11
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
   

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「想うものの欠片」第二話 ⑬

13


「ただいま!」
この家の夕食は、親方の時間に合わせて始まる。
夕刻、家に戻るとすぐにシャワーを浴びた親方は、軽く麦の酒を飲んでから食事を始める。
だから、学校から帰って来るライラは大抵、間に合わないのだとエイナが言った。


ライラは帰って来ると、ととと、と走ってキッチンに顔を出した。
「お帰り、ライラ」
エイナが出迎えて抱きしめる。いつもの挨拶。
「ね、ママ、郵便局に寄ってきたの!」
ライラは手に持ったものを、そっと母親の手に渡した。
「あら!」
エイナは目を丸くして、それからセルパを振りかえった。
「あなた!見て、リックから、手紙よ!」
がたっと、親方は立ち上がった。
駆け寄る。


「おう、おう」
嬉しそうに親方は手紙を持ったまま、リビングのソファーに向かった。その後を、エイナもライラも追いかける。
ライラが読み上げた。


「お久しぶりです、お元気ですか。父さん、母さん、ライラ。僕は元気です。この春からティエンザのサンルーという街で大学に通うことになりました。父さんはそういうと怒るかもしれないけれど、いまやティエンザの工業技術はすばらしい勢いで進歩しています。それを学んで、父さんの仕事に役立ちたい、それが僕の願いです。あの時、勢いで家をでてから、何度も帰ろうと考えました。でも、僕は、何も持たずには帰ることは出来ない、そう思って今日まで、働きながら勉強を続けてきました。父さんに教えてもらった技術は、今の職場でもとても役立っています。改めて感謝しました。そして、もし、許してもらえるなら、一度帰って、みんなの顔を見たいと思っています」
読み上げるライラの声が、震える。


エイナはすでにこぼれた涙を、エプロンで押さえていた。親方の表情は見えなかった。
タースは、皆の幸せそうな様子に、目を細めて、黙って席を立った。
食器を流しに持っていくと、そのまま、二階へと向かった。


ベッドに寝転んで、天井を見上げながら、息を深く吐く。また少し、熱が上がったようだ。そのせいだろうか。何故か、涙がこぼれそうになる。
嬉しいのか、悲しいのか。よく分からない。


雑種。
シーガの声がよみがえる。
ふん、と息を吐く。


ミキーにももう、会えないのだろうか。
あの子は、あの子だけは僕のことそんな目で見ない。会えて嬉しそうにしてくれた。


ドン、ドン。階下で玄関の扉が叩かれる音がした。
その少し前、車らしい音がしていたから、誰か、家に来たんだろう。タースは目を閉じて耳を澄ます。
三人の足音。
エイナが慌てて扉を開ける。
こんばんは、という会話を想像したが、違った。
何か、言い争っていた。


嫌な感じだ。
起き上がって、タースは様子を見ようと、扉を開けた。
同時に目の前に、一人の男が立っていた。


「おや、君か、タース君。ふーん、本当に混血なんだなぁ」
少したれ目、気障な口調。こけた頬にチョロリとしたあごひげ。三十代後半くらいのやせ気味の背の高い男だ。黒ずくめの服、手には、銃。
タースは息を呑んだ。銃口が、こちらに向いている。


「私はスレイド。ファドナさまのお使いだ。少々、君に用事があるんだ。来てくれるかい?」
「ファドナ、さま?」
「おやおや、知らないのかい?このライトール公国の教会で最も地位の高い、ま、いけ好かないおばさんだ」
「おば?」
「おっと、今のは聞かなかったことにしてくれよ。私も命は惜しい。さ、きてくれ。教会が君を保護するんだよ」
「あ、あの。結構です、僕は」
数歩、後ろに下がる。


「だめだめ」
男は小さな子供にするように人差し指を左右に振った。
「いいかい、君には身分証明がないね、市民証も。そういう人物を働かせるのは政府の決め事を破っていることになる。つまりだ。君がここにいると、セルパさんは逮捕されて、仕事も出来なくなるって寸法。分かる?」


にやっと笑って、その男は有無も言わせずタースの腕をつかんだ。
タースが睨みつけると、男は一瞬怯えたように手を離す。
「おいおい、シデイラってのは目つきが怖いね、まったく、シーガみたいだ…」
「!シーガを知っているの!?」
「ん?そりゃ、こっちの台詞。あんた、あっちゃいけない人間、いや、シデイラに会ったね。いけ好かない野郎だったろう?」
同情した口調で、男はタースの手を再び掴んだ。
「うん」
そこだけは素直に頷いた。
「ぷ、ははは!いいねこりゃ!面白い。さ、行こうか。なあに、人間、これ以上悪いことは起こらん、今後は人生上り調子さ!」
いいのか悪いのかわからないことを言って、男はタースを階下に連れて行った。


一階では、軍兵が二人、セルパたちを挟むように立っていた。
その手には、銃。
タースは軍兵を睨んだが、セルパと目が合うと、うつむいた。


「親方、ごめんなさい」
一言。
「いやよ!タースは何も悪いことしてないわ!」
ライラが叫んだ。
「ちっちっち、お嬢さん、悪い事をしたのは、こいつじゃない、あんたの親父さん。雇っちゃいけない子供を雇った。ま、ここからタースがいなくなれば、それはなかったことになるわけだ」
男の言葉にセルパがうつむいた。
「すまない、タース」
「そんなことないです、僕、嬉しかったです。ありがとうございました」
きちんとお辞儀をして、泣いているライラに微笑んだ。
わずかでも、幸せな家庭に居られた。


スレイドに背中を押され、タースは歩き出した。
「うーん、泣かせるねぇ。お前さん、いい子だねぇ」
それでいて、家の外に出るとスレイドはタースの手をきつく縛り上げた。
「いいかい、ユルギアなんか使っちゃだめだよ、私たちにはこれがあるんだ」
強引にタースを車に押し込むと、隣に座ってスレイドがポケットから小さな紙切れを取り出した。
なにやら、赤いごちゃごちゃした文字が書かれている。


「何、それ」
「知らんのか?護符だ。教会発行、一枚銀貨五百、なかなかの効き目だって噂だぞ?」
「…くす」
少し涙目の少年を元気付けようというのだろうか。そんな話聞いたこともなかった。
「今なら半額でもいい、買うか?」
「何からの護符なの」
「そりゃもちろん、悪いユルギアからさ」
「ふーん」
タースは少し意地悪な気分になった。


シーガとつながっているなら、逃げ出すのはもう少し後でもいい、だから、とりあえず道連れの人となりを確認することにした。
「じゃ、そこに座っているユルギアは?悪いユルギアじゃないんだ」
スレイドがふふんと苦笑い。
「嘘つこうってのは、悪いことだぞ、ぼうや。この護符はな、シーガも認めているんだ。これがあればユルギアが近づけないってね」
ぷ、とタースは噴出した。
「シーガのこと、信じてるの?」
「…ぼうやのこと信じるよりはね」
「ふうん、長い付き合い?」
「さあ、いつからだったか」
「へえ、シーガっていい人?」
スレイドは黙った。


「あのな、ぼうや、大人を脅そうなんて悪い考えだ。いいか、ユルギアなんてもんはそうあちこちにいるもんじゃない」
「じゃ、護符なんかいらないじゃない」
つと手を伸ばして取り上げようとする。
「ば、ばか!だめだだめだ!」
慌てて遠ざけると、スレイドは大切そうにそれを折りたたんでポケットにしまいこんだ。
「もう、大人しくしてろ」
「ちぇ」


つまらなそうに少年が正面を向く。
揺れる自動車に少しバランスを崩す。
「これ、ちょっと取ってほしいな、それか、もう少し丁寧に運転して…」
タースは最後まで話せなかった。


スレイドが護符と入れ替わりに、ポケットから取り出した布を口にあてがわれたから。


「!!」
それが何の目的なのか気付いたときには、意識が遠のく。


「まあ、可哀相なことは可哀相さ。けど、仕方ない。許せよぼうや」
スレイドの表情は口調からは想像もつかないほど、静かで鋭い。
自動車の揺れに、少年の髪がさらさらと頬に落ちる。


らんららです。タース君、なんだか大変です…(><)
次回更新は、一回間を空けまして(企画のテーマ小説、短編読みきりが15日に公開になりますので…)17日更新です♪
次へ(7/17公開予定♪)
ブログランキング・にほんブログ村へ

「想うものの欠片」第二話 ⑭

14


ライトール公国、ライト公領の北部。
新しい駅前の聖堂に比べて随分古ぼけた、それでも大きさだけは誇れる旧聖堂の建物がある。

麦畑を通り抜け、丘陵地の森の中。
月明かりが建物の屋根を夜空に浮き立たせていた。
ほとんどの部屋の明かりが消えている中、礼拝堂の奥、講堂脇の部屋にいくつか明かりが灯されている。ランプなのだろう、明かりはゆらゆらと頼りなく揺れる。


夜になって吹きはじめた強い風に青年はマントを翻して、黒い馬車から降り立った。
その後を追うように、小さな影がぴょこんと両足で着地する。


「嫌な風です」
「山臭いですの?」
「いうなら、獣臭い、ですね」


二人はそんな会話をしながら、ガラガラと上がる鉄の格子戸を見上げていた。鎖のきしむ音、落ちてくる土ぼこり。
それが顔にかかって、ミキーは思わずぶるるっと震えた。
「いやん」
「ミキー、耳が出ていますよ、みっともない」
「びっくりしたですの」
二人は歩き出し、背後で再び格子戸が降りた。


その地響きを明かりのついた二階の窓から聞いている女性が居た。
白髪の髪をきれいに結い上げた、初老の女性。ふふ、と微笑むと、机の上の呼び鈴を鳴らす。


ほどなく、ドアをノックする音がする。
「お呼びですか、ファドナ様」
扉の向こうの相手に、女性は厳かな声で命じた。
「シーガが到着しました。食事の用意を」
「は、かしこまりました」
人の気配が消える。


ファドナ、この国の教会の最高職にある聖職者だ。司祭の位で最も高い地位にある。世のうわさでは聖女ファドナ、と呼ばれるが、実際のところ、彼女本人を知るものは、聖女とは呼びにくいと感じるだろう。
再び人の気配。
ドアが小さく叩かれた。


「ファドナ様、シーガ様がお着きです」
「おお、通して頂戴!」
嬉しそうに扉に駆け寄る。開かれた目の前に女性がいることを察知していたのか、シーガは扉から一歩、後ろに下がる。
「シーガ!お帰りなさい!」
遠慮なく抱きしめようとする聖女をするりと交わして、部屋に入る。


よろけながら、ファドナはシーガの後について入ろうとする少女を、ペンと叩いた。
「きゃ!」
「お前は許可しません!出ていなさい!」
「シーガさまぁ」
頭を押さえて訴える少女に、シーガは冷たく手を振った。
少女に勝ち誇った笑みと鼻息を吹きかけて、聖女ファドナは扉を閉める。


「相変わらずですね」


青年がファドナの仕事の様子を見るように、机の上の書類の山を眺めた。ちらちらと数枚めくっている。
その立ち姿だけでも様になる、と聖女は微笑む。


「さあさ、シーガ、かけて。今食事の用意をさせています、それまで一緒にお茶でもどう?」
「座りませんよ、うっとうしい」
「なあに、水臭いじゃない、さ、座って、疲れたでしょ?いつティエンザから戻ったの?ちょうどひどい地震があったから心配していたんだから」


強引に、青年をイスに座らせると、ファドナはその背後に立つ。
「それが嫌なのです、ファドナさま」
背後に女性の息を感じることに、シーガは顔を引きつらせる。
「そんな、水臭い呼び方はよして、シーガ。母様って、昔は呼んでくれたじゃない」
「…違うと想いますが、お義母さま」
「ああ、いい響き」


ため息をつきつつ、シーガは長い足を組み変えた。
「相変わらず、この古い聖堂にこもりきりですか」
「いいのよ、今やミーア派は古い教えなんですって。新しい技術や、工業を取り入れた都会に移り、富豪や王族に媚を売るのが新しい教えだそうよ。まったく、ロロテス派は、何を考えているやら」


「くす、辛辣ですね。ここに来る前に、しばらく駅の近くにいました。随分都会になりましたね。人も多い、活気もある。人はそう言う場所に憧れるものですよ。人を救うのが教会の勤めであるなら、ロロテス派は間違ったことはしていません」


「いいえ、いいえ、シーガ、ロロテス派はティエンザ王国に大きな大聖堂を建てたそうよ。かの国の大司祭ガネルは、自分を聖王と呼ばせているとか。勘違いもいいところよ。最近では新しい医学のためと称して、異民族を捕まえることすら厭わないそうよ。私たちがシモエ教区に保護しているものたちですら、引き渡せといってきているのです」
「異民族、ではなくて。シデイラ、でしょう?」
青年の言葉に、ファドナは言いよどんだ。
シデイラが疎まれ蔑まれているのは周知の事実、もちろんシーガも分かっている。しかし、それを本人の前ではっきり言うのははばかられた。


シーガはその気持ちを見透かしたように、にやりと笑う。
普段は無表情なのに、相手が人間として弱い部分を見せると嬉しそうにする。
そのような性格に育てた覚えはないのに。
見かけは申し分ない青年に育ったと想うのに、と。
そこだけがファドナの密かな悩みだった。


「…ええ、そうよ。シデイラは今でこそこんな風に扱われているけれど。遠い過去には神の民族と呼ばれ敬われていたのに。嘆かわしい。私の名がなければ、あなただって危なくてかの国には入れないところよ」
「そうですか」
涼しげな視線をまともに受けて、ファドナは頬を染めた。


実際はファドナの後援がなくとも、シーガは平気だろうと分かっている。養母としての面目を押し付けようとしている自分に気付く。
さらにそれを見透かされているようで息苦しくなる。
話題を変えた。


「そうそう、この間公国政府から話があって、シデイラの混血を一人、保護したわ」
「混血?」
珍しかった。思い当たる人物が一人。
「ええ、可愛い子よ。会ってみたい?」
「……嫌です」
シーガは言ってから、しばらく考えた。
それから、ふと目を細めた。
「いえ、会ってみますよ。食事が済んだら、会わせてください」
「え?ええ、いいわ。今日連れて来たばかりだから、まだ落ち着いていないのだけど。シデイラの血を引くものとして、諦めてもらわなければならないことがたくさんあって、それを、どこから話していいものか、迷っているところよ。シーガ、あなたから話してあげてくれる?」


シーガはイスから立ち上がった。
着たままだったコートを脱いで、片腕にかける。
「ええ、そうですね、楽しそうです」
「シーガ?」
青年が、楽しい、という言葉を使うことは希だった。

らんららです♪やっと。シーガの出番♪お待たせでした!
次へ(7/19公開予定♪)
ブログランキング・にほんブログ村へ

「想うものの欠片」第二話 ⑮

15


タースが目を覚ましたとき、相変わらず腕は縛られたままで、それでも一応、柔らかなベッドの上に横たわっていた。
スレイドが「保護」といっていた、あながち嘘でもないのかもしれない。


数回息を吐いて、手足を動かしてみてから、そっと起き上がる。


部屋はあまり広くないが、小さなテーブルと小さな本棚。素焼きレンガの床には鹿の毛皮が敷かれていて、テーブルのランプが揺れるたび、そのうねりの影も揺れた。
薄暗い部屋の隅には、小さなニッチが設けられていて、蝋燭が一つ灯されている。祈りの場所のようだ。それ以外には小さなバスルームが付いていた。


ここで、誰かが生活するための部屋。見上げると、窓は一つだけ。
高いところにあって、鉄の格子がはまっている。ちょうど月が見えた。
立ち上がって、窓を眺めた。
両手を伸ばしても、届かない。


「お月様にお祈りかい?」


びくっとする。
気付かなかった。
振り向くと、スレイドが手に飲み物の乗ったトレーを持って立っていた。
それをテーブルに置きながら、男はタースの隣に立った。ちょうど、男の胸くらいがタースの身長だ。


「ふん、お月さんがきれいだなぁ」
「月の光は癒しのアカリだ」
タースの言葉に、スレイドは肩をすくめた。
「シデイラの教えって奴かい。私は分からなくてね、皆そう言う類のことを言うが」
「皆?」


「シデイラたちさ。暗くてね、ボウヤはまともな方さ。目つきが悪くて、神だの大地だの、空だの海だのとうるさいんだ。シモエ教区に移されれば、文句も何もないだろうが」
「僕も、そこに連れて行かれるの?」
タースは傍らの男の腕に触れる。


「シデイラには楽園だろうさ。差別もなく、飢えもない。保護されて安らかに生きる」
「…希望もない自由もない、死に行くだけの楽園?」


スレイドは少年を見下ろした。
少年はうつむいていた。思いつめたような表情、長いまつげに涙が見えるのではないかと、男は想った。


「僕の生まれた場所だ。逃げてきたんだ、そこから」
「…そりゃまた、因果なことだな、ぼうや」


顔を上げた少年は、スレイドの腕にしがみ付いた。すがるように黒いコートの胸元を引く。


「いやだ、行きたくない!強引に捕まえて、連れて行って、閉じ込めるのが、あんたたちの保護なのか?」
「…そりゃ…」
言いよどんだスレイドの言葉を誰かがさえぎった。
「その通り」
開いた扉の外の明かりで、男の姿は逆光になっていた。


「おやおや、珍しい、シーガさま。あなたがこんなところに来るとはねぇ」
スレイドが大げさに肩をすくめた。
タースは顔をしかめた。


銀の髪の男が、腕を組んで立っていた。
「なんで、あんたがいるんだ!何しにきたんだよ!」
タースが怒鳴る。
「スレイド、お前は外にいなさい」
「へいへい、シーガさま」
タースは、スレイドの服を放そうとしない。
「スレイド、その後ろについているユルギア。過去に保護しようとして死なせた人が居るんだ」
「おいおい、ぼうや…」
強引に手を引き剥がすと、スレイドは肩を揺らして首をすくめた。


「誰だって、シモエ教区なんか行きたくない。それを強引に連れて行こうとしたんだろ?何人か、ここで祈りをささげたまま、亡くなったんだ。僕には見える。シーガ、あんたもだろ?だから、スレイドはユルギアを怖がってる」


「じょ、冗談はやめとけ、ぼうや。私にはこの護符が」
ポケットに手を突っ込む。
「これのこと?」
タースは縛られた両手でそれをひらひらさせて見せた。


「!お前いつの間に!」
タースはそれを目の前でびりびりと破った。
「ああああ!それ、マジで高かったんだぜ、おい、どうしてくれる」
少年に掴みかかろうとするスレイドを、シーガが足を伸ばして転ばせた。
ごつ、と鈍い音がした。


「で、いで、シーガ!てめえ、なにしやがる!」
口調が変わっている。
「子供にからかわれて、みっともない。子供の時間稼ぎに付き合う必要はない、お前は外に出ていなさい」
「く、畜生!」
鼻を押さえて、スレイドはどかどかと部屋を出て行った。


「さて、私より彼が居てくれたほうがまし、とでも思ったのですか」
「ああ、もちろん」
タースはにらみつけた。
「…、隠しているものを、出しなさい」
「なんのこと?」


シーガは縛られているタースの腕を掴んで、強引に手のひらを開かせた。
中から、扉の鍵が出てきた。


「雑種だけに、たくましいですね、しおらしいフリをしていても、本性は獣」
「あんたと一緒にするな!」
「ユルギアを見ることの出来ないものに、その存在を知らせるのはよくないですよ。スレイドはあれでも神経質です。当分、ユルギアのことが気になって眠れなくなるでしょう」
「護符を売りつけるくせに」
「あれは私の稼ぎになるわけではありません。この教会の資金になります。ひいてはあなたと同じシデイラたちのね」
「彼らは望んでない。あんただって、シデイラなんだろ?シモエ教区に閉じ込められるのが苦痛だってことくらい、分かるだろ?」


青年はうっすら笑った。
「私は特別ですから。そんなところに閉じ込められるわけではないので。分かりません」
「!なんだよ!特別って!!」
「まあまあ、そこに座りなさい」


タースは睨みつけたまま、シーガの指指したイスに座った。
シーガも座るのかと思っていたら、青年はタースの正面に立った。
見下ろしている。
タースは唇をかみ締めた。何が腹立たしいって、その見下ろした顔がひどく楽しそうだからだ。


「私は、シデイラの教えを受けずに育ちました。この教会でね。ですから、シデイラの人々の考え方は分かりません。我らはシデイラの人々を守るために保護する。それだけですよ。一生、日々の生活に困らないのですよ?君は懲りていないのですか」

「……何にだよ」
「自分の人生にです」

タースは唇をかんだ。


「幼い頃から、逃げ隠れて、まともな生活など出来なかったはずです。生きていくために何でもやってきたでしょう?それでも、やっぱり混血である事実は変わらない。いつまでも付きまといます。そろそろあきらめるころではありませんか?」
「……」
「あなたのご両親はどうでした?幸せな最期でしたか?」
「!」
タースは立ち上がりかけた。
大きな瞳でシーガをにらみつけた。


「もう、あきらめなさい。夢など、見るものではありません」
「……どうしても、僕を連れて行くのか?シモエ教区に?」
「ええ」
少年は、とん、とイスに座りなおした。
うつむいて、自分の手を見つめている。


「分かってくれましたか?まあ、雑種ですからねシモエ教区でも苦労するかもしれませんが」
その時、少年の手に、ぽたりと何かが落ちた。
しおらしくなったタースに目を細め、嬉しそうにシーガは近づく。
「望まなければ、苦しむこともありません」


タースは、ただただ、悲しかった。


すべてをあきらめる。
それは生きる理由を失うことのように感じた。
なぜ、そんな風になったのだろう。
ここから逃げても、新しい街にたどり着いても。
また一人だ。
分かっている、それでもあきらめきれずに生きてきたのに。
もう、終わりなのか。
希望を失って、ただ死を待つために生きることを思えば、ユルギアのように思い願い続けることのほうがどれだけ幸せか。
涙がこぼれた。

シーガが悪いわけではない。
両親が悪いわけでもない。

ただ、そのように生まれてしまった。
それが悲しかった。

理由などなかった。
他に何も浮かばなかった。

涙がコロンと膝に転がった。
それは、冷たく、きらりと光った。


「!それは!」
タースの涙が一粒、落ちた手のひらの中でルリアイに変わっていた。
驚いてそれを手に取るシーガを、タースは呆然と見ていた。
「ルリアイ……」
シーガはそう呟く少年を見た。


次へ(7/21公開予定♪)
ブログランキング・にほんブログ村へ

「想うものの欠片」第二話 ⑯

16


シデイラの涙、奇跡の涙。

そういう、ことなのか。

レンドルさんの言葉が思い出された。
五百年前には、ルリアイは当然のように知られた存在だった。どうして、今、それはどんな古い資料を探しても出てこないのか。気になるところだった。


シデイラの歴史をタースは図書館で学んでいた。
ルリアイの記述はなかった。
それは、シーガも同じことなのだろう。


「今、どうやった?どうして、これが出てきた?」
「知らない」
「教えなさい」
「どうして?」
「ど、どうしても、です」
睨む少年に、シーガはため息をついた。


「……私も、一つ持っていた。拾われたとき、私は一つ握り締めていた。それが、私の両親の手がかり……」
「くくく、いやだ。教えない」


タースは、意地悪く笑った。
自分でも理由など分からない。けれど、目の前の青年に素直になるほうがどうかしている。
彼が拾われたときに持っていた、ルリアイ。手紙にはお守りにと書いてあった。彼の母親の慈愛のルリアイなのかもしれない。タースには、それはなかった。
そんなもの、なかった。


「人には人生をあきらめろなんていっておきながら、自分は親探し?呆れるよ。すごい、自分勝手だ。協力なんかしてやらない」
「……」
頬を殴られた。


「お前の涙が石に変わった、そうだな?」
「…知らない」
「では、多少泣いてもらえば分かるのかな?」
冷たい青年の視線に、タースはきっちり睨み返した。


「シーガさま、それ、止めておいた方が。どう見ても、あなたのほうが悪役ですよ」


いつから居たのか、スレイドが呆れたように声を出す。開け放たれたままの扉の向こうで、廊下の壁に背を持たれかけて腕を組んでいた。ランプの明かりで、口元がにやりと笑っているのが見て取れた。


「スレイド、邪魔をするな」
「そんなあなたを見たらファドナ様が嘆くでしょうねぇ。あの人、自分のことは棚に上げて、シーガさまはまっすぐに優しい青年に育ったとでも思い込んでいますからね」
「勝手に思わせればいい」


「どうせ、その子は明日には国境を越えるんです。かまう必要などありませんよ。本当に石のことを知りたければシモエ教区でシデイラたちに聞けばいいんですよ。彼らは古くからのシデイラの教えに詳しい」


「あんなところには、行きません」
「あなたも同じ、シデイラでしょう?」
ぴりぴりと二人の間が張り詰めた空気で満たされる。
「一緒にしないでください」
「一緒に、連れて行けよ」

タースだった。


「え?」
スレイドとシーガが同時に少年を見た。
タースは立ち上がって、縛られたままの両手を、シーガに突き出していた。解けとばかりに。


まっすぐ、リール海の色の瞳で、シーガを睨みつけていた。


「ルリアイのこと、教えてほしければ、僕を連れて行け。シーガ、あんたはシデイラのくせに保護の手を逃れて自由なんだろ、あんたが特別なシデイラだって言うなら、混血の僕だってそうだ。保護なんて、ごめんだ」


シーガは目を丸くしていた。
その場にミキーが居たら、さぞ驚いて、また喜んで顔真似して見せたことだろう。
「タース、と言ったな。お前はまた、石を出すことが出来るのか?」
「……もちろん」
そんな自信も確信もない。それでも、今はそう言うしかない。
タースは目の前の男をにらみつけた。


傍に居るフリをして、機会を見て逃げ出せばいい。
シーガやそのファドナ様とやらが乗ってくれるかは分からない。けれど、それに賭けてみるしかない。
自由を手に入れるために。


「逃げ出すつもりですか」
シーガはさらりと言い当てる。


だめか、少年はこめかみが張り詰めてい痛むのを感じた。
「……」
「本気ですか、シーガさま」
スレイドが腕を組んでニヤニヤしながら二人を見ている。


「いいでしょう。ただし、私の言うことを聞くのです。逃げ出そうとしたり、逆らったりすればシモエ教区に送ります」


思わず一歩踏み出して、タースは鹿の毛皮を踏みしめた。
目の前の銀の髪の男は真面目な顔をして、もう一度言った。


「なるべく長く自由がほしいなら、逃げ出さないことです」
矛盾する言葉に、タースは、黙って頷いた。
腹立たしいが、我慢するしかない。


「では、着いてきなさい、余計なことを言ったら約束は即、なくなるものと思いなさい」
シーガの後について歩くと、戸口でスレイドと目があった。
彼は、にやっと、面白そうに笑うと、一つウインクした。
タースはやっと、笑った。


狭い通路を、小さなランプの明かりだけで進む。
湿ったかび臭い中を三人の足音だけが響いていた。
ふわと、どこからか風が入る。
「うわ」
小さく悲鳴を上げたのはスレイドだ。
一旦足を止めたタースは背後の彼を見つめた。
シーガは止まりもしないで歩き続けた。


スレイドは少年と目があうと、ふんとそらして見せた。強がっているようにも見えた。
しばらく歩き、二回目の階段を昇りきり、鋼鉄の厚い扉を抜けた。
扉が閉まるとき、派手な音を立てる。
それが、建物の中に反響して、不気味な音に変わる。
かさ、とどこかでネズミが音を立てる。
「う!」
また、スレイドが悲鳴をかみ殺す。本当に怖がりなのだ。
可哀相になる。


「スレイドさん、僕が悪かったよ、ユルギアは居ないから」
タースが縛られたままの手で、スレイドの手を取った。
「あ、なんだ、やっぱりそうか!そうだよなぁ!ははは、って、おい!騙したのか!」
「何?」
にっこり笑うタースに、スレイドは握られた手を振り払おうとした。
その瞬間何かに気付いて男は動きを止めた。
「なんだ、お前の方が震えてるじゃないか。どうした?何か催したか?ん?素直に言えよ」
「ち、違うよ!」
タースが口を尖らせる。


並んで歩く二人を振り返りもせず、シーガはくく、と笑った。
「スレイド、タースも見えているんですよ。シデイラですら、嫌な気分にさせる、強いユルギアが」


「!?何?タース、お前今、いないって!」
「だから、気付かないほうがいいって思ったから!」
「スレイド、シデイラだって人間です。恐ろしいものは恐ろしい。そうでしょう。雑種、特に力のないお前では、近づかれるのも嫌でしょう」
「雑種って呼ぶな!それに、こんなユルギア、怖くないよ!」
「最高に嫌な性格だぜ、シーガさま」


暗い階段をいくつも昇って、シーガの進む後を二人は一つになったまま歩いていく。
「さ、入りなさい」
シーガが扉を叩く。
「ファドナ様」
青年の言葉が終わるかどうかの時に、扉が急に開かれた。
「シーガ!心配していたのですよ、なかなか来なくて…?なあに?スレイド、その子供をどうしてつれてきたの?」


きちんとした身なりの、気位の高そうなおばさん、それがタースの第一印象だ。シーガに対する口調と、スレイドに対する口調があまりにも違っている。
黒いドレス、頭にかけた白い布。教会に居る女の人の姿だ。


「ファドナ様、この子供のことが気に入りましてね」
「気に入った?」
シーガの腕においた手を離し、ファドナは少年のほうに近寄った。
少し顔を傾けるようにして、じろじろとタースを見つめる。


「人間、よね?」
「は?」
「雑種ですが、可哀相な生い立ちなのです、お義母さま。私と同じで両親を探しているようです。ともに連れて行きたいと思っています」


先ほどまでの冷たい態度の青年はそこにはいなかった。
翡翠色のきれいな目を細め、ファドナを優しく微笑んで見ている。
その笑みと「おかあさま」の一言に聖女は満足した様子だ。


「まあまあ、シーガ、あなたにそんな優しい気持ちがあるなんて、思ってもみなかったわ!なんて素晴らしい!素敵なことですよ。あなたに任せるのなら、安心ですものね。私は嬉しいわ」
そういって青年に抱きついた。
ぷ、とタースは噴出しかけた。横でスレイドが肘でつついた。
シーガの演技もだが、ファドナの言い草も笑えた。


「ええ、哀れな雑種ですから。珍しいですし、粗忽ですが忍耐強く躾ければ少しは役に立つでしょう」
「まあ、そうね、可哀相な子ですものね。気まぐれでも可愛がってやれば、少しは恩義も感じると言うものですね。あなたが飽きたら、それからシモエ教区に連れて行っても問題はないわね」


気持ちの悪いやり取りを繰り返す二人を横目で見ながら、スレイドは何とか少年を押さえつけていた。タースが腹を立てて顔色を変えるのを彼らは楽しんでいる。


スレイドは小さく言った。
「タース我慢しろ、自由、だろ」
「……」


こうして、タースはシーガと出会った。
旅が始まろうとしていた。

第二話 了

らんららです♪第二話あとがき。
ここまで読んでくださってありがとう~♪感謝です!
やっと、やっと三人の旅♪シーガとタースの関係は微妙ですが(笑)
タースは巻き込まれるように、シーガの運命に関っていきます。
人と人との出会いって、必ず何かしら残しますよね…彼らの出会いが、今後何を起こすのか。うん、まだまだ、先は長い♪
楽しんでいただけると嬉しいです♪

次へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

「想うものの欠片」第三話 ①

第三話 旅立ち



古めかしい石造りの部屋で、タースは目の前に置かれた理不尽の象徴を睨みつけていた。


それはベッドの上に無造作に置かれた服。
白いシャツは縁に控えめながらレースがつき、赤い細いリボンが結ばれるようになっている。上着は漆黒のベスト。上質な絹で出来ているようだが、それは裾が後ろが長い、つまり礼装のような状態だ。ズボンはふわりと幅が広く、膝下まで。用意されたブーツはその直ぐ下まで届く。


まるで、道化師かお人形のようだ。
せめて、ズボンくらいは長いのがいい。
腕を組んで、考え込んでいる。


女みたいな服だ。
自分の姿を想像した。
天井を見る。
小さなユルギアが天井の石からはがれるように、ゆらりと白く光って見せて、こちらを笑っているかのようだ。


「ちぇ」
「タース!お食事ですの!」
扉が開かれた。
涼やかなミキーの声に、少年は思わず慌てる。
着替えるために体を洗って、下着一つ、つまり裸同然だった。


「うわ、ちょっと、待って、今着替えるから!」
少女は首をかしげて、ちょこちょこと近寄ってきた。少年の格好など気にも留めない様子だ。馬鹿みたいに高鳴る鼓動に黙れとつぶやきながら、タースはとりあえずズボンを手に取った。


「新しいお洋服ですの!素敵ですの」
ミキーはそのズボンを少年の手から取り上げた。嬉しそうに掲げてみせる。くるりとその場で回った。
「……もしかして、君が選んだの?」
「ふふふ。ミキーはお洋服大好きですの」


だから、レース付きなのか。
少女の服がいつもレースだらけなのを思い出して、納得する。
仕方なく、タースはシャツから身につけ始めた。


「素敵ですの!大公御用達の老舗ラムンの新作ですの!ぴったりです!シーガさまが買ってくださったですの」
「……あいつの趣味かと思った」


シーガが選んだものではないなら、それほど理不尽でもない。せっかくミキーが見繕ってくれたものなら、多少恥ずかしくても我慢する。そのあたりはゲンキンだ。
首もとのレースがくすぐったくても、つるつるする絹が気持ち悪くても。


ミキーは満足そうにタースの姿を眺めていた。
正面から見て、それから右に回って、後ろからも。
その仕草は可愛くて、タースは人形のように突っ立ったまま首だけで少女の姿を追っていた。


「ね、ミキー。どうしてシーガと一緒に居るんだい?君たち、どういう関係なの?」
いつの間にか目の前にいて、襟元のリボンを直しているミキーに驚く。


「かわいいですの」
目の前の少女の顔に、どきどきして、タースは視線をそらした。
ミキーが顔を上げると、近すぎて。キスできちゃうくらいだ。そう考えるともう、どうにも落ち着かない。


少女はにっこりと大きな瞳で笑う。


「ナーにしてるんだ?」
背後の声でびくっとして、タースはミキーの肩に置こうとした手を慌てて引っ込めた。振り向いたときにはミキーは扉のほうにかけていった。
「スレイドか、なんだ。びっくりした」
「なんだって、なんだ?お前を助けてやったのにさ、あの人形お化けから」
「人形お化け?」


スレイドは黒い帽子のつばをピンと指で弾いてにやりと笑った。黒い彼の髪は前髪の一部が不自然に流れている。


「おやぁ?タースくん、君もやられた口だね。やだねー、男だねぇ。やっぱり見た目は重要か?少年」


スレイドはおどけた口調で、肩をすくめて見せる。
否定しにくいタースはにやけるような照れたような変な顔で睨んだ。


「ふふん、さっぱりこぎれいになったな、まあまあ見られるじゃないかタース。そういうのなんていうか知ってるか?」
「知らない、おいちょっと、触るな!」
「さあて、シーガ様が待ってるぜ」


スレイドはまだ少し濡れているタースの髪を悪戯して、自分と同じ位置に同じ形のくせを作ろうとする。

男の腕を、押さえつけながら、タースは軽い蹴りでけん制した。スレイドはするっとよけると、今度はタースの背後から肩に肘をのせてささやいた。


「食事の時間にはうるさいんだぜ、朝っぱらから不機嫌だ。ああ、いやだいやだ」
「いいの、そんなこと言って?それに、シーガはいつでも不機嫌だよ」


スレイドはどうやら聖女ファドナの護衛のようだった。


いつも傍に来るまで気配を気付かせない。軽妙な口調で、悪い人ではないようだが、何を考えているか分からないところもある。そして、時折見せる鋭い視線は、刃物を突きつけられたような気分にさせた。
それでも、この旧大聖堂の中ではまともにタースに話しかけてくれる数少ない人で、少年は嫌いじゃないと彼なりの判断を下していた。


古めかしい石柱が支える天井のアーチをちらちら眺めながら、薄暗い廊下を歩く。足元の絨毯は褪色し所々穴が開いて、そこを通ると足音が響いた。
スレイドと並んで廊下を歩きながら、タースは少し前を絨毯の穴を選んで跳ねるように歩くミキーを見つめていた。


無邪気だ。
時折、天窓から差し込む斜めの日差しを受けてミルクティー色の髪がきらきらと光る。数歩進んでは立ち止まり、後ろの二人を確認し、また、前に向く。
リボンが尻尾のように揺れ、その小動物のような仕草が可愛らしい。


「ほらほら、視線釘付け、やばいんだよなぁ、あれ。触ったか?触ったなら気をつけろよ」
「だから、何だよそれ!僕は別に、さ」
「ばればれだっての。まぁ、あれはそう言うイキモノだ」
「だから!なんだって言うんだよ!」
はっきりしないスレイドに、タースはむかむかしていた。
ちょうど空腹も手伝って、声は自然に大きくなる。


「好きだろ?あの子のこと」
男がにやっと笑った。


「え、あ、ええと」
すっかり頬が上気しているのはタース自身も分かっていた。


「触っただろ。え?少年」
スレイドがタースの額に手を置いた。
「!?なんだよ!そんなエッチなことしてない!」
ぶっ、とスレイドが噴出した。


「ははは!!面白いなぁ、ボウヤ。気をつけろよ。あれ自体には悪気がないから、余計に悪いよなぁ。俺だってなんど触って、ぶっ倒れたか」
「え?触ったの?」
「あー?注目すべきはそこじゃあないが?」


もしかして、この人もミキーのこと好きなのか。
タースの頭は想像でいっぱいだ。じっと背の高い男を見上げる。


「……スレイド、触ったんだ?」
「ああ、そりゃ、あれだけ隙だらけだしなぁ、男として……!なんだよ、おい」


睨みつけるタースに、スレイドはばつが悪そうに髭をなでた。
「エロじじい」
「お前、人のこといえるのか?ええ?」
掴みかかるのを笑いながらよけて、タースは走り出した。


「いくつ違うんだよ。歳を考えろって!僕は本気で!」
また、追いつこうとするスレイドの手をすり抜けた。
「本気か、おい、待て!少年!」
「待たない!悪いか!?僕は本気だ」


スレイドが突然走るのを止めた。
タースはそれに気付いて不思議そうに一旦止まると、男が歩いて追いつくのを待っていた。スレイドの表情に、何か言いたげな様子を読み取ったのだろう。
まっすぐ視線を合わせる。


珍しい生真面目な表情の男に、タースは首をかしげた。


「怖がらなくても、今日はユルギアいないよ」
黒い前髪が海の色の瞳にかかる。
タースはまっすぐ男を見つめて笑った。気持ちがすぐに顔に出る嘘のつけない性格だ。スレイドは視線をそらした。


「……あー、そうじゃない、お前本気であの子のこと、好きなのか、惚れてるのか」
まじめな顔で問われれば、頷くまでもなくタースの頬は赤くなる。
「そ、その、そうだよ!悪い?」
「……ま、分からんでもない、健全だな、少年」


少年、のあたりでスレイドの表情はいつもどおりに戻った。少しにやけた、細い目をさらに細める。
「だろ?可愛いからさ!」
嬉しそうに笑う少年の顔を、スレイドは眩しそうに見つめた。

らんららです♪第三話はじまりです♪タース君の恋心、うむ~どうなることやら…
次へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

「想うものの欠片」第三話 ②




長い廊下は、もう直ぐ終わろうとしている。


一番奥の扉の前で、白い裾の長い服を着た男の人が、むっとした顔で三人を出迎えると、大きな扉をぎっと開いた。
中から、ふわりといい匂いがした。
お腹が鳴る。


「さ、どうぞ」
そこでミキーとスレイドは揃ってお辞儀をして、タースを部屋に送り出す。
二人はいつも、ここまでだ。何故か、一緒に部屋に入ることはない。ただ、タースを呼びに来るだけ。
軟禁状態の少年の世話役、というところなのかもしれない。


「楽しそうですね、ここまで聞こえましたよ」


長いテーブルの一番向こうにシーガがこちらを向いて座っていた。傍らに張り付くようにファドナが立っていた。青年はすでに食べ始めていたようで、空いた皿と飲み物のカップとを給仕が取り替えた。


「あら」

ファドナは声を出さずに笑った。
聖女の好奇の視線に耐えようと、タースは一つ息を吐いて、気を落ち着ける。服装のことだろうと想像できた。


「お、おはようございます」
「ええ、おはよう」


ファドナは銀色の髪を弄んでいたが、青年がじろりと睨んだので残念そうに手を引いた。


「ファドナ様、どうぞ、あちらへ」


シーガが隣の部屋への扉を示す。ふくよかな胸元に手を置いて、聖女は悲しげに口を尖らせた。


「あん、いいじゃない、ここにいても」
「うるさいですから」


にべもなく言い放つとシーガはそ知らぬ顔で紅茶を口に運んだ。


「もー、冷たいんだから!」


気味の悪い声を出して、ファドナは紅茶カップから顔を上げた青年の頬に無理やりキスをした。
去り際に、「お行儀よくね!雑種ちゃん、悪いことするとお仕置きするわよ」とタースを睨むと部屋の奥の扉に消えていった。


室内は二人きりになる。


タースは昨日と同じ、細長いテーブルのシーガから一番はなれたところに座る。正面に見える青年は、カップを置くと口元をナプキンで拭いた。優雅な仕草だ。


「少しは見られるようになりましたね。私とともに行くなら、あのような格好は許しません」
「……許さないって、あっちのが普通だって」


目の前に運ばれた料理を、タースはどんどん片付けていく。優雅さはないものの、的確にちゃくちゃくと空腹に食べ物を満たしていく。潔いくらいの食べ方だ。
こうして、一緒に食事をするのは三日目だが、かなり慣れた。


最初はナイフの持ち方から、座り方、かむ回数までこと細かくシーガに文句を言われた。何度、ナイフを投げつけてやろうと思ったことか。
それでも一応、ここから出られるまでは大人しくしていなくてはと、我慢していた。


「あの、どうしてミキーは一緒に食べないんだ?」
「あれが嫌がります」
「どうして?」
「お前の食べ方がみっともないから」
「な」


むかつく。絶対嘘だ。ミキーはそんなことをいう子じゃない。
ここで腹を立てると、シーガは余計に面白がる。それが分かるから、少年はぐっとこらえた。


「食事が終わったら、出かけます。急ぎなさい」
「!出かける?どこに?」
「地図は読めますか?」
「馬鹿にするな」
「馬は?」
「馬?」
「お前には御者をしてもらいます。ちょうどよかった」
「……」


正直、馬なんて触ったこともない。タースは街中を走り抜ける馬車を想像した。広い通りを自動車と馬車が入り混じって行き来する。想像するだけで眉間にしわが寄る。難しそうだ。
その不安を読み取ったかのように、シーガは言った。


「私の馬は利口です。お前が何もしなくても一人で走ってくれる。お前に期待などしていません。ただ、私は雑種と同じ馬車の中は嫌ですから」
「雑種って言うな!」


面白そうにシーガの目が細くなって、タースは悔しげに唇をかんだ。余計に、喜ぶのに、つい腹が立ってしまう。

シーガは本当に性格が悪い、この三日間で実感した。


常には不機嫌、大目に見ても無表情だ。
その表情がたまに変わったかと思えば、それはたいてい、タースを苛めるときだ。


昨日もセルパさんの所に息子のリックが戻ったらしいと言った。お前なんか忘れられている、そういってにやりと笑った。
お前は息子の身代わりだっただけだと。


それは分かっていたから、タースは黙って聞いていた。
それでも無口になる少年に面白みを感じるのか、機嫌よく食事をするのだ。

そのためのつまみのようなものなのかもしれないと、昨日の食事で理解した。できるだけ、自分も無表情にしてやろうと試みたものの、それも返って疲れるので諦めていた。


「タース、昨夜、ライトール公国の政府が、正式にお前を指名手配しました」


「え?なんで?」


冗談だろう。また、ろくでもないことで人を脅すつもりだ。タースは皿に残った鶏肉のソースに最後のパンを滑らせる。そのまま口に放り込んだ。


「雑種だからですよ。身分詐称、不法入国、なんとでもなります。政府の調査官がセルパの家に行ったとき、彼らは知らないと答えたようですよ。自分たちも騙されたのだと」


タースは一瞬かむのを忘れた。

次へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

「想うものの欠片」第三話 ③



「我らミーア派も、お前をシモエ教区に送らないのであれば、正式な保護証明書を作成できませんし、知っていると答えるわけにもいきませんのでね。お前は我らの手から逃げ出した逃亡者ということになっています」


「……あ、そう」


スプーンをカチャと置くと、タースはデザートの小さなタルトをむずっと手で掴んで口に突っ込んだ。もくもくと食べる。シーガに対する反抗も含まれるが、その態度は逆に青年を喜ばせたらしい。

ただ、だまってタースを眺めている。


「ちぇ」


指先についたクリームをなめながら、小さくため息をついた。


みんなに迷惑がかかったんだ。ライラにも、職場のみんなにも。大丈夫だろうか。関らなければよかったと、親方は思っただろうか。


タースは味気ないデザートをジュースで流し込んだ。


「くく、これから行くティエンザ王国でも、教会が君を狙っていますからね。ティエンザの圧力で公国が君を売った、というのが真実でしょうね」


「なんだよそれ」


さすがに黙っていられなくなった。


「ティエンザ王国は今や、かの国の大司祭ガネルの言うがままですから。ガネルはロロテス派の急進勢力。ロロテス派は同じ神を崇めないシデイラを異教徒として抹殺するべきだ、と主張しています。だとすれば、混血などもってのほかでしょう?」
「…馬鹿じゃないか、それ」


ケガラワシイ混血、在ってはならぬもの、シモエ教区でも同じことを言われていた。こちらの教会でも同じことを言うんだろう。


「現在シモエ教区は我がライトール公国のミーア派が管理しています。ゆえに、大陸中何処でも、保護されたシデイラはわれ等がシモエ教区へ送る。

権利というほどではありませんが、それを、ティエンザ王国のロロテス派は欲しています。シモエ教区は確かにかの国とも隣接していますしね。あながち無謀な申し出でもない。

彼らロロテス派がシモエ教区を管理することになったら、それこそ、シデイラたちは監獄と同じ生活になるでしょう」


「勝手にすればいいんだ。あんなとこ、無くなったってかまわない」


タースは水を一気に飲み干した。乱暴にグラスを置く音がテーブルに響いた。シーガはピクリと眉をひそめた。


「かつて、シデイラが虐げられた時代がありました。帝国の設立後二百年間」


少年は手を止めた。表情が厳しくなる。


「……知ってる」


自然信仰を主とするシデイラの民族は、レスカリア帝国が誕生したとき、全世界を敵に回したのだ。


当時のレスカリア帝国は絶大な力を持ち、まだ統一されたばかりのライトール公国も、当時まだ自治区に過ぎなかったティエンザも、帝国の言うがままだった。
山岳地帯に住んでいたシデイラの民は、まるで獣か何かのように狩の対象になった。


その虐殺は帝国の皇帝が逝去するまで続いた。


そして、唐突に終わった。


おかしな話だが、二百年、その皇帝の代が続いていた。その内情は分からない。どの文献を見ても、皇帝が亡くなって代替わりしたことで殺戮は終わったと、それだけが残されている。

現在では、それは象徴的な表現であって、実際は二百年の間に数人の皇帝が帝位を継ぎ、同じことを繰り返していたのだと片付けられている。


そう、二百年も一人の皇帝が生きているはずはなかった。

その後のレスカリアの皇帝は、シデイラ民族を保護するよう教会に指示していた。

もちろん、虐げられてきたシデイラの民は、当然彼ら以外の民族を敵視した。保護とはいえ、強硬手段をとらざるを得ないのが実情だった。それから三百年近く。

結局シデイラの民は絶滅に瀕した少数民族で、他の民族にとって軽蔑する存在である意識は変わらない。

ミーア派は保護を始めた当初から存在する歴史ある宗派だ。


近年の教会はいくつかの派閥に別れ、最も新しいロロテス派はかつての神の威厳を取り戻す、という大儀を掲げ、「神代復興」と称して厳しい戒律と他宗派への圧力を強めていた。


少年のため息に、くく、と小さな笑い声が混じる。
顔を上げれば予想通り、シーガは嬉しそうに笑っている。


「シデイラが追われるなら、あんただって同じだろ?」
「いいえ。私はミーア派ですが、異教徒ではありません。ここで、育ったのですから」
「でも、シデイラだろ?」
「私にはミーア派の保護がありますから。それに、いざとなったら、お前を引き渡すことで私は身の安全を図ります」
「!!なんだよ!それ!」
「一緒に来たいと言ったのはお前ですよ?自分を呪うのですね。捕まったらどうなるんでしょうね。よくて幽閉、悪くて、処刑。今からでもシモエ教区に隠れますか?」


気を落ち着けようと、タースはぎゅっと目を閉じた。
シモエ教区に戻ることは出来ない。



あの、凍てつく雪原。
十年前の事件のことは、シーガは知らないのだろうか。


許さない。ユルサナイ。


どこからかまた、声が聞こえる。
頬をなぶる冷気、雪に埋もれる鉄条網。
声だけはいつまでも追いかけてきた。
もう直ぐ五歳になる、という時だった……。


「泣かないのですか?」
「!?」


気付くと、近くにシーガが立っていて、少年の顔を覗き込んでいた。


「!あんた、わざと!」
「なかなか、しぶといですね。随分冷たい思念が漂ったのに。……残念です」
泣かせるつもりだ、そうして、ルリアイを作らせるつもりだ!
「この!」


シーガはシデイラ。人の考えることは分からないが、そこから切り離された強い思念を読み取る力があるのかもしれない。そんなことより。


人の心が傷つくのを楽しんでいる、その笑みが気に入らない!


立ち上がって殴りかかった腕を、後ろからつかまれた。


「その辺にしておいてくださいよ、シーガさま。見ていてこっちが胸糞悪くなりますぜ」


スレイドだった。


彼は訓練されているのか、気配を消して近づいてくる。
いつの間にか、背後にいたのだ。
得体は知れないが、それでもシーガよりはずっと人間らしい。


「ほら、ボウヤ、落ち着け。どこまでが本当か怪しいもんさ」

低い声でタースに耳打ちするスレイドに、腕をつかまれたまま引きずられるように引き離された。


シーガは翡翠色の瞳で二人をじっと見詰める。


「スレイド、珍しくお気に入りですか、雑種が?」


「その言葉そのまま、お返しできそうですが?シーガ様」


次へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

「想うものの欠片」第三話 ④




黙ったままの少年に、スレイドは数回首をかしげて言った。
「大丈夫かい?」


優しい言葉で思わず目が潤みそうになる。
でも、それもルリアイのためかもしれない。そう思ってタースは何度も瞬きした。


「なんていうか、ボウヤ、希に見る素直さだな。顔に全部出るから、からかわれるんだぜ?」


「……僕が指名手配中って、本当?」
「ん?いやぁ、そんなことはないさ。本当にそうだったら、ここがまずいことになるってもんだ」


視線をそらすスレイドに、少年は目を細めた。
嘘?


「まずいことになるのに、匿ってくれているの?」


「あー、かもしれん、けど、感謝なんかしないほうがいいぜ。ほら、あいつらはろくな性格じゃない。過剰サービスの裏には罠がある、無料ほど怖いものはないってね」


スレイドの言葉も、かなり怪しい。そんなことをいいつつ、スレイドは彼らに従っている。


何が、自分にとっていいことなのか、本当のことなのか、分からなくなりつつあった。


シーガはああして意地悪なことはするが、食事もきちんと出してくれる。一緒に食事をするって言うことはスレイドや他の人たちのような使用人ではないという扱いだ。

代わりに何か仕事をしようと申し出たときには馬鹿にしたように笑われて。結局何もしないまま、ただ、のんびりしている。

毎日、とにかく食べるだけで精一杯だった時もあった。市場や漁師、商人、工場、いろいろなところで働いてきた。たとえ三日間でも、働かずに食べて寝る、その生活は奇妙に思えて落ち着かなかった。



二階にある食堂から広い階段を下りていく。

一階の礼拝堂と講堂を左に見ながら中庭を望む回廊をスレイドについて歩く。言葉少ない彼は、少年の気持ちを図ってくれているのか。今は数歩離れた位置を保っていた。


背の高いスレイドの、黒い髪が風に揺れる。
それは、少し父親を思い出させた。
父親も、ライトール人だった。


風雨にさらされた回廊の床は、鈍い乳白色をしている。大理石で作られたモザイクは緋色と緑石を織り交ぜて美しい幾何学模様を織り成している。所々欠け、真ん中は人々の足跡のように緩やかに凹んでいる。


円柱と円柱を結ぶアーチは優美な彫刻で飾られ、経年による静かな色合いが無色のステンドグラスを際立たせている。そこを通り抜けることで陽光は荘厳さを帯びる。


長い歴史を誇るライトール公国は、今や工業国家としての名を上げているティエンザ王国に経済的には押され気味だ。それに負けまいと首都ライト公領は近代化が進んでいるが、こういった郊外の歴史ある建築物を見ると近代化=力という等式は空虚なものに思える。


古いものの持つ歴史の重み、成り立ち、関わった人々の想い、それを調べるのが好きだった。建築の歴史。タースがもっとも興味を持ったものだ。


この旧聖堂、ラミアカレス・ラキンは、図書館でもみたことのある有名な建築物だ。実際に目にしてみてその美しさと技に感心し、傷んだまま放置されている部分には逆にそれを維持できないでいる教会という組織に失望させられた。


スレイドの後に付いて中庭を横切ると、そのまま裏庭に抜けた。そこにはミキーが待っていた。小さな黒い馬車の前に立つ、真っ白なワンピースの少女は、日差しの中、緑の芝生に映えた。


自然と、鼓動が早くなる。


タースを見て笑顔を作る。その変化がまた、少年の心を躍らせた。
シーガとのやり取りの為にささくれ立った気分など、拭い去ってくれる。


「?そういえば、ミキーはどうしてユルギアが見えるんだ?」
ふと、口をついて出た言葉に、スレイドが振り返った。
「そりゃ、ボウヤ…」
「タース!旅のご用意をしていましたの!見てみて、このお洋服!素敵でしょ?このリボンはミキーからプレゼントですの!」


見せたくて仕方なかったのか、くるりと可愛らしいワンピースをみせびらかすと、抱きつかんばかりの勢いでかけてきて少年の目の前に黒い蝶ネクタイを掲げる。
よくよく見ると、それはレースで出来ていて、どちらかといえば、少女に似合うべきものだ。


「あ、ありがとう」
「これ、付けてください!」


首にすがりつく少女にドキドキしながら、タースはされるがままだ。
少女の肩越しに大きなトランクが三つ見える。その上にそれぞれ帽子と、コート。

本当に、出かけるんだ。
タースはもう一度馬車のほうを向く。小さな二人乗りの馬車。黒塗りの鉄製の車輪と車体を持つそれは、最新のバネが衝撃を抑え、かなり乗り心地のよいものに見えた。大きさの割りに手の込んだ、贅沢なつくりといえた。
御者台は黒い客車部分の前にあり、木で出来た座席部分の両脇を鉄の優雅な曲線の手すりで挟んだ格好になっている。
そこが、自分の場所になるんだ。

不思議な、感覚だった。

親方に初めて仕事を一つ任せてもらったときのような、高揚感。
誰かに必要とされるのは、悪くないとその時思った。

それが、例えシーガ相手でも。与えられたものに相当するだけの労力は提供するべきだと素直に考えてしまう、それはタースの性分だ。
やるべきことを果たさずして、シーガに食って掛かることは出来ない。今のところ、食べさせてもらっている立場だ。


「やっぱり似合いますの!」


気付くと襟元に黒い蝶ネクタイをつけられている。まるで、そう、ミキーにとっては楽しい着せ替え人形なのだ。
そうは思っても、ミキーがニコニコしているので、まあ、いいかと少年は照れる。


それを呆れて見つめながら、スレイドは小さくため息をついた。


「スレイドも一緒なのか?」
尋ねる少年に男はふふんと笑って見せた。
「笑えない冗談だねぇ。この二人とユルギア退治、どんな物好きだってお断りってもんさ!ああ、恐ろしい、恐ろしい」


スレイドは左腕で右のわき腹を押さえるようにしてかがむと、右手で左肩、右肩、最後に額と順に中指で触れる。
聖三角をかたどった祈りのポーズをして見せた。


「あ、ごめん、この間護符を破ったから?」
「ん?ああーこれかい?」


スレイドがポケットから赤い文字の細い紙を引っ張り出した。この間はひどく大切そうに扱っていたのに今日はやけにぞんざいだ。


「真似して書いてみたぜ!見てみろ、これ、五百で売れるよ、いい出来さ。ユルギアも真っ青てな」
「ぶ」
真剣に言うスレイドに、少年は笑顔になる。


背後から、コートを着た青年が現れた。
彼の周りだけ空気の温度が二度ほど低いように思える。
夏の日陰のように静まっている。黒い裾の長い上着を涼しげに着ているからだろう。

「いい副業を思いついたようですねスレイド。それなら、いつ解雇されても心配は要りませんね」
「ユルギア退治よりはましってもんです」
シーガとスレイドは軽く視線を交わす。冗談なのかなんなのか、この二人の間にはいつもこういった言葉が交わされる。
「退治ではありません、調査ですよ。さ、行きましょう、ミキー。雑種も、……ぷ」


少年の蝶ネクタイに気付いて変な顔をしたシーガに、ミキーは嬉しそうに近寄って、同じ顔をしてみせる。その仕草にタースが笑った。


まだ、分からない。
何が本当で、何を選ぶべきなのか。
それでも、今は付いていくしかない。


次へ

「想うものの欠片」設定資料①

エノールトの世界:三つの大国①


ティエンザ王国:首都エンザ:ノトンドール二世


世界一の工業国を自負している。豊富な鉱脈と水を利用して、もともとの農業国家を工業国と変えようとしていた。
国の大半を占めるルードサス人種は大柄で身体能力に優れている。地方の街の半数に国の管理する鉱山があり、その資源を利用して、国家的に工業先進国を目指す。
古くから海賊、山賊が多い地域でもあり、どちらかというと野蛮な民族といわれている。
最近の近代工業の発展によって、自分たちを蔑むライトール公国の人々や帝国を、時代遅れとしてバカにする傾向がある。
帝国に対しては、過去は遠い聖なる都、とされていたため、その存在を脅威に思いつつも、新しい技術によって帝国を見下したい、というのが本音。


ライトール公国:首都ライト公領:リュエル三世

旧都市国家の集合体のため、地方意識が強く、未だに対立の深い都市もある。
中心にある公領と地方の24の都市。大まかに北部の北領、中央領、東領、海領(南)に大別される。海領と中央領との境にある公領が、首都。
古くから、学問や研究、芸術文化の栄えた土地柄。
ライトール人種が大半。
ティエンザ王国を田舎者ととらえる住民が八割を超える。
帝国については、古めかしい宗教の都と位置づけているが、逆に近年の観光ブームで「古都」として、人気があった。


 レスカリア帝国:帝都タシキモーニ:皇帝アルシャハシド

古い宗教の国、という印象の拭えない国。
世界一古くから統一されていて、その頂点にいる皇帝は謎に包まれている。
近年の工業技術の発展により、多くの他国の人間を向かえるが、その深部は明らかではない。
国民のほとんどが宗教に身をささげる人々で、彼らにとって皇帝は神に等しいものだった。
他の国が交渉したり会談したりする場にも、決して同席しない。
それでいて、各国の教会を押さえているために、他の国も手出しが出来ないという状況だ。
安寧の地、聖なる古都。

「想うものの欠片」第三話 ⑤




目立たないようにとの配慮か、タースには帽子が渡された。

紹介された白い馬は鼻をひくひくさせてタースを出迎えた。名をリロイといった。
ぶるると、歯をむき出して笑うようにして鼻面をタースに摺り寄せた。
初めて間近でみる馬は大きくて、ちょっと驚いたが、人懐こい馬でタースを安心させた。


そして何より少年を喜ばせたのは、馬にまたがって、今か今かと待っている初老の男性のユルギア。黒い服を着た小柄な人物だ。以前、この馬車を見かけたときには御者席に座っていた。多分普通の人には見えないのだろうが、彼が帽子を取って挨拶をしたので、タースもよろしくと笑った。


馬が連れて行ってくれる、そういうことだ。
その馬には、馬を愛するご主人のユルギアが乗っている。
タースは安心して、御者台に座った。


シーガが馬上のユルギアに何か小さく話したようで、タースの耳元をかすかな声がかすめ、振り向いたときには馬が走り出していた。


馬車は心地よい林の中を駆け抜け、タースはすっかり嬉しくなっていた。こんな気分で馬車に乗るなんて、思ってもみなかった。澄んだ空気。空は快晴で、風が心地よい。
昼前の日差しに、少し目を細め、少年は深く息を吸った。


道はいつの間にか石畳に変わっていた。
土がむき出しの道よりは埃が立たないので少しは楽だ。周りは小さな家が並ぶ村のようだ。馬車が珍しいのか、子供たちがこちらに笑って手を振っている。
思わず手を振り返そうとして、背後のシーガの視線を感じて、やめた。


小さな村だ。
石造りの平屋建ての小さな家が、同じような形で並んでいる。家並みがなくなると、あたりは一面麦畑だ。さわ、とまだ緑の穂がいっせいに風に揺れ、心地よい音に少年は目を細めた。のどかな風景。


小さな川にかかった橋に差し掛かる。橋からちょうど家一軒分低く作られた水車小屋があり、ぎしぎしと水車をゆっくり廻しながら、麦の粉を挽いている。水は澄んでいて、きらきらと日差しをきらめかせた。
道はだんだんと広くなる。


村を過ぎて、見かける家もまばらになったころ、左に見えていた林は深くなり、道がついにその中に入っていく。木漏れ日に身を晒しながら、タースは馬の背に揺れるそれを楽しそうに見つめた。
馬がしなやかな筋肉を動かすたびに、流れている木漏れ日もゆらりとする。
自分の手にも、足にも、暗い森を透かす頼りなく美しい光が注ぐ。


シデイラの教えは、硬いものではない。
こうした自然を楽しむ心。慈しむ心。愛する気持ち。自らを中心にではなく、世界のすべてが中心であり、その中に人が小さくたって居る。
この世の自然の営みに人は従い、悟り、成長する。


今の教会の教える唯一神の存在は、人のためでしかない。人のために神がいて、人は自らのために祈る。それとはまったく違う。
遠く、どこかの教会の鐘にタースは眉をひそめ、心地よい森の空気に浸っていた気分を揺り起こされた。


眠っていたのかもしれない。
いつの間にか、森はなくて、目の前には街が見えた。そこそこの規模らしい。すれ違う馬車、街角の人々。活気がある。


タースの座る御者台の背後には、身を乗り出せば肩くらいまでは出せそうな四角い窓があり、中が見える。窓には硝子がはまっている。引き戸になっているのだ。それがすっと開いた。
少年は気付かずに心地よさげに口笛を吹く。


「うるさいです」
突然の声にびくっとして、振り向くと、青年が小窓から手を伸ばし、タースの額に手を当てた。
「な、何?」
「……ミキー、薬を」
「何だよ!」


シーガの後ろで、心配そうにミキーも両手を胸の前で握り締めている。
「なんだよ、僕、別にどこも悪くないよ?すごくいい気分だ」
「タース、これ、飲むですの」
ミキーが小さな硝子のビンに入った飲み物をくれた。
「何の薬?」
くん、と匂いをかぐと、オレンジのような香りがした。喉が渇いていたので一気に飲んだ。
「ん、なんか酸っぱい」


「すみませんの、ミキーのお熱に効くんですの」
「え?」
少女はこくりと頷いた。
柑橘系の香りがしたその水は、直ぐに染み渡ってまた、飲みたくなる。内容なんかどうでもよくなった。
「ね、ミキー、もういっぱい、もらいたいな」
「はい」


嬉しそうに空き瓶を受け取って、少女は自分の席の脇にある荷物から新しいものを取り出そうとした。窓から差し込む日差しにミキーの髪がきらりと揺れる。
見とれる。


「タース、だめです。飲みすぎると腹を下します」
「え?」
シーガだった。
「足手まといは困ります」
読んでいたのだろう、小さな本を膝に置き、シーガは足を組んでちらりとタースを睨んだ。

タースは笑った。
「ありがとう」


青年は本当に驚いたように目を丸くして、少年を見つめた。

「なに?」
「……お前は、人を嫌うということをしないのですか」
目を丸くするのはタースの番だった。


「嫌われたいの?そりゃ、腹は立つし、あんたのこと好きじゃないけど。でも親切にされたら感謝するのが当然だろ」
シーガは表情をなくして、再び自分の座席に深く腰を据えた。

「なんだよ?気持ち悪いな、何かおかしいかな」
「いいえ、やはり雑種は理解できませんね。それとも熱で頭の中身がおかしくなったのか」
「熱?ないよ、別に、気分悪くないから!」


そういえば、スレイドも何か言っていた。
熱?


「はい、お薬ですの」
シーガの話を聞いていなかったのか、ミキーは新しいビンをタースに手渡した。
「え、ああ」
気分が悪いどころか、かいがいしく世話をしてくれるミキーを見ると嬉しくて仕方ないのに。
これから、一緒なのだ。
会いたくて図書館に通ったことを思えば、今の方が幸せに感じた。


セルパ親方のそばにいれば迷惑がかかることは必至、どうせ離れなければならないのであればこの状況は最良に思えた。選べる選択肢はないに等しかったけれど。
シーガの態度は気になるけれど、タースは現状に満足していた。


「飲まないですの?」
大きな夕日色の瞳に見つめられて、タースは我に返る。
手に持った飲み物をじっと見る。
よくないとシーガに言われたけれど、ひどく喉が渇いていた。
のどが鳴る。
「お前、気付いていないのですか?それに何か感じませんか?」
シーガに言われ、タースは手に持ったビンを見つめた。


「違いますよ!そのミキーの手です」
「あ?」
いつの間にか自分の腕にミキーの手がちょこんと乗っている。
柔らかな手。可愛らしく、長い袖から三本の指先だけが出ている。自然、頬が緩む。


「え?」


よくよく見ると、爪がない。
そっと、握ってみる。
「うふ?」
少女はにこりとした。
「え?」
手はふにゃりと柔らかい。滑らかな絹、中身は綿のようだ。


次へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

「想うものの欠片」第三話 ⑥



「シーガ様がお傍に居るとちゃんと人間に見えますの」
「え?」

恥ずかしそうに笑う少女。
ミルクティー色の髪が馬車の振動に合わせて、硝子に触れる。
タースはまた、柔らかな手を見た。

人間じゃない、のか?
先ほど飲み干した薬とやらが、胸の奥で凍りついたかのような気がした。

「シデイラなら見ただけで分かります。ミキーは兎の人形に宿らせたユルギアです。お前の言う、ルリアイ、あれを使うと物に宿って実体を持つことが出来ます。図書館でも見たでしょう?」
「ゆ!」
ユルギア?そんな、バカな!

タースはじっとミキーの顔を見つめた。可愛らしく見つめ返してくる。ミキーは首に下げた青い石のペンダントを見せた。
どきどきと確かに心臓が高鳴るのに、これは恋だと思っていたのに、相手がユルギアだなんて?

「ミキー、離れなさい。タース、それは人が好きです。だから、隙さえあれば触ろうとする。誰にでも尾を振る犬のようなもので、恋愛感情などありません。情けない顔ででれでれしているから面白かったのですが、あまりに無防備なので、倒れられても困りますから。ミキーが触れたものは皆熱を出します。それは、心の純粋な子供ほどひどくなる。まあ、お前のように鈍感なら、先日から熱があったことにも気付いていないでしょうが」
「……うそ」

シーガの言葉の後半はほとんど耳に入っていなかった。

ミキーが、ユルギア?
なんで?
どうして?

「タース、飲まないですの?」
また腕に触れるミキーの白い指。
爪がなくても、三本しかなくても。
ミキーが触れているというだけで、特別な気がするのに。
好きだったのに、いや、今でも好きなのに。

「……バカですね」
シーガが呆れてつぶやく。
青年をきっと睨んで、でもその表情は長くは続かず、少年はがっくりとうなだれた。
小窓に背を向けると、正面を向いた。こういうとき、隔たりがあるのはありがたい。


受け取った小瓶を、膝の上で揺らす。
小さな水面の丸が揺れてまた直ぐ、元に戻る。

言われて見れば、だるい気分だ。そんなゲンキンな自分が嫌になる。
熱があると聞かされると急に病気になった気分になる、あれだ。
さっきまで元気だった。
気持ちの問題なんだ。

ミキーだって、さっきまですごく好きで。
ユルギアだって聞かされて、僕は違う目で彼女を見ている。
それがひどく悲しい気分にさせた。

好きだって思っていたのは嘘だったのか。

でも、ユルギアを好きになってどうする…相手は歳もとらない、お人形。
だけど、じゃあ、どうしたらいいんだ。

自問自答を繰り返す少年の後姿に、シーガは首をかしげていた。
硝子の扉に近づいた。
「ほら、もういいから、その一つだけ飲みなさい。眠くなりますから、きちんと留め紐を腰につけておきなさい。落ちてリロイに迷惑をかけてはいけません」
「……シーガ、母さんみたい」
慰めてくれている気がした。
「!?」
タースの一言に青年は黙り込んだ。

白い頬を珍しく赤らめたシーガに、ミキーは嬉しそうにすりよった。顔を真似てみる。
今はそれを寂しそうに見つめ、タースは微笑んだ。


「僕、それでもミキーのこと好きだ。ありがとう、シーガ」
あきれるシーガの視線に、タースも何となく照れくさくなって再び背を向けた。

おかしいのは分かってるけれど。本気で好きなんだ。
嘘は付けない。


手に持った飲み物を一口含む。少し香る果物の香り。美味しく感じて、また、一気に残りを飲み干した。
馬車の揺れが、心地よい。
優しい気持ちになる。

ぽろりとこぼれた涙が、コツンと小瓶の硝子を鳴らし、ちょうど手のひらに乗った。

自分に呆れて、口元が緩んだ。
不思議だな、ルリアイ。
そっとそれをポケットにしまった。
大切な自分の気持ちのような気がした。


それでいいのか!?タース?(笑)次回に続く♪次へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

「想うものの欠片」第三話 ⑦

raitoormap.jpg

地図は…だんだん直します~(><)へたくそだなぁ!




小さな町でその夜は宿を取ることになった。


そこは旧聖堂のあったライト公領北部から、西にある田舎町。ナトレオスといった。

目指す場所も目的も知らされていないタースは、持たされた地図を見ながら、予想してみる。
ティエンザ王国に向かうと言っていた。

ライトール公国と、アバスカレズ川を隔てて西に隣接するティエンザまでは、鉄道を利用すれば丸一日で国境線までたどり着く。
しかし、ライト公領北部を西に向かって細い森の道を抜ける今のルートはどう考えても遠回りに思えた。

旧聖堂のある村からまっすぐ南下して、タースのいたライト公領中枢の駅からまっすぐ西に向かうトラム・ミスに沿って馬車を走らせるのが早いはずだ。

ライト公領からティエンザ王国に向かうには、結局、国境となっているアバスカレズ川にかかる唯一の橋、キョウ・カレズを渡る必要がある。

その大きな橋は、トラム・ミスの西端の駅モテノから、さらに少し南下したところにある。川の真ん中に国境を守る検問所があり、厳しい審査を経ないと通れない。

不法入国するには、上流の険しい崖の下の川を渡り、渓谷沿いに長い時間河原を進まなくてはならない。あるいは危険を承知で崖を登るかだ。

かつて、挑戦しようとして、タースはあきらめたことがあった。崖から降りることは出来たが、川の流れが速く、下流に押し流されながら渡りきろうとしたときには、向こう岸に点々と立つティエンザの国境警備兵が銃を構えて立っていた。

嫌な、思い出が浮かぶ。
結局、このライトール公国を出たことは一度もなかった。


「どこか、行きたいところでもあるのですか」
珍しく、シーガが声をかけてきた。

宿の受付で部屋を取る間、少年は狭いロビーの脇の椅子で座って待っていた。
受付のカウンターに背を向けるように置かれている二人掛けの木製のベンチにタースは座っていた。地図を眺めながら難しい顔をしている。
青年の声に顔を上げると、いつの間にか隣にミキーが隣に座り寄り添っているのに気付いた。

「ううん、あの、どこに行くんだ?いずれ、橋を渡るんだよね?随分遠回りな気がする。このまま西に行って川沿いに南に下るの?途中のウルルカの街やカヌイエの街を経由したほうが道も広いし、店も多いし、そっちのほうがいいんじゃないの?」

向かいのベンチに足を組んで座るシーガをまっすぐ見つめて、タースは地図を示した。
ライト公領から西に向かう経路だ。その先に橋がある。

彼らはそれよりずっと北よりに西へ進んでいた。一見短く見える道も、実際は山岳地帯に阻まれて、かなり険しい山道になる。

傍らのミキーがタースの腕にそっと手を添える。
少女の白い指が温かくも冷たくもなく感じられた。目を細めて、タースは右腕でミキーの肩に手を回した。

「!」

一瞬、眉をしかめたシーガと対照的に、少女は嬉しそうにタースの胸に頭を預けた。甘えている。嬉しそうに笑った。

タースはミキーを見つめた。
人間でない、と聞いてから、逆にタースは気持ちが固まった。おかしなことだが。

そんなことで気持ちは変わらないという、無謀とも言える勢いが彼の行動を支えている。恋愛感情がない、誰にでも甘える。それは分かっている。
だったら、自分の傍から離さなければいいんだ。熱が出たって平気だ。ミキーが、もし、嫌なら別だけれど。


「では。お前の希望通り、都会を進みましょう」
「なんだ?随分簡単だね」

こちらを通る意味があったのではと思っていたので、タースは拍子抜けした。道を選ぶ理由を知れば、旅の目的やシーガの考えていることが少しでも分かる、そう思ったのにそれも、当てが外れた。
あくまでも、説明不要、という態度だ。

自分が、くっついているだけの荷物であることは承知している。承知はしているが、気分のいいものじゃない。

「別に、深い意味はありません」
「あの、何処に向かってるんだ?あの、目的とかさ」
「お前には関係ありません」
「……知ってれば協力できることだって、あるかもしれないし」
「不要ですから。さ、部屋に行きましょう。ミキー」
シーガは無表情のまま、ミキーの手を引いた。

二人に引っ張られるような形になって、ミキーは左にいるタース、右に立つシーガを見比べた。

「あの……」
「タース、お前は一人で、ほらそこの部屋です」
シーガは視線だけで一階の廊下の先を示して見せた。
「……あ、そう」
タースはそれでもミキーの肩に置いた手を放そうとしない。
にらみ合う。

ミキーが三回左右に首をかしげる間、二人の表情は徐々に厳しくなっていく。
タースが、口を開く。

「夕食まで、ミキーと話をしたいんだ、いいかな」
「お人形遊びですか?」
「!」
シーガの言葉にタースは掴みかかる。

「キャ!」
ミキーは両手で顔を覆った。



暴風警報発令中!!次回を待て!(笑)
次へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

「想うものの欠片」第三話 ⑧



「い、てて」
「雑種は、雑種らしく、していなくてはね」
シーガの動きは素早かった。次の瞬間には左腕をひねり上げられていた。

痛む肩にタースは目をつぶった。シーガの細い腕の何処にそんな力があるのかと思うくらい、身動き取れない。つかまれた手首は痺れていた。

「放せよ!」
そのまま引きずられるように壁際に連れて行かれ、突き飛ばされた。
「さ、お前の部屋はそっちです。われらは二階。屋根があるだけましだと思いなさい」
見下ろした翡翠の瞳に、タースは左肘を押さえ床に膝をついたまま睨み返した。
「わん、とでも吼えますか?」

唇をかみ締めて、タースはうつむいた。
ミキーを人形とあざ笑ったり、自分を雑種の犬扱いしたり。腹立たしいことばかりだ。
はあ!とやけくそ気味なため息を吐き出して、タースは立ち上がった。

「わかったよ」
スーツケースの一つを受け取って、示された小さな扉に向かった。
扉の前で振り返ると、階段を昇る二人の姿が見えた。何となく見送ってから、受付に立つ中年の女将と目が合った。女将は慌てたように視線をそらした。

扉を開くと、そこは小さな部屋だった。
入って直ぐ左手に、薄い生地のカーテンが引かれている。
あけてみるとタイル張りの浴室だった。たっぷりと水を張った桶に、小さなランプの明かりが揺れる。ポンプ式の蛇口、その横にタオルがかかっていた。

体を洗うことくらいはできそうな設備。その奥にトイレ。
狭い部屋には小さなベッドが一つ。それで部屋の半分が埋まっていて、残った場所にスーツケースをおけばそれでいっぱいに見える。
タースはブーツを脱いでベッドにのぼり、その向こうにある小さな木の窓を押し開いた。

目の前は隣の店だろう、細い人一人やっと通れる路地を挟んだすぐ向こうに、クリーム色の壁があった。
「いい眺めだよな…」

それでも、ライト公領で自分が住んでいた部屋に比べてましだとタースはベッドに仰向けに横たわる。天井にはくもの巣が白い埃と一緒になって揺れている。

横向きになって、腕を枕に上質な大きなスーツケースを眺める。自分のために用意されたそれ。
今着ている服。
一人分増える旅費がどれほど負担になるか。感謝はしている。

けれど、ミキーのこととなれば、別だ。好きで何が悪い。例え、それが人形であろうと、ユルギアだろうと。
ただ一人、タースを人間扱いしてくれる。

傍に居たい。

さらりとしたシーツに頬を滑らせ、耳のすれるくすぐったい心地よさに目を閉じた。壁を背にして、体を守るように小さく丸くなる。くせのようなものだった。
そうして、一人で夜を過ごしてきた。

僕には何もない。家族も、友人も、仕事も。それでもやりたいことはあった。

いつか、建築家になる。そして、それを果たした時に、そばに彼女がいてくれたら。笑ってくれていたら。他に何もいらない気がする。

もう、ここまで来れば、一人で抜け出すことだって出来る。今だってこの窓の外は直ぐに路地だ。けれど、ミキーが必要だ。

「案外、あいつも好きなのかも…そうだよ、あんな性格の奴、他に相手してくれる女の子なんていない」
しかも、シデイラ。同じ境遇、ともいえる。

タースは先ほどの珍しく感情的なシーガを思い出した。予想外に強かった。
まだ少し痛む左肘をさすった。

コンコン。

誰かが扉を叩いた。
「あ、はい?」
起き上がって、ベッドからスーツケースの脇に降りたつと、同時に扉が開いた。

「タース、あのね」
ミキーだった。


先ほどまで着ていたフード付きの薄いコートを脱いで、少女はほっそりとした体を際立たせるようなシンプルなワンピースを着ていた。足元はひざ下までの黒いブーツ。真っ白なワンピースに黒のレースが縁取る短めのカーディガン。それは些細な風にも舞い上がりそうなくらい薄く軽そうだ。
そして、黒い帽子。
亜麻色の髪が、桃色の頬がシンプルな色合いに映える。

「ミキー、どうしたの?」
出迎えると、タースは少女を抱きしめた。
もう、ごまかすつもりもない。

「ん、あのね」
腕の中の少女はくすぐったそうに頬をタースの胸に擦り付ける。
二つに束ねた巻き髪から真っ白なものが見える。

「!?あ、これ?」
タースに耳をつつかれて、ミキーはやん、と可愛らしい声を出した。
一気に心臓がやかましくなって、タースはぎゅっと抱きしめた。


お人形、なんだろう。
だから、柔らかくて優しくて、決して嫌がらない。

見上げる瞳が何度も瞬いて、ミキーは恥ずかしそうに笑う。
「くすぐったいですの。あのね、タース、シーガ様がお夕食をご一緒にって、お外に行きましょ?」
「あの、ミキー?君は、ユルギアなんだろ?」
「はい?」
少女は首をかしげた。

ああ、そうだ。ユルギアは自覚がない。思念の内容を聞かなくては。
「ええと、ミキーは何のためにいるの?何をしたい?」

ミキーの頬が赤く染まった。
「ミキーは皆さんに大好きでいてほしいですの。ミキーも皆さんのことが大好きですの」
皆さん、大好き、その意図が測りづらい。


「ええと、皆さんっていうのは?僕も入ってる?」
「はい!」それは嬉しいことだけれど。
「大好き、って?」
「ミキーは寂しいの嫌いですの。だから……」
白い大きな耳がぴくと動いた。
「シーガ様がおいでですの」
「え?」

タースが顔を上げたときには、扉が開いていた。

銀髪の青年は、じろりと睨むと、つかつかと歩み寄る。




次へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

「想うものの欠片」第三話 ⑨


ミキーを抱きしめたまま、後ろに下がろうとした。しかし、部屋は狭い。
直ぐにスーツケースに突き当たって、転ぶ。

「きゃ!」
「わ!」

後ろ向きに転んだタースは、ベッドとスーツケースの間に転がった。弾みで大きなスーツケースは向こうに倒れ、硬い音を立てた。肩を押さえて青年を見上げた。


シーガは寸前のところでミキーを抱え上げたらしい。ミキーは抱きかかえられるお人形よろしく大人しくされるままになっている。


中身が綿、大きさの割りに軽いので、シーガは片手で軽々抱えていた。


「やめました。お前は夕食抜きです。さ、ミキー行きましょう」
「待てよ!言いたいことがあるなら言えばいいだろ!」


去りかけたシーガがぴたりと止まった。
振り向く。
おろされたミキーは、そっと、シーガの背後に隠れるようにする。
喧嘩が苦手なのだろう。耳を塞ぐように両手で帽子を押さえつけている。


「シーガ、あんたもミキーのこと好きなんだろ?だから、そんなに怒るんだろ!」
「お前の人形ごっこに付き合いきれないだけです」
「うそだ、怒ってるだろ?」
「いいえ、呆れています」
「じゃ、夕食一緒でもいいだろ」
「……どういう、理屈ですか?」
「お腹、すいたから……」


半身を起こして、タースはため息をついた。


ミキーに触れられることが嫌ならそういえばいい、シーガが彼女のことを大切に思うならそれはそれでもいい。
シーガにもそういう感情があるって思える。
けれど、ただ、不機嫌になるだけではどうしようもない。
まるで拗ねている子供のようだ。


シーガはじっと少年を見つめていた。
「お前は、勘違いしていますよ」
ボソッと言った青年の言葉に、タースは勢いよく立ち上がった。
「何を?」
立ち上がるとちょうど、シーガの肩の高さがタースの目線。不意にシーガが伸ばした手はタースの額に当てられた。


「!…熱はないって!」
「私は、ユルギアに恋愛感情を抱くなど愚かなことはしませんし、お前のために何か行動するつもりもありません。お前のようにいちいち心を動かされていてはユルギアにいいように振り回されますしね、もともと、こういう性格です」
「冷血!」
「ほお」
シーガはむしろ嬉しそうに目を細める。


それを見てタースは言葉にしてみた。感じるままのことだ。


「あの、本当は違うんじゃないのか?究極の恥ずかしがり屋で、気持ちが反対の表情に出るとか」
「……」
シーガは黙り込んだ。


「だって、いちいちあんたの感情を想像しなきゃならなくて疲れるんだ!分けわかんなくて。気になるだろ!」
「お前、馬鹿ですか」
「もう、いい!行こう!夕食だ夕食!もう、腹が立って余計にお腹すいた!」


タースは翡翠色の視線から目をそらすと、脇をすり抜けて、部屋の外に出ようとした。
が、何かにひっかかって、見事に転んだ。
腕で顔を庇ったものの、したたか肘を打った。
ミキーの目の前で転んだのだ、恥ずかしさに頬が火照る。


「な、何だよ!」
自分の足元、シーガの靴を座り込んだまま蹴る。
シーガはさっとよけると、そのまま少年の腿を蹴った。
「痛いって!」
情け容赦ない。鈍い痛みに、タースは体を起こすと、手でさすった。


「お前は留守番です。ミキーに触れていたでしょう?外で倒れられては困ります。お前を運ぶほど私に力はありません」
「だから、熱はないって!」
「…あるから言っていますが」
シーガの表情は真面目になっている。半分、そう、呆れている。
「!?うそだ、僕は平気だぞ!」
本当に自覚はない。以前倒れたときのようなだるさもないし、火照ってもいない。寒気もしないし、ふらつきもない。


絶対にシーガの勘違いだ。


「は、本当に自覚がないのですね。いいでしょう、その代わり、倒れても捨てていきますから。死に物狂いで付いてくるんですね。ああ、そうですね。それも楽しそうです。僕はシデイラの混血ですって張り紙でも貼り付けてあげますよ」
「本当に趣味悪いな」
タースは起き上がって尻を軽くはたいた。
「あの、ミキーもご一緒していいですの?」
「当然だよ」
タースが笑う。


嬉しそうにミキーはタースの左手にしがみ付くように近づいて、腕に頭を摺り寄せた。
黙ってそれを眺めながら、シーガは乱れた髪をかき上げて歩き出す。



次へ(8/9公開予定♪)
ブログランキング・にほんブログ村へ

「想うものの欠片」第三話 ⑩

10


三人は宿屋からかなり歩いた小さなレストランに入った。


「さっきのとこでもよかったじゃないか」
すっかり鳴き疲れた腹の虫をなだめながら、タースは青年に文句を言う。


三軒目にやっとシーガがうんと頷いた店は、さほど大きくない小さな料理屋だ。先ほど嫌がった二軒と何も変わらない。このあたりの森で取れるきのこ料理と、ジャガイモと玉ねぎ、卵を使った、よくある料理。田舎の街ではそこで取れるものしか食べられない。


都会では流通が発達しつつあるから、新鮮な魚や、珍しい果物などが手に入るが、ここはまだ、何もない。


馬車ですら珍しいために、どこを歩いても三人は目立ったし、気のいい人にはさっき馬車で到着したお人だよね、と、声をかけられたりもした。


シーガの容姿はどう見てもシデイラなのに、誰も差別的な目を向けなかった。
それは、タースにとっては新鮮な驚きだった。
もっと、差別されるのだと思っていた。


実際、自分が経験した中では、シデイラの血を引いていると知られるとあからさまに態度が変わった。なのに、最初から、どう見てもシデイラのシーガはどうして平気なんだろう?


料理屋の小さな丸い木のテーブルに肘を当てて、頬を預けるとタースはじっと青年を睨んだ。
なんで、平気なんだろう?


ぶしつけにじろじろ見られているのに、シーガはそ知らぬ顔で、優雅な仕草で着ていた薄いコートを脱ぐと店主を呼びつけ預けた。肩にかかった髪をさらりと直す。


キレイな、銀色だよな。
黒い服に似合う。


ふと、シーガと視線が合った。
「!」
自分が見とれていたことに気付いて、思わず目をそらした。


「どうしました?気分でも悪くなりましたか」
「違う。心配そうな口調のくせに、目が笑ってるよ」
「そうですか?」


普通の顔できないのかと文句を言いながら、タースはあごに手を当てたまま店を見回した。
視線を、感じた。


見回すと、店にいたほぼ全員と目が合った。
夕食時。近所の家族連れや仕事帰りの男たち、年寄り夫婦と孫。狭いながらもニ、三十人はいるだろうか。
その、ほぼ全員と目が合ったのだ。


相手もぎょっとしたようだったが、タースも驚いて思わずきょろきょろしてしまう。慌ててぶらぶらさせていた足を揃えて床につき、両手を膝の上に置いた。


「なんか、みんなに見られてる!」
小声でシーガに訴える。
「そうですか」


何の興味もなさそうに、メニューを眺めている青年はテーブルの上の呼び鈴を鳴らした。
「はいはい、いかがいたしましょう?」


直ぐ脇にいたのかと思うくらい素早く返事をした給仕の若い男性に、まん丸な目を向けてタースは見上げた。


「これと、これ、コショウは苦手だから抜いてください」
「はい、かしこまりました」
給仕はにこにこ、頬を染めて、シーガとミキーを見ている。


「!そうか」
唐突に気付いた。


ミキーはものすごく、人目を引く。
それはもう、傍に居るシーガの容姿なんか関係ないくらい、まず彼女に目が行く。だいたい男はそこで思考回路が壊れているから、シーガがシデイラでも関係ないんだ。
例え気付いたって、シーガ自身も女性の視線を釘付けにするくらいの魅力はある。実際、見れば見るほど、きれいな顔しているって僕だって思う。見とれかかったくらいだ。


その上、金持ちの服装。実際金持ちだろうし、馬車で移動しているんだから、どこかの貴族って感じだ。差別も何も、ないわけだ。


「世の中、不公平だな……」
頼んだ料理より先に、先ほどの給仕が店主からお嬢さんへのサービスだと差し出した甘いデザートを見て、タースはつぶやいた。


「タース、食べますの?」
どう思ったのか、ミキーがデザートの入った皿を差し出す。
「え、いいよ、ミキーにくれたんだよ」
そんなの食べたら店主に睨まれるだろう。


「タース、食べなさい」
シーガに言われて、眉をひそめる。
「じゃあ、一口だけ…」
もう、空腹は我慢できないくらいになっている。甘い誘惑だ。
「いえ、全部。ミキーは食事を必要としません」
「!!あ、そうか」


お人形だ。だから、一緒に食事しなかったんだ。改めて、旧聖堂でのことを思い出す。あの時シーガはタースの食べ方が悪いからだと、言っていたが。


「でも、そうしたら、怪しまれるだろ?ここでだって、注目されてるし」
「はい!あーん」


澄んだミキーの声に、タースは思わず顔を赤くした。
少女は一口分にしたデザートをフォークに乗せて、タースの前に差し出していた。
「ね、タース、あーん、して」
「ば、ばか、恥ずかしいよ」
「こうしてあげるのが好きですの!」
真っ赤になる少年を楽しむかのように、可愛らしい顔が飛び切りの笑みを浮かべる。


「そ、そう?じゃあ」
と。


生まれて初めて、いや、母親以来、初めてだ。

なぜにただそれだけのことなのに、それほど緊張し、ドキドキするのか。自分自身もわけが分からないが、空腹に染み入る甘さに少年は頬が緩む。


「はい、シーガさま!」
「タースにあげなさい」
「はい、タース」
繰り返される羨ましいシーンに、注目していた街の人々は、恥ずかしそうに、悔しそうに目をそむけ出す。
結局、すべて、タースの胃に納まる。なるほど、これなら、ミキーにと料理を出した店主も文句はない。


ちょうど料理を運んできた給仕にまで、ミキーが「はい、あーん」をしたので、今度は若い彼が店内の羨望のまなざしを一手に引き受けることになった。

次へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

「想うものの欠片」第三話 ⑪

11


たっぷり食べて、満足して、タースは余裕が出来たのか歩きの帰り道には街の様々な建物に興味を示した。

「この街、山越えの中継地なんだね」
古くからあっただろう石畳の通り、古い商店の軒の看板を仰ぎ見ながら感慨深げに話し出す少年に、ミキーが擦り寄る。

短いスカートの下の白い尻尾が時折ちらりと顔をのぞかせる。今は人影もまばらで、夜の闇に紛れるのでシーガも注意しない。

通りは明かりのついた商店の前だけ明るくなっていた。見通せば通りには石畳に伸びるランプの光と影が重なり、美しい模様を描いていた。

「ほら、水売り、道案内、それから、保存食のお店が多い。鍛冶屋の看板は蹄鉄だし。この先の山を越えるために、旅人がここで宿をとって最後の補給をしたんだ。ここから山を越えて向こう側の村まで、馬で一日以上かかるから」

「タース、詳しいですの」
「うん、僕、街の建物とか歴史とか、成り立ちとか。すごく興味があるんだ。ほら、図書館もそのために通っていたんだ。この街の建物は、山の土と同じ色のレンガで出来ているだろ?山際の街や村では水が貴重だから、石造りは珍しいんだ。流通が発達してなかった時代は石材を運ぶのは一苦労だ。たいていその場で調達する。石は切り出すのも削るのも、水がないと出来ないから。水の少ない地域では土をこねて作る煉瓦が多いんだ」
「ふうん。すごいですの!タース、素敵ですの」

二人が仲良く手をつないで歩くのを、一歩後ろからシーガは眺める。
「でも、今はね、国が管理して鉱山や石切り場を持っている。あちこちで山が削られているんだ。ポンプで川から水も引いてこられるし、石を削るのも機械で出来るんだ。だから、こういう歴史を感じさせる町並みは少なくなっているんだ」
タースは夢中で話した。
こういう話をする相手はいなかった。

それを喜んで聞いてくれる少女が、本当に可愛い。意味が分かっていなくても、耳を傾けて聞いてくれる。それだけで、幸せな気分になれる。

「雑種、静かにしなさい」
む、とタースが顔をしかめて振り向いた。

ちょうど、自分たちの宿の看板が確認できるくらいに近づいたときだ。
カタン、三人の直ぐ傍の料理店の看板が鳴った。
風が、出てきていた。

その店は、宿から一番近いからここにしようとタースが言った店だ。すでに明かりは消えていた。振り返ってみると、そういう時間なのか、通りにこぼれていた店の明かりは、今は何も見えない。
暗い。

タースは、つないでいるミキーの手が小さく震えたのを感じた。
顔を覗き込むと、少女はじっとシーガのほうを見ていた。
シーガの銀の髪が暗がりの中月明かりに光る。


白い顔は一層白く、美しいがゆえ不気味なほどだ。
ゆら、とその背後に白いものが見えた。
「!?ユルギア?」
タースの言葉に、ミキーが小さく頷いた。


「みたいですの。ミキーも、よく分からないですが、へんな声だけは聞こえますの」
少女がしがみ付くので、タースはその肩に手を回して抱き寄せた。
「怖いの?」
「はい、ミキーはユルギアさんたちは怖いです。なにを言っているのかわからないことが多いですの。トントみたいな姿をしているといいけれど。タースは怖くないですの?」
「ん、僕はよく分からない。シーガみたいにいつも見えるわけじゃないし、聞こえもしない。見えても怖いと感じるのは少ない。危険な奴って判るけど、怖くはないよ」
「だから、タースは強いですの」
少年は微笑んだ。


根拠はかなりあいまいだけれど、頼られるのは嬉しい。
「でもさ、怖くなくても退治とか消すとかできないから」
「シーガさまはときどき、消しますの」
「あいつはシデイラだからなぁ。その上、冷酷」
「聞こえていますよ、タース」


ひそひそ話に数メートル後ろから声をかけられ、タースはぎょっとして顔を上げた。
ちょうど、シーガの銀の髪が、ふわりと風に巻き上がった。
ユルギアらしきものに囲まれているようだけれど、本人は平然としている。
「消すのではないですよ、眠らせるのです」
「変わんないよ」
その時、何かがタースの背筋を這った。
ぞく、と体が自然とすくむ。
気持ちの悪いユルギアだ。

ミキーをぎゅっと抱きしめた。
「どうやら、そちらに気があるようですよ、そのユルギアは。ミキーはユルギアにも好かれますからね、引き付ける役にちょうどいいのですよ。後は任せました、タース」
「ま、任せた!?」


シーガはそういったきり、腕を組んで動こうとしない。
タースは見回すが、何も見えない。
「おい、ちょっと!どうしろっていうんだよ!」


「さあ。この料理店に住み着くユルギアです。お前がこの店に入ろうと言い出したときから思っていましたが、お前とそのユルギアは波長が合うのではないですか。普通、人は本能的に嫌なユルギアのいる場所には近づこうとしないものです。…まあ、お前の愚鈍さは特別ですが」
「愚鈍!!」


タースは、一つ息を吐いて。
シーガを睨みつけると、そのままくるりと向きを変えた。
「タース?逃げるのですか」
「帰る。宿に。いこう、ミキー。どうせ僕には何も見えないし聞こえない。つまり、いないのと同じ」

強引に歩き始める少年にミキーもつられて歩き出す。
シーガは、あっけに取られて見ていた。


タースはしばらく進んで。ぴたりと止まった。
振り向いた少年は、シーガに向かって顔をしかめて見せた。


「僕は、平気だからな!!ユルギアと遊びたければ遊んでいればいいんだ、一人で!」
そう怒鳴ると、つかつかとまた歩き出す。
本当に平気なようだ。
シーガを先ほどまで取り巻いたそれは、確かにタースにまとわり憑いたはずなのに、そいつはそこで、ふわりと消えた。
何もせずにユルギアが消えるさまを初めて見たのだ。


「愚鈍も役立つ、か。それとも、それ自体が偽りか」
そうつぶやきつつ、青年も歩き出した。ちらりと、明かりの消えている料理店に視線を移す。看板に付けられた白い旗のような布が、風に揺れた。

次へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

「想うものの欠片」第三話 ⑫

12


宿に戻ると、ロビーの明かりも消され、かろうじて受付のカウンターの上でランプが一つ揺らめいているだけだった。

ぎしぎしときしむ扉を閉めてシーガが入ると、ちょうど、宿の女将さんが片づけを終えたところだろう、カウンターの奥にあるキッチンから手を拭きながら顔を出したところだった。


「あれ、お客さん、遅かったねぇ。外は、もう真っ暗でしょう?」
丸い顔の少し太った女将は笑った。
「あの、水を一杯いただけませんか」
タースだった。

「喉が渇いたですの?」
「あ、うん、少しね」
「はいはい、ちょっと、待ってくださいよ。先に、これだけ」
女将さんはそういいながら、シーガの背後に回って、扉の鍵を閉めた。錠前が三つ。

「やけに、厳重ですね、女将さん」

青年の言葉に少し慌てた様子で、女将さんは愛想笑いを浮かべた。
「いえいえ、この辺は特に物騒なこともないですがね、念のためなんですよ。ほら、都会のお客さんの中には、このくらいしないと安心できないって方もいらっしゃいますし」


「ユルギアが出るのですか?」


チャリン、と。女将さんは三つ目の錠前の鍵を取り落とした。
慌てて拾う。
シーガはカウンター脇のベンチに座ると髪をかき上げた。隣に座ったミキーが足をゆらゆらと面白そうに揺らした。


「ま、まさか。ユルギアなんて、いるわけないですよ、びっくりさせないでくださいな」
「見ましたよ。三つ向こうのお店ですね。白い布が看板に結ばれていた、あれは何かの印ですか」


シーガの言葉に女将はびくりと肩を上げた。
「え、でも」
あれは何にも害がなかった。
言いかけたタースに、シーガは黙っていなさいとにらみつけた。
それから胸のポケットから、白いリボンをつけた小さな銀貨を取り出す。それを女将さんに見えるように掲げてみせた。


「私は、ご覧のとおりシデイラです。何かお困りでしたら、協力しますよ。これでも大聖堂の聖女ファドナ様にお仕えする身です」
「あ、あなたが……」
それが、何か身分を表すものなのだろう、女将さんは驚いて、まるで礼拝堂で神に祈るように頭をたれた。肩と額で聖三角をかたどる。


「お困りですか」
「は、はい」
シーガは言った。
「お話をお伺いしましょう。お役に立てるかもしれませんから」
女将さんは宿のロビーに三人を座らせると、温かい飲み物を持ってきてくれた。


悪戯にそれに口を近づけようとするミキーに、シーガがじろりと視線を送る。
女将さんはちらちらと、落ち着きなく視線を床に落として、話し出した。


「あの料理店には、ツクスって男が住んでいるんですよ。ツクスはね、あたしと同じ年でね、二月前に子供を亡くしたんですよ。ちょうど、ボウヤ、あんたくらいの男の子をね。ツクスは奥さんも亡くしていたからねぇ、一人きりになっちまって、塞ぎこんでしまって。最初はね、まだ、よかったんです。店は休みになったものの、人が来れば顔を出して、挨拶くらいはしてね。みんな励ましたんだけどね。日に日にやつれていったんです。あたしが最後にツクスを見たのは、そうねぇ、一月前くらいですかね」


「生きてるの?」
タースが首をかしげた。
「ああ、街の皆が交代で食事を届けているんですよ。届けたものは空になって戻っているからね」


「誰も、無理やり中に入ろうとしなかったの?」
「そこなんですよ、出てこなくなって三日目にね、みんな心配して集まりましてね。ツクスの店まで入ってね、その先の寝室に入ろうとすると、コレがまた扉が硬くてね。
木の普通の扉なんですよ、なのに、カタともしない。鍛冶屋の旦那と息子が二人がかりで蹴破ろうとしたんだけど、ダメでした。猟師の鉄の斧でも刃がこぼれる始末。それで、ユルギアが取り憑いたんじゃないかって話になったんです。ま、見てみりゃ分かると思いますよ」


「ふうん。そういうユルギアもいるんだ」
「本当に、退治できるんですかい?あんたたち」
タースの言葉に、女将さんは眉をひそめた。


「ああ、彼はただの御者ですから。ユルギアに詳しいわけではありません」
シーガがじろりとタースを睨んだ。商売の邪魔をするな、ということなのか。
「え、うん、そう。僕はよく分からないから」
タースはミキーの分と二つ、温かい紅茶の入ったカップを抱える。ミキーが飲めないので交互に飲んでいた。飲んでいない方にミキーがそっと、たっぷり甘い蜜を落とす。透明なミツがとろりと紅茶に溶け込むのが楽しいのか、何度も落とす。


「ふうん。そちらは詳しいんでしょう?シデイラの旦那さん。どうでしょうね?あれはユルギアじゃないかって皆はいうんですよ。
ツクスは奥さんが亡くなってからいいことがなくてね。奥さんは病気だったんだけど、なんだかねぇ。息子のノルドが励まして、がんばっていたんですけどね。ほら、ユルギアがつくと、嫌なことばかり起こるっていうじゃないですか。あの家の息子が亡くなったのもそのせいじゃないかってね」


女将さんは、宿の玄関に付けられた三つの錠前をこわごわ見つめた。


その時、遠く、悲鳴のような声が聞こえた。
甲高く、けれど細い声ではない。窓の木枠をすり抜ける突風のように近づいて遠ざかる。何故かタースは紅茶のカップを持つ自分の腕を握り締めていた。


目をつぶって祈りを小さくつぶやいている女将さん。
ミキーがタース袖にしがみついているのが分かる。
「!?何、今の!」
タースが女将さんと同じ、戸口を見つめた。


「ツクスなんですよ。ああして、時々ね、叫んでいて。だから、生きているってのは分かる、けど、誰も入れないもんだから」
腕を組んだままのシーガは無表情だ。


落ち着こうと、タースは紅茶を口に運んで、ぶ、っと噴出す。


「タース!」
「けほ、だって、すごい、甘い」
シーガがごつんと頭を叩くのでさらに紅茶をこぼした。
その様子にこわばった表情が解け、女将さんは笑いながら布巾をキッチンに取りに行った。


「あの、本当に退治してもらえるんですか?」
女将さんは、タースの手を拭いてやると、そのままテーブルもきれいにした。
「ええ、私たちはそれを生業としています」
シーガはけろりと言ってのけた。
「あ、ありがとうございます!」
「代金は結構ですが、このお札を買っていただくということでどうでしょう」
「!」
タースはさらに蜜を入れようとするミキーと、カップと蜜ツボとで戦いながら、二人のやり取りを聞いていた。
あの、赤い文字が書かれた細長い紙。


「銀貨五百枚ですが」
女将さんの表情が曇った。そうだろう、紙切れ一枚にそれは高い。
銀貨五枚でこの宿代二人分が出る。この宿で二百人の客を取るには何年かかるか知れたものではない。


「もちろん、成功したら、のお話で結構」
「……それで、ツクスは元に戻るんですかね」
「ええ。あの叫び声も、皆さん困っているのでしょう?」
無表情な青年の言葉は、異様な説得力がある。


「ちょっと、考えさせてくださいな」
女将さんは何度も瞬きをして、緊張を隠せない様子で席を立った。


「ええ、どうぞ。ただし、われ等は予定通り、明後日の朝には発ちますから」
女将さんはおやすみなさい、といって奥の自室に入っていった。



次へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

以下、あとがきみたいなもの~♪

「想うものの欠片」第三話 ⑬

13


「高いよ。むちゃくちゃだよ、スレイドが言ってたけど本当にそれ、売りつけてるんだ」
まるで詐欺だ。

タースは再び間違えて甘い紅茶を口に運びかけて、気付いて止まる。
ミキーはそれを期待するかのように首をかしげて少年を見上げていた。


「タース、お前にあのユルギアを任せました」
「は?!」
思わず立ち上がる。


ミキーも一緒に立ち上がる。意味はないのだろうが少年の服をぎゅっと握り締めている。


「ちょっと、待てよ、僕はユルギア退治なんか出来ないよ!」
「ミキー、部屋に戻ります、来なさい。明日、あの料理屋に行きます。タースも早く寝るのですね」
「タース、お休みですの!」
ミキーのお休みのキスを頬に受けて、一瞬ひるんだ。
「お休み、って、ちょっと、シーガ!」


すでに二人はロビーから二階への階段を昇りかけている。駆け寄って、シーガの腕を掴んだ。
「触らないでください、雑種が」


ぞくりとした。


何か、シーガの腕に触れただけなのに、何かぞっとするような力を感じた。
動けなくなる。ユルギアではない、けれど。


「お前があのユルギア相手にどの程度できるのか、見せてもらいます」
「あんた、何?本当に人間?」
「さあ、それは私も知りたいところです。お前の知っているルリアイのこと、教えてもらえれば少しは分かるかもしれませんよ」
「…それ、は。だめ」
すっかり、忘れていた。


それを知りたいために、シーガは少年をそばに置いている。タースがルリアイを作れることに興味を持っている。もし、それが、単なる偶然で、タースの知っていることなど、ほんの一言で済んでしまうくらいのものだと知れたら。
「本当に、知っているのですか」
「…言わない」
「ふうん」
シーガが知りたがっている、捨てられたときに持っていたというルリアイ。あの手紙の文面からすれば、それが、彼の母親の愛情のこもった「慈愛のルリアイ」であることは間違いない。けれど、そんなこと知ったからといって、シーガの親の所在が分かるわけではない。あの時、手紙の下半分はどこかにいってしまった。
青年を睨むと、シーガは冷たい視線で返す。


「まあ、いいでしょう。もし嘘だったら、お前を苛めて泣かせて石をたくさん作らせます。なぜ出来上がるのか、実験しましょう。その上で、逃げた雑種として政府に突き出しましょう。ああ、ティエンザの教会に預けるのもいいですね。彼らが異教徒をどのように扱うのか、それも興味のあるところです」
「……」
「おや、顔色が悪いですよ?」
「本当、ニンゲンとは思えない…」
「ふん、遠い昔、神の民と目されたシデイラは、もともと人間ではないのかもしれませんよ。さ、ミキー、行きましょう」
「あ、ちょっと、あの!」
二人は軋む足音とともに階上に消えた。
僕にユルギア退治?って、おかしいだろ、出来ないし…。



タースは自分の部屋に戻ると、ベッドに座り靴を脱いだ。

慣れない長いブーツ。窮屈な服。
脱ぎ散らかして、下着一つになると、スッキリした。
「ああ、もう!」

枕に少し八つ当たりして、そのままミキーの代わりに抱きしめると、ごろっと横になる。
ルリアイのこと、絶対に言わない。
ユルギア退治?冗談じゃない。


ため息をついて。
起き上がると、足もとに落とした服が気になる。なんだかんだいって、几帳面なのだ。

タースは一つ一つキレイにたたむと、床に開いたスーツケースに、しまう。代わりに夜着を取り出した。白い膝下までのボタンのないシャツ。被ってきるようになっている。ズボンはないかと探したが、見当たらない。そういうものなのか。
「…ま、いいか」


軽く水を浴び、顔を洗ってそのシャツを着た。
部屋とカーテンで仕切っただけの小さいそこは、薄暗い。部屋のランプの明かりを頼りに半分手探りでタオルを手に取ると、顔を拭く。
ふわ、と風を感じて顔を上げると、鏡の闇に白く自分が映っていた。


「あーあ、ユルギア退治、か」
先ほどの料理店の前で見たものを思い出す。
確かにシーガの周りにいたのを見た。白い影みたいな。


心臓が違う動きをした。

押さえつけるような重さが腹にかかる。
何かが体から吸い出されるような寒さが背に走る。
ひどく胃が痛み、吐き気に襲われた。
あわ立つ肌に、肩が震える。

「!?」
直ぐ脇にあったトイレで吐いた。

震えが止まらなかった。
「なんで、なんだよ、これ?」
つぶやきながらも、こみ上げる重苦しさにまた、吐く。目の前が赤くなって、額が割れるように痛む。

苦しくて、何度も吐いた。


ユルサナイ。


唐突に声が脳裏をよぎる。
小さい頃から何度も聞いている、あの声。

シモエ教区の、白い雪原を思い出した。冷たい、凍てつく土地だった。決して、不幸では、なかった。
あの時まで。

許さない、ユルサナイ。

分かってる、分かってるから、黙っててくれ。
忘れてない、忘れてないから。
何度も、涙をぬぐいながら、タースは床に座り込んでいた。


気分が悪い、苦しい、苦しい。


あのユルギアなのか?白いあれ?あれが近づいたからなのか。
だから、思い出したのか?


あれがいるのか?見えないだけで、傍に居るのか?
だから、思い出すのか……。



ダン、と。音が聞こえた。壁に付いた耳に振動が伝わる。
扉が開いた。
壁に寄り添い、洗面所の床に座り込んで膝を抱えていたタースは、身じろぎ一つしなかった。苦しかった。
胸が焼け付くように痛い。


すべてを吐き出して、それでもまだ、何か吐き出せと要求されているかのように胃が軋んだ。


「タース」
穏やかな、優しい声だった。


「何を泣く」
目の前に銀色の髪があった。

次へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

「想うものの欠片」第三話 ⑭

14

「……」
シーガに、肩を抱かれていた。


何か言おうとしたけれど、言葉にならない。


「馬鹿ですね、気分が悪いならそう言いなさい。ほら、薬です」
昼間、飲ませてくれたビンをタースに渡す。少年の手は震えていて、上手く持てない。


「仕方ないですね」
小さくため息をついた。


タースは、止まらない涙をぬぐうことも忘れて、何度も苦しそうに瞳を閉じる。
シーガは懐から、白い紙の包みに入った薬を取り出し、そっと開くと二つに折った。
その三角を片手で持ち、そっと少年のあごを持ち上げて、上を向かせた。
口を開かせ、さらっと白い粉を滑り込ませる。


「ぐ」


一瞬、喉を詰まらせかかった少年に、今度はあの小瓶の飲み物を含ませた。
覚えのある味に、タースはざらつく粉と一緒に喉を鳴らして、飲み干した。


けふ、と息をついて、再び壁に寄りかかった。


「自覚はないのかもしれませんがずっと熱があるのですよ、ミキーに触れるなと何度も言っているでしょう?」
「……」
壁に額を擦り付けたまま、タースは小さくクビを横に振る。


違う、タースには分かっていた。
ミキーのせいではない。


「……それとも、タース。何か別の思念を、抱えているのですか」
再びタースは体を振るわせた。


ユルサナイ。


再び聞こえる声に、少年は目を閉じた。
幼い頃の記憶。恐ろしく悲しい。しばらく見なかった夢を、見てしまいそうな予感があった。





シモエ教区。世界の北果てにあるその土地は、一年中氷が解けることがない。
冷たい土地。


朝焼けの澄んだ空気に、白く吐く息は瞬時に凍え、喉を焼く。
雪と氷の入り混じった大地に、まばらに暗い緑の影が散る。背の低い針葉樹の一種だ。冷たい風を避けるように、それは地上から三十センチほどの高さに伸びると、風に押されて東に倒れる。
そこに積もった雪がいつしか凍りつき、小さな黒い小山になる。
さらに雪が乗る。


風が吹き、風の形に凍りついたそれは、小山から斜めに生えている角のように、あるいは牙のように、白い平原に突き出している。そこにも、あそこにも。


タースの思い出すシモエ教区は、そんな場所だった。


物心ついたとき、平原に張られた鉄条網の一番端に、小さな小屋を置き、そこに母親と父親とで住んでいた。小屋の周りには誰も住んでいなかった。


母さんは、優しい目をした、美しいシデイラの女性。そして、父さんは司祭見習いとしてこの地に赴任したライトールの南部の青年だった。
母さんと父さんはいつも楽しそうだった。
貧しかったけれど、幸せだった。


父さんは、猟の名手で、外に狩に出かけては小さな野鼠や野ウサギ、オコジョを獲ってきた。


ぱぁんと、猟銃の音が響くと、僕は心が躍った。


母さんは、幼いタースをつれて、雪の中に不似合いな大きなレンガ造りの建物に、仕事に行った。働いた代わりに、水と野菜を分けてもらう。そこはシデイラの保護施設だ。ここに、たくさんのシデイラの民と、彼らの見張り役である、ライトール公国の司祭たちがいた。


建物の中はとても温かくて、タースはいつもそこに行くのが大好きだった。仕事のない日も、タースはお仕事に行こうと母にせがんだ。


ある日、いつものように、家の周りに顔を出すオコジョの姿を追いかけて遊ぶうちに、タースはイイコトを思いついた。母親は、今日は朝から寝ていた。


「タース、いい子だから一人で遊んでいてくれる?母さん、ちょっと休みたいの」
そういった母親は、白い細い手でタースの頬をなでた。


「うん、分かった!病気は寝ていなきゃ治らないぞ!」と、父親の口真似をする。母親は少年の黒い前髪をなでた。


タースは目的があった。いつもは、遠いところに一人で行ってはいけないと、母さんが怒るからダメだけど。今日は母さんは一人で遊んでいいって言った!だから、僕はあのキツネに会いに行くんだ!


少年は、一人でふかふかした毛皮の帽子を被り、ブーツの下にもう一枚、靴下をはいて、それからお母さんの赤いマフラーを借りた。いつも仕事に行くときに母さんがつけるものだ。ときどき、それをタースの首に巻いてくれた。
今日は、お母さんは使わないから、僕が使う。


「キツネ、キツネ~♪」
小さい声で鼻歌を歌いながら、四歳の少年は凍てつく白い土地に踏み出した。


いい天気だ。風もない。


そういう日はすべてがきらきら輝いて、タースは大好きだった。


次へ
ファンタジー小説ブログランキング

「想うものの欠片」第三話 ⑮

15


キツネは、お父さんが教えてくれた。


お母さんとお仕事に行く途中の道から、少し奥に入ったところに、巣があるんだって。

いつか、怪我をしていたのを助けてあげたんだ。お父さんは、キツネは父さんの仕事仲間だ、だから、例え動物でも大切な友達なんだよ。
そういって笑った。


お父さんとキツネは、同じことをするんだって言った。
同じ獲物を追って、同じところに立っているイキモノなんだって。
意味はよく分からなかったけれど、お父さんの話すキツネの姿に僕はわくわくした。
まだ、見たことがない。
金色の毛皮で、ふわふわした大きな尻尾。
ぴんとした耳。

その耳は、どんなに鋭いシデイラの民よりも、小さな音が聞こえるんだ。


もう、それだけで、タースにとってキツネは英雄だ。
父親の指差した、細い道の奥。少し丘を登るようにして続くそこに、タースはとても興味があった。


「キツネさんは、すごいんだ、きっと僕が会いに行くのも聞こえているんだ!」


タースの視界をさえぎる小さな雪の丘を、ぐるりと回るようにつながる細い道。道とそうでないところの違いは、平らにならされているかどうか、その程度だった。それでも、小さな子供にとって、その違いは大きく感じられた。平らでないところに乗ろうものなら、とたんにつるりとバランスを崩す。
今も、少しそれて、タースはぺたんと転んだ。


「痛い、冷たい、もう、キツネさん、早く出てきて!」


ブツブツ言いながら、少年は起き上がって、また進む。
いつしか、道はぐるりと弧を描き、見覚えのあるレンガの大きな建物の脇に出た。
それは、母親が働きに来るところだ。


温かい、仕事場。


道を間違えたことなど気にもせず、タースは、冷たくなった手を温めたいと思い、建物の入り口に向かった。
休日でもその入り口は開いていていた。分厚い木で出来た扉を、うんしょと押して、中に入る。
シンとしていた。
広いエントランスも、一面赤黒いレンガ。
それでも、外より温かい。


「ふう、温かい!」
タースはマフラーと帽子についた雪を振り落として、もう一度きちんと被りなおすと、辺りを見回した。
タースの身長から見えるのは正面にある大きな扉。右と左と両方の扉がいっぺんに開くんだ。家にはそんな大きな扉はない。だから、それが開くのを見るのが好きだ。
扉の向こうにはまだ、入ったことはない。母親と同じ作業服の人が、出たり入ったりするのは見るが、近づくと追い払われる。だから、ヒミツの扉だとタースは信じていた。
今日は、誰もいないように静かだ。
そっと、秘密の扉に近づいた。
左の扉を押してみた。


ぎっ。


動く。
開く!


少年は嬉しくなってぐぐっと力を入れた。
もっともっと温かい風が吹いて。タースは扉の中に入った。
思わず帽子を手に取っていた。


急に温かい場所に来て、頬が赤くほてっているのが分かる。
広いそこには、タースの身長くらいの大きなテーブルが見えた。見上げるだけなので、大きさや形はよく分からない。


それがたくさん並んでいた。覚えたばかりの数を一つ一つ口にしながらきれいに並ぶそこを、タースは順々に見て回る。テーブルとテーブルの間を抜けて。


しばらく行くと壁に突き当たった。部屋の端まで来たのだ。
左右を見回せば、左の手奥に地下への階段があった。
薄暗いけれど、どうにも見てみなくては気がすまない。


タースはそちらに向かった。
階段は上の明かりが届かなくなると暗くて、タースは何度も立ち止まった。壁に手を着いて。そろそろと、一歩一歩、足を踏み出す。
コゥーン。
澄んだ遠吠えが聞こえた。
「キツネさんだ!」
直感だった。
理由などない。
ただ、そういう気がした。


嬉しくなって、タースは階段が終わったのを足で感じると、そっと、それでも一生懸命早く歩く。壁に手を着いたままだと、どうしても遅くなる。暗い廊下をついには手探りで歩き出した。


コゥー。


寂しげに響くそれは、タースを呼んでいるような気がした。
耳を澄まして進んでいくうちに、明かりの漏れている扉があった。
隙間からそっと、中をのぞく。石造りの小さな部屋。敷物もない。けれど、とても温かい。
タースは、そっと扉を開く。
そこは、ランプの明かりで黄色く照らされていた。何もない、小さな部屋。壁に一箇所、ランプが揺れていた。窓もない。


そして、その隅に、金色の獣がいた。
横たわって、細い足を投げ出し、苦しそうだ。
それでも、タースが近づくと、大きな丸い目をクリリと光らせて、こちらを伺う。


「うふ、ぴんとしたお耳だ。本当にキツネさんだ」
タースは嬉しくて、近寄った。
大きなキツネだった。タースが傍にしゃがみこむと、それはむくっと起き上がった。細い四つの足で立つと、頭を低くして少年のほうを見つめる。くんくんと匂いをかいでいるようだ。
「ふふ、こんにちは、キツネさん」
手を出した。


ぐぐ、と。
その音はキツネの方から聞こえた。


「?キツネさん?今日は、お仕事お休みなの?お父さんはお出かけしたよ」
タースは首をぐんとかしげる。ちょうど、立ち上がったキツネと同じ頭の高さだ。
その時、タースは何かを見た。
キツネのふわふわした金色のお腹のしたで、何かが動いた。
「あれ?」


手を出そうとした瞬間だった。
どん!
呆然としていた。頭の上に、何かが乗っていた。冷たいかび臭い床が、ほっぺたの片方を冷やしていて、動こうとしたけれど、動けない。


「あれ?」


目の前にキツネの足。そして、その向こうに、小さなキツネがいた。
その仔は大きな目を開いて、タースを見ている。
「キツネさんの子供だ。重いな、僕と一緒。父さんの子の僕と、同じお仕事仲間のキツネさんの…」


何かがごつ、と鳴った。
それが自分の東部に受けた衝撃だと気付くのには時間がかかった。
視界がぼやけた。


その時、頭のどこかに、誰かが言った。
「許さない…許さない」
低い声のような、でも透き通ったような。
タースは目を閉じた。

大きなキツネさんが、こっちを見ている。

次へ
ファンタジー小説ブログランキング

「想うものの欠片」第三話 ⑯

16

「どうして!そんな、キケンなことを!」
母親の声だった。
泣いている、怒鳴っている。

「子供から目を離したのが悪い。第一お前たちは追放された身、文句があるなら二度とここに来るでない!」
しわがれた、嫌な感じの声だ。

あ、どこかで。
母さんの仕事場で一番偉い人だ。

目を開くと母親の向こうに、銀色の髪を頭の上で一つにまとめた小柄な老婆が見えた。
タースは、起き上がった。
起き上がってから、自分が仕事場の木の長いすに寝ていたこと、そして、ひどく頭が痛いことに気付いた。
「い、痛い」
「!タース!」
母さんが抱きしめてくれた。
「よかった、気がついたのね。よかった」
「ふん、だいたい、その子供がいるからお前たちは追放されたんだ、いっそノクさまに食われればよかったんだ」
「!なんてこと!」


ノクさま?


「穢れた混血児など!ルニ、お前もハレクも殺されずにいるだけありがたいと思え!さあ、さあ、出てお行き!お前たちがこの保護施設にいる資格はない!さあ!!」


タースを抱きしめる母親の背が、どんどんと揺れた。そいつが、母親を叩いている、そう気付いてタースは怒鳴った。


「止めろ!ばか!母さんに何するんだ!許さない!!」
許さない…
そう言ったとたん、どくりとタースの心臓が鳴った。


コゥーン。
キツネが、鳴いた。
「お、おおお!ノクさま!!」
老婆はそう叫んで、頭を押さえてうずくまった。
その震えるしわだらけのいやらしい手が、ちょうど少年の目の前に見えた。
「タース、だめよ、今、あなた!」
母親がタースの顔を見ようと、肩を起こした。


僕は、木の長いすに座ったまま、上半身を起こして母さんを見ていた。
キレイだった。


優しい翡翠色の瞳。銀色の髪。
世界で一番キレイなんだ。
母さんは僕の頬を冷たい手で包んだ。
気持ちいい。


「タース…あなた、強いのね」
「うん、僕、強いんだ!母さんを苛めるやつは許さない!」
許さない…許さない…。
ふわりと、何かがタースの背中を包んだ。
金色。
キツネの大きな目。


「だ、だめよ、ユルギアに同調してはダメ!!さ、行きましょう!」
タースは母さんの大好きな背中に背負われて、その首にしっかりしがみ付いた。
嬉しくなって、足をぶらぶらさせる。


「僕、強い?」
「ええ、ええ、そうね。とっても強い思念を持っているわね。でも、怖くなかったの?」
歩きながら、母親は何度もタースのほうを振り返った。
母親の柔らかい髪にほっぺたを擦り付けながら、タースは甘える。


「怖くないよ、キツネさんにね、小さいキツネさんがいたんだ。きっと僕と同じ、キツネさんの子供だよ」
「そう、見たの?」
「うん。その仔、可愛かったよ」


「そうなの。きっとね、タース、あのキツネさんはその仔を護ろうとしたのよ。護ろうとする怒りと憎しみでいっぱいになっているの。あのキツネさんはねノクさまと言ってね、少し特別なの。赤い怖い石と青い石とでたくさんのユルギアを宿しているの。お父さんが言った優しいキツネさんじゃないのよ」


「ふうん?怖くないよ?」
「怪我させられたのに?母さん心配したのよ」
「ごめんなさいを言わなきゃいけない?」


母親はふと笑った。かすかなそれをどう取ったのか、タースは小さな手で母親にしがみ付く。
今日はお母さんはお休みの日だった。病気で寝ていたのに、迎えに来てくれた。


「お母さん、ごめんなさい」
「優しい子ね。タース。仔ギツネのユルギアに好かれたのかもしれないわね。無垢な動物の思念とお前の思念が似ていたのかもしれない。それで殺されずに済んだのかもしれないわ」


「ゆるぎあって、ときどき、天井にちょろってなってるヤツ?」
少年は人差し指で母親のほっぺたをにゅっと押しながら笑った。


「ええ、そう。他にもいろいろいるんだけど。お前にはすべては見えないわね。ノクさまには、わたしたちシデイラの民を守ってくれるユルギアが入っているの。とても大きな力を持ったユルギアなのよ。怖いキツネさんだから近寄っちゃダメよ」


「許さないって言っていたよ」
「…聞こえたの?」
「うん。今もね、そう言うとどきどきする」
ぎゅっと、母親の手に力が入った。


「ね、タース。お前はその言葉を使ってはダメよ。お前は、誰にでも優しい、素敵な男の子になってほしいの」
「ふうん。そしたら、僕、母さんに優しくする!」
「ええ、そうね」
「母さん、肩こってる?」
そういって、目の前のお母さんの肩をとんとんと、小さな拳で叩いた。


「ふふ、いい気持ち♪」
「ほんと?」
「ええ」
「じゃあ、じゃあ、今日、お母さんとお風呂入っていい?」
母親はくすくす笑った。


「あら、お父さんとは?」
「お父さんは僕の頭をガシガシ洗うからいや」
「あ、そうね、タース。今日はお風呂だめよ。ほら、頭に包帯を巻いているでしょ。怪我が治ったら一緒に入ってあげる」


「うん!約束だよ!ねえ、かあさん僕のケガっていつ治るの?」
「たくさんたくさん眠ったら治るの。せっかく綺麗なのに、痕が残らないといいわね」
母親はそう言って優しく背中の少年を揺らした。


それは、心地よくて。温かくて。
タースはいつの間にか眠りに落ちていた。



+



『―許さない』


『―許さない』


僕はぎゅと、目を硬くつぶった。
背中の向こうに何かがいるみたいで、怖くて震えた。
あの日から、眠るとその声が聞こえた。


『―ユルサナイ』


それは、僕のこと?僕を許さないの?
なんども、夢の中で問いかける。
けれど、金色のキツネは答えない。ただ、許さないとつぶやき続けている。


ノクさま、僕が悪いことをしたの?
お願いだから、仲直りして。
ノクさま?


息苦しくて、目が覚める。
また同じ夢だ。


すーと、隣で母親の寝息が聞こえた。
気持ちよさそうだ。タースはそっと起き上がった。
反対側に、父親が腕をドンと伸ばして眠っていた。
時折ごごっと、変な声を出す。


タースと同じ黒い髪、凛々しい太い眉毛。抱き上げられるといつも、その眉毛をタースの頬に擦り付ける。タースはぐっすり眠る二人を見て安心すると、そっとベッドから降りた。
床に薪を積んで毛布を重ねただけのベッドだ。弾みでからんと薪が音を立てたけれど、母親も父親も起きなかった。



外に出た。
暗い空。
小さく星がきらきらした。ひゅと冷たい風が吹いた。


『―許さない…』
また、聞こえた。


風に乗って届くのかもしれない。タースはそう思った。白い雪原が今は蒼く見えた。
どこまでも、すべてが蒼い世界。


「きれいー」
いつの間にか背後に、人が立っていた。
タースは後ろから抱き上げられた。
大きな男はそのまま歩き出した。


「だ、だれ?!放せ、母さん!」
タースの声に、母親が家から飛び出した。そして父親も。


「待って!タースに何するの!」
母親が叫ぶ。


父親は追いすがって、その大男につかみかかった。


ぶん、と男の腕が鳴った。
逆さまに見えるタースの視界の中、父親は雪の中に倒れ、母親が悲鳴を上げた。
タースは男の腕の中で暴れたけれど役に立たなかった。


母親の泣き顔。呼ぶ声。
タースも泣いた。


こんな、ひどいことするやつら!!許さない!!


『―ユルサナイ』


耳鳴りがした。


静まり返った大地。
揺られて進む、雪の景色が、斜めになる。


暴れ疲れてタースはぐったりしていた。




タースは見覚えのある建物の地下室にいた。
そこにはノクさまがいる。
この間の老婆がタースを見るなり、にと笑った。


「タース、ノクさまはお前をお気に入りのようだ。おいで。さあ。混血の穢れた血をノク様のために!」
タースは男の腕に捕まえられて、床に下ろされた。部屋の隅にキツネはいた。じっと大きな瞳で少年を見ていた。
その、奥。小さなキツネがむくと動く。


「ささ、ノクさま。この子は思念の力が強い。ユルギアを見る力は大してないけれど、とても強い思念を持っている。この子の恐怖や悲しみ、怒りの思念をくわえれば、ノクさまはもっと強くなる。もっとも強いユルギア。わが、シデイラを守ってくださる、金色の獣」


どん、と不意に背中を押されて、タースはキツネの目の前に転がった。
大きなキツネだ。
太い前足はタースの足と同じ位しっかりしている。
裂けた様な口。赤い口。そこから、不似合いに牙が出ている。


先日は気付かなかったそれに、タースは首を傾げる。キツネの様子は明らかに変わっていた。瞳は赤く燃えているようで、牙からは涎がたれている。


うつぶせのまま見上げるタースの肩を前足で押さえつける。重い。


『―許さない!!ユルサナイ!!』


怒りと憎しみの混じった重苦しい声に、タースは目をつぶった。
ノクさまが怒っている。
仲直りできないの?
床に横たわったまま小さく膝を丸めて、うずくまった。


クー。


小さな鳴き声が聞こえた。
小さなキツネがタースの頬をぺろりと舐めたようだ。


「…」
いつの間にか、頭の上に乗っていたノクさまの前足がなくなっていた。


タースが起き上がると、子供のキツネが少年の膝の上に乗ってきた。
「ふふ、可愛い」
触ろうとしたら、それはするりと通り抜けた。


「あ!」
ユルギアの小さいキツネ。その仔はタースの膝の上を浮いているように登ってくる。触れられないけれど、そこにいる。


お前、死んじゃったの?



次へ
ファンタジー小説ブログランキング

「想うものの欠片」第三話 ⑰

17

「こ、これ、ノクさま、この子供を食らうのではないのですか?」


老婆は驚いて、一歩踏み出す。
キツネの足元で少年は床に座って独り言をつぶやいていた。それを護るかのようにキツネはぐぐう、と唸った。


「ひっ!」


老婆のほうにキツネは一歩踏み出す。牙からは透明なよだれが滴る。


サリリ、と石の床を鎖がすべる。
キツネはつながれていた。
「!?キツネさん、縛られてるの?」


タースは膝立ちでキツネに近寄る。首輪からつながっている鎖の先に手を伸ばそうとする。


「だ、だめだ!」


タースをつれて来た大男が手を伸ばし、少年の襟首を捕まえた。
引きずってキツネから引き離そうとした。


ぐわん、と何かが動いた。
金色の塊。
次の瞬間、男は少年と一緒に壁にぶつかって転がった。


―許さない、ユルサナイ。


タースの耳に、その声が響く。
男はひどく頭を打ったようで、うめきはするものの動けずにいる。タースもまた、目を閉じたまま無意識だろう、伸ばした手を丸めた体に引き寄せた。


老婆は近づけず、威嚇したままキツネは少年だけ、匂いをかいだ。
そして、襟首に噛み付くと引きずって近くに寄せた。
「の、ノクさま、そ、そのものは穢れた血です!どうか、そのまま生贄に」


震えながら、老婆はまた一歩下がった。
鎖があればこれ以上近づくはずもない。けれど、彼女はノクさまの放つ恐ろしい怒りと憎しみを感じていた。


狂気に赤く染まった目、口角を押し広げるように伸びる牙。キツネではなくなったときにその牙は生えた。


タースは仔キツネの声を感じて、また、体を起こした。
仔キツネはタースの見ている前で、ノクさまをつないでいる鎖を前足でつついて見せた。


「とって、ほしいの?」


タースは向こうでおびえている老婆をじっと睨んだ。
「キツネさんに悪いことしたんだ!だから、怒ってるんだ」
少年はブツブツ言いながら、鎖の結び付けてある太い金具に手を伸ばした。


そこには頑丈に鎖が幾重にも巻きつけられている。
小さな手でちょっと引いただけではびくともしない。
「だ、だめじゃ!止めるんじゃ」


老婆の叫び声に、何かの声が重なった。
足音。
「タース」
「タース!」
開かれた扉の向こうに、母親と父親が見えた。


「母さん!父さん」


ノクさまを見て二人とも止まった。
父親はキツネを見て目を丸くした。
「なんだ!これは!?」


父親は傍らに座りこんでいる老婆の肩をゆすった。
「は、放せ!ハレク!汚らわしいライトール人が!」
振り払って老婆はもう一歩下がった。


「ルニ、お前は知っているのか?コレはなんなんだ!?キツネに何をした?化け物じゃないか!」
父親は、シデイラの妻に詰め寄った。
「あなた、落ち着いて、今はタースを」
母親は父親に問われて目をそらした。


タースはずっと、鎖を取ろうと苦心していた。
「父さん、キツネさんのこれ、取れないよ!助けて!」
振り向いてハレクに助けを求めた。


「あ、ああ!タース、じっとして」
近寄ろうとするハレクを、ルニが止めた。
「待って!だめ!タース、ダメよ!ノクさまを放したらダメ!」


「んー!」


顔を真っ赤にして引っ張ると、絡まっていた鎖の一つが、やっと外れた。
「タース、だめよ!危ないわ!」
「どういうことだルニ!」


「あなた、タースを止めて!ノクさまは大きなユルギアを宿しているの!あれは、ユルギアの乗り移ったイキモノ!もう、キツネじゃない!この地で取れる緋石(ひせき)で凶暴化しているの!涙愛(ルリアイ)で、死んでいった仲間が残した恨みの思念を、すべて吸い込んでいるの!解放したら何をするか!」


父親は、止める母親の手を振り払った。
老婆と、そして、起き上がった大男をにらみつけた。


「なんで、そんなもの隠している?化け物を作ったのか?何のためだ?聞いたこともないぞ、緋石、だと?ルリアイとは何だ?」


くくく、老婆が笑った。
「ノクさまは我らシデイラの守りとなるユルギア。我らの代わりに、恨みを晴らしてくださる!我らシデイラの民を追い払い虐殺した、この世界のすべてに復讐してくださる。ノクさまはあの牙ですべてを食い荒らす。そう、強い思念の子供の無垢なる恐怖、それをくわえれば完璧なのじゃ!いま少し、力が足りん。ハレク、お前もルニとのことで追放された。彼らが憎くないのか?」


「そ、それは!!しかし、こんな化け物じゃ、あんたたちだって…」
チャリン。
石壁に鎖の音が響いた。


「父さん、取れた!キツネさん、自由だ!」
ユルサナイ。
満面の笑みを浮かべた少年に、キツネはピクリと鼻を動かした。とつ、と音もなく飛び上がる。小さなキツネはそれを見てキュと、鳴いた。

「わ?」
金色の獣が目の前の少年に襲いかかった。庇おうと小さい狐はタースの前に立ちはだかった。
が。
仔ギツネのユルギアをすり抜けてノクさまの牙が襲い掛かる。


「きゃ!」
タースは小さな腕で顔を庇ったものの、そのまま突き飛ばされて転んだ。横倒しになる。
腕には獣の鋭い牙が食い込んでいる。


悲鳴。
タースには自分のものかすら、分からない。


「やめろ!」
父親が飛び出した。


次へ
ファンタジー小説ブログランキング

「想うものの欠片」第三話 ⑱

18


悲鳴が、聞こえた。
母さんの声みたい。
でも、僕の目の前は真っ暗な床で。目を閉じているのかもしれなかった。

動けなかった。
とっても、重たい。苦しい。


コゥーン!
キツネさんが、ノクさまが鳴いていた。
それは遠ざかっていった。



どれだけ時間がたったのだろう。
遠く、悲鳴と怒号が聞こえていた。

小さなキツネのユルギアが、そばにいるような気がしていた。触れることが出来ないのにタースを慰めようとしているように感じた。
「お、重い、痛い」
声が出た。

いくつも足音がした。


「ここもだ!おい、ライトール人だ!同胞がやられたぞ!」
「こ、こいつ、ハレクだ」
「生きてるか?」

重いものがどかされた。
「おい、子供が!ハレクはだめだがこの子は息があるぞ!」


タースは抱き上げられた。
父親と同じ、黒い髪の髭の生えた男の人だった。
「ぼうや、大丈夫か?あの化け物にやられたのか?」
「父さん?父さんは?母さんは?」
見回した。


「おい、その子供は例の子だ。まずいぞ、医療施設に連れて行けば混血だとばれる。ここの管理を任されている我々の面子に関る。ハレクもとっくに病死で片付けられているんだ。そいつは外に放り出せよ!その辺で勝手に死んでくれるだろう」


「おい、随分な…」
「何言ってる、見ただろう?あの化け物がどれだけ殺したか。首輪がしてあった。きっとこいつらが飼っていたんだ。こいつらは大人しいフリをして、心の中では我らライトール人を恨んでいるんだ。我々だけじゃない、全世界を憎んでいる。保護など最初から無理なんだ。二百年も殺戮を繰り返して、今更理解しあうなど無理な話だ!」


「そうだな。許せよ、ぼうや」
髭の人は目を合わせずに言った。

僕は、再び床に下ろされた。
足元がぬるりとして、転んだ。
「母さん…」


目の前に、母さんのきれいな髪が、黒くどろどろしたものに乗っていた。
「母さん?」
白い顔は、凍ったようになっていた。見開いた目。そこに流れる、血。


「母さん、あのね、母さん?」


「ぼうや、もう死んでいるよ」


「死んで……?」



少年は悲鳴をあげた。







僕のせいなんだ。


ノクさまを放した。
ノクさまはみんなを殺した。


たくさんの人が死んだと髭の人が言った。
僕がみんなを殺した。


父さんと母さんを殺した。



遺体を片付けると、男たちはタースを建物から追い出した。
硬く閉ざされた煉瓦の建物に、二度と入ることは出来なかった。



許さない…ユルサナイ。


小さく聞こえてくるノクさまの声。
まるで父さんと母さんが、僕に向かって言っているように聞こえた。


目をつぶるとそれが聞こえた。
ノクさまの声を聞きながら、僕は一人で小屋にいた。
ずっと泣いていた。


パン!


僕は顔を上げた。


父さんの猟銃の音だ。
「父さん、お父さん」


夢中で小屋の外に飛び出した。


真っ白な雪の中、金色の大きな獣が飛び跳ねるように近づいてきた。右に左に。何かから逃れるように。
キツネは背後から三人の人間に追われているようだった。彼らは猟銃を手にしている。
「子供が!」
「かまわん、撃て」


タースは近づいてくるキツネから目が離せなかった。
「ノクさま、どうして!」
精一杯、鼻声のままタースは怒鳴った。


飛び掛るほど近づいたキツネは、タースの目の前で飛び上がる。
パン!
空中でキツネが跳ねた。


見上げていたタースの顔に、温かいものがかかる。
パン!
次の音と同時に熱いものが腕を掠める。


タースの背後に降り立ったキツネ。


振り向いてそちらを向こうとした。
ずぷり。
雪に足が埋もれる。
動けなくなったタースの背を、キツネがくわえた。
声も出ないくらい、鋭い痛みが走る。


「逃げるぞ!」
「殺せ!」
タースをくわえたまま、キツネは走り出していた。


目の前に流れていく雪の白に、深い赤が混じる。
タースなのか、キツネ自身の血なのか。
ぐん、とキツネさんは高く跳んだ。
シモエ教区を囲う鉄条網を、飛び越えたのだ。


着地と同時にタースは投げ出された。
雪に半分埋もれて。
動けない。
背中が痛い。


「コゥー」


タースが雪の中から顔を上げると、キツネの顔が見えた。


「あそこだ!」
大人の声。
「よし、化け物は動けないぞ」


鉄条網の向こう。
大人たちは網越しに猟銃を構えた。


タースの鼻に頭をもたげたキツネの黒い鼻がぴと、と当てられた。
キツネの目が細くなった。


キツネの後ろ足は赤い雪に囲まれていて。
もう、立ち上がれない。


パン!


大きな金色の耳、尖った口。
何かに引かれるように僕の視界から消えた。ぽた、と涙みたいに僕の額に温かいしずくが散った。
パン、パン。
何度も、何度も男たちはキツネに向かって撃ちつづける。


タースはただ、呆然と座り込んでいた。
一人の弾がなくなり、男たちはやっと銃を下ろした。


「おい、子供はどうする。生きているぞ」
「どうせ、助からん、放っておけ」
男たちは鉄条網の向こうに戻って行った。


タースは、這うようにしてキツネさんのそばに行った。
「キツネさん?」


ひっそりと、キツネさんが横たわっていた。
口からはみ出していたあの牙はなくなっていた。濡れたような金色の大きな目が空を見ていた。凍った髭がきらりと日差しに輝いて揺れた。

あたりは赤く染まった雪で覆われていた。
怖かった。
怖かったけれど、目が離せなかった。
「キツネさん…死んじゃったの?」
僕は、膝をついた。
そばに、あの小さな仔キツネのユルギア。
可愛く僕に向かって首をかしげた。


「お前も、一人ぼっち?」
小さいキツネは体の雪を振り払うように全身をぶるぶるさせると、タースのほうを見た。
それから、横たわったノクさまの体の上に乗った。
そのままふわりと、消えてしまった。


目の前のノクさまは、空を見たまま冷たくなってる。
今は、仔ギツネと一緒のところにいるのかな。
僕だけが一人ぼっちだ。


涙をぬぐって立ち上がり小屋に戻ろうとした。

「あ、あれ…」
住み慣れた小屋は、鉄条網の向こう側になっていた。
冷たく凍りつく鉄にしがみ付いて、揺らしてみたけどびくともしなかった。
「帰れない、よ」


「ねえ!帰れないよ!」


叫んでも、誰も答えなかった。


許さない、ユルサナイ。
また、声が聞こえた。


僕は帰る小屋を、両親の思い出の家を失った。
僕のせいだ。


ユルサナイ。
僕は自分自身にそう、つぶやいていた。



僕はあの時、自分を許さないと心に誓った。
その想いは今も、僕の中に生きている。


――-ね、タース。お前はその言葉を使ってはダメよ。お前は、誰にでも優しい、素敵な男の子になってほしいの。


―――ふうん。そしたら僕、母さんに優しくする!


―――ええ、そうね。


優しく、するから……。



ジジ、と。ランプの芯が燃え尽きる音がした。


ああ、消える。
ふとそんなことを思って、タースは目を覚ました。


足元は冷たいレンガの床。暗い。
多分、洗面所の床に座り込んでいるんだ。
体を預けた壁が動いた。


「!」


静かに上下するそれに気付いて、タースはそっと体を起こした。シーガだった。
青年は静かに眠っている。


次へ
ファンタジー小説ブログランキング

「想うものの欠片」第三話 ⑲

19


頭のどこかがぼんやりして、まだ少し胃が痛んだが、深呼吸すると体中に酸素がいきわたる気がした。
じわりと、安堵感が背に下りた。肩の力が抜けた。


いつの間にか流れていた涙をぬぐった。
タースは浴室の壁を背に座り込んだまま、眠ってしまったようだった。
すぐ隣に同じように寝込んでいるシーガの肩にもたれかかっていた。


部屋と浴室を仕切っているカーテンは開かれたままで、その向こうに揺れるランプの最後の明かりが、すぐそばで寝息を立てているシーガの銀の髪を照らしていた。
そして、その隣に、ミキー。
彼女もシーガの脇に寄り添うように眠っていた。


二人で、そばにいてくれたんだ。
素直にありがとうと心がつぶやく。


久しぶりに見たあのときの夢だった。


あの事件が当時どのように扱われたのかは、半年前にライト公領の図書館で新聞記事を読んで知った。三流のゴシップ記事の扱いで、シデイラの化け物と、ノクさまを面白おかしく書いていた。それを読んだ人たちはまるでおとぎ話の怖いお話のように感じただろう。


保護施設で暮らしながら、シデイラたちは世界に復讐するために、化け物を作ろうとした。それは、失敗だった。
キツネの本能的な思念を強めるために仔ギツネを殺したのだろう。憎しみの思念はそのまま同胞の恨みと同調しノクさまが生まれた。けれど、その憎しみはシデイラたちにも牙をむいた。


そういえば、あの時母さんが言っていた、青い石、あれはルリアイのことだったんだ。
そして、赤い怖い石、緋石と言っていた。
忘れてはいけないと想いながら、思い出すのが怖くて気付かなかった。


緋石。それはシーガに関係するのかな。
新聞記事にはどちらもなかった。
涙愛と緋石、シデイラたちの秘密になっているのだろうか。



シーガはぐっすり眠っているようだ。
タースをベッドに運べなかったのだろう。青年の力ない腕は予想以上に細く見えた。そして、その腕に乗せられた小さなミキーの手。そっと触れると、柔らかくて。
「…ですの」
なにか寝言を言った。









翌朝。
タースは一人、部屋を出た。
何かしてあげたい、その想いが少年を動かしていた。
まだ少しけだるいけれど、それ以上にシーガの意外な優しさとミキーの可愛い寝顔に感謝していた。


宿の女将さんは、タースの申し出にニコニコと笑って応えた。
「大丈夫かい?三人分も。結構重いんだよ?」
朝食の乗ったトレーを受け取りながら、タースはにっこり笑った。


「大丈夫だよ、僕、こう見えても元機械工なんだ。毎日機関車の修理や整備をしていたんだ。力には自信あるんだ」
「あれ、丁度よかった、ボウヤ、今ね、オーブンのふたが壊れて困ってるんだ、何とかなるかい」


女将さんが、太った体を動かして自分の背後に見えるキッチンを指差した。
薪を使うオーブンだが、扉の蝶番が壊れているのか、傾いたまま中から香ばしい煙が出ている。


「多分、大丈夫。後で見るよ」
「そうかいそうかい、助かるよ」


部屋に戻ると、二人はタースが眠るはずだったベッドで、まだ眠っていた。


陽が登って、軒下で巣を作っている鳥たちもとっくに餌を求めて畑に飛び立っていった。
宿屋の前の通りは馬や牛車のにぎやかな音が響く。


耳がいいはずなのに、よく平気で眠れるな、そんなことを思うほど、人々の生活の音が聞こえてくる。ここしばらく旧聖堂で静かな生活をしていたせいか、うきうきしてくる。


もう少し、そっと寝かしておいてやろう。


目覚めれば、きっと、シーガはいつもの毒舌を吐くだろうし、せっかく温かい気持ちでいるのに壊される気がした。目覚めたときに、傍に誰かがいる、その嬉しさにもう少し浸っていたかった。


テーブルがないので、食事の乗ったトレーをスーツケースの上に置いた。二人をベッドに運ぶと、自分の分のサンドウィッチを片手に、タースはそっと部屋を出た。
扉が閉まったのと、ミキーの鼻がくんくんと動いたのと同時だった。







「本当に助かるよ」
「ううん、これが外れていただけなんだ。蝶番のボルトを締めなおしておいたから。今度、本体のほうも修理したほうがいいよ。煉瓦と漆喰が傷んできているんだよ。これは僕じゃ直せないし大事だからね。当分はこれで大丈夫だよ。ついでに、中もきれいにしておくよ。すすが詰まって煙がうまく外に出ないんじゃないかな。ちょっと、あのハムは苦かった」
「あれ、そうかい?」
「うん、でも美味しかった。燻製みたいで」


少年はまっすぐオーブンの扉を見つめている。直したばかりのその場所をボロ布で丁寧に拭う。ふたの金具に詰まったすすの塊を小さなのみで丁寧に剥がして、綺麗にする。その丁寧な手さばきは少年の性格を良くあらわしていた。


女将さんは血色のいい丸いほっぺたでニコニコしながら少年を見つめている。
タースは朝ごはんにもらったハムを挟んだパンを思い出していた。香ばしいハムと酢漬けのオリーブ、手作りのオイルとパンがとても美味しかった。


「女将さんの料理は、親方の奥さんを思い出すよ」
「なんだい、てっきりお母さんかと思ったよ」
「そんな子供じゃないよ、僕」
「いくつになっても、母親の味ってのはいいもんさ。ボウヤ、いくつだい?」


カン、カンと釜の中に腕を突っ込んで作業をしながら、タースは応えた。
「え?十二?」
女将さんが聞き返す。
覗き込んでいた顔を上げて、少年は笑った。
「違うよ、十五」


「ふうん、まだまだ、家が恋しい頃だろうに。お貴族様相手じゃ、いろいろ大変だろ?昨日もひどくされていたしねぇ」
「え?」
「ほら、昨日」
女将さんが自分の手首をもう片方の手でひねる真似をして見せた。


「あ、ああ。いいんだ、あの人そういう人だから」
この宿に到着したときのことを言っているのだと気づいて、タースは笑った。
手に持った道具を、布キレで綺麗にふき取る。
「終わったのかい」
「うん」
「ろくなもんはないけど、ほら、山桃を採って来たんだ。ここいらじゃ、都会じゃ食べれないものが採れるから」
女将さんが先ほどから座っている膝の上に乗せていた籠を持ち上げて見せた。赤紫によく熟れた丸い実が見える。
タースは鼻にすすをつけたまま笑った。


「すごい、大きいね!ありがとう。もう少し、ここ片付けてからね」
「いいんだよ、いいんだよ、それはあたしがやるさ」


「だめだよ。使った道具は使った人が、感謝して大切にしまうんだ。親方が教えてくれた。人にも道具にも、そういう気持ちで接しなきゃ、いい機械工にはなれないってね」
タースは道具を元の道具入れに戻すと、キチンとふたをした。
顔を上げると、目の前に女将さんが白い布巾を差し出していた。


「いい子だねぇ」
鼻の頭をぎゅっと拭かれて、タースは目をぱちぱちさせた。
照れくさそうに、女将さんを見上げる。
「あたしゃ、あんたが一番好きだ」
「え?」


「お連れの二人もそりゃ、可愛らしいしきれいだしねぇ、めったにお目にかかれないお人たちだと思うさ。けど。あんたに会えて良かった」
「僕も、女将さんの料理、好きだよ」
「料理かい?」
「ははは、冗談だよ」
二人で見合わせて笑った。


女将さんが座るイスの隣に座る。二人で宿屋のカウンターに並んで、山桃の実をかじった。
「今日はあたしの番でね」
女将さんはそう言って、カウンターの上においてある籠を見つめた。中に果物とパン、ハムが入っているようだ。


「山桃、ツクスが好きだったんだ」
「仲良しだったの?」
「そうさ、この小さい街だからね、皆、仲間みたいなもんさ。あたしが連れ合いをなくしたときには随分慰めてくれたもんさ。ツクスにも、ノルドにもねえ。本当に、いい子だったんだ」


女将さんは戻ることのない思い出を寂しげに見つめている。


「さて、先に置いて来ちまおうかね。ツクスがお腹をすかせてもかわいそうだ」


「僕も行くよ」


どうして、そう思ったかは分からない。ただ、友達を心配しながらも、怖がっている表情が、気の毒に思えた。作業している間ずっと話していた女将さんの話は、タースを楽しい気持ちにしてくれた。ほんのお礼のつもりだ。
あれだけ苦しかったのに、今は少しけだるいだけだ。シーガの薬が効いたのだろう。


大丈夫、籠を置いてくるだけだ。


退治だなんて、とんでもない。


次へ
ファンタジー小説ブログランキング

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

「想うものの欠片」第三話 ⑳

20


二階の窓から、丁度二人が通りを歩くのが見える。どんよりと曇った空の下、石畳がやけに白けて見える。

いつの間に自分たちの部屋に戻ったのか、ミキーは亜麻色の髪をもてあそびながら、通りを眺める。

「シーガさま、タースがお出かけですの」
「あの店に行くんでしょう。放っておきなさい」
「でも、あのお店、ユルギアがいますの」
「大丈夫ですよ、タースは力持ちなんでしょう?」
いらついた様子で着替えいている青年の言葉は、かなり的が外れている。


「そうですの!すごいですの!ミキーもシーガさまもベッドに運んでくれたですの」
先ほどから、ミキーはそこに関心があるようだ。
自分はともかく、シーガが目覚めた時、ベッドにいた。それがすごく不思議なのだとミキーは喜んだ。そして、結局、タースが力持ちですごい、と彼女は結論付けた。


確かにそう考えるしかないのだが、シーガは不機嫌だ。徹夜で看病してやったのに、目覚めれば狭い部屋のベッドに寝かされているし、冷めた食事はスーツケースに乗っている。何より、心配させておいて本人がそこにいない。腹立たしいこと、この上なかった。


楽しそうに女将とくだらない話をしているのが、彼らには聞こえていた。
「…私だってそのくらいは」
不機嫌を隠さない青年に、ミキーは擦り寄る。
「じゃあ、抱っこですの!」
「いやです」
「じゃあ、タースにしてもらうです!」
「待ちなさい、ミキー!お前はお留守番です」
少女は扉から、引き剥がされるようにベッドに戻される。


「あん」
「あんじゃありません、ほら、雨が降り出します。びしょぬれになったお前を運ぶのは嫌です。丸ごと洗濯機に突っ込みますよ」
「いやですの……」
「では、大人しく待っていなさい」

コートを羽織って、部屋を出て行くシーガを見送って、少女は枕を抱っこした。
「結局、シーガさまも行くんですの……ミキーも行きたいですの」

++

小さな二階建てのツクスの料理屋は、看板の白い布をはらはらと風に揺らしていた。三角のオレンジの屋根。正面の真ん中に扉、左右は硝子の窓で、店内のテーブルが見える。


「こんにちは!」
女将さんが扉をぎっと開いた。


中は、よどんだ空気がたまっている。気温が下がりだして雨が降り出した外とは、随分違う。


「ちょうど振り出したねぇ」
女将さんが頭に被っていた布をとった。
「あの白い布はね、おまじないさ。ツクスが自分で付けたんだ。触らないほうがいいよ、あれは、死んだ息子の血がついてる。落石にあったときに着ていた服なんだ」
「服…」
窓から外の看板を見上げた。風に揺れ、雨に打たれる布。外の寒さに曇りだした窓から、それは悲しげに見えた。


「帰って来るって、信じているの?」
「さあ、ねぇ」
女将さんは寂しげに笑って、持っていた籠を両手に掲げて店のカウンターの奥に入っていく。キッチンは案外片付いていた。


使われていないなべ、かまど。水の手動ポンプの下には水が小さな手桶に入っていた。
キッチンの奥にある木の扉、それが、女将さんの話していた扉のようだ。
黒く着色された極普通の扉。何も見えないし、感じられない。


本当にいるのかな、ユルギア。
いや、どうせ見えないし、感じない。
ユルギアだとすれば、誰かの思念がが固まってできている。死んでしまったノルドのものだろうか。何か、思いを残しているのだろうか。


そんなことを考えながら、桶の横にあった空の籠をタースが持ち上げると、そこに女将さんが食べ物の入った籠を置いた。
「ツクス、今日はね、山桃があるんだよ。あんた、好きだったろう?」
女将さんが大きな声を出す。扉の向こうは静かだ。


「こんにちは、ツクスさん」
タースが声をかけたときだった。


不意に扉が開いた。


「うわ!?」


開かないものと思っていたそこが開いただけで、心臓が止まりそうになる。
次の瞬間何かに引っ張られて、タースは転びそうになった。


「タース!」
「え?な、なに?」


女将さんの声が後ろに聞こえる。


真っ暗な中、誰かが、いや、ツクスさんだろうけれど、少年の腕を掴んで引っ張っていく。
足元に落とした空の籠を蹴ってしまって、転んだ。
煉瓦の床のようだ。
背中に何かが当って、膝もすりむいた。


「ってきた」
「え?」
ぎゅっと、抱きしめられた。


ツクスさんだ、タースは思った。
息子と間違えているんだ。


次へ
ファンタジー小説ブログランキング

「想うものの欠片」第三話 21

21

「ちが、違います!ツクスさん!」
「ああー、帰って、来た」

ひどく汗臭い、そしてゴツゴツと痩せた胸に顔を押し付けられて、思わずタースは突き飛ばす。

「っ、あの、ツクスさん?でしょ?僕は違います!タースって言います!あの、…あの?」

ひっ、ひっ…。

タースは、黙った。
床に座り込んだまま、じっと、相手を見つめた。

「ひっ、ひっ、帰って、来た」
少しはなれたところに尻をついて座り込んだまま、ツクスは変な声を出していた。

泣いているのか、笑っているのか。それは、ちょうど昨夜、タースが通りで感じた気持ち悪さに似ていた。やせ細った体、落ち窪んだ目だけが、ぎょろぎょろと薄暗い室内に光る。

確かにツクスさんは、悲しすぎておかしくなってる。

また、ツクスがむくと起き上がった。
膝をついて、こちらに這ってくる。
「う、うわ」
タースは、逃げ出そうと背後に向かって駆け出した。
直ぐに、扉がある。
手探りで、取っ手を探す。

「おいで、父さんが悪かった、父さんが……」
押しても引いても、扉はびくともしなかった。
「何で!?女将さん!女将さん!開けて、開けて!!」

怒鳴っても、何も聞こえてこない。
扉を数回叩いたところで、再び背後から抱きしめられた。

「わ!嫌だ!こ、この、放せって!放せ!」

ひどく痩せた腕だった。
震えながらも異様な力強さで、つかんで放さない。

ユルギアよりたちが悪いぞ!
タースはぎゅっと目をつぶった。


「お帰り、お帰り、ノルド、お帰り」
タースが抵抗をやめると、ツクスの腕の力もなくなった。そっと、タースの頭を撫でる。まるで小さな子にするように、男は何度も何度も少年の頭を撫でた。
泣きながら、喜んでいる。

タースはため息を一つついた。
どうして扉が開かないのか、どうしてユルギアが作る異空間に閉じ込められたみたいになっているのか。どう見ても、このヒトは普通のヒトだ。石を持っていたレンドルさんやトントとは違った。
最初から、ユルギアの気配はタースには感じられなかった。

「会いたかった、会いたかった。許してくれ、許して、くれ」

嗚咽でたどたどしい謝罪を、うわごとのように繰り返していた。

許して……。
ぞくりと背を這う。

「父さんを許してくれ、許してくれ」
「ツクスさん…」

「ノルド、ノルド、許してくれ」

その言葉を聞く度にタースは泣きたい気持ちになる。
似ていた。

その思いは痛いほど分かる。家族を失った痛みは、昨日のことのように思い出せる。

ツクスさんの想いが、この想いがユルギアになったんだ。家族を想うあまり、謝罪の念がこの人を閉じ込めたんだ。


「…だめだろ、父さん、ちゃんと食べなきゃ。すごく痩せているよ」

タースの言葉に、ツクスさんはまた、ぎゅっと抱きしめた。
それが、いいことなのか分からないけれど、今はこうするしかないとタースは思っていた。

「泣かないで、僕は、父さんのこともうとっくに許してるよ」
「ノルド、ノルド…」
何があったのかは分からない。女将さんの話ではノルドは事故で死んだという。ツクスさんがこんな風になる必要なんかない。こんな風に自分を責める理由なんかない。

タースはじっとしていた。
締め切られた据えた匂いの室内は暗い。

相手の細かい表情まで見えないが、骨ばった手で必死に抱きしめるツクスが静かに泣いているのは肩に落ちる涙の感触で分かった。

「許すとか許さないとか、ないから。父さんには元気でいて欲しいよ」
「おお、ノルド、どうした、何を泣く」
撫でられる手の感触にふと父親の面影が浮かぶ。髪を洗うときの荒っぽい撫で方に似ていた。

「……泣いてないよ。ほら、キッチンに食べ物が届いているから、食べようよ」
「ノルド、ノルド、いいんだ、お前が食べなさい、お前が」
「泣いてちゃいやだよ、父さん。山桃、好きだったよね」

急にツクスが立ち上がった。薄暗くて顔は見えない。座り込んだままのタースを引っ張り起こした。

「だめだ!来なさい!山桃なんて!まだ早いのに、採りに行くなんてだめだ!許さんぞ!許さん!」
腕をつかまれて、さらに奥に連れて行こうとする。

「ちょっと、待って、あの、採りに行かないから、だから、落ち着いて」
「お前が、お前が私のために桃を、山桃を採りに行くなど許さん!山は危険だ、お前は落石で……」
言葉が途切れた。

思い出したのか、ツクスの瞳に光がさしたように見えた。


現実を受け入れられるだろうか。

「ツクスさん。そう、ノルドさんは落石で亡くなった。ツクスさんのせいなんかじゃない」
「ノルド!おお、死んだなど、なにを言ってる!?」
「だから、目の前の僕はノルドさんじゃないんだ!」
「ノルド?じゃあ、お前は偽者か?」
男の足が階段を昇りかけて止まった。

引いていた手を放すと今度はタースを突き飛ばした。
「お前偽者か?ノルド?ノルドはどこだ!」

階段の脇の窓に背を打ち付けて、タースは息が詰まる。


だめだ、混乱してる。

「んぐ…!」
首を締め付ける骨ばった手。異常な力強さに頭の奥が熱く重くしびれてくる。
タースは必死で背後を探った。窓の鎧戸の隙間から、かすかに外の光が漏れている。

男の腹に膝蹴りを入れると、うめいたツクスは数歩後ろによろめいた。


その隙に窓を開けようとした。
自分の荒い息を耳鳴りとともに感じながら、錆付きかかった留め金を外す。
硝子のはまった木枠の窓を手前に開いて、その向こうの鎧戸を押し開いた。

真っ白。

一瞬、外の明るさに視界がなくなる。
冷たい雨と眩しい光に腕をかざして顔を覆う。

「ノルド!」
肩をつかまれた。

振り向くとツクスは日の光に姿を晒していた。やせ細った男。瞳は黄色くぎらぎらとして振り乱した髪が涙で頬に張り付いている。髪も髭も白くなって老人のように見えた。

ひどく惨めな、醜い姿。

「うわ!」
思わず声を上げて、タースは掴みかかる手を振り払おうとする。
「だめだ!行ってはいかん!」
「ちが、行かない、行かないって、放して!」


次の瞬間。
バランスを崩して、二人一緒に、窓の外に落ちた。


次へ
ファンタジー小説ブログランキング

「想うものの欠片」第三話 22

22

一階の腰高の窓。大して高さはなかったけれど、石畳に男を乗せたまま背を打ち付けて、タースは一瞬息が止まる。
男の体重がかかった左ひざは変にしびれていた。

「く、い、って」

「おい、こっちにいるぞ!」
「こっちだ!」
口々に叫ぶ声がした。

「タース!ツクス!?ツクスなのかい?」
女将さんの声。

目をあけると、そこは料理店の脇の路地だった。狭いそこに、二人は落ちていた。向こうから、女将さんの赤いスカートが走ってくる。背後から、街の人たちだろう、大勢集まってきた。

上に乗っかっていた髭もじゃの男は、数人の街の人に抑えられた。
「ノルド!ノルド!」

男はそれでも、タースのほうに骨ばかりになった腕を伸ばす。
ぞくぞくしながらも、切ない気分になった。

「く、はぁ」

仰向けに寝転んだまま、タースは大きく息を吐いた。
濡れた石畳の熱と雨の匂いを背中に感じる。
本格的に振り出したばかりのそれは、空の灰色を絞っているようだ。
額に落ちる雨粒をぬぐった。

「退治、できたのですか?」

ひどく落ち着いた声の主に、恐怖の反動か一気に腹立たしさが沸いてきた。
自分から巻き込まれたのは承知だが、シーガの表情は明らかに楽しんでいる。
飛び起きて、自分を見下ろすシーガに食って掛かる。

「なんだよ!いたなら助けてくれてもいいだろ!」
「お前に任せるといったはずですが」
立ったままの青年の脇をすり抜けて、女将さんがタースの傍に駆け寄った。

「タース、無事だったかい!よかった、本当によかった」
助け起こされて、引かれるまま街の人たちがツクスを囲む輪に加わった。
「みんな。この子がツクスを外に出してくれたんだ、恩人だよ!」
「そうか、ボウズ、お前が!」
鍛冶屋の主人だろう、上半身裸の大柄な男がガはガは笑いながらタースの背を叩いた。

「いて、あの、偶然です、その」
「何言っているんだい、こうして、まあ、ツクスは無事とはいえないけどね、それでも外に出られたんだ」

ツクスは路地に座り込んだまま、視線を地面に落としている。何かつぶやき続けている。

「かわいそうにねぇ、すっかり、ユルギアに心を壊されちまって」
「違いますよ」
染みとおるような声に、皆が振り向いた。

シーガは、コートの襟を寄せながら、馬鹿にしたように皆を眺めていた。
「何だい、もう、ユルギアはいないんだ」
女将さんは眉を寄せた。
シーガを見て、改めて街の人たちはこそこそとお互い顔を見合わせた。
「シディだ…」そんな声が、タースにも聞こえた。

少年は拳を握り締める。

「その男の狂った思念がユルギアを生み出すのです。いずれまた、自分自身の思念に取り込まれて、同じことを繰り返します」
「け、けど!医者にかかれば」
女将さんの言葉にシーガは冷たく言った。

「治りません。お分かりでしょう?私なら、その男の思念を消すことが出来ます。元の明るい男になりますよ。困っていたのでしょう?夜中の叫び声は街の評判を悪くしますから」
集まった十数名の人々は互いを見詰め合う。

「…わかったよ!」
言葉を発したのは、宿の女将さんだった。

「銀貨五百、きっちり払う。ボウヤのお陰でツクスは外に出してやれた。代金を払う価値はあるよ。もうコレで十分だとは思うけど、でも、もっとよくしてくれるって言うなら。あんたを信用しようじゃないか」
「五百?」
「おいおい、女将、大丈夫かい」
痩せた男が女将さんの丸い肩を叩く。

「いいんだよ、あたしゃ、このシデイラの旦那じゃない、この子に礼がしたいんだ」
女将さんはそう言って笑うと、タースの手を握った。
「ボウヤ?」

タースは、考えていた。
じっと、座り込んでいるツクスを見下ろして。
不意に、背後のシーガに向くと口を開いた。

「シーガ、もしかして。思念を消すって、それって、息子さんの記憶を消すってこと?」

次へ
ファンタジー小説ブログランキング

「想うものの欠片」第三話 23

23

シーガはふと目を細めた。

「そうなの?だって、そうだろ?ツクスさんは、ずっと、息子さんが死んでしまったことを自分のせいだと思い込んでいて!多分奥さんのときも同じように悩んでいて。だから心が壊れて、ユルギアが生まれたんだ。その想いをなくすってことは、記憶を、息子さんの思い出を消しちゃうってことだろ?」

タースの言葉に、街の人々は再び視線をツクスに向けた。

着流しの汚れた服、痩せた肩。ひたすら何かをつぶやく男の姿。
それは、雨に打たれながら背負う重みに耐え続けている。

誰もがノルドのことを覚えている。笑いながら料理を運ぶ姿。父親に怒鳴られて舌を出す、子供らしい笑顔。市場に二人で出かける姿。

「そりゃ…」
言いかけた鍛冶屋も、言葉が見つからないのだろう、黙って額に流れる雨をぬぐう。
女将さんは何度も瞬きしている。

「今のままでも、彼は息子の思い出など覚えていないのですよ」
シーガの言葉は真実だ。

「今はただ、自分を責め続け、闇に入り込んで嘆いている。幸せだと思いますか?忘れてしまったほうがいいことも、あるのではないですか」

シーガのその言葉は、タースに問いかけたあのときに似ていた。
人生をあきらめていないのかと、そう、言った。
楽なことと、幸せなことは違う。

「だ、だけど!大切な想い出だろ!ノルドさんと一番長く過ごしたのに、たくさん幸せな記憶だってあるはずなのに!欠片しかなくたって、大切なんだ!二度ともう、作れないのに!」
両親をなくした少年にとって、想い出は大切なものなのだろう。涙のように頬を雨が伝う。

「どうしますか?ツクスさんに決められることではありません。あなた方が、決めてください」
女将さんがすでに濡れているだろうエプロンで、顔を覆った。

「だめだよ!ツクスさん!」
タースが男に駆け寄った。
その肩をゆする。何度も。

男はぼんやりと少年を見ていた。

「忘れちゃ、だめだよ!ノルドさんが生まれたとき、喜んだんだろ?大切に育てたんだ!奥さんだって一緒だったんだろ!いっぱい、笑いかけてくれたの、忘れちゃうの?思い出せよ!幸せだったときのこと思い出せよ!」
「すまない…」
ツクスが何かつぶやいた。

「すまない、ノルド、…父さんのために…」
「ツクスさん!」
男の視点は、どこか遠くを見ていた。

「ボウヤ」

肩を引かれた。

鍛冶屋だ。
タースを立たせると、頬に伝うしずくをぬぐってくれた。

「忘れさせてやってくれ。俺たちが、覚えてる、だから。これ以上、ツクスが謝る姿を、見たくねえんだ」
そう言うと、鍛冶屋は皆を見回した。
「金は、皆で払う、女将、皆、いいだろう?」
街の人々も、黙って頷いた。
女将さんは顔を上げると、真っ赤な目をしてタースを抱きしめた。

雨が激しくなってきた。
「…シーガ」
少年の視線を受けて、シーガは無表情のまま進み出た。無言で人々は輪を開く。
黒尽くめの青年が、石畳に膝をつく男の前に立つ。

ただ、立ったまま、青年は言った。
その笑みは穏やかで、美しかった。

「もう、忘れてもいいのです。疲れたでしょう」

同時にツクスの頭がぐらりと揺れた。その瞬間だけ、まるで彼の周りを陽炎が囲んだように空気が揺れた。乱れた雨粒が、ツクスを避けるようにはじかれる。

一瞬のことだった。
目を閉じたツクスが、かく、と頭を揺らし、次の瞬間には顔を上げた。まるで、居眠りから目覚めるように。

その瞳には、銀色の髪の青年が映っている。

「あ、なんだ?」
青年を見て、それから、周りの皆を見上げて。
自分の濡れた手を見た。
「なんだ、おい。何で俺は、こんなにずぶ濡れなんだい?」
「…ツクス…」

「雨が急に降ったからさ、さ、皆うちにおいで、温かいスープをご馳走するよ!」
女将さんが、目をこすりながら笑った。
「おお、そうだ、行こうぜ」
街の人に引かれて、ツクスも立ち上がった。
痩せて足元はおぼつかないものの、表情は生き生きしていた。
「おいおい、なんだか、ひどく腹が減ってるよ」
「そりゃそうだ、女将ソーセージもつけてくれよ」
「ぜいたくだねぇ、そりゃ、自分で払いなよ」
笑って皆の先頭に立ち、女将さんは宿に向かった。
「タース、あんたも気が済んだらおいで」
そう、少年の肩を叩いて。

タースは、ぼんやりとシーガを見ていた。
青年は、濡れた前髪をうるさそうにかき上げると歩き出した。

「タース、ほら、行きますよ」
「…笑いながら、消すことない」
八つ当たりだ。
分かっているけれど、勝手に口が言葉をつむぐ。
シーガの無表情な視線に耐えられずに、うつむいた。額から雨粒が散った。

「ユルギアが消える瞬間は、好きですから」
「!ほんとに、性格悪いな!」

「救いたければ力をつけなさい。まあ、無理でしょう。ああいったユルギアは厄介です。私にもあれ以外できることはありません」
「!じゃあ、なんで僕にやらせようとしたんだよ!」
「…期待、ですか?」
「僕が聞いてるんだよ!…え?」
「何でもありません。さ、行きますよ」
少年の肩に手を伸ばしかけて、シーガは固まった。

「なんだよ?」
「お前、臭いですね」
「え?」
ツクスさんの臭いだろうか。

「近寄らないでください」
シーガは鼻を手の甲で押さえるようにしてずんずん先を歩き出した。

「なんだよ!」
「ああ、ミキーが喜びますね、タース、近寄るなって言っているでしょう!」
「なんで?」
タースはシーガのコートに後ろからしがみ付いた。

シーガが言いかけた、期待、の意味は分からないが。もしかしたら違う助け方が出来たかもしれないと「期待」したのだ。
決して、この方法が一番であったとはシーガも考えていないということだ。
自分と同じ感覚を青年も持っている。
それが、不思議とタースを嬉しくさせた。

なんだかんだ言って、気になって来てくれたんだ。
助けてくれた。
ツクスさんを救おうとしてくれた。
顔には出さないけれど、きっと僕が感じたのと同じくらい、悲しかったはずだ。
シーガには相手の思念がよく分かる。
きっと、ツクスさんの悲しみもよく分かっていた。
それが嬉しかった。

うるさそうにタースを追い払おうとするので、余計にじゃれる猫のように少年はシーガの背に抱きついた。
「触るなといっているでしょう!」
「!ぐ」
思いっきり肘うちをくらって、鼻を押さえる。
「いで…」

「臭いのは嫌いです。ほら、鼻血も!服を汚すとミキーが喜びます!」
ジンジンと痛む鼻梁に、涙目になりながらタースは青年の後姿に首をかしげる。
優しいのかなんなのか。
「なんえ、ミキーふぁよよおぶの?(何でミキーが喜ぶの?)」

答えもせず、シーガは宿の扉を開く。

二人が宿の扉をくぐると、楽しそうな街の人たちをすり抜けて、チョコチョコと少女が駆け寄ってきた。満面に、可愛らしい笑みを浮かべて。

鼻を押さえた少年を見て、胸の前で手を合わせた。
「まあ!大変ですの!タースお着替えですの!」
駆け寄ってタースの手を引く。

「さ、お部屋でお着替えです!今度は、もっと可愛いのにしますの!」

嬉しそうなミキーに引かれながら、タースは見送るシーガを振り返る。

いつもの無表情なキレイな顔。
たくさんのユルギアを見てきている。その想いを聞いてきている。
何を思って、ユルギア退治なんかしているのか。思念を読み取るのは決して楽しいばかりではないはず。

あんな態度でもいい奴なのかもしれない。
究極の恥ずかしがりや、という説は当っている。
タースはそんなことを思っていた。

第三話 了



あとがき的なもの…
かなり長い第三話。ここまで読んでくださって、本当に感謝です♪
第四話から少々話が広がり出します♪久しぶりにスレイドさんも登場♪
シーガ、タースそしてミキーちゃん♪彼らの旅は始まったばかり。のんびり展開ですが、お付き合いくださいね♪


「想うものの欠片」第四話へ
ファンタジー小説ブログランキング

「想うものの欠片」第四話①



ライトール公国。ライト公領。

公国の中心に位置し、国の東西を横切る横断列車トラム・ミスの中間地点でもある。
首都としてこのライトール公国でもっとも栄えている街とされている。
教会の鐘の音と駅舎から響くトラムの汽笛。
風に乗り、ここ公国政府議事堂にもかすかに届く。


ちょうど、昼から一時間過ぎた。
男は背後でくつろぐ年下の男にため息混じりにつぶやいて見せた。

「珍しく立ち寄ったと思えば、この時刻とは。毎月のこの日、この時間に定例議会があることはお前も承知だろう」

不機嫌とも受け取れる声音に、ソファーでくつろぐ男、スレイドは目元だけで笑って見せた。

スレイドは上質な皮のソファーに体を預け、目の前で忙しそうに書類を繰りつつ服を調える男を見上げる。男は黒檀の巨大な机の前に立ち、背後のステンドグラスのためにその表情は陰になって見えない。それでもスレイドは興味深げに眺めている。

「時間は取れんぞ」

脇で首もとのネクタイを締め終えた従者が恭しく下がる。
それを視界の隅に置きながら、男はスレイドに背を向けた。

窓際に立ち庭を眺める。芝を生垣と花壇とで仕切り、モザイク模様の花々を敷き詰めた庭に夏の訪れを感じている。

それが、彼、ライトール公国大公リュエル三世の儀式でもある。四季折々の風情ある庭を、その向こうに見えるライト公領の街並みを静かに眺めて気持ちを整える。これから行われる議会は、彼にとって最も政治的手腕を問われる場である。
このタイミングで来客を迎える余裕はない。必然的に口調はきついものになる。

「終わるまでお待ちしていますよ」
スレイドの言葉に大公は振り向いた。

珍しいことだった。この男が大公のそばに長居することはない。自ら尋ねてくることすら稀なのだ。避けられているように、大公は思っていた。

「そんなに驚くことではないでしょう?今日の議会、私も興味がありましてね」
「……混血の少年のことか」

スレイドの口元が弧を描くことでリュエル三世は目を細める。
言葉少ない二人には、共通の理解があるようだ。

「案ずることはない」
扉が二度、叩かれた。

「時間だ」

ライトール公国。
ノワールトの大国の一つであるこの国は、約五百年前に二十四の都市国家をライト公領主が統一したものだ。
現在、公国を治めるのはリュエル三世。
ライト公領を見下ろすソーゼンヌの丘に居を構える。

ライトールの大公は代々モロゾワ家が受け継ぎ、二十二代目となるリュエル三世はすでに二十年、その地位を守っていた。
御歳五十を数える大公は、金色に白の混じった髭を撫でる。
引き締まったあご、整えられた眉。猛禽類を思わせる深くくぼみながらも鋭い眼光。温厚な性格を強調される彼では有るが、そのうちに侵しがたい叡智を内包していることは疑う余地もない。

「大公閣下」
開かれた扉の向こうで、従者が頭をたれる。
「ん」
「議場に皆様おそろいでございます」

深海の蒼を思わせるマントを翻し、リュエル三世は両開きの大扉の脇にたたずみ、深く頭を下げている従者の前をささと通り過ぎる。すでに、スレイドの存在は忘れられたかのようだ。スレイドも見送ることはせず、ソファーに深く体を預けなおすと伸びをした。居座る猫に似ている。
従者はその存在に気付いているはずだが、あえて触れようとはしない。

「まいれ」
大公の一言に従者はもう一度頭を下げ、まっすぐ大公を見据えつつその後につく。
扉を守る近衛兵は二人を見送ると、再び槍を縦に構える。
まるで、閉じられた室内に、まだ誰かしら守るべき人がいるかのようだ。



淡い橙と緑の模様をおりなす敷物を、大公と従者は光と影のようにゆるりと進む。
長い廊下を音もなく進む二人。
ランプの灯される柱の両脇に近衛兵が槍を持って人形のように立っている。


「すべて、集まったのか」
リュエル三世の低い声に、従者は小さく応える。

「はい。定例の会議ゆえ、無礼を働く領主はおりません」
「うむ」

背後の従者に、視線すら動かさずに、大公は正面に見えた扉を潜り抜ける。
緋色のカーテンが、左右から緩やかなドレープを描いて揺れる。

潜り抜けた。

次へ(9/13公開予定♪)
ファンタジー小説ブログランキング

「想うものの欠片」第四話②



室内は、屋外であるかのように明るい。
六角形をしている代わった部屋に、六つの大きな天窓。
そこから差し込む昼下がりの日差し。壁の高いところで淡い黄色を放つランプたち。
壁の絵画はほとんどが肖像画で、それが代々の大公であることは、その服装と顔立ちが似ていることで直ぐ分かる。

六角形の室内には六角形の巨大なテーブル。すでに、二十四人の領主は席を占めていて、大公は用意された肘掛のついた赤い革張りの大きな椅子に腰掛けた。
彼の背後の壁には、神話を描いたタペストリーが飾られ、左右からクロスして配置された槍が、ランプの光にぎらぎらと権力を象徴した。

大公が座り終わるのを待って、二十四人の領主たちは静かに座った。

大公の脇に控えていた、白髪、白髭の老人が、声を張り上げる。
「これより、第二四六回公国議会を開催いたします。本日の出席議員は二十四名の全員にお越しいただき、定数に達しています。故に、この議会の決議はライトール公国憲章において有効であることをここに宣言します」
二十五の拍手がまばらに花を添えた。

この公国議会は、月に一度、ライトール公国の二十四の領主が集い、この国の政策を決する場である。
あくまでも承認と諮問の機関であり、原案を大公の責任のもとで政府が作成し、大公を含めた二十五人でその可否を諮るのである。
いくつかの新しい技術の許可申請について、専門の技術官による説明を受けた後、承認された。

懸案であったアバスカレズ川の治水、先日の地震による被害の復旧状況などが各領主からもたらされ、和やかな様子のまま議会は進行していく。
国境の街、カヌイエの領主、ムハジクが、黙って挙手し、議長に申し出た。

「ムハジクどの。ご意見を」
「一つ、この議会に諮るべき内容が落ちているように思いますが。大公閣下にお伺いします。シデイラとの混血児が存在するという情報をさる筋から確認しましたが。その真相を」


既に六十を超える老獪な領主は語った。
国境に位置する都市カヌイエはかつて国境警備を任された、武勇に優れた忠実な一族が治めていた。
ムハジクはその直系の子孫に当る。飾らない物言いも一族の血を濃く引いていると思わせる。
武勲を賞されて盛隆を極めた一族だけに、現在の大公の平和主義に思うところがあるだろう。何事にも対話と協調をモットーとするリュエル三世より五つは年上であり、遠慮のない物言いをするためリュエル三世にとっては少々煙たい存在である。

「先日ライト公領において、一人の少年が国立病院に運ばれましたな。黒髪碧眼、十代前半と見られる少年は自らをシデイラとの混血であると明かしたという。担当した医師によるとその後公国政府に報告したというが。大公閣下、我ら領主にはその知らせは届いておりません」
大公はあごに少し伸びた髭をさする。
口を開いた。
「そう目される少年は存在したが、真に混血であるかの確証は得られず、シモエ教区への保護の途中に所在不明となった。故に今は密かに指名手配し、各都市駐留の公軍によって捜索を続けているところだ」
議場は、ざわついた。二十四人それぞれが隣と視線を交わし、懇意にしている領主へと目配せする。
「われ等になんの話もなく、議題にも上がらず、それでよろしいのですかな?シデイラとの混血など許されん。この問題は国全体の問題でありましょう」
そう言ったのはシモエ教区に隣接する領地の主だ。
「うむ。私も同感です。シデイラを管理している教会では何をしているのか。その責任を問わずしてどうしますか」
「シモエ教区で生まれたのならば、許されることではない。早急なシモエ教区におけるシデイラの管理状況の調査が必要ですな」

ムハジクの根回しなのか、彼の意見と同時に多数の領主が擁護する意見を主張する。
リュエル三世はかすかに口の端を歪めた。
手元に置かれた金の敷布に乗る、透き通ったグラスから、水を飲み干す。

ざわめきのような収拾のつかない意見の応酬が、一瞬途切れたときを見計らって、痩せて長身のカドニカ候が口を開く。
「どちらにしろ、ミーア派では甘すぎたということです。ティエンザのロロテス派に知られては国の恥、直ぐにもミーア派の責任者を召喚し、真実を明らかにすることを要求するべきでしょう」

この大陸ノワールトには、二つの国と一つの教区がある。
一つはライトール公国、そしてもう一つがティエンザ王国。教区とはシモエ教区のことに他ならず、そこだけは教会の自治区となっており、どの国にも属さない。
教会と呼ばれる場合、通常はこの大陸すべてを網羅する一つの宗教団体を指す。本来であれば教会の最も上位とされるのは神王とも呼ばれるレスカリア帝国皇帝であるが、昨今は二国の大司祭とその下部組織で作られる国境を越えた団体のことを指すようになっていた。遠い海を隔てたレスカリア帝国は実質的な権力を教会に持ちえず、故に『教会』は常に二国を代表し二つに割れ、常に勢力争いをしている。最も長い歴史と力を有したミーア派は、新興勢力のロロテス派に押されている。これまでミーア派が拠点とするライト公領旧聖堂のあるライトール公国がミーア派に協力してきた。教会組織に固有の兵力を持たせないため、公国の軍がミーア派の剣となり盾となってきたのだ。
故に、大公はミーア派を擁護する立場にある。


大公が、黙って手を上げると、議場は静まり返った。
議長が、咳払いを一つする。
「どうぞ、大公閣下」
「第一に。少年の移送を担当したのは我が公軍である。移送中の不手際は教会ではなく国軍に責任があると思われる。第二に。皆は忘れておいでか。レスカリア帝国の神王による教えを。帝国暦二百二年より、我らはシデイラを人と認め同じ権利を与えると。そのために絶滅を防ごうと保護しているのだ。確かに混血は禁じられている。だが、それはシデイラの血が薄まり、純粋なシデイラが減少することを防ぐためである。方針に反したからといって、まるで罪人のように混血児を扱うことは根本にあるシデイラ保護の理念を損ねていると思うが」

く、とムハジクが皮肉に笑みを浮かべた。
「大公閣下、奇麗事では済まされないのです。一を許せば百と成る、法律には一つの例外も許されない。これが、ティエンザのロロテス派に知られ、追求されればミーア派の信用、ひいてはミーア派に大司祭を任じているわが国の信頼をも損ねられるのです。これが、現実なのです。シデイラ保護の理念など持ち出しても、彼らは効かないでしょう」

もっともな意見だった。
シデイラ保護は大義名分ではあるが、それを軽視する傾向であるのも否めない。
まして隣国ティエンザはロロテス派が主流。
彼らはシデイラを汚らわしい獣扱いするという。
彼らにしてみれば血を交えることを禁じるというその一点により、ライトール公国を攻め立てるに違いないのだった。
理由はどうであれ禁を犯した事実がそこにある。

次へ(9/15公開予定♪)
ファンタジー小説ブログランキング

続きは日記的なもの♪

続きを読む

プロフィール

らんらら

Author:らんらら
のんびり小説を書いています
日記ブログはこちら♪

ランキング参加中です♪

クリック よろしく~♪

FC2Blog Ranking

最近の記事+コメント

FC2カウンター

リンク♪

小説ブログの皆様

カテゴリー

ブログ内検索

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。