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『La croisade de l'ange 4:Paris』⑯

La croisade de l'ange Chapter 4 『Paris:天使の聖戦』

16

ロイはどうなったんだろう。
不安がよぎる。あのランスでのすれ違い。二度と、会えなくなるような。
ロイ。
涙がこぼれかかって、シャルルは首を振った。座席に擦り付けた頬が少し痛んだ。
泣いてる場合じゃない。二度と会えなかったとしても、ロイが無事にイングランドに渡れたらいいんだ、だとしたら。
開かれたままの馬車の扉。横たわる自分の足の向こうに、作業を進める二人が見える。
シャルルは体を起こした。火を起そうとしているリシャールがこちらに背を向け、作業に没頭していた。その背中、無防備なそれに蹴りでも、と思い立つ。
と、目の前を影がふさいだ。
「なんだ、起きたのか」
ロトロアだった。
シャルルの顎に手を伸ばし、強引に掴んだ。
「は、離せ!」
「しゃべると舌をかむぜ、お前」
何かが突き出され。口元に押し付けられた。
「なに?」言いかければ強引に押し込まれる。
「ぬぐっ!?」
暴れても、突っ込もうとする手は止まない。
「ハムだ、美味いだろ?どうだ、餌をもらう気分は?」
ぐ、と。口中をハムだらけにしてシャルルは睨んだ。
こいつ。
睨みつつ。もぐもぐと食んで飲み込む。空腹は、空腹だ。
それが面白いのかロトロアは声を上げて笑った。
くそ、心中で毒づきながら肉塊を飲み下したシャルルに、ロトロアは水を差し出した。
「飲めよ」
「なんのつもりだよ」
「餌」
シャルルが口を尖らせ睨みつけると、「あ?ワインがよかったか?あるぜ」とからかって目の前で飲んで見せる。
「なんだよ!そんなことより、ロイを」
強引に塞がれた口、ワインの匂い。
暴れても、芋虫状態のシャルルにはどうしようもない。
口移しに何度も飲まされ、むせたりこぼしたりと散々な状態で、胸元をワインの赤に染めてシャルルはぐったりと力を失った。「酔っ払ったのか?このくらいで」
ロトロアは笑って、シャルルを座席に転がした。
「食ったら寝ろ」
ばか、ばかぁ。
小さく恨み言を呟くシャルルを背に、笑い声をあげながら男は離れていく。

ろくでも、ないぞ、ロンロンのやつ。
くそぅ、絶対楽しんでる、あいつ。
こっちは、必死なのに。
悔しくて涙がこぼれた。
それのせいなのか日が暮れてきたのか。視界は暗がりに沈んでいく。

縛られた手が今更のようにじわじわと痛んだ。
暗がりの中、シャルルは目を閉じる。
お前に我らは殺せない、そういったリシャールを思い出していた。その通り、あの時。躊躇した。剣を構えてくれたならまだ、やりようはあった。
戦意のないことを示されては、騎士としても、人としても。まして、弟子としてなら尚更、リシャールに刃を突き立てることはできなかった。

剣はリシャールに習った。乗馬も、槍も。馬鹿ですねお前は、それが口ぐせだった。
本人以上にシャルルの容姿を気にかけ、この色が似合うと服を選び、髪もいつも切ってくれた。風邪を引けば毒づきながらも面倒を見てくれた。毎日、世話を焼いてくれた。
港町ブリュージュに、時々尋ねてくるロトロアはいつも笑って冗談を言った。狩では見事な弓さばきで兎や鹿を獲った。森での野営、焚き火、肉の焼き方。生き物に対する姿勢や人としての在り方、政治、流通、町の発展。様々なことを話してくれた。世の中を教えてくれたのは、ロトロアだ。時に強引で腹立たしかったけど、間違ったことは言っていないように思えた。
ランでの槍試合。勝って嬉しかった。キギが、あの時言ったんだ。
それでこそ、ロトロア様のセネシャルに相応しいと。それが誇らしかった自分を思い出せば、胸が痛んだ。
殺したくなんかない。恩を忘れているわけじゃない。
確かに、確かに僕はあいつの側近だったし。
あいつらの仲間だったんだ。

分かってるけど。
ロイを失うことは出来ない。
涙が溢れた。
閉じたまぶたを押しのけるようにこぼれていく、だからシャルルは濡れた目を座席に押し付けた。どれくらい泣いていたのか。そのまま眠ってしまったような気もする。
すん、と鼻をすすり、痛む肩を何とかしようと身体を動かす。柔らかな敷物らしきに当たって、濡れた目をごしごしと擦った。
「シャルル、起きたの?」

ロイの声、だった。
驚いて顔を上げた。
とたんに、縛られている無理な体勢にトンとまた伏せて。それから、今度は足をちゃんとつけて、勢いよく上半身を起した。
暗がり、だけど。
「ロイ?」
そこにいる。
「シャルル、すまない。私も捕まってしまった」
「そうか。大丈夫?」
「君のほうが平気ではなさそうだよ。泣いていた?声が」
「ん、大丈夫。ロイがここにいるし」
もぞもぞとロイも縛られているのだろう、擦り寄ってくる。
「ロイ」
「こちらにおいで」
肩に寄りかかろうとして、それは当てが外れた。
ぽてんとロイの膝らしきに倒れ掛かる。
「あわわ」
「いいよ、そのままで」
そういわれると、甘えたくなる。ロイの膝は温かかった。側に、白イタチの気配もあった。
「サールは?」
「シャルル、いいけどその。すりすりするのは止めて欲しいよ、くすぐったい」
「それはクウ・クルだよ、僕じゃないってば。あの、サールは?あの吟遊詩人」
「あ、彼も掴まって外にいる。ロトロアたちと知り合いみたいだね」
「うん。シャンパーニュの斥候なんだって。あれで。僕とは友達なんだけど、でも味方してくれるかは。よく分からない。大人は嘘をつくから」
「助けようとしてくれたよ。彼に言われた。君を大事にしろ、とね。そばに置いて決して離すなと。身分が高いとはそのまま力なのだから、その力は愛するもののために使えと」
「ふうん。なんだろ、サール」応援してくれるのかな。
「彼も、大切な人がいるんだと言っていた」
「し、誰か来るよ」
石を踏む靴音。近づく松明。
扉が開かれた。
ベルトランシェだった。

「大人しくしてくださいね。ロイ様も。これから砦に向かいます」
「警備線の砦?」シャルルが問えば、青年は美しい顔をゆがめた。
「ええ、仕方ありません。誰かが馬を殺したので、狼が集まってきています。ここで一晩明かすのは難しいですし、パリより砦のほうが近いですから。まったく、面倒な子ですね、シャルル」
「僕は殺してない」
「同じです。動けない馬はロトロアが絶命させました。罰にお前を馬の屍骸と一緒に置き去りにすると言う案もあったのですが。お前の主人はそれを許しません。まったく」
馬の屍骸と狼の群れに置き去り、どういう神経だ。
シャルルは顔をしかめる。
「馬鹿な真似は許しませんよ、シャルル」
そういって、乱暴に扉を閉めた。
逃げないようにと外から扉を紐でくくる音がした。

二人は馬車の窓ににじり寄って、じっと外を見つめた。暗がりの中、焚き火の明かりで作業をする近衛騎士やリシャールの姿が見えた。サールはやっぱり縛られて、馬に乗せられたところだ。
そのうち、馬車が動き出し、シャルルたちはパリの警備線の砦へと進み始めた。
揺れる馬車の中、二人は互いに寄り添った。
「シャルル、ワインの匂いが」
「うん、ロンロンに飲まされた。あいつ、馬鹿だから。僕を飼い犬みたいに扱って喜んでるんだ。おかしいよ」
こつんと、ロイの額がシャルルのこめかみに当たる。
「ロイ?」
「何か、された?」
不覚にもつい、体がぴくりと反応する。
「シャルル?」
「ええと、その。キス、された」
それ以前の、は。言えるはずもない。
シャルルは胸の奥が変に熱いのを、ワインのせいだと思い込む。平静を保とうと、必死だ。
「その」
ふわりとロイの前髪が頬に当たった。
「すまない、私は何も、護れない」
優しいキスだった。
頬にある涙の跡をいたわるように。何度も。シャルルが目を閉じて、ロイの優しさに気持ちが落ち着きかけたとき。ぐらりと揺れた馬車のせいで、ロイはコロンとシャルルの膝の上に。
そのまま、シャルルの足元に座り込んだ。
「だ、大丈夫?ロイ」
後ろ手に縛られている状態で、揺れる狭い馬車。起き上がるのも大変だ。
「大丈夫」
言いながら、それでも座席に戻ってこない。
シャルルは心配になって、たぶんそのあたり、という座席の下に近寄ろうとする。
咳が聞こえた。
「ロイ、苦しいのか?」
「大丈夫、大丈夫だから」そんな声も、咳で途切れる。動けなくなってロイはシャルルの足元に横たわっていた。
シャルルは、御者席に向かって大声を張り上げた。
「リシャール!リシャールだろ!お願いだから、馬車を止めて!ロイが、ロイが」
間を仕切る布が開かれ、ふわりと冷たい風が入り込む。
「シャルル、どうかしましたか」
「ロイが!水とか、薬とか!!とにかく、縄を解いてくれよ!ロイは剣だって使えないんだ、縛ることないんだ!」
リシャールがどんな顔をしていたのか、月影でよくわからないけれど、「では、お前と私が交代しましょう。そこに三人は無理です。よろしいですか、ロトロア様」と。隣にいたロトロアに声をかける。
「ああ、好きにしろ」
あくび交じりの返事と同時に、馬車が止まった。
「ロイ、リシャールが診てくれるよ、大丈夫、リシャールなら毒なんか盛らないし、ちゃんと知識もある。冷たい奴だけど、悪い奴じゃない」
咳を繰り返すロイに、シャルルは話しかける。
「でも、シャルル、君が」
言いかけてまた咳込む。
「大丈夫、僕は絶対にロイのそばを離れないから。安心しろよ」
「いつの間にやら、そういう関係なんですね。ほら、シャルルお前は向こうに」
冷たい口調の割に、リシャールの言葉はどこか安心できた。
ロトロアよりはずっと生真面目で真摯な性格なのだ。シャルルはリシャールに場所を譲り、礼を言った。止まった馬車に追いついて、ベルトランシェの部下らしい騎士が声をかける。
「何かあったのか、リシャール」
「ロイ様の具合がよくないので。走りながらで大丈夫ですよ。スタラス、ベルトランシェ様に報告だけお願いします」
「了解、ユーリー。ここを頼むぞ」
スタラスという騎士は、もう一人の同僚にその場を任せ、先を行くベルトランシェたちに向かって馬を走らせていく。
シャルルはそれを見送りながら、御者席へ上った。というか、ロトロアに引きずり上げられた感もある。
「世話が焼けるな、お前は」そう笑うから「だったら、縄を解けばいいだろ」と睨み付ける。こいつがいるとロイが心配するんだ。まったく。
なるべく距離を置いて座ろうとするのに、「転がり落ちるぜ、こっちにこい」と引き寄せようとする。
「いやだ」と、意地を張ってそっぽを向いてみたものの、馬車が動き出す瞬間ぐらりと倒れそうになって、座席に半分寝転ぶ状態で耐えている。ロトロアは面白がって「そうやってろ」とシャルルの尻を軽く叩いた。
足をバタバタさせればまた落ちそうになるし。
結局、ロトロアに肩を抱かれる感じで座るしか、ない。



「お前、酒臭いな」
自分がやったくせに勝手なことを言いながら、ロトロアは馬車を走らせる。ロンフォルトと黒馬がつながれていた。
「ロイを、逃がしてくれないのか」
しばらく月をにらんでいたシャルルが、言ってみた。
もしかしたら。そんな思いがある。
甘いのかもしれないけれど。
しばらく沈黙した後、ロトロアが口を開いた。
「なんでベルトランシェが来たんだと思う。目的の半分は俺たちの見張りだ。ルイ九世も馬鹿じゃないさ。俺たちはルイの領地を任されるバイイになった。いつかお前が言っていただろう。国王と契約を結ぶってな。それと同じ状態だ。逆らったら契約はなくなる。わかるな」
予想以上に穏やかな返事が、返ってきた。
以前、そう。戦争が始まる前にルジエに向かった、あの頃のロトロアを思い出した。穏やかに語る口調。悪意はない。
「目的の半分?残りは?」
「ロイの捕獲あるいは。殺害」
「さっ!?」
口をふさがれた。
「静かにしろ馬鹿。予測だが、真実に近いぜ。ルイが考えそうなことだろう。パリに連れ帰って地下牢で殺すのも、ここで戦争に紛れて殺すのも同じだ。どうせなら、人目につかない方がいい」
「狼に置き去りにされなかったのは、どうして?」
「ベルたちは俺たちにも目的を隠しているからさ」
「あんたは、僕らを助けてくれるのか」
「さあ」
「あのさ、そういうのはっきりしてくれないとさ、僕は困る」
「敵だと思ったなら、殺せ。ま、今のお前は虫一匹殺せないって顔をしているが」
「そんなことない」
内心、ぎくりとする。あの時確かに、リシャールを斬ることはできなかった。今も、ロトロアを敵だとは思えないでいる。
「つまらんな。お前。張りつめた獣みたいなお前がよかったのに。普通の女の顔になった。ロイがいるからだな。女には、騎士なんか勤まらんぜ」
恋をしているから。そう言われているようでシャルルは頬が熱くなる。
「悪かったな、女でさ。今ならドレスでもなんでも着てやるぞ」
「それならそれで、面白い」
「歓迎するな、そこで」
ロトロアは肩をすくめた。
「お前に、騎士の叙任は、もう必要ないな」
風にため息が混じった気がした。
ロトロアはそのまま、まっすぐ前を見ている。
わずかに寂しげだと感じたのは気のせい、だ。きっと。
シャルルは首を振って、頬にかかった髪を振り払った。
「ロイ、大丈夫かな」
「名医がついてる、大丈夫だろ。あの病は、あの手の発作を繰り返す。死ぬ時になったら歩くこともできないし、話すこともできない。まだ死にはしない、大丈夫さ。シャルル、人間ってのはそう簡単には死なないものだ。剣でグサッとやるのが一番早いんだからな」
「それ、ちっとも慰めになってないよ」
「なんだ、慰めてほしいのか?」
「違う」
何もかもを、自分の中で消化した話しぶり。だから、いつもかなわないところがある気がするし、何を考えているのかわからないんだ。
シャルルは口をとがらすと、背後の車内を振りかえる。
咳は聞こえない。
ロトロアがカーテンを開いてくれた。
「リシャール、どうだ?」
月明かりが、座席に横たわるロイと、その枕に膝を貸しているリシャールを照らした。
ロイは眠っているようだった。
「発作は治まりましたよ。地下牢や馬車の移動でお疲れなんでしょう。睡眠と栄養が必要なので。障らない程度にワインを飲んでいただきました。シャルル、薬はこれでいいのですか」
リシャールが示したのは、小瓶。その覚えのあるビンにシャルルは首を横に振った。
「それ、違う!それは絶対に飲ませちゃダメなんだ!貸して、なんでリシャールが持ってるんだよ、そんなの!」
「貸してってシャルル。手が使えないでしょう。私が預かります。なんですか、これは」
「毒だよ」
傍らでロトロアも振り返った。
「ルイの女中が、ロイのためにと煎じてくれたらしいけど、どうもおかしいから。匂いとか違うし。リシャールなら、知ってるかな。子供のころに森で絶対に食べてはいけないと言われた草に匂いが似てる」
リシャールは恐る恐るコルクを緩ませ、軽く匂いを嗅いだ。

それから、すぐにコルクをきつくしめなおす。

「ええ。これは、ドクニンジンのようです。乾燥させたものであれば薬草として使えないこともありませんが、これは生の葉を使っているようですね。これ一本を飲み干せば、息が止まるでしょう」

不意に白い手が、そのビンをつかんだ。
「私が、持っている」
「ロイ様」
いつの間にか目を覚ましたロイが、横たわったままそれを手にした。手首のロープの跡が生々しく赤く腫れていた。
「自分で持っているのが、一番、安心できるから」
そうだろう?と。穏やかにリシャールを見つめる。リシャールも冷たい聖母の微笑みを浮かべた。
「まあ、そうですね。誰かに使われないで済みますから」
「世話をかけたね、もう大丈夫。シャルル、こちらに」
ロイの視線が、シャルルを探してこちらを見上げる。「うん、そっちに」言いかけたシャルルの目の前でロトロアがカーテンを閉める。
「なんだよ」
「お前がいたら眠れないだろ、リシャールに任せておけ。大体お前、自分の立場を忘れるなよ。お前をパリに連れ帰ったらどうしてやるべきか、俺がさんざん悩んでいるってのに」
「どうって」
「ルイ九世は、お怒りだぜ?お前を差し出せと言われるだろう。で、お前は奴の慰みものか、地下牢で干からびるか」
「逃げるよ。絶対に」
「俺に宣言してどうする」
「言っておく。僕はロイを守る。だから絶対に逃げるし、ロイをイングランドに送る。ヘンリー三世のもとで安全に暮らせるように」
力説するシャルルに、ロトロアは目を細めただけで。黙ってまた、前方を見つめた。
「何か言わないのか」
シャルルは怒られるか馬鹿にされるかどちらかだと思っていた。
無視されて少々苛立つ。こちらとしてはロイの命を懸けた、真剣勝負なのに。
「不満か?シャルル」
「その。僕はあんたの敵になるんだ。あんたが見逃してくれるとか、少し協力してくれればさ、ロイと逃げられる。殺し合う必要もないし」
「馬鹿だな。……そうだなぁ。取引なら応じるぜ。お前が俺のもとに残るならロイを逃がす。どうだ?」
「なんだよ、それ。それは嫌だ」
「じゃあ、そんなこと言いだすな。言っただろう?俺はお前をあいつに譲る気もないし。生き物を可愛がるときには、それの死を見届ける覚悟をしている。失うくらいならお前を殺す」
殺すって!
「僕はあんたのペットじゃないぞ!」
飼い主としてもそれはどうかと思う。
睨み付けても、ロトロアは真面目な顔で静かに言った。
「違うのか?俺が養い、育てた。可愛がってきた。手放したくないと思うのは、お前がイタチを思うのと同じだぜ」
「なんか、違う。また変な理屈でごまかそうって言うんだろ」
「は、分からんか。じゃあ、リシャールらしい言い方で。俺の側にいてほしいと言ったとしてだ。お前は頷くのか」
ごくりと、思わずつばを飲み込んでしまった。
それは、その意味するところは。
「俺はお前のように泣いたり喚いたりはしない。誰かの気持ちや行動が自分に都合のいいように変化してくれることを望むなど。そんな無駄なことはしない。代わりに自ら行動する。だからお前を渡さないし、逃がしもしない。お前が側にいるなら、いくらでも護ってやる。それこそ、命を懸けてでもな」
馬鹿だと思うなら、笑え。
笑いながら、ロトロアは言った。

それは、その意味は。
シャルルは、視界が暖かいもので流されていくのを感じながら唇をかみしめる。涙があふれて止まらない。
それに気づいてロトロアはまた、さらに笑った。
肩を抱く腕が、温かいように感じるのが。余計にシャルルを苦しくさせた。
「ごめん、ごめん」
僕は確かに護られた。側に置かれて、大切にされた。
その気持ちを僕は裏切るんだ。
「ごめん」
「よしよし、いいぞ。その調子でロイをあきらめろ」
ロトロアはぎゅうと抱きしめる。
それが、冗談なのか本気なのか、わけは分からない。ただ、シャルルは泣いた。いずれ、迎えなければならない別れがくる。

ロイは、静かにあおむけに横たわっていた。
わずかに風に交じって、ロトロアの言葉が入り込む。
リシャールは前方に耳を澄ましていたものの、時折ロイの表情を盗み見る。
「シャルルは」
車輪の音に消えそうなほど、静かに口を開いたのはロイだった。
「シャルルはロトロアを、どう思っているのだろう」
リシャールはじっとロイを見下ろし、それからふと笑った。
美しい声は「気になられますか、ロイ様。シャルルの気持ちが」とからかうように、歌うように。ロイは目をそらす代わりに数回、瞬きした。
「私の側にと。願うのは、シャルルのためにならない」
「では、ロトロア様にどうか、お譲りください」
「それは、悔しい」
「女性などいくらでもおりますよ」
「ロトロアにも同じことを、言うのか」
リシャールは黙った。
「サールが言うのだ。愛しているなら離してはいけないと」
「サールは悲しいほど一途ですから。シャルルにどこか似ていて馬鹿者ですが、憎めません」
「シャルルがロトロアを慕っているなら。ここで、私か彼かを選ぶしかないなら。その苦しい選択をあの子にさせてしまうのが心苦しい」
そういってロイは両手で顔を隠した。
「私がシャルルに出会ったころ」
リシャールが話し始めた。
「二年前、いえ、もう三年になりますね。シャルルが私のいるブリュージュに預けられた時、今のような様子ではありませんでした。表情のない元気のない子供でした。毎日、海を眺めてはため息をついているような。そのシャルルも、ロトロア様が訪ねてくると一変しました。喜んでいるわけではなく、「会いたくないのに、なんでくるんだ」とか、怒鳴ったり反抗したり。ロトロア様を憎んでいるかのようでした。まあ、きっかけがきっかけですから当然ですが。それでも、日々の寂しそうなあの子を見ているよりは、それが怒りでも憎しみでもロトロア様に向かっている姿のほうがよほど人間らしく、私はよくロトロア様にお願いしたものです。シャルルが待っていますから、ぜひお立ち寄りくださいと。ロトロア様は優しい方です。噛みつこうとする獅子の子を面白がってからかったり、棒切れを持たせて喧嘩してみたり。その年の春に仔馬を与えたのです。今のロンフォルトですね。その世話をさせ、騎士になりたいと豪語するあれの希望に沿う形で、乗馬や剣術を教えました。その頃から、だんだんと笑うようになりましたよ。相変わらず、ロトロア様には不遜な態度のままでしたが。それでも、人は側にいれば理解し歩み寄るものです。野生の生き物が人になつくように、シャルルは我らの仲間になりました」

「ですから。ロイ様。どうか、シャルルをあきらめてください。それが、あの子のためにもなります」
リシャールはそう語り終え、じっとしたままのロイを見つめた。
ロイは表情を隠したまま、静かに横向きになった。
かすかに肩が震えるのを、リシャールは静かに微笑みながら見つめていた。
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藤宮さん

胸が痛い。うん~。

ここが、この物語で描きたかった部分だったりします~。
シャルルが何を選んで、進んでいくのか。

ああ、後一回。
この結末を、藤宮さんがどう感じるのか、もうドキドキです!!

どうか、楽しんでいただけますように~!!

いつもコメント、ありがとうです!!

選ぶしか

大切なものを、どちらか選ばなければならないとしたら……。

一体人は何を選ぶのでしょうか。
恋とか信頼とか愛とかは、簡単に割り切れるものなんかじゃない。

ロイの心を知って、ロトロアの本当を知って。
シャルルちゃんはきっと苦しくなるのでしょう。
大切にされていた。そう知ってしまったから、余計苦しくなる。

ひどい奴だって思えれば、裏切ったとしても少しは楽なのに。

シャルルちゃんは、誰を選ぶのか。

もう、終わりなんだと思うと胸が痛いですが。
どんな形であろうと、シャルルちゃんが幸せになれるように。
祈りながら、次を待ち続けます!
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らんらら

Author:らんらら
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