかとか、シャルルが変態少年王に贈られたドレスのこともか、とか。シャルルが聞き返せば、ロトロアは声をあげて笑った。
シャルルをランに残して帰路についた少年は、心配を口にしていた通りロトロアに弁明をしてくれたのだろう。シャルルの悪戯心から始まったそれも、結果的には大層な冒険になったように思える。施療院での出来事など、ジャンは自慢できるのだと主張していた。
何をどれだけ聞いたのか知らないが、にやにやと甘いものを口に含んだ子供みたいに笑うロトロアに精々神妙な態度で説明していた自分が馬鹿らしくなる。

「その、あんたはロイの敵だと思ってた。違うんだな」
「さあな。あの時お前の敵だったことは確かだがな」
抱きあげられたまま体調の悪さに勢いを借りた告解。ロトロアはずっと笑っていた。
ランで過ごした最後の夜、あの、戦争の報が届いた夜のことだ。


あの夜からルジエを目指して二日目。
陽の傾きかけた時間になってやっと灰色の石の砦を山肌に据える、ロトロアの居城に辿り着いた。
山肌に自然と沿う勾配、その先に作られた石造りのそれは城壁の背後を山肌に潜らせ、まるで母なる山地に抱かれている赤ん坊のようだ。
城壁の回りにめぐらされた堀には、山水だろう雪の隙間をサラサラと細い流れが見て取れる。水を得やすく、守りにも堅い、そういった印象だ。
堀に渡された石橋は自然の岩を積み上げたように見えるが巧みなアーチを描いていた。
城壁の左右を守るかのように塔が立ち、今も幾人か見張りの姿が見える。

伝令としてキ・ギをランに残したため四人で進んでいたが、途中、年季明けで家に戻る衛兵に出会った。二人はロトロアの護衛を申し出て側に付き、今は六人。
夕刻の薄暗い雪明りに照らされる城門をくぐれば、門番にも駆けつけた馬番にも「お帰りなさいませ」と恭しく挨拶をされた。

城の中庭には松明が焚かれ、城壁の根元に寄せられた雪がドロドロとした茶色になっている。そのそばでは衛兵たちが武具を整備したり馬の世話をしたりしている。
兵たちはロトロアを見れば慌てて立ち上がり、姿勢を正す。
「ご苦労」
「お帰りなさい」
兵たちの視線はロトロアから順に、ローレンツ、リシャールと続き、最後のシャルルで留まって「だれだ」と釘付け。シャルルの歩みに合わせて疑問符を浮かべた表情がついていく。
それらの視線に少しばかり目をそらす自分が、情けない。紹介されたとして、きっと皆の疑問はさらに強まるのだ。
僕が決めたんじゃない、ロンロンが勝手にセネシャルにしたんだ。
文句ならロンロンに言ってくれ。
シャルルは誰かの視線と目が会うたび、そう心の中で念じていた。

「案外、人が少ないね」
シャルルの素直な感想に、リシャールが「冬場は家内での作業があります。若者を意味もなく城に引きとめることはありません。それでもひとたび、この城の鐘が鳴り篝火が焚かれればルジエの各地から、いつでも兵が集まります」と、寒さは平気なのか涼しげに語った。
「ふうん」
城の生活の維持に必要な最低限の人数。一回の徴兵は四十日間までと決まっているから、交替で務めに来るのだという。シャルルは自然ブリュージュの生活を思い出す。あの屋敷にいたものは他に家を持たず、一緒に生活していた。さまざまな雇われ方があるのだ。

素朴な石積みの壁が囲う通路を進み、響く足音と所々に焚かれるランプを眺め進む。城の奥、緋色の垂れ幕を幾重にも重ねた部屋が見え。
ああ、やっと、目的の場所らしい、とシャルルは前髪から滴った雪解けの雫を手で払う。不意にロトロアが振り返った。
「シャルル。お前に部屋を用意した。そちらで休んでいろ。食事には呼びに行かせる」
そう言われ、ロトロアの指図でシャルルの前に「ご案内します」と女中が立った。
シャルルだけだ。囲む大人たちは無表情にシャルルを見送る体勢。
「僕だけ?」
小さく呟いた抗議も、誰もが無視する。訴えに応えてくれるキ・ギもいない。
「こちらへ、シャルル様」なんて、にこやかな女中に仕方なくついていく。
振り返ったとき。
「口が尖ってるぜ、シャルル」
とロトロアが笑った。

まあ、いいけど。セネシャルの仕事とかよく分かんないし。僕は騎士になりたいだけで、ジャンみたいに誰かに仕えたいとか、家族を守りたいとかさ。ないし。

「お寒かったでしょう。暖炉には火が入っております。どうぞ、ゆっくりなさってください」
自分と変わらない年齢の女中は、深い緑の瞳をくるりとさせてシャルルに笑いかけた。
「ありがと」
ただ。なんで、僕だけ仲間はずれなんだ。
そこが何となく気になるシャルルは口を尖らせたまま。
「あの。どこか、お気に召しませんでしたか?私、シャルル様のお世話を申し付かっております、ラージェルです」
少女は逆の方向に首をかしげる。
それが、可愛らしい仕草だと分かっているかのようにわずかに上目遣い。
シャルルは愛くるしい子犬のようなそれに苛立ち、ふん、と溜息。
「いいから、一人にしてくれ。考えたいことがあるし」
冷たく突放すそれが、ますますラージェルの何かを刺激したらしい。少女は瞳を潤ませた。
手は、胸の前でしっかりと組まれている。
「シャルル様。お噂は、お聞きしております。最年少のセネシャルで、まだお若い故にロトロア様の従騎士でいらっしゃる。伏せられていても、きっと高貴な家系のお方だと、皆存じ上げております。私のように、未熟なものがお側仕えではご不満でしょうけど、あの」
見開いた目を、二回瞬きしてシャルルは平常心を取り戻す。
何の、誤解を受けているんだ。泣き出しそうな少女の声は拾った時のクウ・クルを思い出す。シャルルは脱いだマントを手にしたまま、茫然と少女を見つめる。
「あの。私、シャルル様にお仕えできて光栄でございます。ご要望は何なりとおっしゃってください」言いながら、ラージェルはシャルルのマントを受け取った。

ああ。
手にした温もりを嬉しそうに壁に掛ける少女の後ろ姿に、シャルルは溜息を吐く。
「僕も、歳が近い君でよかったと思ってるよ。いいから、一人にして欲しい」
「はい!」と。少女の声は急に明るくなる。くるりと背を向けると部屋を出て行った。

少女がいなくなり、シャルルがベッドに突っ伏すと、荷物に隠れていたクウ・クルがこっそりと出てくる。シャルルをからかうように頭に上った。
髪の上で尻尾をぶんぶん振られて、
「クウ、うるさい」
一声に案外素直にイタチの重さが体から去り。すぐに、伏せた顔の脇に獣の匂い。嬉々とした声を上げてシャルルの首元とシーツの隙間を発掘し始める。
「くすぐったいぞ、こいつ!」
抱き取って、仰向けに寝転べば、腹の上でイタチは嬉しそうに身体をねじる。からかう指先にじゃれて噛みつく真似をする。
「お前。どう思う。僕のこと、高貴な人だってさ。どういう噂が広がってるんだか。大体、あの子、絶対僕のことを男だと思ってたよな」
高貴な同年代の少年に対して、お仕えできて光栄なんて言うんだから、それは意味のある言葉だ。ラージェラの期待を裏切るのが可哀想になって、つい、かっこつけた「君」なんて呼び方をした。今になれば気恥ずかしい。
いっそのこと、あの時の蒼いドレスを着て夕食に出てやろうか、なんてことも考えたが。
一人で着られないことを思い出せば妙案らしきはすぐに立ち消えた。

柔らかな、綿入りの敷布。枕もふわふわで、そこに頬をつけて眺める部屋の様子は燭台の蝋燭を透かし金色ににじむ。
天井の高い、清潔な部屋。この部屋自体は女性向けなのだ。でなければ手摺付きの寝台ではないだろうし、置かれた房飾り付きのクッションも綿入りのキルトカバーもなかっただろう。
壁際には珍しい箪笥。飾られた馬の人形とそれを映す鏡。優美な曲線を描く縁飾りを備えた鏡は、よく見れば自分が映る。暗がりのベッドで横たわる。
獅子の子とか。
言った人もいた。
少し大きすぎる菫色の瞳は、蝋燭の揺れるに合わせて緩やかに光って見える。
われながら気持ち悪い、と。不機嫌な結論に達するとシャルルは溜息と供に起き上がり、旅の装束を着替える作業に戻る。

すっかり軽装になり、寒さをしのぐために箪笥にあった毛織物のストールをぐるぐると肩から巻きつけ、窓からの景色を眺める。
わずかなノックの音の後に、ラージェラが顔を覗かせた。
「シャルル様、皆様広間にお集まりです。ご案内いたします」


広間。シャルルの部屋から、一階に降り、先ほどロトロアたちと別れた緋色の幕に覆われた部屋のさらに奥。
温まった空気が肩や頬を溶かすように感じられる。
両開きの扉が開かれ、傍らでラージェラが一礼し送り出す。
二人の衛兵の間を抜け、正面に見える長テーブルへ。ここへ、とリシャールが声をかける。
テーブルの端には、もちろんロトロア。
普段見たことのない冠らしきを頭に据えて、髭を剃っているから一瞬誰かと思う。
向かって左側に七人ほどの男たち。白髪のものもいれば痩せた若い男もいる。右側には、リシャールとローレンツ。あと、衛兵たちと同じ、緋色のスカーフを襟元に巻く男。衛兵の長だろうか。シャルルはリシャールに言われるまま、向かって右側の真ん中に座った。

「シャルル・ド・リタだ。俺がランスで拾った、将来有望な騎士見習いだ」
はっきりとした口調の割りに、中身のない説明をしたのはロトロアだ。
シャルルは皆の視線を受け、頭を下げる。
「シャルルです。宜しくお願いします」
顔を上げて改めて目の前の大人たちを見れば、わずかに眉をしかめるもの、本当に子供だ、と笑うもの。さまざまだ。
シャルルは腹に力を入れる。
「いずれっ!立派な騎士になって見せます」
宣言したシャルルにロトロアが噴出した。腹を抱え苦しげに手をひらひらさせた。
「シャルル。この場にいる皆が、ランスでの作戦を知っている。お前が何故ランスから連れてこられたかもな。セネシャルなどという肩書きをこの顔ぶれの前で気にすることはない。肩の力を抜け」
ローレンツの咳払い。リシャールは無視している。

「シャルル。我らは先ほどまで、お前の処遇について話し合っていた」
ロトロアは手にしたワインをゆったりと口に運ぶ。シャルルは目を丸くして、立ち上がった。
「どういうことだよ」
「お前が結んだ、ブランシュとの契約のことだ。……リオネット」
呼び名についてまでジャンが話したのだろうか、いや、わずかに目を細めてにやにやする主君の態度からすれば。訝しく思い見回せば、視界の隅でリシャールが羊皮紙を丸めているところだ。
「あ、契約書!いつの間に盗んだんだよ!僕の荷物、勝手に見たのか!?」
「報告すべきを抱え込むようでは、困りますからね。フランドル伯からのお手紙も隠していたでしょう。ロトロア様にお渡ししておきましたよ」
あ!
リシャールの涼しげな顔にシャルルは思い切りしかめる。
「自分で渡すつもりだったんだよ!隠してなんかない!」
「では、私が取り出しても問題はないのでしょう?怒鳴るのを止めなさい。子供の声は耳に響きます」
「どうせまた、ワインの飲み過ぎで二日酔いなんだろ、僕のせいにするな」
音を立ててリシャールが立ち上がり。二人は睨みあう。
「いい加減にするんじゃ、二人とも」
ローレンツのいつもの咳払い。
くくくと、静まったそこにロトロアの低い笑い声がもれ。
「リシャール、お前はシャルル相手だとやけに感情的だな」
面白そうに幼馴染に揶揄を飛ばすロトロアの声は張りつめた空気を緩める。常に泰然とした様子のロトロアは、確かにこの城の主君なのだろう。
言われて皆、改めてキレ者と噂高い美青年を見つめなおす。
「な、なにを、ロトロア様」
僅かにひるんだ青年に、正面に座っていた男が髭を撫でつつ、「美神の彫像と呼ばれた男が二日酔いか」と笑った。
「リシャールのことだ、また女がらみだろう」
「リシャールでも女で悩むのか、それは面白い」
次々に揶揄され、リシャールは子供相手につまらない真似をしたと後悔した様子で椅子に身を沈める。
「色男のリシャールを悩ませるなど女冥利に尽きるだろ。シャルル」
ロトロアの言葉にもシャルルは勢いのまま噛みつく。
「いらないそんなの。ミョウリって何?」
「確かに悩ましいですよ、面倒ばかりで。ですが、それはシャルルが女ならば、でしょう。ロトロア様がどうお考えか分かりませんが、私にはシャルルが女性の範囲であるとは思えません」
とリシャール。そこには大きくシャルルも頷く。
「そうだよ。それは正解」
「なんだ、そこで意気投合か。分からん理屈だな。話を戻すぞ、シャルル。お前も座れ」

ちらりと見回せば、目の前の白髪の老人はまたもとの真剣な表情に戻っている。その隣の痩せた男も。その隣も。皆がロトロアの様子を真剣に伺っていた。
ロトロアは一人、笑いながら悠然と手元のオリーブの実に手を伸ばし口に含む。全員の意識が静まり集中するのを見計らったように、種を出すとゆっくりと手を拭き、口を開く。

「なあ。シャルル。お前とブランシュとの密約は利用価値がある。我がシャンパーニュは仕方なくブルターニュに協力することになった。だが、伯の性格からすれば本音は平和主義。カペー王朝を覆そうなど毛頭望んでいない。我らシャンパーニュがやりすぎないように、お前の契約を利用して宮廷との調和を図る。分かるか」
戦争する相手と、調和。
「それって、ブルターニュ伯を裏切るってこと?」
「もともと仲良しではない。当然、どの諸侯もやっている駆け引きに過ぎない。諸侯同士の密約は必要以上に事を大きくするが、お前とブランシュとの個人的な密約は瑣末な問題として切り捨てることもできる。問題が発生すれば、女子供のお遊びだと割り切れるからな。シャルル、宮廷とどう連絡を取り合う手筈になっているんだ」
「お遊びって、さー」
「じゃないか?その胸のペンダント、いかにも女が考えそうなことだろう。案外似合っているがな、リオネット」
シャルルは胸のペンダントを握り締めた。
ロイの手がかりだ。大切なんだぞ。
膨れる頬をロトロアが面白がるから、シャルルは気を取り直して話しだした。
「あの。ブリュージュのバイイ、グレーヴさんを通じて手紙で連絡し合うって。ベルトランシェが言ってた」
ざわ、と。席上の男たちが呻いたり、何か呟いたり。
「ほう、近衛騎士団長、あれが直接世話をするのか」
「それはそうだろう。ブランシュのお遊びとは言え、シャンパーニュとの間に密使を持つようなもの」
「向こうはこちらが利用することも、承知ですね」
リシャールの声にロトロアが頷いて、男たちは鎮まる。
「シャルル、お前はブリュージュにいたほうがいいということだな。あの街はカペー家の領地。戦争を仕掛けるのだ、お前やリシャールを残すのはどうかと思っていたが」
「ロトロア様。お任せください。我がルジエにとっても抑えておきたい拠点のひとつです。私が責任を持って維持します」
お前には側にいて欲しかったのだが、と。わずかに眉をひそめるロトロアにリシャールは目を細め。それでも、「ブリュージュ港から内陸にもたらされる資材は、シャンパーニュにとって重要でしょう。王領とはいえ、あそこは自治区も同然。ブルターニュからは離れておりますし、当分は安全でしょう。どうか、お任せください」
そう、にっこりと微笑み返されると、ロトロアはいいだろう、と頷いた。
「シャルル。今はまだお前の出番はない。お前はロイを探すことに力を注げ。王宮とのやり取りに迷ったなら相談しろ。お前は馬鹿だが道理の分からない子供ではないだろう。我ら、シャンパーニュは本心では国王に協力したいのだ。それだけは忘れるな」
つまり。ブランシュに協力するつもりで臨めばいいんだ。
シャルルは深く頷いた。馬鹿じゃないけどさ、と一応呟きながら。

「よし、そうと決まればまずは、食事だ。腹が減っただろう。皆、これからを思うならば、今、腹を満たしておけ」
言いだしたロトロアが有無を言わせず、隣のリシャールのグラスにワインを注ぐ。
「酔って口が滑らかになったなら、リシャール。得意の詩でも聞かせてくれ」
「そうだな」
「女の話でも構わんぞ」誰かが言う。
「やめておけ、リシャールのそれはくどいぞ」
笑い声が沸き、男たちは酒を飲む。
シャルルも、ローレンツが取ろうとした肉をささっと横取りし、抗議に負けず口につっこんだ。
「美味しいっ」
「お前、ジョストで大男を倒したって聞いたぞ、すごいな」
正面の男が笑って話しかける。
「うん。ひらっとね、身軽だからさ、僕」
「終わってからは震えて立てなかったくせに」なんて、リシャールの小さな嫌味など無視だ。
「そうか、お前はランスで育ったと聞いたが、もしやラエル修道院の出か」
「そう、知ってる?」
「ああ、あの修道院の院長は剛腕で知られているからな。森の中で孤児を育て、ランスの兵隊に使うそうだ」
「そう、男は成人したら大聖堂で働くんだ。でも僕はそういうの嫌なんだ。ランスから出たかったんだ」
読み書きだってちゃんと教わるんだよ、と身振り手振りで話すシャルル。
手にした骨付き肉が一緒になって振り回されるから、止めなさいといつも通りリシャールが叱り。ローレンツは無視しようと黙々とスープを口に運ぶ。
ロトロアはそんな皆を眺め、笑いながら三杯目のワインに手を伸ばす。

腹を満たした男たちは、立ち上がると歌い始める。
リシャールが小型のハープをかき鳴らし、アーサー王の詩の一片を語れば勇猛果敢な騎士を讃えるそれに、幾人かが剣を抜き、くるくる回りながら演じて見せる。酔ってよろめくそれに笑いが起こる。
「イゾルデ!今宵我が手に」と一人が叫び、シャルルの手を引こうとするから、「嫌だって!」と叫んで振り払う。
「おお、愛しの我が君」とさらに後を追う手をするりとすり抜け、一人窓辺に立ち宴を見守るロトロアの脇に立った。
「踊ってやれよ、シャルル。皆、我らの帰還を心より祝しているんだぜ」
「嫌だよ、馬鹿らしい。だったら主役のあんたが行けば。イゾルデの振りしてさ」
ぶ、と気味の悪い想像に噴き出すと、ぐんと頭を押さえられる。
「お前ほどにはドレスは似合わん」
「僕だって似合わない」
「着て見せろ。もらったんだろ?」
「嫌だ。それに串刺しだし」
「なんだ?」
「コルベニーで矢が刺さっちゃったから穴が開いてるんだ。ほら、偽修道女のこと、言っただろ」
シャルルとジャンの初手柄だ。
「ん、ああ。……その女は強かっただろう」
「う、まあね。でも僕が勝ったんだ。あいつ、クウ・クルを殺そうとしたんだ。だから、許せなくてさ」
ホント、無事でよかったよ。とシャルルは足元でくつろぐ親友を見つめた。
「ふん、そうか」
「大体、僕があんたのセネシャルだって聞いて、妬んで怒りだしたんだ」
「あいつはそんなことは最初から知っていただろ。ランでお前の槍試合を見ていたんだ」
ロトロアの差し出した指を、クウ・クルは警戒して動きを止めた。触ろうとすれば、体をごろりと横たえて、噛みつくぞと牙をむき出す。基本的に仲が悪い。ロトロアはそれをさらにからかう。
「それにあれは、今更身分がどうので文句を言う奴じゃない」
「でも、貴族は恵まれてるって怒ってさ。クウ・クルを掴んで投げたんだ。びっくりした」
「掴まれて、投げつけられたか」
「そうだよ、死んじゃったかと思った」
思い出しても腹立たしい、親友が遭遇した災難には今も胸が痛む。無事でいてくれてよかったよほんと、そう親友を抱き上げるとぽんとロトロアの手が肩に乗った。
「まあいい。あれも、そこまでだったというわけだ」
「なんだよ、知り合い?」
「さあな」
「教えてくれてもいいだろ!リノーラ・パダムっていう女だよ」
「今更知ってどうする。あれは死んだのだろう」
「そ、それは、そうだけど」
知り合いなのだとして。ロトロアが表情を変えないからには、その死が彼にとってどういう意味なのか分からない。ロトロアと同じくらいの年の女だった。
そこにはいない女の香りがしたような気がして、シャルルはくすんと宙をかいだ。
ロトロアとジャンヌの関係といい、リノーラを知っている様子といい。想像しきれない男の過去や経験はシャルルの眉に不機嫌な縦しわを刻ませる。
「あのさ。あいつ、強かったよ。敵に囲まれて、一人きりで。僕に勝っても死ぬしかないのに、そんな気分ってどんななのか想像もできないけど。騎士って、人のために命かけてさ、なんか救われないっていうか」
初めて本気で誰かと剣を交えた。殴る蹴るとは違う怖さを思い出す。
「つまらんな」
「何がだよっ。ドレスは着ないぞ」
「穴が開いているならさらに面白いだろ。着ろよ」
「やだってば!」

肩に巻きつこうとするロトロアの手を振り払うと、シャルルはかすかに冷気を運ぶ窓に顔を近づけた。
部屋の窓から見える景色は雪に半分ふさがれている。解けたそれが鋭い氷柱となり、まるで怪物の口の中から外を見ているみたいだと、シャルルが呟く。
「城という怪物か」
「うん。居心地のいい怪物。あったかくて、美味しいものがあって、僕は守られてる。詩人だろ?」
「怪物にとってはお前が旨いものだな」
怪物の牙よろしくロトロアは手のひらでがぶりとシャルルの頭を掴む。
「痛いってば」牙を両手でつかめば目の前にロトロアの瞳。
長いまつげ、漆黒の。
「どうした?」
「なんでもないよ」と、牙から逃れる。
僕は旨いものなんかじゃない。ただの、孤児なんだ。

シャルルを見透かしたように、ロトロアは意地の悪いことを口にする。
「俺に聴きたいことがあるんじゃないのか?」
「なにそれ」
「ジャンヌの手紙。内容を聞かないんだな」
「え、ああ。あれ」
フランドル伯ジャンヌから、ロトロアにあてた手紙。
「別に、どうでもいいからさ」
「無理しなくてもいいんだぜ?気になるだろ。ランスでは会えたのか?」
「だから、どうでもいいってば!」
もう寝る、と一人背を向けるシャルルをロトロアは首をかしげて見送った。


翌日から三日間、ロトロアも他のセネシャルたちも会議ばかり。シャルルはやはり放っておかれ、仕方なくロトロアの部下たちと剣術を競ったり、槍試合をしたり。天気のいい日には鹿狩りを楽しんだ。
馬番頭には馬の話を聞き、倉庫番には剣の磨き方を教わった。まだ、自分のがないんだと言えば、選び方のコツを教えてくれた。
夕食はいつも皆一緒だ。ローレンツに言わせれば、「ロトロア様にとってセネシャルは家族のようなものだから」ということらしい。
三日目の夜。いつものように一番最初に腹を満たしたシャルルは口なおしの凍った葡萄を一粒口に入れると、席を立とうとした。
「シャルル、明日ここを発ちます。ロトロア様とはしばらくお別れですよ」
袖を引いたのはリシャール。毎晩、食事には必ずと言っていいほどリシャールの隣に座らされ、だからつい早食いになる。リシャールはあのランでの喧嘩以来、涼しげな顔をしているけれど決してシャルルに笑いかけはしなかった。
そうなるともう何を考えているのか分からず、シャルルにとって最も苦手な人間になっていた。
「う、うん。分かった」
立ち止ったシャルルの隣、リシャールも立ち上がり。
ロトロアの方に向き直る。
「我が主君。明日、早朝にブリュージュに向かいます。我が君のご武運をお祈り申し上げます」
「ああ、リシャール。気をつけて行けよ。面倒をかけるが、ついでにそれも世話してやってくれ。折あらば、俺も顔を出す」
ロトロアが笑って立ち上がり。リシャールは深く頭を下げる。
一緒にぺこりと礼をすると、シャルルは何か言うべきかと迷う。
「シャルル」
ロトロアの声に顔をあげれば、脇に来ていたロトロアの側仕えの女中が剣を差し出した。
銀の柄には黒い革ひもが複雑な模様で巻かれ、よく見れば獅子紋の剣に似た獣が立ち上がる様子が描かれている。
鞘は同じく黒く染めたなめし皮を縫い合わせたもので、手に取れば予想以上に軽い。
「お前の身長にはまだ少し長いが、いずれ丁度良くなるだろう。振り回しやすいように重心を剣先に寄せてある」
「なんか、軽い」
「軽く感じるのは俺の剣を持ち慣れたからだ。おかげで少しは腕に力がついただろう。肩や肘に負担がかかるようならリシャールに見てもらえ。女の腕力や特質はよく分からんが、ある女騎士が同じバランスにしていた」
「ふうん。女騎士って、誰?」
「いい女だ」
そういうこと聞いてないだろ、呟きはリシャールの冷たいひと睨みで口に封じ込める。
顔を改めてロトロアに向け。シャルルは膝をついて最敬礼。
僕だってそのくらいできる。
「恐れ多いお心遣い、謹んで賜ります」
「お前が十七の年を迎えた時、まだ騎士になりたいなら叙任してやろう」
「はい。絶対騎士になります」
立ち上がり、シャルルは改めて手の中の自分の剣を見つめた。
手につるり触れる獣の頭。
よく見ると、どこかで見たような?
「あの、これ、獅子じゃないみたいだけど?」
「お前の親友、イタチだ。ぴったりだろう」
「ええええ!?クウ・クル?もっと強そうなのがよかったのに!」
笑いが起こり。テーブルの下で鶏肉のかけらをくわえていた白イタチが顔をのぞかせる。
それがシャルルを見つけ駆け寄り肩に乗れば、男たちは更に笑った。
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chachaさん♪

あははは!!!
ごめんなさい~(^∇^)
第二章のラスト。あの続きを期待していらしたのねん~。(←誰?)
説明が長くなってしまうから、回想でごまかしました♪

ロンロンとこれまでで一番、甘いシーンでしょうか?
その勢いのまま、ルジエにご招待しちゃいました。

第二章、ばたばたとあわただしく物事が積み重なってしまったから。
ちょっぴり休憩、という感じかな。

さて。ロイを探す旅。
うふふ~。楽しみにしてください~♪
第三章…いろいろと。
はい。シャルルも大人になる段階に来ています~♪

ひゃ~♪

第二章、終わって。
そこで終わろうとも思ったのですが、らんららさん。あの切り方はずるいです、気になってやってきました(笑)
ロトロアに怒られるかな?冷たい目でも向けられるかな?なんて、ほんの少しだけ心配でしたが…やっぱりロトロアはロトロアで^^
安心しました♪
まさか、シャルルがランに行くのもお見通しというか、行かせたようなもの?うーん。ロンロン、一枚も二枚も上手だわーさすが☆

リシャールの今後も心配なのですが…きっとロトロア知らないだろうし…
それでも。シャルルたちが無事帰ってきたと知って、手をあげずに抱きしめたシーンには不覚にもうるっときました;;
その後はまたいつも通りに言い合いしてましたけれど(笑)
でも、うん。シャルルにジャンという親友が出来たこと、本当に良かったです♪
でも…ジャンヌの子供じゃないってこと、私も一瞬信じられなくて。ロトロア、頭もいいし勘もいいから、シャルルの変化に気づいているのかな?
普通なら手紙見せろって言ってそうだもの。
そこは、またいずれわかる時がくるのを楽しみにして…

さて。次回からはいよいよロイの捜索開始なるか…?
また来ますっ♪^^

藤宮さん♪

ありがとうございます~♪
そうです、ロンロンとはちょっと離れて。冒険の始まり!!
リシャール…こんな怖いキャラのつもりはなかったのに。すっかり私の策略で何考えてるんだか…?的な感じです(笑

どんな展開っ!!ああ、かなり大筋は決まっているのに仔細が気に入らなくて微妙に迷い道。
がんばります~!!

新章ですね!

待ちに待った……という感じでやってまいりました!

第三章ですね!
ロイを探す旅の始まり、ですよね。
まだかすかにしか戦争の気配は感じられませんが、言葉の端々に不穏なものが……。

ロトロアから贈られた剣、獅子かと思ったらイタチとは!
イタチの剣……ある意味シャルルちゃんにはぴったりな気もしますが、なんだか馬鹿にしている気もしないでも(笑)

なんにしても、一度ロトロアと離れて、行動開始ですね!
リシャールさんが微妙に怖いですが、一体これからどういう展開が待っているのか。

またこそこそっと、じっくり追いかけていきますね♪
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